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56.再会と凶報

※ 文章の終わりにイメージイラストが入ります。

 秘密基地に辿り着いたその翌日のこと。日が中天に向かい進む中、リオンとルイスは大きな街へとやってきていた。


 滞在地から目と鼻の先にあるその街は、市場を中心に、宿や万屋(よろずや)、武器屋と様々なものが揃っており、活気と賑わいに溢れている。


 そんな中、食糧が詰まった紙袋を片腕で抱え、ルイスはリオンの手を引き進む。彼の半歩後ろを歩く彼女は、物珍しげに市場を見回しながら言った。


「アウローラ・リェスって、すごく賑やかだね。それに見慣れないものや服装の人も多いような……」

「ここはノトスとの陸路の玄関口だからな」

「なるほど。見慣れない服装の人はノトスの人なんだね」


 黄色肌の人々の中に混ざる褐色肌の人々を、何とはなしに眺めて、リオンはポツリと言った。


「ノトスの衣装って、布がヒラヒラしてて独特な感じだけど、少し寒そうだね」

「それ、向こうは向こうで、オレたちの服装に対して似た事を思ってるだろうな。あんな服装で暑くないのかって」

「確かにそうかも」


 彼の軽口に、彼女の口からクスクスと鈴のような笑い声がこぼれ落ちる。楽しげに笑う彼女につられるように、ルイスの顔にも微かな笑みが浮かぶ。


 だが、その一瞬後、彼がハッとした様子で振り返る。僅かに冷や汗が流れ落ちる彼の横顔を見て、リオンは首を傾げた。


「ルーカス、どうかした?」


 彼女の問いかけに、彼は僅かに間を置いて視線を彼女へ向けて口を開いた。


「いや、何でもない。ルーナ、他に買いたいものとかはないか?」

「私は特にない、かな」

「なら、そろそろ戻ろう」


 彼の言葉とやや緊張感を帯びた空気に、彼女は無言で頷き返す。そうして、二人は雑踏に紛れるようにその場を後にしたのだった。


 そんな二人の姿を、遠くからこっそり伺うものが二人いた。

 一人は、商人とやりとりをしている白髪交じりの黒髪をポンパドールに整えた老人。二つの後ろ姿が消えるまで、気難しげな真紅の瞳が彼らから外れることはなかった。しかし、彼らが視界から消えれば、何事もなかったかのように、彼は商人との談笑を続けた。


 もう一人は、路地裏の建物に寄りかかって佇む若いローブ姿の男だ。立ち去る二人を見送れば、自身も雑踏に紛れその場を後にしたのだった。


 アウローラ・リェスを後にして約半刻後。黒馬でやや遠回りをする形で秘密基地に戻ってきた二人が目にしたのは、木の根元に繋がれた一頭の馬。鹿毛の馬を見て、リオンが身体を僅かに強張らせる一方、ルイスは戸惑った様子で目を瞬かせた。


「ルイス、ここって、団長さんの他に知ってるのって侯爵様くらい、なんだよね?」

「そうだな」

「じゃあ、あの馬は侯爵家の?」


 不安げに振り返り、問いかける彼女に、彼は首を左右に振って言った。


「侯爵家の馬は基本みんな黒っぽい色をしてるから、恐らく違う」


 その言葉に、彼女の顔色が僅かに失せる。そんな彼女を余所目に、彼は鹿毛の馬の隣につけながら真顔で言った。


「じいさまの馬じゃないが、この馬は大丈夫だ。なんせ、この馬の主人は……」


 彼の言葉が終わるか否かといったところで、ツリーハウスのドアが内側から開く。その音に、リオンはビクッとしつつ振り返るも、木漏れ日で輝く金糸を見るや、両目を大きく見開いた。


「お帰り。待ちくたびれたから、先にお邪魔させてもらってるよ」

「リック!?」


 藍墨茶色のローブに、金髪を一つに括った彼――リックは、碧眼を柔らかく細めて笑みを浮かべる。ルイスは愛馬から降りると、名を呼んだあと目を白黒させているリオンを下ろしながら言った。


「団長は?」

「少し事情が変わって来れなくなったから、オレがその代わり。兼騎士団の連絡係」


 『騎士団の連絡係』という単語に、彼の耳がピクリと動く。二人の傍に下りてきた副官に、やや眉根を寄せて彼は問いかけた。


「騎士団の連中に打ち明けたのか?」

「成り行きでね。詳しいことは中で説明するよ」


 そう言うと、リックは荷ほどきを手伝うべく、積み荷に手を伸ばしたのだった。


 程なくして、荷ほどきを終えた三人は、薪ストーブで程よく温められた室内で木箱を囲んだ。カウチは大人二人が限界のため、リックは木となめし革でできた折りたたみの椅子に腰かけている。各々の手元には、湯気を立てるマグカップ。中に注がれた白湯でそれぞれが喉を潤す中、ルイスが口を開いた。


