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【完結】月夢~巫女姫の見る夢は騎士との淡く切ない恋の記憶~  作者: 桜羽 藍里
【最終章:夢見た願いと想いの果て】
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70.後悔と贖罪

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 季節は巡り、ルイスの行方がわからないまま、ちょうど二年が経とうという頃。外では薄紅色の花が咲き始め、春の訪れを告げる中のことだった。


「つまり、お前とアルバート=ロウが出会ったのは、ただの偶然だと……?」


 そう問いかけたのは、騎士団長グレン=ヤヌスだ。彼の目の前には、手枷を付け鉄の椅子に鎖で縛り付けられた深緑の髪の男。長い髪の隙間から覗く榛色の瞳に呆れを浮かべ、彼は言った。


「そう言っている。その耳は飾りか、指揮者(コンダクター)

「『その名で呼ぶな』と私も何度も言っているはずだがな。その頭は飾りか、マールス=サリヴァン」


 皮肉混じりに答えたのは、二年前の戦いで捕虜となったマールス=サリヴァン――ヴォラスの元指揮官だ。グレンがひきつった笑みを浮かべつつ皮肉を返せば、彼は不愉快げに押し黙る。そんな彼にグレンは真顔で問いかけた。


「偶然出会っただけで、何故お前達は彼と手を組んだんだ?」

「ヤツが提案してきたんだ。『月巫女の命をくれてやる。代わりにこの国と神官長からは手を引いてくれ。そうするならば、お前達を秘密裏に援助をしてやる』とな」


 彼の言葉に、グレンは眉間に皺を寄せる。


――頼む、どうかこの国を……。


 彼の脳裏を過るのは、アルバート=ロウが今際の際、彼に託した願いであり遺言だ。彼らが過去に交わしたという言葉と上手く結びつかない遺言に、グレンが沈思黙考を始める。黙り込んだ彼を見つめたマールスは、面倒だと言わんばかりにため息をつきながら言った。


「そのときのヤツの顔には、隠しきれない恐怖があった」

「恐怖?」

「大方、出会う寸前にオレが銃の試し打ちしていた現場を目撃して、騎士が勝てないと判断したんだろう」

「悪魔の粉を使った武器、か……」


 呟いた瞬間、爆発音と共に彼の脳裏に甦るのは、傷付き落下して行くルイス(息子)の姿だ。拳を握った後、落ち着けるように息を吐く。そんな彼に、マールスは静かに告げた。


「オレはヤツの恐れを利用したまでだ。ヤツはヤツで、銃の仕組みや弱点を知りたがっていたようだがな。大方それを騎士団に流し、あわよくばオレたちを一網打尽にしようとさえ思ってたんだろう。戦えない爺にしては骨のあるヤツだった」


 そう言って、彼は楽しげに笑う。彼とは対照的に、グレンは難しい顔を浮かべ問いかけた。


「お前は何故、今になってそれを話した? これまで、どれだけ拷問しようが貴様は口を割らなかっただろう」

「殺す気のない拷問など、耐えればいい話だ。事実、情報が引き出せないとなって以来、ただただ閉じ込めておくことしかしていないお前のやり方は、生ぬるい」


 捕虜から受けた指摘に、緋色の瞳に憤怒の色が宿る。そして、彼は目の前の男の首もとを掴み上げながら言った。


「巫女たちの言葉さえなければ、斬ってやりたいとも。拷問なんて生ぬるい真似をするまでもなく、今すぐにでもな」


 間近で殺意を向けられ、空晶石の双眸が瞬く。そんな彼の襟から手を外すと、グレンは倒した椅子を起こして座り直す。そんな彼にマールスは、心底意外そうに言った。


「指揮者でもそんな顔をするんだな」


 彼の言葉に、殺気だった柘榴石がさらに剣呑な光を宿す。今にも腰の剣を抜きかねない雰囲気のグレンに、彼は小さく息をついて告げた。


「サラに『素直に話してあげてほしい』と言われたからだ」


 主語のない言葉に、苛立たしげな瞳が訝しげに細められる。だが、それが先の質問の答えだと気付けば、グレンの目から怒りの色が霧散していく。そうして、冷静さを取り戻した彼は、戸惑った様子で問いかけた。


