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【完結】月夢~巫女姫の見る夢は騎士との淡く切ない恋の記憶~  作者: 桜羽 藍里
【第6章:明かされる秘密とそれぞれの想い】
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37.騎士達の密か事

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

「エマが先見の巫女様、ねぇ」


 気のない様子でそう呟いたのはリック。しゃがんでいる彼を振り返りながら、ルイスは怪訝そうな面持ちで言った。


「驚かないのか?」

「別に驚いてないわけじゃないよ。ただ、それなら祝祭前の不自然な言動と妙な落ち着き方も納得だなって思っただけ」


 リックの言葉に、ルイスは微かに目を瞬かせたあと、視線を戻しながら言った。


「確かにな。回避されたとはいえ、自分が殺されるのを先見したのは恐怖だったはずだ。なのに、それを表に出さずに、あれだけ普段通りに振る舞えるのはすごいと思う」

「そうだね。でもさ……」


 そこで切ったリックは、睨めつけるようにルイスを見上げながら、呆れた表情を浮かべた。


「なんでその話を今、こんな血みどろな場所でするわけ?」


 二人が今いる場所。そこは三方を石壁に、残り一方は鉄格子に囲まれた部屋――いわゆる牢屋だった。壁に固定された硬いベッドとランプ、部屋の隅に置いてある陶製のおまる以外、そこに家具らしいものはない。


 それは両隣に並ぶ他の牢屋と何も変わらない。ただ一点、部屋を染めている赤黒いモノが、他の二つと比べ広範囲に広がっていることを除けば。


 誰が見ても一目で惨状を連想するような、そんな場所に二人はいた。壁を埋め付くさんばかりの飛沫痕を前に、ルイスは壁を、リックは床を調べている最中だった。


 そんな中、リックは間髪おかずに続けて問いかける。


「他の騎士に聞かれたくないのはまだわかる。けど、リオンに聞かせたらまずい話なの?」

「先見を変えたい相手に内容を打ち明けると、良くも悪くも先が視えなくなるんだそうだ」

「なるほどね……」


 ルイスの返答に、リックは小さく息をついて納得の意を示す。そして、足下に広がる乾いた血溜まりをランプで照らしながら、続けて言った。


「そのリオンの未来、お前が傍にいたら起きるとは到底思えないんだけど。先見の中のお前、一体何してるの?」


 そんなリックの言葉に、ルイスの肩がピクリと反応する。無言の彼をリックが再び見上げれば、ルイスは視線を前に向けたまま苦々しげに言った。


「傍にいない上に、そのときに使われるのがオレの剣なんだそうだ」

「わー何それ、全く笑えないんだけど。ていうか、それお前にも話しちゃダメなんじゃないの?」

「先見にオレ自身が出てきたわけじゃないから、その辺は大丈夫らしい」

「……勝手がいいのか悪いのか。なかなか扱い難しいんだね、先見って……」


 眉を寄せたリックの口から小さなため息が零れ落ちる。そして彼は、一度俯かせた顔を上げ、ルイスを半眼で見つめて言った。


「ていうか、この前みたいに普通にしでかしそうだよね、お前。リオンを守ろうとして、とかさ」

「祝祭のあれは咄嗟だっただけで……」

「んー?」


 気まずそうに呟くルイスに、リックはにっこりと微笑みを浮かべる。しかし、その目は全く笑っておらず、よくよく見れば彼のこめかみは僅かに引き攣っていた。それを横目で見たルイスはたじろぎ、視線を明後日の方向へ向けながら言った。


「悪かったって。何度も謝っただろ」

「反省してなきゃ意味がないでしょ。あれは本当に危なかったんだから、反省してよね」

「してるって。もしオレの不在が原因の一つなら、オレは何が何でも生き延びる必要があるだろ。自意識過剰かもしれないが……」


 自嘲気味な笑みを浮かべたルイスに対し、リックは笑みを深めつつ立ち上がった。そして、無言のまま彼の容赦ない手刀が、ルイスの脳天に落とされる。頭を押さえ、痛みに唸るルイスに、彼は呆れ果てた様子で言った。