「で?」

「せっかちだなぁ。ちょっとくらいゆっくりしても……って、冗談だよ冗談」


 やや苛立たしげに細められた翠緑色の双眸に、リックは肩を小さく竦めて返す。そうして彼は、現状について語り始めた。


「今、ローレンス隊が人数や規模を把握するために途中の裏街道を張ってる。スミス隊は、お前が通ったと思われる道順に動いて、ヴォラスの後ろを進行してるはずだよ」

「なるほど。昨日感じた視線と気配はそれか」

「ホント、あの距離でよく気付いたよね、お前」


 納得したように頷くルイスに対し、リックは苦笑いを浮かべる。顎に手をあてて考え込むルイスに、リオンは問いかけた。


「いつの話?」

「ん? ああ、昨日の昼過ぎの話だ。お前もどうしたのかオレに聞いてきただろ?」


 彼の言葉に、彼女は合点がいった様子で頷く。そんな彼女を尻目に、彼はリックに尋ねた。


「で? 団長の代わりにお前が来た理由、というか、騎士団がオレの追っ手になるどころか、協力するような現状に至った理由はなんだ?」

「あー……うん。団長がどうしても神殿に戻らないといけないことが起きて、相談してたところをテオさんたち……というか、騎士団のみんなに聞かれちゃって……」

「はぁ!?」


 てへっと言わんばかりに苦笑いを浮かべる相棒を、素っ頓狂な声をあげたルイスがマジマジと見つめる。そうして、呆れ混じりに一つ息をつくと、彼は額に手を当てて言った。


「団長も一緒にいて、なんでそんなヘマするに至ったんだ?」

「それは……」


 チラリとリックは彼の隣に座る(あるじ)を見やる。その視線を受けたリオンがきょとんとした様子で首を傾げれば、彼は真顔で問いかけた。


「リオン、できるだけ落ち着いて聞いてほしいんだけど、大丈夫?」


 彼の問いかけに、彼女は戸惑い目を瞬かせる。ややあって、躊躇いがちに首肯した彼女は、左隣に座るルイスの袖をキュッと握りしめた。それを受けて、リックは少し思案した後、静かに口を開いた。


「エマが行方不明になった。そう、神殿から早馬が来たんだ」

「なんだって……?」


 驚き声を上げるルイスの隣で、顔色を失い見開かれた瑠璃の双眸が不安に揺れる。しばし絶句した後、ルイスは眉根を寄せて問いかけた。


「まさか、先見の巫女だと露呈したのか? それとも月巫女付きの侍女だからか?」

「わからない。パチル様からの手紙には居なくなったこと以外は何も」


 彼の告げた内容に、リオンは呼吸を忘れたように固まる。そんな彼女の手を大きな手がそっと握りしめれば、ハッとした様子で、彼女は詰めていた息を吐き出した。そんな彼女の様子を痛ましげに見ながら、リックは続ける。


「今のオレじゃ神殿を自由に動き回れないから、団長に神殿に戻ってほしいって説得したんだけど、それをテオさんたちに聞かれちゃったんだよね」

「……なるほど」


 リックの言葉に、ルイスの眉が僅かにピクリと動く。しかし、彼は一言返した後、じっと相棒を見つめたあと思案顔で押し黙った。彼をチラリと見たものの、リックは視線をリオンに戻して言った。


「間に合ったかどうかは、団長が合流しないことにはオレにもわからない。だけどリオン、信じて祈っててほしいんだ、彼女の無事を」


 真剣な表情で告げられたリックの言葉に、ダブるようにリオンの脳裏を過る声があった。


――私も一緒に祈るから、彼のためにできる精一杯をしよう?


 それは祝祭の夜、エマが彼女に向けて言った言葉だ。その言葉を言われた際に、生死の淵を彷徨っていた彼の手は暖かく、今もなお震える彼女の手を包み込みこんでいる。その手をしっかり握り返すと、彼女は真っ直ぐ碧眼を見据えて問いかけた。


「リックは、信じてるんだよね?」

「もちろん」

「ルイスも?」

「当然だ。騎士団で最強の男が向かったんだ。間に合いさえすれば、きっと大丈夫だ」


 キッパリと断言する二人の護衛騎士の言葉に、リオンは深呼吸をして言った。


「なら、私も信じる。信じて祈るよ」


 そう告げた彼女の目に、確かな光が宿っているのをみたリックは、安堵した様子で胸を撫で下ろす。


「落ち着いて聞いてくれて助かったよ。取り乱して、リオンの寿命が削られないか、少し心配だったんだよね」

「私の、寿命?」


 彼が告げた不穏な台詞に、瑠璃色の瞳が瞬く。戸惑う彼女の隣で、ルイスは眉間に深い皺を刻み込み、問いかけた。


「どういうことだ?」

「オレを月巫女誘拐の共犯疑いで地下牢に閉じ込めて、聖典の解読に集中させる。なーんて誰かさんが考えた、不名誉な無茶ぶり作戦の成果だよ」


 大袈裟な仕草で肩を竦めて見せるリックに、ルイスは僅かに目を見開いて言った。


「解読、できたのか?」

「できてなかったらここにいないって。優秀な副官に感謝してよね、全く」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべたリックが語ったのは、彼が解読した聖典に書かれた歴代の巫女たちの記録の内容だ。


