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【完結】月夢~巫女姫の見る夢は騎士との淡く切ない恋の記憶~  作者: 桜羽 藍里
【第6章:明かされる秘密とそれぞれの想い】
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35.先見の巫女

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 前日の晴れ間が嘘のように、冷たい雨がしとしとと降り注ぐ昼下がり。ルイスは屯所内にあるグレンの執務室にいた。彼の目の前には、芳ばしい香りを漂わせながら、ロートからフラスコへと静かに沈んでいく珈琲。まだ落ちきらないそれを前に、彼は背後にある応接テーブルの方へ、チラリと目を向けた。


 応接テーブルを囲むソファーには二人の人物の姿。ルイスが立っているすぐ後ろのソファーには、その部屋の主であるグレン。そして、テーブルを挟んだ反対側には、緊張で肩に力が入っている様子のエマが座っていた。


「暖かくなってきたと思いきや、急に冷え込みましたね」

「そ、そうですね……」

「その上にあいにくの天気ですが、お寒くはないですか?」

「あ、い、いえ、お気遣いなく……」


 にこやかに話題を振るグレン。それに対しエマは、緊張で全身を強張らせつつ、どうにか返すといったことを繰り返している。そんなぎこちない二人の様子にルイスは、少々困った様子で頬を掻きながら、手元へと目を戻した。


 ややあって、珈琲がフラスコに落ちきると、ルイスは手際よく二つのカップへと珈琲を注いだ。そうして彼は、ちょうど会話が途切れて沈黙した二人の元へと、それらをソーサーに乗せて運んでいった。


 ルイスが珈琲をそれぞれの前におけば、グレンもエマも安堵した様子で息をつき、カップへと手を伸ばした。そんな中、サーブを終えたルイスは静かにエマの隣に腰を下ろすと、珈琲に口をつける二人をそっと見やった。


 珈琲を楽しんでいる様子のグレンを見たあと、隣に座るエマの様子を窺う。ミルクが予め混ぜられたそれに、添えられた角砂糖を落としたエマは、一口飲むとホッとした様子で口元に笑みを浮かべた。そんな彼女の様子を確認すると、ルイスは再びグレンを見やり、彼をじっと見つめた。僅かに遅れてルイスの様子に気付いたエマも、カップをそっとソーサーに戻すと、彼に倣うようにグレンを見上げた。


 視線を真っ直ぐ向けてくる二人に対し、グレンは静かにカップを置いてエマを見やった。ほんの少し前までガチガチだった彼女の顔や肩から、僅かに力が抜けている。それを見たグレンは目を細めて笑顔で言った。


「エマ殿の緊張もほぐれたようですし、本題に入りましょうか。私に話があるとのことでしたが、何でしょう?」


 そう問われれば、エマは再び緊張した様子で体を強張らせた。そんな彼女にルイスは、努めて穏やかな口調で言った。


「エマ、よろしければ私が説明しましょうか?」

「いえ、私の口から説明させてください」


 そう言ってルイスに断れば、エマは一つ深呼吸をすると、グレンの目を真っ直ぐ見上げて背筋を正して言った。


「月巫女様を死なせないために、ヤヌス団長の力をお借りしたいんです」

「死なせないためとは、随分穏やかでない話ですが、詳しくお聞かせ願えますか?」


 そう言って、前のめり気味になりながら両手を組んだグレンに、エマは一つ頷いて続けた。


「お話する前に一つ先にお伝えすることがあります」

「何でしょう?」

「これまで黙っていましたが、私には先見の力があります」

「先見の? あなたが、ですか?」


 エマが告げた内容に、グレンは僅かに戸惑った様子で目を瞠った。そんな彼に、エマはしっかりと首肯した上で続けて言った。


「先代の先見の巫女様によれば、私が彼女の次代にあたるそうです」

「それを証明するものは?」

「……ありません」


 僅かに間を置いて返ってきた彼女の返答に、グレンは困ったように眉尻を下げた。そんな彼に対し、エマの隣に座っていたルイスが真顔で口を挟んだ。


「団長。証明にはなりませんが、少なくとも彼女の先見の力を事実と仮定した場合、腑に落ちることならばあります」

「それはなんだ?」

「モールの襲撃の件です」


 ルイスのその言葉に、グレンは僅かに眉根を寄せ、無言で続きを促した。それに対しルイスは淡々と言った。


「私はあの日の朝、彼女に『潔斎後、月巫女様の部屋へ来てほしい』と声をかけられました。その結果、あの時あの場に居合わせました。ですが、それがなかった場合、私は恐らくあの場所には居合わせなかったでしょう」