「自意識過剰じゃなくて妥当だし。リオンの未来に関係なくても、生き延びなきゃオレだって怒るからな」

「もう怒ってるだろ……」

「誰のせいだと思ってるのかなぁ?」


 ボソリと呟いたルイスに、リックは両腕を組んで睨みを利かせながら問いかけた。口元を引き攣らせている彼に、ルイスは体裁が悪そうに口を噤み、視線を逸らす。


 そんな相方の様子に、リックは小さく息をつきながら、反対側の壁の方へと向かう。ランプを翳し、灯りを頼りにその周囲を注意深く見ながら、彼は言った。


「それでよく護衛騎士から外されなかったね。団長に反対されなかったの?」

「……そこについてだけは話してない」

「は?」


 やや間を置いて告げられた内容に、リックは驚きを露わに、ルイスを振り返る。信じられないと言わんばかりの顔で凝視する彼に、ルイスはバツが悪そうに言った。


「言ったらさすがに外される気がしたんだ」

「そりゃ当然の判断でしょ。ていうか、報告怠るなって普段口酸っぱく言ってるヤツが何してんの?」


 睥睨しながらリックが問えば、ルイスは一呼吸置いて言った。


「ただでさえ、傍で守れない現状に落ち着かないのに、これ以上延ばされてたまるか」

「……へ?」


 ルイスの返答に、リックはぽかんと呆けた様子で絶句し、二人の間を沈黙が漂う。そうして、僅かな間を置いた後、リックは微かに苦笑いを浮かべて言った。


「まぁ、そういうことなら黙っておいてもいいけど。それでまたヘマしたらボッコボコにするから、その辺よーく覚えといてね」

「……いいのか?」


 眉を寄せて問いかけたルイスに対し、腰に手を当てたリックの口からは小さなため息が零れ落ちる。


「話しといて今更? というか、お前がそこまで言う時点でよっぽどだし。ならそれを支えてこその副官ってもんでしょ」

「そうか……。ありがとな」


 後半、勝ち気な笑みを浮かべたリックに対し、ルイスの顔には安堵の笑みが浮かぶ。彼のそれに笑みを深めたあと、リックは再び牢の中の調査へと戻った。


 備え付けの家具やその影、鉄格子前の廊下など、隅々までリックは目をこらす。そうして、周囲をくまなく調べると、彼はルイスの傍に近付きながら問いかけた。


「ねぇ。モールの死因って、首を切られたからだっけ?」


 問いかけに対しルイスは、左手で顎下の首をなぞりながら言った。


「致命傷になったのは、右顎下の切り傷だ。正確には、体のありとあらゆる部位を痛めつけられた上で、だけどな」

「なるほど。それで逃げ回った分、ここは他の二人よりも酷い有様なわけだ」


 うんざりした様子でリックは眉を寄せ、ルイスの傍に立つ。そんな彼にルイスは真顔で尋ねた。


「で、お前はどう思う?」


 意見を求められたリックは、思案顔で天井を見上げて言った。


「そうだね。死因にしろ、この状況にしろ、犯人は相当モールを恨んでいたんじゃないかな」

「それはオレも同感だ。他は?」

「ここからどうやって逃げたのか、かな」

「え?」


 リックの言葉にルイスは訝しげに首を傾げた。『どういうことだ』と言わんばかりに、翠緑色の双眸がリックへ向けられる。その視線に対し、リックは苦笑いを浮かべながら言った。


「考えてもみてよ。これだけの血の量、しかも一番派手に出血するとこ切ってるんだよ? 当然、犯人だって相当な返り血浴びてるはずだよね」

「それはそうだろ」

「けど、廊下には血痕なんて一つも落ちてない。恐らく、ほぼ全身血塗れだったはずなのに」

「あ……」


 そこまで言ったところで、ルイスがハッとした様子で瞠目する。そんな彼に、我が意を得たりと言わんばかりの表情でリックは言った。


「ここの出入り口は一つ。だから見張りを引き離したのはわかる。けど時間がない中、血痕を全て拭いながら逃げるなんて、普通はしないよね」

「確かに。けど他に逃げ道なんて……」

「……一つだけ、心当たりはあるんだ」


 一呼吸間を置いて告げられた言葉に、ルイスは無言で先を促すようにリックを見つめる。それに対し、リックは僅かに逡巡した後、静かに言った。


「この場所が、神殿建築当初から存在していたのは知ってると思うけど。あるんだよね、ここ」

「何が?」

「いざ時のための隠し通路ってヤツ」


 告げられた内容に、驚愕で翠緑色の瞳が大きく見開かれる。しかし、それに構うことなく、リックは壁に固定されたランプへと近付いていく。彼は徐にそれを掴むと、横へ引っ張ろうとしたが、まるでビクともしない。それに対し、彼は焦る様子もなく言った。


