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【完結】月夢~巫女姫の見る夢は騎士との淡く切ない恋の記憶~  作者: 桜羽 藍里
【第6章:明かされる秘密とそれぞれの想い】
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39.繋がる想い

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 雲間のない宵闇が空を覆い、冷えた南東の夜空に望月が煌々と輝く頃のこと。


「さすがに夜はまだ冷えるな」


 そんなことを呟きながら、ハーッと両手に息を吹きかけたのはルイスだ。冷えた空気に触れた彼の吐息は、瞬く間に白く色づき、霧散していく。


 寒空の下、彼がいるのは聖湖の畔にある東屋。寒さに首を竦めつつ、巻いた翠緑色のマフラーを口元まで引き上げる彼は隣をちらりと見た。


 その先に居るのは、紺色のローブに翠緑色のショールを羽織ったリオン。緊張した様子で微動だにせずに座る彼女に、ルイスはそっと声をかけた。


「体冷えてないか?」

「え? あ、だだ、大丈夫だよっ!」


 ハッとした様子で振り返った彼女は、どもりながら勢いよく返事を返す。そうして、ルイスと目が合うや、熟れたリンゴのように真っ赤な顔をそっと逸らした。


 そんな彼女の挙動不審な反応に、ルイスは困ったように満月を見上げ、現状に至るまでの経緯を振り返った。


***


 それは長閑な日差しが僅かに西に傾くその日の昼下がりのことだった。


「リオンが、何だって?」


 素っ頓狂なルイスの声が、西日に照らされたグレンの執務室内に響く。彼の片手には目の前の書架へと押し入れようとしている本が一冊。反対の手には数冊の本が抱えられていた。


 そんな彼の顔が向いているのは書架ではなく、執務室の扉の前に立つ騎士。彼――リックは、困ったように頬を掻きながら言った。


「だから、『今夜、聖湖で会いたいから来てほしい』って」


 部屋の主が不在のためか、リックの口調は砕けている。そんな彼の告げたそれに、ルイスは眉を顰めた。


「あと数日とは言え、オレまだ謹慎明けてないぞ?」

「それはオレとエマも言ったんだけどね……」


 言いにくそうに返された言葉に、ルイスの目が呆れを滲ませ細められる。小さく嘆息した彼に、リックは眉尻をさらに下げながら言った。


「『どうしても』の一点張りで」

「全く……。アイツ、頑固なとこあるからなぁ」

「そこはお前も人のこと言えないと思うけどね」


 ため息混じりのルイスの言葉に、リックがボソッと付け足せば、剣呑な光を宿した翠緑色の瞳が彼に向けられる。じろりと睨むルイスに対し、彼は誤魔化すように口笛を一吹きして言った。


「ちなみに、新月の日の約束って言えば伝わるはずって聞いたんだけど。お前、何か心当たりある?」


 その言葉にルイスはきょとんとした様子で双眸を瞬かせた。そして、しばし考え込んだ後、『あ』と声を上げた彼の顔が瞬く間に朱色へ染まっていく。そんな彼の変化に、今度はリックの碧眼が瞬く。


