俺の抱える2つの問題点
後半に少し長ゼリフが入っています。
途中でセリフを切り、描写を入れようと思いましたが、かえって不自然になってしまうと思った為に、そのまま長ゼリフになっているヶ所があります。
読みにくいとは思いますが、許して下さいね。
昨日は、営業中にずっと、実際に、大村マネが行っている、付け回しを、店長自作のボードを使い、なぞる作業に1日中を費やした。
店長か大村マネのどちらかが、なるべく俺の横に立ち、時折、アドバイスをされながら、練習をひたすら続けた。
店が終わった頃には、二人から【概ね大丈夫】と言うお墨付きを貰えた。
そして今日。俺は、実際に営業中に、付け回しをする事になっている。ボード上でのシミュレーションとは違い、小さなミス1つで、遊びに来てくれたお客さんが、楽しく遊べた。つまらなかった。それらの印象が、ガラリと変わってしまう。本当にキャバクラと言う店舗を運営するに辺り、非常に重要な要素なんだと、実感している。
いつもは、営業が始まる1時間程前に店に入っているのだが、今日は、社員スタッフや男性アルバイトが、店に来て、店の掃除や仕込みなんかを始める、開店時間の2~3時間前に店に入り、ボードとマグネットを使い、ひたすら練習を繰り返していた。
時折、手の空いたスタッフが、通りががりに。
『3名様、9番、ミサとユリ』
等と、俺に言ってくる。この不意に言われる事が、自分の頭の中だけで、自分で想定してるシミュレーションの予測を邪魔してくる感じが、今は逆にありがたかった。実際の営業中ならば、こう言う予想外の事も実際に起きるだろう。そう言ったトラブルに成りかねないタネとも言うべき事に対しての、処理能力が鍛えられる。
『しかし……本当に木村マネってすごいですよね、すっかり自分の物にしちゃってるし』
そう言って、ボードから目を離し、タバコを咥わて、休憩をしていた俺に、声が掛けられた。そちらに視線を向けると、社員スタッフの中でも、古くから居るチーフの1人が、向かって来ていた。
『私達、チーフも、ほぼ全員が付け回しを出来ると言う自負があります、まぁ実際にやった事なんて、今までにも、店長や大村マネのどちらかが店に居ない時とか、不測の事態が起きた時だけですが、そんなチーフ達でも、木村マネぐらいの早さで覚えた奴は、居ませんよ』
「へ~チーフ達も全員が、付け回しをマスターしてるんだね」
俺の何気無い一言に、チーフは声を上げて笑った。
『まぁそりゃそうですよ、教えて貰った事はありませんが、毎日、毎日、店長や大村マネと一緒に仕事してるんですから、何ヵ月も長い奴では年単位で、ほら、あれですよあれ……【門前の小僧習わぬ経を読む】ってやつです』
なるほど。言われてみれば確かに。チーフになってるのに、付け回しが出来ない人の方が逆に、ヤル気を疑われるよな。
『まっ木村マネの付け回しは、店長や大村マネだけじゃ無く、全てのチーフからも大丈夫だと判断されてるんですから、気を楽にして、今日は【俺がこの店と言う空間を支配してるだ】ぐらいの気持ちで楽しんじゃって下さいよ』
チーフ達からの、励ましと熱いエールが、素直に嬉しい。
俺が今日、店の全てを支配して操るか……うん、そう思うと何だか店の営業が始まるのが楽しみになってきたな。
「ありがとう、チーフ、気が楽になったよ」
そして、迎えた本番。
営業が始まり、比較的にお客さんの来店が少ない時は、上手く回せていた。
そして、俺の思惑通り、俺の描く理想通りに、キャバ嬢がテーブルを回り、お客さんが満足の笑顔を見せ楽しそうに遊んでいる。
その光景を見た俺は、今確かに俺のこの手で、この店の全てを操っている。そんな実感が確かに感じられた。
