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【完結】月夢~巫女姫の見る夢は騎士との淡く切ない恋の記憶~  作者: 桜羽 藍里
【第6章:明かされる秘密とそれぞれの想い】
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36.騎士の激白

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 宵闇が辺りを覆う頃。ランプの灯りに照らされたグレンの執務室には、窓に打ち付ける風と雨音のみが響いていた。そんな中、控えめなノックの音が響く。その音に書類から顔をあげつつ、グレンが応じれば、執務室の扉が開いた。


「エマ殿は?」


 外した眼鏡を机に置きながら、そう問いかけたグレンの目の前にはルイスの姿。たった今入ってきたばかりの彼は、グレンの問いに対し、執務室の扉を閉めながら言った。


「多少、衝撃を引きずってはいたようですが、リックにも事情は伝えたので問題はないかと。というか、団長。まず話すべきはライアンたちの話についてじゃないんですか?」

「それに関しては短くは済まないだろう? なら、すぐ済む方を先に済ませた方が効率的だ」

「そうですか。……ところでどうでもいいことですが、今更彼女の呼び方を戻す必要あるんですか?」

「時と場所、状況に配慮しているだけだ」


 淡々と返されたグレンの言葉に、ルイスは彼の方へ向かいながら苦笑を浮かべて言った。


「私に配慮する必要はないと思いますが」

「オレの気持ちの問題だからお前は気にしなくていい」

「……わかりました」


 少々ぶっきらぼうな返答に肩を竦めて返しつつ、グレンの机の前に立ったルイスは真顔で問いかけた。


「それで本題ですが、団長の方はどうでしたか?」

「モール達三人の死因は、顎下の首を鋭利な刃物で切断されたことによる失血死。殺されたのはだいたい昼前頃だそうだ」

「ライアンたちの話とも一致しますね。フィリップが交代直前に巡回した際には、確かに生きていたそうですし。当初交代予定だったユルゲンが倒れたことによる介抱と、代替要員探し、ライアンへの引き継ぎ。この間、およそ半刻(はんとき)ほど、見張りが不在になっていたそうなので、恐らくそのときかと」


 指を一本ずつ立てながら告げたルイスの言葉に、グレンは口元に手を当てて考え込んだ。そんな彼にルイスは続けて問いかけた。


「ちなみに団長、倒れたユルゲンの方は原因わかりましたか?」

「いや。食中毒に症状は似ているが、騎士団全員が同じものを食べていることを考えると、ユルゲンだけが倒れるのはおかしいそうだ。今日はパチル殿もご不在でな。それについては明日以降だな」

「そうですか……」


 グレンの言葉に、ルイスもまた眉を寄せて思案に耽る。徐々に外の雨脚が強まる中、思案顔で黙る二人の間に重苦しい沈黙が漂う。そうして、僅かに間を置いたあと、グレンは案じた表情でルイスを見て問いかけた。


「あの男がお前の仇、だったんだよな?」

「……ええ。十五年前に私の両親を殺したのは、あの男です」

「多少、気は晴れたのか?」


 そう問いかけたグレンに対し、ルイスは両手をきつく握りしめると、首を左右に振って言った。


「いえ。あれだけ憎いと思っていたはずなのに、むしろヤツに手をかけた相手に怒りを感じるくらいです」


 そんなルイスの返答に、グレンは虚を突かれた様子で目を瞬かせて言った。


「法の元での裁きを待ったところで、裏を取れたものだけでも百人以上殺してきた重罪人だ。極刑は免れられなかったはずだが?」

「自分はたぶん、ヤツに法の裁きを受けさせたかったのだと思います。そして、叶うことなら両親の墓前で謝らせたかったのかもしれません。まぁ、仮に今回殺されていなかったとしてもあり得ない話だったとは思いますが」


 苦笑しながらそう言ったルイスに対し、グレンは『そうか』と呟いた後、両手を組んで口を噤んだ。そんな彼にルイスが訝しげな視線を送れば、グレンは視線を下げて問いかけた。