 二十歳で力が失われる段になると、リオンが光明を見つけたと言わんばかりに目を輝かせる。その一方で、ルイスは眉間に皺を深くして、難しい顔で呟いた。


「二十歳に失われる力に、月巫女の命を削る本来の力、か……」

「月の光を伴うって記述に、オレが見たのを合わせると、恐らく本来の力が発動すると、銀色の光を放つんじゃないかな」

「銀色の光? いつ見たんだ、そんなの」

「この前の襲撃のときだよ」


 事実か否かを問うようにルイスが彼女を振り返るも、当人は『知らない』と言わんばかりに首を左右に振る。当惑した様子で二人がリックを見れば、彼はリオンに問いかけた。


「ヴォラスがどうしてオレたちを襲うのか、話したときのこと覚えてる?」

「もちろん、覚えてるよ」


 そのときの状況を思い出したのか、彼女は遣る瀬無い表情で唇を噛みしめる。そんな彼女を軽く宥め落ち着かせた後、リックは言った。


「雷の光でわかりにくかったけど、ほんの少しだけ銀色の光がチラついてたんだよね。静電気みたいにバチバチって」


 彼の告げた内容に、二人の双眸が唖然とした様子で見開かれる。動揺を押し殺しながら、口を開いたのはルイスだ。


「つまり、本来の力を発露しやすくなってるってことか?」

「たぶん、ね。オレたちと出会った当初に比べたら、今は感情もだいぶ豊かになったし」


――ルイス様があっさりリオンの反応引き出したの、正直悔しかったんですから。

――君とディオス卿が娘と交流を始めた頃の話だ。それ以来、目に見えて表情も出るようになって、娘が初めて自然と笑ったときはとても嬉しかったものだ。


 リックの言葉と共に、ルイスの脳裏を過ったのは、リオンの過去について語ったエマとカイン=レスターシャの言葉。彼らの言葉にルイスの視線は、重く沈むように足下へ落ちる。やや青ざめた様子で黙り込んだ彼に、リックもまたかける言葉を失う。そんな中、袖を引く感触にルイスは振り返る。真っ直ぐ見上げてくる瑠璃と目が合えば、彼女は静かに告げた。


「私、みんなと出会ったこと後悔してないよ」


 彼女の言葉に、ルイスはもちろん、リックもまた微かに目を瞠る。そんな二人に対し、彼女は微笑みを浮かべて続けた。


「辛いことも増えたけど、嬉しいことも増えたし、楽しいことも増えたもん。出会わなかったら、きっとこんな風には思えなかったし、感じることもなかったと思うの」


 そう言って彼女は一度言葉を切り、目を閉じる。そんな彼女の脳裏を、それまで彼女が受け取ってきた、無数の言葉が駆け抜ける。そして、そっと目を開けば、改めてルイスを見つめて彼女は言った。


「だからね、もしも何かの拍子に寿命が短くなったとしても、それでも私は、出会ってくれてありがとうって言うよ。」


 柔らかな笑みと共に告げられた言葉に、騎士たちは揃って息を呑む。しばしの沈黙の後、大きく息を吐き出したルイスは、決まり悪そうに頭を掻きながら言った。 


「なんか秘密基地に来てから、お前と立場が逆になってるな」

「え、何その意味深発言」

「……なんでもない」


 にたりとした笑みを浮かべるリックの言葉に、ルイスは逃げるように視線を逸らす。普段と変わらない応酬を繰り広げる騎士達からは、それまで漂っていた沈鬱とした空気はもう感じられない。そんな二人の様子に、リオンがホッとした様子で微笑めば、それを見てリックが言った。


「ま、それはそれとして。リオン、なんか神殿を出て逞しくなったんじゃない?」

「え? そんなことはない、と思うけど……」


 彼の言葉にきょとんとした様子で、彼女は自身の華奢な掌を見やる。彼女の反応に、彼は苦笑を浮かべて言った。


「あ、違う違う。身体じゃなくて、心の話ね」

「心……」


 反芻して、そっと自身の胸に手をやる彼女は、しばし考え込んだ。しかし、実感がないのか、彼女が問うようにルイスを見上げれば、彼は柔らかく目を細めて言った。


「ま、立派な主には近づけたんじゃないか?」

「そっか……。そうだといいなぁ」


 そう言って顔を綻ばせたリオンの頭を、ルイスの大きな手がポンポンと優しく撫でる。そんな二人のやりとりを、リックは茶化すことなく、嬉しげに眺めたのだった。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] リオンもですが、色んな人や人間関係が変化したような気がします。エマと団長…!!!! エマさん本当に良い人ですからね…! 団長さんも良い人ですからね…! 私的には二人に幸せになって欲しいなと…
2021/02/02 21:38 退会済み
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