「あれ、その様子だと心当たりある感じ?」

「まぁ、一応は……」


 視線を逸らし口籠もるルイスに、リックは苦笑いを浮かべ、手をヒラヒラと掲げて告げた。


「じゃあ、了解ってことでリオンに伝えとくよ」

「なんでそうなる?!」


 ルイスが僅かに裏返り気味の声をあげれば、碧眼は瞠目した後、マジマジと相棒へと向けられる。それにルイスがたじろげば、リックは呆れを滲ませて言った。


「なんでって、今のお前の顔でだいたいリオンの用事の内容察したし。この期に及んで断る理由ないでしょ?」

「だから、謹慎中……」

「お前さぁ……」


 気まずげに答えたルイスに、リックの口から大きな嘆息がこぼれ落ちる。そんな彼は体ごとルイスの方を振り返ると、片手を腰にあてて続けて言った。


「それについては、オレに考えがあるから大丈夫。それよりも、女の子が勇気出してる分、お前もちゃんと伝えてあげなよ」

「そんなこと言われなくたって……!」


 思わずと言った様子でルイスは、振り返り様に声を荒げる。そして、ハッとした様子で口を噤む彼に、リックはにっこり微笑みかけて最終確認をした。


「じゃあ、問題ないよね?」

「……ああ。けど、具体的にはどうするつもりなんだ?」

「内緒。まぁ、うまくやるから心配しないで。それと……」


 人さし指を立て、楽しげにウインクをして見せた彼は続けて言った。


「女の子は好きな男性から告白されたいって思う子多いみたいだし、たまには頑張ってみたら?」


 そう言って、リックは手をひらりと振って執務室を後にした。そんな彼を見送ったルイスは、大きくため息を吐き出し、一人物思いに耽ったのだった。


***


 そうして、リックに送られてやってきたリオンと、約七日ぶりに今居る東屋の前で再会を果たし、現状に至る。


――オレは森の入り口辺りで待ってるね。あ、オレのことは気にしなくていいから、ごゆっくり~。


 主を送るや否や、そそくさとその場を後にしたリックの言葉がルイスの脳裏を過る。そんな相棒の言葉に小さく嘆息すると、彼は再度隣に座る彼女を盗み見た。


 それを知ってか知らでか、彼女は太ももの上で握りしめた両手を見つめ、意を決した様子で口を開いた。


「あああ、あのね! 前に約束した伝えたいことなんだけどっ! いい主になれたわけじゃないけど、言っていい?」

「……その前に、オレからも言いたいことあるんだが……」

「え、な、何……?」


 真顔で言われた言葉に、ルイスを振り返ったリオンの顔が強張る。全身を緊張させた彼女に、ルイスは微苦笑を浮かべた。


「別に文句とかそういうのじゃない」

「あ、そうなの?」


 彼の言葉にリオンの口から安堵の息が小さく漏れる。そうして肩の力を抜くと、彼女は不思議そうに首を傾げて問いかけた。


「じゃあ、ルイスが言いたいことって何?」


 その言葉に、ルイスの頬に寒さによるものとは異なる朱が差す。そんな彼の目は一瞬、リオンから逸らされ、再び彼女へと向いた際、そこに色濃く映し出されたのは、深い思慕の情。初めて見るそれに、リオンは当惑した様子で彼の言葉を待った。


 そんな二人の間を、ふわりと凪いだ風が通り抜ければ、ルイスが静かに口を開いた。


「リオンのことが好きだ」


 彼が告げたのはシンプルで飾り気のない一言。それに対し、唖然とした様子で、瑠璃色の瞳が大きく見開かれる。そして、両手を胸の前で握りしめた彼女は、頬を赤らめながら、恐る恐る尋ねた。


「それは、この前の『月が綺麗』と同じ?」

「……ああ。まぁ、熱で倒れるとか情けないから、あれは忘れてくれて、も……?」


 決まり悪そうに、ルイスが言葉を紡ぐ中、トンと彼の胸に柔らかな温もりが触れる。彼が視線を下げれば、彼の胸にしなだれかかるリオンの頭。その表情は青藍色の髪に隠れて見えず、ルイスは緊張した様子で硬直した。


「リオン?」

「……夢じゃ、ないんだよね?」


 縋るように軍服を掴むリオンの手とその声は、微かに震えている。そんな彼女の様子に、ルイスは華奢な体をそっと包み込むように抱き締め言った。


「夢じゃなくて、現実だ」

「嘘……」

「でもない」


 食い気味に告げられた言葉に、リオンは閉口し、冬の静寂が二人を包み込む。そうして、長いようで短い時が過ぎると、リオンはそっと彼の背中に手を回して言った。


「私も、ルイスのことが好き」

「……薄々は気付いてた」

「えっ!?」


 咎めるような声を上げて、彼女がルイスの顔を見上げれば、彼の視線は気まずそうに逸らされる。耳まで真っ赤に染め上がった彼の顔を見たリオンは、不満げに頬を膨らませて言った。


「知ってたのなら言ってくれたらいいのに……」

「薄々って言っただろ。確信持ったのはこの前だし、そもそも伝える気はなかったんだ」


 彼の言葉に瞠目した後、彼女の目は問うよう彼へと向けられる。『ならどうして?』と言わんばかりのそれに、ルイスは頭を掻きつつも、真っ直ぐ見返しながら言った。


「言えないことがたくさんあるからこそ、お前に嘘だけはつきたくなかった。ただそれだけだ」


 真っ直ぐ告げられた言葉に、リオンは言葉を失う。ややあって、絞り出された『ありがとう』の言葉と共に、彼女の顔に浮かんだのは喜色。そんな彼女に、ルイスは照れくさそうに視線を逸らしながら問いかけた。