「お前はオレを恨んでいるか?」

「はい? 何故ですか?」


 グレンの言葉に、ルイスは心底不思議そうに目を瞬かせ、首を傾げた。そんなルイスにグレンは両手をきつく握りしめて言った。


「十五年前、お前に忘却水を飲ませたのは……、オレだ」


 そんなグレンの唐突な告白に、ルイスは瞠目し、しばし黙り込んだ。そうして僅かな間を置くと、彼は静かに口を開いた。


「薄々気付いてはいました。じい様がその判断をするとは思えませんでしたし。ですが、だからと言って団長を恨んでなどいません」


 その返答にグレンが顔を上げれば、そこには微苦笑を浮かべたルイスがいた。強張っているグレンの顔を見て、ルイスは困ったように苦笑を深めて言った。


「団長がその判断をしていなかったら、私は恐らく復讐に身を投じていたでしょう。それはモールに対してだけではなく、私自身に対しても。忘却水を使っていなかったら、今ここには居なかったかもしれません」


 ルイスが告げた内容に、グレンは悲痛な面持ちで眉を寄せた。しかし、そんな彼にルイスは笑みを浮かべて言った。


「だからこそ、私はあなたの判断は正しかったと思っていますし、感謝しています」

「そう、か……」


 穏やかなルイスの言葉にグレンは深々と嘆息し、強張っていた肩を僅かに落とした。そんな彼に、ルイスは頬を掻きながら苦笑して言った。


「気にしていらしたんですね」

「当たり前だろう。誰も好き好んで忘却水なんか飲ませたいなんぞ思うものか。いつ思い出したのかは知らないが、お前はずっと頑なに団長としか呼ばないし。気にもする」


 そう言って、グレンは決まり悪そうに明後日の方向へ視線を向けた。いじけているようにも見える彼の様子に、ルイスは呆れた様子で小さく息をついて言った。


「それについては、騎士団に入る際に何度も説明したと思うんですが……?」

「だからと言って徹底し過ぎだろう」

「そう言われましても……。あなたとの関係が露呈すると少々面倒なことになりますし、仕方ないじゃないですか」

「あんた呼びがまだマシとすら思える、そんなオレの気持ちを考えたことはあるか?」


 恨みがましそうに睨め付けるグレンに、ルイスは小さく唸ってたじろいだ。そして、非常に気まずそうに視線を逸らして言った。


「その節は申し訳ありませんでした」

「謝って済むなら法なぞいらん。というか、謝ると言えば、まだお前の口から聞いてない謝罪がもう一つあったな」

「え?」


 グレンの言葉にルイスはキョトンとした様子で、視線をグレンへと戻した。すると、そんなルイスにグレンはにっこり微笑んで言った。


「月巫女様に、聖典や制約について問われ喋ったとはどういうことだ?」


 こめかみの辺りを引き攣らせているグレンに対し、ルイスは『あ』と呟き、口元を引き攣らせた。しばし間を置くと、ルイスはきりっと顔を引き締め、グレンを真っ直ぐ見て言った。


「申し訳ありません。エマとの会話を一部聞かれてしまっていたこともあり、誤魔化しきれませんでした」

「……いっそ清々しいくらい目が全く謝ってないぞ」

「そんなことはありませんよ、団長の気のせいでは?」

「ルイスよ。嘘をつくなら、気まずくなると目を泳がせる癖をいい加減直せ」


グレンの指摘に、視線を明後日の方へと逸らしていたルイスがピタリと硬直する。そうして、そろりと窺うように振り替えるルイスに、グレンは呆れたように小さく息をついて言った。


「全く……。とりあえず、一つ聞かせろ。お前はどうしてそこまで月巫女様に肩入れするんだ?」

「肩入れなど……」

「相手が月巫女様と言えど、剣も持たない人間に詰め寄られた程度で、口を割るお前ではないだろう。彼女に絆されでもしていない限りは、な」


 言い逃れは許さないと言わんばかりに、グレンは厳たる態度で言った。そんな彼の深紅の瞳が向ける厳しい視線に、ルイスはしばし視線をさ迷わせた。が、意を決した様子でグレンの目を真っ直ぐ見ると、ルイスは背筋を伸ばして言った。


「私が彼女を一人の女性として好いているからです」


 毅然と告げられたルイスのそれに、グレンは表情を変えずにじっとルイスを見た。それでも尚、逸らされることのない翠緑色の瞳に、グレンは嘆息して言った。


「やはりか……」

「気付いていらしたんですか?」

「名を呼んだこと、それに目を覚ましたときのお前の言動を聞いてれば、な」


 グレンの言葉に、ルイスは訝しげに眉根を寄せた。しかし、彼の言わんとする内容に思い至ったのか、ややあってルイスは驚愕を露に目を見開いた。そんな彼の反応に、グレンは苦笑しながら言った。


