キャバ嬢としての営業の仕方
「それじゃ、どうやったら、お客さんが自分の事を本指名して、会いに来てくれるようになるのか? って話を始めるぞ」
ドリンクバーから、新しいコーラを持ってきて、席に戻った俺は、彼女達にそう宣言する。
彼女達も、先程のキャバクラの存在意義に共感出来たのか、聞く態度も真剣そのものに変わってきている。
「基本的な事は、働き出した頃に【指導】って形で聞いてると思うから、そこは、飛ばすからな、この指導された部分が出来てない子は、俺から見ても居ないから」
「この中で、お客さんに自分の携帯の番号や、メールのアドレスを教えてる子って何人ぐらい居る?」
そう彼女達に聞くと、アカネと本指名を数本持つアヤとマミの手が挙がった。
「今、手を挙げなかった子達は、どれも場内は取れても、本指名が無い子ばかりに、見事に揃ったな」
「営業の電話やメールは、営業の基本中の基本だ、お客さんに、何してますか? 私の事忘れてませんか? そう思わせるのに有効な手段だな、それじゃ手を挙げた、アヤ、お客さんにどんな電話やメールをしている?」
『う~ん……メールアドレスしか教えてないから、メールしかしないけど、お店に来てくださいとかかな~』
やっぱりな、思ってた通りだ……。
「そのメール、送った後のお客さんからの返信は【行けそうなら行くね】とか【今日は忙しいから、また今度遊びに行くね】とか、そんな返信が帰ってくるんじゃないか?」
俺が、アヤに聞くと、驚いた顔をしている。
『マネージャー……何で分かるの? その通りの返事ばっかり来るよ』
「アヤは、メールと言う便利な物をちゃんと使えてる、そこは良いんだが、送るメールの内容が全然ダメなんだ、いいか? さっき教えたよな? お客さんは、何を目的として、キャバクラに来てるんだ?」
『えっと……お客さん達は、私達に恋してるんだから……好きな子に会いに来てる??』
自信無さげに、答えるが、正解なんだから、もっと胸を張れ。
「そうだな、恋してる好きな子に会いに来るんだ、それじゃ聞くぞ? 恋までしてる好きな子から【お店に来い】と言う内容のメールが送られて来たら、どう思う?」
「そうだなぁ……俺ならこう思うだろうな……【あ~この子にとっては、所詮俺は、ただの客で、金を使って欲しいだけなんだな】ってな」
そう言って、アヤに問い掛ける、それで客は喜んでお前に会いに来るのか? と。余程、衝撃的だったのか、アヤが固まっていた。
『そっか! 好きな子に会いに行くんだから、私達も、お客さんとしてじゃなく、私達の事を好きで居てくれる人に、会いたいって気持ちでメールすればいいんだよね? ね? マネージャー』
固まってるアヤの横に居た、本指名も場内も取れない、キャバ嬢の1人が、アヤの代わりに答える。
「そうだ! メールの内容は、お客さんとして店に来させる内容じゃ逆効果にしかならない、好きでいてくれるアナタに私も会いたい、そう伝わる内容のメールを送らなきゃ意味が無い」
全員が、自分の持ってる手帳に、今、俺が言った事をメモり出した。俺は、全員がメモを終わるのまで黙って待つ。
『マネージャー! 私、アヤちゃんみたいな内容のメールは、滅多に送らなくて、普段は、挨拶とか、お仕事お疲れ様でしたとか、そんな内容のメールしかしてないけど、私も指名を大くは取れないよ?』
そう言って、マミが手を挙げながら、おずおずと聞いてきた。
これは、俺の感では、やっちゃダメな、もう1つの事を絶対にやっている。言ったようなメールしかしてなくて、それでも指名が増えてない現実と言う物が、如実に物語っている証拠だ。
「マミ、ちょっと聞くが、お前……お客さんに教えてるメールのアドレスって、サブのアットマークから先が携帯会社のアドレスと違ってるアドレスなんじゃ無いか?」
『そ……そうだよ……何で分かるの?』
やっぱりな。
「それじゃ、いくら内容の良いメールを送っても、お客さんが店に来る訳ないだろ」
俺がそう断言すると、マミが訳分からないと言う顔をしている。
「これも、さっき教えた内容に絡んでくるんだが……距離感の話をしたよな?」
そう問い掛けると、頷く。ちゃんと聞いてくれてたようで、ひと安心だ。