「けど、オレでいいのか? 権力もない、剣以外に特別な力もない。自分で言うのもあれだが、リックみたいに気が利くわけでもないぞ」

「それでも、私はルイスがいい。ルイスが居たから、今の私はここに居て、こうして笑っていられる。傍に居てくれるだけで十分なの」

「リオン……」

「だから、私の傍から居なくならないでほしい」


 静かに続けられたその言葉に、ルイスの双眸が驚きで見開かれる。不安げに揺れる瑠璃色の瞳と、軍服を掴む彼女の震える手が伝える言葉なき訴えに、彼は静かに尋ねた。


「エマから何か聞いたのか?」

「ううん、エマは何も」


 首を左右に振ったリオンの視線が微かに下がる。そして、ルイスの軍服に皺が寄るにも構うことなく、ギュッと握りしめて言った。


「今朝、少しだけ夢を視たの。それが現実になったら怖くて、それでいてもたってもいられなくて……」

「……そうか」

「居なく、ならないよね?」

「傍にいる」


 そっと抱き寄せながら紡がれた彼の言葉に、心許なげだったリオンの顔が綻ぶ。そんな彼女の耳朶を打つのは、トクトクと小刻みに鳴り響く音。それに、彼女はクスッと小さく笑いながら言った。


「ルイスの心臓の音、すごく早いね」

「う……」


 リオンの指摘に対し、ルイスの口から小さな呻き声が零れ落ちる。そうして、照れくさそうに視線を明後日の方向へ僅かに向けて、彼は言った。


「お前だって似たようなものだろ」

「うん。だけど、私と違って落ち着いてる感じだったから……」

「緊張しないわけないだろ、こんなの」


 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、リオンを抱きしめる腕に僅かに力が籠もる。耳まで真っ赤に染めた彼に対し、一瞬呆けたリオンの顔に浮かんだのは欣幸(きんこう)。彼の背にそっと腕を回し、『そっか』と呟いた彼女は、心底嬉しそうに笑った。


 楽しげな彼女の声に、ルイスの顔にムッとした様子で微かに不満の色が浮かぶ。しかし、月明かりが照らす彼女のそれを見ると、彼もまた幸せを噛みしめるように微笑んだのだった。


***

 決して短くもない時間を過ごした二人が、リックの元へと辿り着いたのは、月が頂点に差し掛かろうかという頃。金剛石のように光る満月に照らされ、仲睦まじい様子で手を繋ぐ二人に、リックはニヤリと笑みを浮かべて問いかけた。


「で、どこまでいったの?」

「どこまでって聖湖だよ?」

「……ルイス、お前……」


 あっけらかんとした様子で返すリオンに、リックは呆れかえった様子で、彼女の手を引くルイスを見やる。その視線に対し、居心地悪そうに視線を逸らすルイスに、彼は小さく息をついてボソッと呟いた。


「このヘタレ」

「ほっとけ」


 不貞腐れた様子でつっけんどんにルイスが返す中、そんな彼を瑠璃色の瞳が見上げる。その視線に気付いたルイスが振り返れば、リオンはおずおずと切り出した。


「ねぇ、ルイス。リックから聞いたんだけど。隠し通路、騎士団の屯所にも繋がってるんだよね?」

「らしいな」

「じゃあ、ルイスも隠し通路から帰ろ?」

「オレもって……え?」


 彼女の言葉に目を瞬かせたルイスは、一瞬はたとすると、リックをじろりと振り返り見る。その視線にリックは悪びれた様子もなく、飄々とした笑みを浮かべて言った。


「下手に見られると厄介かなと思って、リオンの鍵を使って隠し通路通ってきたんだよ」

「お前なぁ。緊急時の手段を何だと思って……」


 呆れ果てた様子で額に手を当てたルイスの口から、深い長嘆息がこぼれ落ちる。そんな彼に対し、ためらいがちに両手を合わせ、リオンは首を傾げながら言った。


「もう少しだけ一緒に居たいんだけど、ダメ?」


 上目遣いで彼女が投げかけたのは、今までとは少し違う意味合いを含んだ我が侭。そんな彼女の変化に、ルイスは顔を頬の赤みを強めながらたじろいだ。


 彼が視線を泳がせれば、ニヤニヤと細められた碧い目とかち合う。それを避けてリオンを振り返れば、期待と不安に揺れる瑠璃と視線が交わる。それからしばし逡巡した後、ルイスは観念した様子で了承の意を示した。