そして、時間も遅く、お客さんの来店数が増えると共に、早い時間では持てていた、ある程度の余裕も無くなり、お客さんの座る各テーブル番号と指名の書かれた伝票を見る、入店時間、セット切り替え時間を確認する。等の作業に、追われ始めた。
「えっと……10番のフリーのお客さんには、ユリとサクラを付けたから、次は……No.1のエリカが指名が2本しか入ってないから余裕があるから、フリーに1度付けて……1番のルイ指名のお客さんは、まだ10分しか経ってないが、かぶってたお客さんが帰ったから、ルイを戻して……」
なんとかかんとか、店長や大村マネから、インカムで指摘等を受ける事も無く、ようやく閉店を迎えた。
この会社に入社して、ファッションヘルス、キャバクラと働いて来た中で、今日がもっとも神経をすり減らし、もっとも疲れた日だった。
片付けの終わったテーブルのソファーに脱いだジャケットを、放り投げ、キッチンで入れて貰った、グラスに注いだ、冷えたコーラを一気に飲み干すと、大きく深い溜め息を吐いた。
『木村マネ、お疲れ様、どうだった? 本番は』
店長が、ソファーに座り、テーブルに突っ伏して、脱力していた俺に声を掛けてきた。
疲れきった体を少しだけ、億劫気味に起こして、店長に向かい苦笑いを浮かべた。それだけで、店長は俺の心境を理解したのか。
『いや、でも、すごいって本当、普通にやれてたし、後は数こなして慣れるだけだね』
「そうですか? やれてました? 店長がそう言ってくれるなら、少し自信が持てました」
『この後、ちょっと、メシでも食べに行かない?』
店長に、ご飯に誘われたので、二つ返事で、はいと応える。
そして、男性スタッフの後片付けをする様子を、ぼんやりと眺めていた時に、はっと思い出した。今日は、俺の付け回し初日と言う事で、店終わりに、ヘルス勤務後のユキと合流して、焼肉を食べに行く約束をしていたのを、思い出した。
「仕方ない……ユキに謝るか……」
携帯を取り出し、ユキに電話を掛けると、3コール目ぐらいにユキが電話に出た。
「あっユキ、ごめん、疲れきって頭ぼーっとしてるところに、店長からご飯に誘われちゃって……うん、うん、そう……ごめんな、うん、ありがとう、埋め合わせはちゃんとするから、本当にごめん、それじゃ先に帰ってて、そんなに遅くならないと思うから」
携帯を切った所で店長に。
『あっ彼女と待ち合わせしてた? 大丈夫?』
「はい、彼女にはちゃんと話して、納得してもらえたと思うので大丈夫です」
店長と一緒に店を出て、近くにあるファミレスへと入った。
席に着き、注文を済ませると、店長がおれに今日の事を話してくれた。
『今日は本当にお疲れ様、とても初めてとは思えない出来だったよ、だけど……残念だけど100点じゃないね、今日は、そうだなぁ……70点、まぁ十分に合格点なんだけどね』
70点か、残りの30点は何だったんだろう? そう思い店長に聞こうとしたら……
『残りの30点、今の木村マネに足らないものはね、30点の内の10点は【経験】これは、数こなして行けば勝手に埋められるもの』
『残り20点は、ハッキリと言えば、絶対に付け回しをする上で、覚えておかなきゃいけない事が、2つあるんだ、それぞれで10点ずつだね』
絶対に覚えておけ。と言う店長の言葉を聞き、真剣な顔で、店長を見つめる。
『1点目【同じキャバ嬢を指名したお客さんの距離が近すぎる】』
近すぎる……これの何が問題点なんだ? 俺は店長の言ってる言葉の意味が分からない。
『木村マネでも直ぐに理解出来ない事もあるんだね』
そう言って、笑った後に続けて。
『お客さんの立場になって考えてみようか、うちの店のNo.1のエリカでいいか、お客さんが来店してエリカを指名するとするよね? お客さんは、お目当てのキャバ嬢が来るから当然嬉しく思う』
そう言って俺の目を見てきたので、理解している意味を込めて頷く。
