アカネの相談事
閉店後のお店。営業中であればお客さんが座る、クッションの効いたソファーに座り、今日1日の全ての伝票を見ながら、傍らに置いた、電卓のキーを叩く。
今日1日のお店としての売り上げ、今日出勤してきた全てのキャバ嬢の指名本数やドリンクとフード等の数の集計。
それらの仕事を今、俺はやっている。
1日の全ての付け回し、キャバ嬢の指名本数を記憶して覚えてしまえる事が、異様な事なんだと、周りに散々言われてから、初めて知った俺は、次の日から店長に、今やっている仕事を任されるようになった。
これは、店長が楽をしたいと言う訳で、俺に押し付けて来た訳では無い。この作業も幹部として必ず覚えてなければならない大事な仕事の内の1つだからだ。
ただ、店長が考えていた計画を前倒しにしたに過ぎない。
そして、電卓片手に伝票相手に頑張っていたところで。
『木村マネージャー、今ちょっとだけ時間取れる?』
そう、声を掛けられた。
俺は下を向いていた、顔を上げ、声を掛けてきた相手が誰なのか確認した。
「あっアカネか……うん? どうした?」
作業の手を止め、アカネにテーブルを挟んだ椅子に座るように、促す。
『ちょっと相談したい事があるんだけど……忙しいなら、また今度でも……』
キャバ嬢の相談に乗る事は、非常に大事な仕事だ。今行っていた、店の運営に匹敵するぐらい重要度は高い。
「あ~大丈夫、大丈夫、もう終わったから、それで相談って?」
『うん、私自身の事でもあるんだけど……私と仲の良い子達の事でもあるんだ……』
そう切り出して来たアカネの相談事とは。
アカネもそうだが、仲の良い子達も同じように、最初は軽い気持ちで、キャバ嬢と言う業種をアルバイトとして選んで、バイト感覚で働き始めたらしい。そして、働いて行くうちに、キャバクラと言う物の持つ楽しさに気付いた。
因みにアカネは、現在No.8だ。これは、突き抜けて上位と言う訳でも無いが、低い訳でも無い。中の上、上の下といったところに居る。
そして、アカネ自身もそうだが、アカネと仲の良い子達、要するに、アカネを頂点とした、アカネ派閥と言ってもいい、派閥に所属するキャバ嬢達は、もっと真剣にキャバクラと言う仕事を頑張ってみたい。と言う話をよくするようになったそうだ。
アカネ派閥は、アルバイト感覚で働いてるキャバ嬢が多く、どこか普通よりも高い時給分貰えればいい。そんな感じで今までは、働いていたそうだ。だけど、ここ2~3ヶ月の間に、派閥の長である、アカネがTOP10入りを果たした。
その出来事が起爆剤となり、派閥のキャバ嬢達も、私達も頑張れば、もっと上を目指せるのではないか? そう思うようになったらしい。
『それでね、仕事の終わりとかに、みんなでファミレスとか行って、朝までとか話したりもしたんだ……どうしたらいいかとか、何をしたらいいかとか……』
アカネ達も自分達なりに、やるべき事を考えて話し合ったらしい。しかし、イマイチ何をどうしたらいいのか。そこが明確に見えて来ないと言う。
そこで、幹部の誰かに相談をしてみよう。と言う事になり、誰に相談するのかを話し合ったそうだ。
『それでね、みんなの意見としては、木村マネージャーに相談してみたいって事になってね、私が代表で木村マネージャーに話をしに今来たんだ』
なるほど、最近、アカネと俺の仲は、端から見ても、非常に良好な関係をしている。それは、俺自身も感じていて、仕事が非常にやり易くなっている事からも、実感はしていた。
「そうか、俺みたいなのを、アカネ達が相談相手に選んでくれたんだな、本当にありがとう、すごく嬉しいよ」
そう言って俺は、無意識にアカネの頭に手を伸ばし、アカネの頭を優しく、ポンポンと2回ほどたたいた。
そうと決まれば、こんな作業をしている場合じゃない!
俺は、テーブルの上に広げていた全ての伝票をまとめ、電卓と伝票を手に持って、ソファーから立ち上がった。
「それで? どこで相談したい? 後、他の子達はもう帰っちゃったか?」
『近くのファミレスで、私が来るのを待ってるって事になってるの』
アカネの答えを聞いた俺は、アカネに少しここで座って待ってろ。そう言い残して、店長の元に向かった。
「店長、すみません、これ途中なんですが、続きお願いします、アカネに今、相談を持ち掛けられたので、そちらに集中したいんです」
そう店長に告げ、伝票と電卓を店長の方に突き出すと、最初は店長も驚いていたが、俺の言葉を聞き終えた後、笑顔になって、了承してくれた。しっかりとアカネ達の話を聞いて、木村マネの思う事を話してやってくれ。そう言ってくれた。
アカネのところに戻った俺は。
「ほら、何してんだ? 行くぞ!」
そう声を掛けて、店の出口に向かって歩き出した。
アカネは、慌てたように、椅子から立ち上がり、俺の後ろを付いて来る。ちゃんと来てるかな? と思い1度だけ振り返った俺は、可愛らしくいつも元気で、お客さんに見せている笑顔を浮かべて付いて来ていた。