 そうして、人目を忍びつつ三人が向かったのは、図書館裏にある小さな広場。そこは、ルイスは約一月前にエマと、リオンとリックは七日ほど前にグレッグの件で訪れた場所だ。


 その広場に辿り着くや、リックはリオンから銀色の鍵を受け取り、植え込みの後ろにある芝生の上を探り始めた。


「ここに通じてるのは聞いてたが、まさか芝生のど真ん中とは……」

「私も今日初めて知ったよ」


 そう言いつつ、リオンは植え込みの傍にしゃがみ込むと、両手を合わせて黙祷をした。そんな彼女の行動に訝しんだルイスが見たのは、彼女の足下にあるオレンジ色のキンセンカの小さな花束。置かれて間もないのか、瑞々しさを残すその花に、ルイスの眉根が微かに寄る。


 無言で祈るリオンに彼は静かに言った。


「お前のせいじゃないからな」


 その言葉に、リオンは驚いた様子で目を見開き、彼を見上げる。そんな彼女が見たのは、真っ直ぐ向けられた翠緑玉。それを見た彼女の顔は、今にも泣き出しそうなほどにくしゃりと歪む。そうして、目尻に涙を浮かべながら彼女が小さく頷けば、ルイスは彼女の頭を優しく撫でた。


 そんな中、リックがルイスに向けて手招きをすれば、ルイスはリオンの手を取り、相棒の傍へと向かう。二人が向かった先では、地面から生えるように跳ね上げ扉が口を開けていた。鉄でできた扉の上部には、周囲と同じ種類の芝生が埋め込まれ、開いたそこには石造りの階段がほの暗い地下へと伸びている。


 ランプを持って先に入ったリックに続き、そこへリオンを促していたルイスがはたと背後を振り返る。それにやや遅れ、リックもまた同じ方向へと視線を向けると、次いでルイスと顔を見合わせた。


「リック、リオンのこと頼む」

「了解」

「え、ルイスは?」


 言葉少なな二人のやりとりに、リオンが戸惑った様子で問いかければ、ルイスは苦笑しながら言った。


「問題なさそうならすぐ行く」

「でも……」

「大丈夫。こいつ、元気なときは気配を気取るのも隠すのも、団内だと団長以外右に出るヤツいないから」


 そんなリックの言葉に、ルイスが頷けば、リオンは渋々ながら通路の奥へと姿を消す。そうして、隠し扉を下ろすと、ルイスは木々の影にその身を潜ませた。


 その直後に空気を震わせたのは二つの足音。それは徐々にルイスの方へと真っ直ぐ向かってくる。そうして、彼が隠れている場所からほど近い位置にあるベンチで止まれば、ようやくそれらの主たちが口を開いた。


「ここに来るまで、誰にも見られなかっただろうな?」

「はい」


 ルイスの耳朶を打ったのは二つの男の声。一つは僅かにしわがれ、年を感じさせるバリトン。もう一つはまだ若々しさを感じさせるカウンターテノール。それらの声に、ルイスは顔を強張らせながら、木の陰からそっと彼らを盗み見た。


 最初に彼の目に入ったのは、満月に照らし出された紫紺のマントと胡桃色の髪。その更に奥に見えるのは、白髪交じりの黒髪と白を基調とした神官のローブ。彼らはルイスに背を向けて立っているため、彼からその顔は見えなかった。


 しかし、緊張した様子で頭を引っ込めたルイスの脳裏に、二人の顔が過る。一人は神殿のトップの右腕とも呼べる男。もう一人は部下でもある年若い騎士。


 それに対し、ルイスの心臓がバクバクと煩くなり響く。そんな中、神経質そうな声が尊大な口調で言葉を紡いだ。


「報告を聞かせなさい」

「ご指示のとおり、モール達の始末は滞りなく」


 淡々とした声が告げたそれに、ルイスは息を呑み、その目を大きく見開いたのだった。



挿絵(By みてみん)

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