『それじゃ、その10分後に別のお客さんが店に来て、他に席は空いてるのに、最初に来たお客さんの近くに案内してしまう、当然、後から来たお客さんもエリカを指名する、木村マネ、付け回しとしては、この時どうする?』
「当然、ヘルプを連れ最初のお客さんの所に行き、エリカとヘルプを入れ替え、後から来たお客さんにエリカを着けます」
『そうだね、それは正解、でも問題もあるんだ、キャバ嬢は自分を指名してくれるお客さんには、基本とびっきりの笑顔で来てくれて嬉しいと言う気持ちを乗せて接する、最初に来たお客さんは、楽しくエリカと、おしゃべりをして10分ぐらいしか経ってないのに、エリカを席から離される、そして、すぐ近く、目で見えるぐらいの席に座ったお客さんの所に、エリカが行き、とびっきりの笑顔でそのお客さんを迎える、その後も楽しそうに、おしゃべりを続ける、最初に来たお客さんは、その光景を見せられて、楽しいかな?』
衝撃的だった……確かに今日の俺は、そんな事を微塵も感じず、ただ【自分が把握しやすいから】と言う理由だけで、何も考えず、お客さんを、テーブル番号の順に座らせていってた。
そんな姿を見せ付けられて、楽しい訳が無い、下手したら、エリカから別のキャバ嬢に気持ちが移り、指名を変える事だってあるかも知れない、店としては、別に問題は無いが、そんな事が多々あれば、そんな目に合わされたキャバ嬢は、店への信頼を無くす、その結果、最悪、店を辞めてしまうかも知れない。それが、売り上げが上位のキャバ嬢だったら、店にも大損害だ……。
『理解したね? 理解が早くて助かるよ、僕もクドクドとお説教するのは、苦手だから』
『それじゃ、次の木村マネに足らない10点分の事ね』
俺は、これまで以上、生きてきた中で、これほど真剣に人の話を聞いた事が無いと言うぐらいの、覚悟を決めて、店長を見た。
『まぁお店とお客さんの状況は、さっきと同じだとして、ちょっと不満を持ちながらも、どちらのお客さんも何とか無事に過ごし、後から来たお客さんが帰ろうとしてます、今日も実際に何回か有って、僕や大村マネがコッソリとフォローしてたんだよ、この問題点は』
『木村マネに足らないもの、その2、帰るお客さんの所に帰る時に
、指名したキャバ嬢が着いてない事、お客さんが帰る時って必ずキャバ嬢が店の入り口のドアまで、お見送りをするよね、お客さん、指名したキャバ嬢に笑顔で見送られて、帰り際に『また来てね』なんて言われたりもする、このお客さん、お目当てのキャバ嬢に笑顔で送り出されたら、嬉しいよね? じゃ今日のように木村マネが付け回しをしてて、僕や大村マネがフォローしなかったら、お客さんは、指名したお目当てのキャバ嬢じゃ無く、ただのその場繋ぎのヘルプのお客さんにとっては、どうでもいいキャバ嬢に、お見送りされる事になる、これ、また来ようとか今日は楽しかったとか、思う事出来るかな?』
……俺の不甲斐なさ、慢心に俺は俺を殴り飛ばしてやりたいと思うほど、情けなくなってきた。店長の言う通りだ……
『【同じキャバ嬢を指名したお客さん同士の距離が近すぎる】【指名したキャバ嬢にお見送りされないお客さんが出てしまう】 これが木村マネに足らないもの、そして、必ず覚えなきゃいけないもの』
『木村マネなら、自分の問題点が明らかになれば、ちゃんと自分で改善案を出して、その通りに、実行出来るよね?』
店長にそう問い掛けられた俺は、黙って頷く事しか出来なかった。
そして、店長は注文した物を食べもせずに、黙ったままの俺を残し、伝票を持ってファミレスを出て行った。
俺は、自分の抱えている問題点を必ず、早急に改善してやる! と言う決意の元、熱く熱く心を燃え上がらせた……
次話は、閑話として、キャバクラの【お金】に関した、裏話でも書いてみようかなぁなんて思ってたりもします。