「状況として仕方のないこととはいえ、不注意が過ぎたな」


 そんなグレンに対し、ルイスは眉をひそめて問いかけた。


「気付いてなお、私を護衛騎士から外されないのですか?」

「外してほしいなら外す。だが、今お前を外せば無茶をしそうだからな。お前も、月巫女様も」

「お取り計らい痛み入ります」


 肩を小さく竦めつつ言ったグレンに、ルイスは頭を下げた。そんな彼に、グレンは真顔で言った。


「聖典に疑惑が生じている現状、希望がないとは言わん。だが、頼むから全容が明らかになるまでは何があっても絶対手だけは出してくれるなよ?」

「そんなことしませんよっ!」


 グレンの言葉に、ルイスは真っ赤に染め上げた顔をガバッと上げて言った。彼のその反応に、グレンは僅かに目を瞬かせると、ふっと苦笑を浮かべて言った。


「お前、恋愛に興味がないのかと思ったが、単に奥手なだけだったんだな」

「……任務で手一杯の中、恋に現を抜かしている暇がなかっただけです」

「今も状況は同じはずなんだがな」


 バツが悪そうに視線を逸らして言うルイスに、グレンはやれやれと言わんばかりに眉尻を下げた。そして、小さく息をつくと、グレンはルイスを真っ直ぐ見て言った。


「まぁ、冗談染みた話はさておき、しっかり月巫女様を守れよ。もちろん、お前自身も含めて、な?」

「はい」

「そのためにも、お前は明日からモール殺しについて調べてくれ」

「……わかりました」


 グレンの言葉に対し、ルイスは眉根を寄せて視線を足下へと落とした。両手をきつく握りしめて口を結んだルイスに、グレンは静かに、しかし決然とした様子で言った。


「どんな事実がそこにあったとしても、決して躊躇うなよ?」

「わかって、います」

「……損な役回りをさせてすまないな」

「いえ」


 そう言って、ルイスが首を左右に振ったのを最後に、その場には陰鬱な沈黙が降りたのだった。


***


 その翌日。空が白み始めたばかりで、鳥のさえずり以外に生き物の声がしない早朝のこと。まだ大半が夢の中にいる中、軽装姿のルイスは一人、訓練場で模造剣を振るっていた。


 彼がいる武舞台は前日の雨で濡れていて、ルイスが動く度に足下で小さな滴が弾ける。そんな彼の動きは、単調な素振りではなく、誰か相手がいるのを想定した動き。それは地を蹴る度に弾ける水滴と朝焼けの光を受け、まるで幻想的な剣舞のようだった。


 そんな中、息を切らしながら動きを止めたルイスは、汗を拭いながら『くそっ』と小さく悪態をついた。苛立たしげな様子で、ルイスが剣を握る手に力を込めたそのときだった。


「まだ早朝だっていうのに、これまた随分と荒れてるねぇ」


 のんびりとしたその台詞に、ルイスは不機嫌さを隠そうともせず、背後を振り返った。その先にいたのは、苦笑いを浮かべた金髪の騎士――リックだった。


 訓練場の外壁に、寄りかかるように体を預けていたリックは、体を起こすと視線を横にやった。そして、すぐ脇に雑然と立てかけられた複数の模造剣のうち、一本を手に取るとルイスに近付いて言った。


「今日の護衛はグレッグがメインだし、気晴らし付き合うよ?」


 そう言って、剣先をルイスに向けて立つリックに、ルイスは滴る汗を手の甲で拭い、剣を構えた。


 早朝の訓練場に剣戟の音が静かに木霊する。そうして、何合になるかわからない打ち合いの中、リックは言った。


「モールってお前の仇、だったんでしょ? ……っと。罪状的に死刑は免れない。いずれは死ぬ予定だったのに、なんでお前そんな荒れてるわけ?」

「信じたくはないが、騎士団内に裏切り者がいる可能性が高いんだ、よっ」


 そう言って、力任せに振り下ろされたルイスの剣を、リックは難なく受けると眉を顰めた。ギリギリとつばぜり合いをしながら、リックはルイスを見て問いかけた。


「根拠は?」

「モールが殺されたのは、見張りが昼の交代で不在になったときだ。しかも、引き継ぎを受けていたユルゲンが急に倒れたことでバタついたらしくてな。代わりに手が空いてる騎士を急遽探すことになったのも相まって、不在の時間が半刻まで長引いたらしい」