「さすがに鍵は閉めてある、か」

「鍵って、お前……」

「まぁ、外れてる可能性もあるし。とりあえず、ちょっとオレについてきてよ」


 返事を待たずに踵を返したリックに、ルイスもまた追うように歩き出す。そして、真っ直ぐ地上に出た二人が、寄り道をしつつ向かったのは森の中。


 前日の雨に濡れた葉から滴が落ちる中、リックは迷いのない足取りで進む。スタスタと先を行く彼の後を、ルイスは無言でついて行く。何も語らぬ背中をじっと見つめながら……。


 そんな中、二人が辿り着いたのは、木々や草に隠されるようにひっそりと佇む古井戸。蓋をされたそれに、リックは躊躇いもなく近付いていく。井戸の前に立つと、彼はその蓋をずらし、中を見て言った。


「やっぱり、か」


 その言葉に、ルイスもまたリックの隣に立ち、井戸の中を覗き込む。そんな彼の目に映ったのは、井戸の内壁に付着した無数の血痕と、底にうち捨てられた黒い何か。それらを見たルイスは、僅かに息を呑んだ様子で言った。


「こことあの牢屋は繋がってるのか?」

「そういうこと。とは言え、鍵を使わないと開けられないはずなんだけどね」


 そう言いながら、リックは縄梯子を井戸の中へと下ろした。それは、来る途中で立ち寄った厩舎から拝借したもの。それを伝って井戸の底へ辿り着くと、彼は血で汚れた黒いローブを拾い上げ、検分を始める。やや遅れて彼の隣へ降り立ったルイスは、その一角にある暗い通路を見つめ、問いかけた。


「この通路は、牢屋以外にも繋がってたりするのか?」

「図書館横の森と、屯所の水場。リオンの部屋に、先見の巫女の部屋、あとは祝祭(フェストゥス)のときにリオンが使ってた王族の部屋だね。絵の裏だったり、床の一部だったり、上手く隠された場所に繋がってるらしいよ」

「そんな話は初耳なんだが。お前はどうしてそんなこと知ってるんだ?」


 訝しむルイスの詰問に、リックの口から『う~ん』と小さな唸り声が漏れる。しばし考え込んだ後、彼は頭を掻きながら言った。


「団長に頼まれて、オレが逃がしたんだ。この隠し通路からライルさんを。そのときに聞いたから知ってる、それだけだよ」


 相棒が打ち明けた内容に、ルイスは目を見開き、しばし言葉を失った。驚き固まった彼が、ようやく絞り出したのは戸惑いを伴った言葉。


「なんで団長がそんなこと……」


 困惑に揺れるルイスの目を見ながら、リックは静かに言った。


「当時の団長とライルさんは、今のお前とオレに近い感じの関係だったんだ。どういう経緯でかは知らないけど、少なくてもオレからはそう見えた」

「だが、ライル=フローレスは……」

「リオンを浚おうとした。それは事実だよ。でもこの件に関しても、団長はたぶん理由を知ってたんだと思う」


 リックの言葉に、ルイスの視線が当惑した様子で彷徨う。そして、やや間を置くと彼は問いかけた。


「彼を逃がしたのは、お前一人でやったことなのか?」

「うん。そのときのお前、ライルさんの行動に動揺して、冷静になんてなれてなかったし。オレが行動に移した頃には、オレ以外みんなライルさんのこと忘れてたからね」


 へらっと笑いながら告げたリックに、ルイスは眉を顰める。そして、怪訝そうに碧眼を見つめながら、彼は問いかけた。


「まさかお前、実は記憶をなくしてない、とか言わないよな?」

「そのまさかだったりして」


 軽い口調で返された肯定に対し、『は?』と素っ頓狂なルイスの声が響く。驚きで二の句が継げないルイスに、リックは困ったように笑いながら言った。


「体質的に効かないみたいなんだよね、忘却水」

「そんな話聞いたことないんだが……」

「まぁ、オレが異質なだけだよ」


 自嘲気味に告げたリックに、ルイスは開きかけた口を閉ざし、小さく拳を握る。そして、やや目を伏せたリックの頭を、彼は手の甲でコツンと軽く叩いた。それに対し、驚いた様子の碧い双眸が向けられると、ルイスは呆れ顔で言った。