「その場合、二人を守りながら七人相手の多対戦を室内、しかもリック一人で、か」

「はい。エマ、申し訳ないが、あの日の朝に()た夢について、もう一度お願いできますか?」


 そんなルイスの言葉に、エマは小さく頷いた後、一つ深呼吸をして言った。


「私が視た夢では、ヤヌス団長が仰ったように、リック様が私達を守るために一人で七人を相手に戦われました。その中で、彼は私達を庇って倒れ、私もまた……彼らに殺されました」


 エマの語った内容にグレンは、驚きを露わに瞠目した。そんな彼にルイスは静かに言った。


「私があの場に居合わせなかった場合、その夢は現実にあり得たと考えます。少なくても、四人相手でリックに余裕がなくなる程度には、賊の腕も確かなものでしたから」

「なるほど……。一見すると偶然が引き起こしただけの奇跡とも取れるから、腑には落ちるが、証明にはならない、か」


 そう言って考え込むグレンを、ルイスは真剣な表情で真っ直ぐ見て言った。


「信じる信じないは団長にお任せします。ですが、彼女の話を最後まで聞いていただけないでしょうか?」

「そうだな、わかった。エマ殿、話の腰を折って申し訳ない。続きを」


 そんなグレンの言葉を受けると、エマは二つ返事を返し、再び静かに話を始めた。


「先代様は月巫女様がお生まれになった頃から。私は先代様が亡くなったあと、時折視る夢があるんです」

「それはどんな?」

「今よりももう少し年を重ねた月巫女様が、自らお命を絶つ夢です」


 エマの言葉にグレンは目を見開き、僅かに息を呑んだ。一呼吸間を置くと、彼は戸惑った様子でエマに問いかけた。


「どうしてそんなことに……?」

「先見で視れるのは、起き得る事象の結果だけです。どんな過程を経てそうなるのかまでは……」

「そう、ですか……」


 首を横に振り答えたエマに、グレンはやるせない様子で目を伏せた。そうして僅かに生じた陰鬱な空気を振り払うかのように、グレンは一度顔を左右に振ると、エマを見て言った。


「あなたは何故それを今になって、ルイスや私に……? 失礼だが、エマ殿はその力をずっと周囲に隠しておられたのでは?」


 そんなグレンの言葉に、エマは眉尻を下げて苦笑しながら言った。


「ええ、仰るとおりです。両親と先代様以外、これまで私の力を知る人はいませんでした。父から公言しないようにと言われて以来、ずっとそうしていましたから」

「でしたら何故?」

「私一人では、月巫女様をお救いするのが難しいと、先の襲撃と祝祭の時に実感したからです」

「祝祭というと、まさか……」


 グレンが視線をエマの隣に座るルイスに移せば、それを肯定するようにエマは頷いて言った。


「ルイス様が月巫女様を庇われたのも前日に視ました。祈り場で月巫女様を庇って倒れる彼の姿を」

「祈り場? バルコニーではなく、ですか?」


 訝しげな様子のグレンに対し、エマは顔色一つ変えずに淡々と答えた。


「先見の夢はあくまでも可能性の一つに過ぎません。だから、起こることを変えるのは比較的容易にできます。ですが、結果そのものはなかなか変えられないんです」

「というと?」

「夢でのことが回避されても、道筋や形を変え、まるでその未来へ誘導するかのように似たことが起きるんです。リック様のがうまく回避できた夢とするなら、ルイス様のは回避しきれなかったそれに当たります」


 そんなエマの言葉に、グレンは顎に手を当てて『なるほど』と呟くと、目を閉じしばし思考に耽った。そうして、再び目を開けてエマを真剣な表情で見つめると、彼は静かに問いかけた。