 そんな会話をしつつ、ルイスは体ごと剣を引き、大きく一歩リックから距離を取った。それに対し、リックは追い討ちをかけるように剣を振るい、再び一合二合と金属音が鳴り響く。


「外部の人間なら、見つかる可能性の高い昼に動くっていうのは、かなり不自然だね」

「ああ。夜の方が人も少ないし、露見するのももっと遅かったはずだ」

「でも、昼に決行した。それも、本来だったらすぐに人が戻ってくるような時間帯に」

「そうだ」


 リックの攻め手を剣の腹で受けて流すと、今度はルイスが攻勢に回りながら言った。


「外部に見せかけるには夜が一番よかったはずなのに、それをしなかった理由はわからない。だが、ユルゲンの不調が仕組まれたものだと仮定すると、嫌になるくらい辻褄があうんだ」

「仕組めるとしたら、内部の人間……つまり、騎士団の誰かの可能性が高いわけだね」


 その言葉に、ルイスは不愉快そうに眉間へ皺を刻みながら、剣を乱雑に振るい言った。


「そして、ここに来てそんな危険を冒してでも、モール達を殺す理由として考えられるのは口封じ以外ない」

「つまり、犯人は使徒(アポストロス)の代理人本人、もしくはその協力者。リオンを殺そうとしたヤツの仲間ってことか……。それが騎士団内の仲間内にいるんだとしたら、なるほど。確かに全く笑えない話だね」


 ルイスの怒りが上乗せされ、力いっぱい繰り出される剣撃を受け流しつつ、リックもまた眉を寄せて小さく息をついた。そうして、キィンと高い音を立てて再びつばぜり合いに持ち込むと、リックは静かに問いかけた。


「でも、まだそうじゃない可能性も残ってるわけだよね。どうするの?」

「団長の指示もあるが、モールを殺した犯人を捜す」

「あては?」

「あったらここで剣を振り回してない」

「あー……、そういうこと」


 ルイスの返答にリックは一瞬呆気に取られたあと、苦笑しながら続けて言った。


「お前って、戦うことに以外に関しては、ホント不器用だよねぇ……」

「ほっとけ!」


 怒り任せに力を加え、押し切ろうとするルイスに対し、リックはふっと力を抜いて体を横にずらした。それによってルイスが体勢を崩したところで、彼の足を引っかけ、リックはあっさりとルイスを転ばせた。前のめりに転んだルイスが振り返ろうとしたときには、首元にリックの持つ模造剣があり、勝負はそこで決した。


 それに対し、ルイスが悔しげに眉を寄せれば、リックは剣を肩に担いで呆れた様子で言った。


「素直に手を貸せって言えばいいじゃん。そういうのに関してはオレの方が得意なんだから」

「これ以上、お前の負担を増やすのはさすがに……」


 そう言ったルイスの脳天を、リックは模造剣の腹でペシペシ叩きながら、じと目で言った。


「お前はもうちょっとその辺学習しろ。オレにこうも簡単に一本取られるくらい、感情的になって集中力欠いてるようじゃ話にならないよ?」

「う……」


 リックの辛辣な言葉に、ルイスは居た堪れない様子で視線を逸らした。そんな彼にリックが呆れ果てた様子で一つため息をつけば、ルイスはチラリとリックを見上げて言った。


「仮眠は?」


 そんな短い一言に、リックは微かに目を瞬かせたが、やや間を置くと満足げに笑みを浮かべて言った。


「多少はほしいところだけど、午後で問題ないよ」

「じゃあ、汗を流したら付き合ってくれ」

「りょーかい」


 剣を左手に持ち替えつつ、そう言ったリックはルイスに手を差し出した。ちょうど訓練場に朝日が差し込み、リックの金髪がキラキラと輝く。ルイスはその光を眩しげに見上げつつ、相棒の手を取ると、微かに笑みを浮かべて立ち上がったのだった。



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] リオンの義父さん意外と話が分かるしリオンを大事に思ってるいい人そうで安心しました。 [一言] きな臭くなってきましたね。二人の間に立ちはだかりそうな試練が目に見えてきて、うーんと唸ります。…
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