「なぁマミ、お前が好きな人にメールアドレスを聞いて、その人がサブのアドレスを教えてきたら、なんか淋しく感じないか? その人にとって私は、そこまでの人と思われてないのかな? なんて感じに」
「メールは所詮は、文字を送るだけの物だな、サブアドレスだろうが、ちゃんと相手には届く! でもな、携帯電話から送ったメールが、携帯電話に直接届くのと……携帯電話から送ったメールが、サブアドレスを1度経由してから、携帯電話に届く……【直接繋がっている】と感じないで【間接的に繋がっている】そう思わないか? そして、それはお客さんも同じ事を感じている、そんな子の事を好きになるか? 会いたいって思うか?」
「マミの送るメールは、マミとお客さんの距離が遠すぎるんだよ」
まさか、そんな理由があるなんて事を考えもしなかったのだろう。マミも黙り込んでしまった。
「お客さんからの連絡に電話が抵抗ある、出られない時もある、そんな事もあるよな? だけどメールなら、例えば彼氏とデートしてる最中でも、邪魔にならないんじゃないか? 返事する時に、寝てたなんて言い訳も言いやすいし」
『それじゃ、私達は、お客さんに自分のメールアドレスを教えて、お客さんのメールアドレスを聞いたらいいって事? 電話番号は聞いたらダメ?』
マミが、再起動して、そう質問をぶつけてくる。
「ダメって事は無いさ、お客さんが番号を教えて来たら、ちゃんと覚えておけばいい、それでもメールだけにして、お客さんから、【電話してきてくれないね?】なんて言われてから、【いきなり電話していいのか迷ってメールにしてた】なんて言い訳をしてから【次からは電話も掛けるね】って言えばいい」
「それに、いくら好きな子でも、お客さんが奥さんなんかと居る時に、電話掛かってきたら迷惑だろ? メールなら問題ない訳だ」
『マネージャー……本当にキャバクラ未経験で店に来たんだよね? 何で分かるの?』
アカネが聞いてきた、そんなのものすごく簡単な事だ。
「そんなの分かって当然だろ? 俺も男なんだから」
そう言って、俺はアカネの顔を見て笑った。
「これで、どうやってお客さんに対して、店の営業時間外で、店に呼んだらいいのか? って疑問は解決したか?」
全員が頷きもしないで、一生懸命に手帳にペンを走らせてる様子を見て、理解出来てるな。そう判断をした。
少しの間、アカネ達は、俺が話して聞かせてやった事を、反芻する意味も込めて、自分達だけで、ワイワイと話をし合っている、俺は、それを静かに眺め、話が落ち着くのを待ってから。
「それじゃ、これから、お店側の都合の部分の話をするからな、お店としては、当然、ヤル気の無いキャバ嬢よりは、ヤル気の有るキャバ嬢を優遇する、当たり前の事だよな? そして、お前達の中の何人かは、実際に冷遇扱いを受けている、思い当たる事が無いか? お客さんの席に着くのは、フリーのお客さんより、誰かのヘルプとして着く方が多い、とかな」
その言葉に、心当たりのあるキャバ嬢の何人かは、頷いた。
「ヤル気のあるキャバ嬢にフリーのお客さんの相手をたくさんしてもらえば、自分のお客さんにして、また店に来させるって事も起きやすくなる、ヤル気が無いキャバ嬢だと、その時間だけ過ぎて、時給貰えたらいい、お店やお客さんなんて、どうでもいい、そんなヤツを優遇する理由が店にも無いから、冷遇されて当然だよな?」
そして、俺は絞めていたネクタイを、片手で緩めると……
「もう1度聞くぞ? お前ら全員は、今よりもヤル気を持って、今、自分達の置かれてる場所から、少しでも、上を本気で目指したいんだな?」
その言葉に、全員が決意の籠った目で俺を見つめ返してくる。
「返事をしろ!!」
俺が大きな声で怒鳴り付けると、全員が声を揃えて言った。
『『『はい』』』
「それじゃ、俺はお前達の味方になってやる、明日から、俺が付け回しをする日には、お前達を、えこ贔屓して、優先的に使ってやる、フリーの客にドンドンと着けてやる、だから、お前達も真剣に、与えられたチャンスを活かし、客を自分の物にしろ!」
『『『はい! マネージャー! よろしくお願いします』』』
「あっ……優遇してやる代わりに、俺が困ってそうな時は、ヘルプにでも、文句言わずに着いてくれよ、頼むからな、な!」
そう言って、全員で声を出して笑った。