「リックのように悪夢を回避するために、ルイスや私の力が必要、という解釈でよろしいですか?」

「はい。ルイス様とリック様、そしてヤヌス団長。あなた方が月巫女様を救うための鍵になる方だと私は思っています」


 はっきりと名指しされたことに対し、グレンは虚を突かれたように目を瞬かせた。真っ直ぐ彼を見上げる琥珀色の瞳には一切の揺らぎはなく、それを見たグレンは躊躇いがちに言った。


「やけにはっきりと断言されるのですね」

「月巫女様とあなた方三人に関しては、私が神殿に入った際、今の姿の幻を視たんです」

「今の姿の幻、ですか?」


 当惑気味にグレンが反芻すれば、彼の目の前に座るルイスもまた驚いた様子でエマを振り返り見た。そんな二人の騎士の視線を受けながら、エマは言った。


「ルイス様とリック様は初日にすれ違った際に。月巫女様とは初めて二人きりになった際に。そして、ヤヌス団長、貴方は正式にご挨拶をさせていただいたときに。現在のお姿の幻をその横に視たんです」

「それはなんだったのですか?」


 グレンの言葉に、エマは目を伏せて首を緩く左右に振って言った。


「わかりません。先代もそういったご経験はなかったそうです。ただ、先見で夢を視たときと同じ感覚はありました。ですから、その姿になる頃に何かがあるのだろう、ということしか私にはわかりませんでした」

「それが今の姿ということは……」

「事が動くのはそう遠くないと思っています」


 エマの言葉に、グレンは眉を寄せて難しい顔で息を詰めた。そんな彼を真っ直ぐ見上げ、エマは続けて言った。


「信じていただくのが難しいことは重々承知しています。ですが、もし私の話を信じていただけるのなら、お力を貸してください。お願いします」


 そう言って、エマは深々と頭を下げた。太ももの上で合わせた両手をきつく握りしめ、微かに体を震わせる彼女に対し、グレンは静かに言った。


「エマ殿……いえ、エマ嬢。顔を上げてください」


 呼び方を変えたグレンの声に、エマは驚いた様子で顔を上げた。その先にあったのは、穏やかな笑みを浮かべたグレンの顔。目を瞬かせて見つめる彼女に、グレンは言った。


「私は最初から疑う気などありませんよ。あなたは昔から一人でどうにかしようとするきらいがある。にも関わらず、こうして私を頼ってきた。そこにのっぴきならない事情があることくらい、私でも検討がつきます」

「グレン様……」

「それに、ルイスもまた信じるに足ると判断し同席している。その時点で疑う余地などありませんから」


 そう言ってにっこり笑うグレンに対し、エマは呆然とした様子で言葉を失った。その隣ではルイスが眉を寄せ、じと目でグレンを見つめて言った。


「それなら何故、先見の巫女である証明など求められたのですか?」

「いざとなったら、神官長殿達を説き伏せる必要もあるかもしれないだろう?」

「それならそうと最初から仰ってください」


 グレンの回答に、ルイスはがっくりと肩を落としながら長嘆息をついた。そして顔を上げると、エマとグレンを睨め付けるように見て言った。


「というか、団長もエマも。敬称で呼び合うくらい個人的に付き合いがあったのでしたら、始めに教えて下さい。私の仲介など必要なかったでしょう」


 不機嫌さを滲ませたルイスに対し、グレンは真顔を浮かべ、エマは苦笑しながら言った。


「すみません。てっきりご存じだとばかり思っていたもので……。でも、さすがにルイス様がいないのは困ります。私一人では、必ずしもグレン様へお取り次ぎいただけるとは限りませんし」

「そうだぞ。だいたい、神殿とここまでの道中、お前以外の誰が彼女を保護するんだ」

「保護って……。屯所と神殿の往復で、彼女の身にそう危険が及ぶとは思えませんが……?」


 呆れた様子でルイスが小さく息をつきながら返せば、グレンは至極真面目な声音で言った。


「飢えた狼の中に彼女を一人で放り込める訳がないだろう」

「ああ、そちらの危険でしたか……」


 グレンの答えに、ルイスは心底呆れ果てた様子で苦笑いを浮かべた。そんなやりとりをしていると、彼らの横で小さく噴き出す声がした。その声に二人が振り返れば、その先ではエマがクスクスと楽しげに笑っていた。