「何故……」

「その理由はオレも知らない。だが、彼女の願いはオレの最優先事項だ。だから叶えた、それだけだ」


 そう言って、マールスは再び口を固く閉ざしたのだった。


***


「――と、先日聞いたのですが、一体どういう風の吹き回しですか?」


 そう問いかけたのは、丸屋根の塔――夕顔の塔にやってきたリックだ。そんな彼の目の前にいるのは、塔に軟禁されているセレーナ。


 卓上鏡を見つめ、白髪の髪を軽く結い上げながら、彼女は言った。


「どうもこうも、元副神官長という方の動機や経緯がわからなくて、裁判が難航してるとリオンから聞いたのよ」

「そうではなく。我々に非協力的だった貴女が、今になって『何故か』と伺っているのです」


 そんな彼の問いかけに、鏡越しに背後に視線を向けた紅玉と青碧玉が交錯する。彼女の後ろに立つ彼の纏う空気は、リオンやエマに向けるような温和なものとは真逆だ。


 殺気こそ込められていないものの、冷たく刺すような視線に、彼女は眼を伏せ気味に言った。


「そうね。一種の贖罪、かしら」

「……は?」


 彼女の口から飛び出した言葉に、リックの眼が当惑した様子で瞬く。そんな彼の方へ身体ごと振り返り、真っ直ぐ彼の碧眼を見つめ、彼女は言った。


「私が彼を守るために作った武器。それがリオンから大切な人を奪ったのでしょう?」

「何を今さら……」


 わなわなと全身を震わせ、彼は両手の拳を強く握り締めて言った。


「あのとき、あの男があの武器さえ持っていなかったら、ルイスは……!! リオンはあんな思いをすることもなかった! オレもこんな選択しなくて済んだんだ!」

「……わかってるわ。今は記憶がないからこそ、あの子が私を慕ってくれてることも。記憶を取り戻したら、きっとここへ来たときの私と同じ気持ちになるんだろうってことも」


 慟哭に返された静かな彼女の言葉に、彼は瞠目し相手をマジマジと見つめる。そんな彼から目を逸らし、セレーナは俯き気味に言った。


「彼のこと以外全て切り捨ててきた報いだとわかってる。正直こんな気持ちになるのなら、お茶会なんて断って無視して、ずっと引きこもってればよかったわ。その方が私の罪の重さに気付かずに済んだもの」


 自嘲しながらも、彼女は嵌め殺しの窓と鉄格子の奥に広がる空を見つめ、静かに続けた。


「だけど、私はリオンと関わってしまった。あの子の弱みを探るつもりで近付いたのに、その人となりを知って、臆病な癖にバカ正直で真っ直ぐな彼女を好ましいと思ってしまった」


 語る彼女の脳裏を過るのは、一年半近くの間過ごしたリオンとの思い出だ。時には意見の食い違いもありながらも、斜に構えた態度にもめげずに様々なことへ彼女を誘おうとするリオンの姿。そこには、距離感の変化こそあれど、最初から一貫して変わらぬ彼女の明るい笑顔があった。


「今さらだと私も思うわ。だけど、同時に思うの。なんでもっと早く出会えなかったのかしらって。もっと早くあの子のことを知っていたら、私も彼も違う道を選べたんじゃないかって……」


 悲しげな響きを伴ったその言葉と眼差しに、リックは息を呑む。『詮無いことだけれどね』と彼女が小さく息を吐いて、再び卓上鏡に向き直ろうとしたときだった。


「悪いと思っているなら、リオンのために一つだけ協力してくれないか?」


 小さく告げられた言葉に、彼女は驚きを露わに振り返る。真っ直ぐ彼女に向けられた碧眼に、それまであった冷たさはない。その代わり、その瞳には疑いと期待、相反する二つの感情が見え隠れしていた。


 そんな彼を、『何?』と言いたげな彼女が黙って真っ直ぐ見返せば、リックは真剣な表情で言った。


「ルイス――リオンの大事な人が今どこにいるのか、いや、無事なのかどうかだけでもいい。視てほしいんだ」

「……それはできないわ」


 ゆるゆると首を左右に振り、彼女が返したのは不可の言葉だ。その言葉に落胆した様子で、リックは自嘲気味に視線を逸らす。『信じるんじゃなかった』と言わんばかりの顔の彼に対し、彼女は言った。


「あの戦いの日まで、視ようとしても決して視れなかったリオンが視えるようになった代わりに、その彼に関する大地の記憶があの日以降視れないのよ。まるで何かに隠されてしまったかのように」


 その言葉に、ぎこちない動きで碧眼が彼女を捉える。静かに佇む紅玉に偽りや赦しを乞う色はない。しばし、唖然とした様子のリックを見つめたあと、彼女はやや視線を落とし気味に言った。


「何度か視ようとはしたのよ。私があの子にしてあげられることなんてその程度だから。でも、何度やってもダメだった。だから、それ以外のところでできることくらいはっていうのが、彼に私が働きかけた理由よ」