「何が異質だ。お前が変なのは昔からだろ」


 告げられた言葉に対し、一瞬呆けたリックの顔に浮かんだのは苦笑い。


「ええー……。人の頭殴った上に、言うに事欠いてそれ?」

「小突いただけだろ。だいたい、元から変なのに体質が加わったからなんだって言うんだ。何も変わらないだろ」

「……お前の中のオレは変わるかもよ?」


 リックは眉尻を下げて、視線を僅かに逸らした。そんな彼に対し、ルイスの眉尻は不機嫌そうにつり上がる。そして彼は、無言で拳を持ち上げると、今度はゴツッと音を立て、リックの脳天にそれを落とした。『いたっ!』と呻きながら頭を押さえるリックに、彼は真顔で言った。


「今更その程度で変わるか、バカ。見くびるなよ」

「ルイス……」


 紡がれたルイスの言葉に、見開かれたリックの碧眼が微かに揺れる。そんな彼に、ルイスは気まずげに頬を掻きながら言った。


「お前が脳天気にヘラヘラ笑ってないと、こっちは調子狂うんだ」

「うわ、何その言い草。ひっどいなぁ」

「その調子で、何だかんだとオレに構い続けたお前が悪いんだろ」

「構ってあげたんだよ」


 そんな彼の言葉に、不満げなルイスの視線が向けられる。が、彼が見たのは、いつもどおりの笑みを浮かべるリック。憂いが消えたそれを見て、ルイスはホッとした様子で小さく息をついた。


「まぁ、その点については感謝してるけどな」

「は……?」


 ルイスの言葉に、丸くなったリックの目が何度も瞬く。そして、彼は一呼吸置くと、そろりとルイスに近付いて言った。


「お前、実はまだ熱あったりしない?」

「ないって言ってるだろ。疑り深いな、全く」

「いやだって、お前が素直とか槍でも降りそうじゃない?」


 ぞんざいに振り払われた手で、頬を掻いたリックの顔は苦笑いで彩られている。そんな彼に対し、ルイスは頬を微かに染め、ふいっと顔を背けていった。


「悪かったな。もう二度と言わない」

「ごめんごめん。あと、ありがとう」


 軽い謝罪とは裏腹に、静かに紡がれた感謝の言葉。それにルイスは気恥ずかしげに視線を彷徨わせると、少々ぶっきらぼうな調子で言った。


「別に普通のことだ、気にするな。で、話戻すが、なんで最初から言わなかったんだ?」


 唐突かつ強引な話の戻し方に、リックは一瞬目を瞬かせた。しかし、微苦笑を浮かべると、空を見上げながら言った。


「思い出さずにいてほしかったんだ」

「どうして?」

「ライルさんがリオンを浚おうとしたのは、お前やオレを含めた二隊の騎士が見てる。みんなが思い出したら、彼を捕まえるために動くだろうから」


 その言葉に、ルイスは怪訝そうな様子でリックを見て問いかけた。


「何故そこまでして庇うんだ?」

「あの人がやろうとしたことは一見すると重罪だよ。でも、その根底にある理由は、お前が今謹慎になってるそれと同じなんじゃないかって、オレは思ってる」


 凪いだ目でそう告げたリックに、ルイスの眉が顰められる。真っ直ぐ見つめられても、リックが口を開く気配はない。そんな彼に対し、納得のいかない様子でルイスは口を開いた。


「どういうことだ?」

「これはオレの想像……というか希望でしかない話だから今はやめとく。けど、ライルさんのことを思い出したらわかるよ、お前もきっと」


 そう言って、眉尻を下げたリックに、腑に落ちない様子ながら、ルイスは沈黙する。それ以上言及する様子のない彼に、リックはいつも通りの口調で言った。


「ま、とりあえず、色々脱線したけど、これで次に確認するのは決まったかな」

「なんだ?」

「鍵の所在確認、だよ」

「鍵の所在って……お前、まさか団長を疑ってるのか?」


 リックの言葉を反芻したルイスは、ギョッとした様子でリックを振り返る。そんな彼を、リックはじと目で見つめて言った。


「そう見える?」

「……いや」

「ならバカなこと聞かないでよね。だいたいあの人だったら、こんな場所に証拠なんか残しておかないって」


 肩を竦めたリックの口から、呆れの滲んだため息が漏れる。そんな彼に、ルイスは得心がいかない様子で問いかけた。


「ならなんで?」

「鍵を盗まれてる可能性もあるし、団長しか知らないことがあるから聞きに行くだけ」

「団長しか知らないこと?」

「複製の有無とその持ち主について、だよ」


 きっぱりそう言い切ると、リックはローブを腕にかけ、縄梯子を登り始めたのだった。


挿絵(By みてみん)

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