 ほどなくして、向けられた二つの視線に気付くと、彼女は眉尻を下げて言った。


「す、すみません。ルイス様と初めてお会いしたときみたいだったので、つい……」

「初めて会った際、団長はいなかったはずですが……。まさか聖湖の?」

「はい。時々でしたけれど、グレン様もいらっしゃってました」

「聖湖? 何の話だ?」


 二人の会話にグレンが訝しげに問いかければ、ルイスとエマは顔を見合わせ、どちらからともなく頷きあった。そして、ルイスはグレンの方を振り返ると、エマから聞いた過去の話とそれに関連する一連の話を彼に語った。


 四半刻(しはんとき)ほどかけて語られた内容に、グレンは合わせた両手の甲に額を当て、当惑した様子で言った。


「月巫女様がここ数年で変わられたことは記憶しているが、ルイスにリック、挙げ句に私もとは……。それにも関わらず、その中心にいたはずのライル=フローレスが月巫女様を誘拐未遂だと……?」

「私が聞いた話ではそういうことになっていました」


 エマの言葉に、グレンは唸るように息を吐いた。そして、頭を上げると、眉を寄せて渋い顔で頭を掻きながら問いかけた。


「しかも、聖典の十巻が去年その存在を明らかにされたばかりか、公爵が知らないとは本当なのか?」

「昨日直接話した限りでは、月神の花嫁について何も知らないご様子でしたが、あり得ますか?」

「本来ならあり得ない。公爵は月巫女様の養父となる際に、聖典に従うことを誓われた。その際に全ての聖典に目を通されたはずだ」

「となるとやはり……」


 ルイスの言葉にグレンはこめかみを押さえながら大きくため息をついて言った。


「お前が考える通り、何かあると見ていいだろう。十巻だけの話で済めばいいんだが……」

「と言いますと?」

「なんだ気付いていないのか? あの本の筆跡は全て同じなんだ。最初から十巻まで全て、な」


 グレンのその言葉に、ルイスとエマの瞳が驚愕で見開かれる。そんな二人にグレンは両手を膝の上に乗せて言った。


「十巻が何者かによって後で追加されたものだとしたら、その他も改竄されている可能性がある。万が一そうだとしたら、それはもはや神殿の根幹に関わる問題だ」


 そう言うと、グレンはルイスを厳しい目で真っ直ぐ見て言った。


「月巫女様に聖典や制約について露見してしまったことについて、正直言いたいことは山ほどある。が、それは後だ。今、聖典については、月巫女様とリックが調べてるんだな?」

「はい。神官長たちの耳に入るまでの話になるかと思いますが……」

「妨害、か……。それに関しては私の方でできるだけのことはしよう」

「ありがとうございます」


 グレンの言葉にルイスが頭を下げたそのときだった。それまで静かだった執務室の外がにわかにざわつき、慌ただしく駆ける軍靴の音が近付いてきた。それに対し、ルイスはグレンに目配せすると、立ち上がりドアへと向かった。


 その途中でノックもなしに、荒々しく執務室の扉が開かれ、一人の若い騎士が血相を変えて駆け込んできた。彼の後ろには様子を窺うように集まりつつある騎士達の姿もある。みなが様子を窺う中、ルイスは息を切らせている騎士の傍へと近付いた。するとその騎士は、気が急いた様子でルイスを見上げて言った。


「団長、クリフェード隊長っ! た、大変ですっ!」

「ライアン、落ち着け。客人の前だ」


 ルイスのその言葉に、ライアンはハッとした様子でグレンに相対しているエマを見た。そして、ルイスに対し、慌てて敬礼をしながら言った。


「し、失礼いたしました!」

「いや、わかれば問題ない。それで何があった?」

「地下牢に捕らえていた罪人が……! モール達三名が何者かに殺されました!」


 ライアンがもたらした凶報に、執務室とその周囲が凍り付く。そんな中、ルイスは愕然とした様子で翠緑色の瞳を大きく見開いたのだった。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 5章28のサブタイを見て、もしかしてルイスが……と怖かったんですがまだここまで大丈夫です。取り敢えずここまでは大丈夫です。色々ありましたが大丈夫です。よし……よし……小説のキーワードであるハ…
2021/02/01 00:02 退会済み
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