 彼女の言葉に、気まずく重い空気が漂う。その空気の中、視線を彷徨わせたリックは、気持ちを落ち着けるように深呼吸をして問いかけた。


「それは、あの日の前までならアイツに関する大地の記憶が視えるって解釈でいいのかな?」

「ええ」


 首肯と共に返された返事に、彼は顎に手をあて考え込む。二年前の出来事を思い返す彼の脳裏を掠めたのは、キラリと光る装飾具。それは彼があの日、相棒の手当をしたときに目にしたものだ。


「まさか、リオンの神具……?」

「え?」


 訝しむ紅玉を前に、彼はしばし沈思黙考した後、それを真っ直ぐ見つめて言った。


「恐らく、あの日の朝か前日の夜だと思うけど、リオンは自分の神具をルイスに渡してたんだ。目的はこれと同じで、アイツを守るためのお守りとして」


 そう言った彼の左手首に揺れるのは、青と緑と黒の糸で編まれた組紐だ。ややすり切れ気味のそれの一部が、セレーナの瞳には銀色の光を伴い映る。月神――月巫女の力を帯びた組紐を凝視する彼女に、彼は続けて言った。


「そして、それはアイツと一緒に海に沈んで、今はない」


 続けられた言葉に、セレーナはハッとした様子で彼を見る。そして、やや思案した後、冷静に告げた。


「海に落ちたのなら、視るのが困難なのも頷けるわね」


 彼女の言葉にリックの眉が、訝しげに寄せられる。そんな彼を真っ直ぐ見つめて彼女は言った。


「大地神の恩恵の一つに大地の記録の閲覧があることは、以前伝えたわよね? あれをもっと正確に説明すると、大陸で起きたことならば記憶されるけれど、大陸の外……海や島には、その力が及ばないのよ」

「そう、なんだ……」


 彼女から提示された情報に瞠目し、彼は視線を落とす。


 そうして、二人の間に再び沈黙の帳が下りる。そんな中、リックは彼女を真っ直ぐ見つめると、真剣な表情で頭を下げて言った。


「さっきは感情的になって申し訳なかった」


 そんな彼の行動に、セレーナは呆気に取られた様子で目を瞠る。そして、頭を下げたまま顔を上げない彼から視線を逸らし、彼女は自分の腕に手を添えて言った。


「気にしてないわ。むしろ、今までリオンの意向だからというだけで、彼女のいない場所でさえ、何一つ糾弾してこなかったことの方に驚いてたくらいよ。それに……」


 そこで一度区切った彼女は、添えた手に力を込めると、気持ちを落ち着けるように息を吐き出して言った。


「記憶が戻ったら、さすがのリオンでも責めるだろうってことも含め、ずっと覚悟はしてたから」


 淡々とした口調の中に混ざる切なげな音に、リックは唇を結んだあと、重い口を開いた。


「本当は、オレのせいでもあるんだ」

「……どういうことかしら?」


 彼の言葉の意味がわからなかったのだろう。彼を振り返った彼女は、ただただ静かに見つめ、続く言葉を待つ。そんな中、彼は床を見つめたまま、静かに言った。


「あの日、オレはマールス=サリヴァンの隙を作るために、敢えて怒りを煽らせるような行動をアイツに取らせた。現状はその結果でもあったんだと思う。だから、オレの罪でもあるんだ、本当は」


 懺悔のように語られたそれは、二年もの間ずっと、彼が周囲の誰にも語らなかった本心だ。彼は両手をキツく握りしめて言った。


「さっきのは糾弾して当然なんかじゃない。ただの八つ当た……」

「マールスは確かにあのとき、リオンを狙ってたわ」


 遮るようにぴしゃりと告げられた言葉に、思わずといった様子でリックが顔をあげる。彼を静かに見つめるのは、光を帯びた黒真珠だ。一瞬で紅玉に戻ったそれを見つめる彼に、セレーナは言った。


「リオンではなく、彼に向かったのはただ風に流されただけ。あなたのせいじゃなく偶然……。いえ、その結果を回避しようとしていたのなら、必然の偶然と呼ぶべきかしら。マールスと私があなたたちに責められる謂れはあっても、あなたが責められることは何もないわ」


 彼女の言葉に、リックは呆けた様子で言葉を失ったあと、やや間を置いて口を開く。


「まさか、あなたに慰められる日が来るとは……」

「慰めたんじゃないわ。事実を告げただけよ」


 すまし顔で明後日の方を見つめる彼女に、しばし呆気に取られていた彼が目にしたのは、僅かに赤く染まる耳。普段は白髪に隠れて見えないそれは、半分結い上げられたことで露わになっていた。身支度を再開した彼女もまた、鏡を見て赤く染まるそれに気付いたようで、慌てて両耳を隠す。


 そうして、『見た?』と問いたげに振り返る彼女に対し、リックは初めてセレーナに小さく自然な笑みを返したのだった。


挿絵(By みてみん)

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