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29.騎士の不調

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 朝の光が横日となって差し込み、チチッという少し高めのハクセキレイの鳴き声が、微かに窓の外に聞こえる頃。暖炉の火は煌々としているものの、それでもなお拭いきれない朝の刺すような冷たい空気に、リオンはぶるりと体を震わせた。そんな彼女の口からついて出たのは小さなくしゃみ。リオンの背後に回り、茄子紺色の着物を彼女に着せていたエマは微かに眉を寄せて言った。


「月巫女様、大丈夫ですか?」

「大丈夫、少し冷えるだけだから」

「早めに着替えを済ませるようにいたしますので、少々ご辛抱ください」


 月巫女の侍女としての口調で接するエマの様子に、リオンが苦笑しながら頷けば、エマは慣れた手つきで着付けを進めていく。そんな彼女の様子に、リオンは諦めたように小さく息をつき、そうなるきっかけとなった前夜のことを思い返していた。


***


「新しい護衛騎士の人に対しては常に月巫女として接しろ……?」


 ティーカップとソーサーを持ったまま、不思議そうに目を瞬かせ、そう問いかけたのは菫色のドレスに身を包んでいるリオン。そんな彼女の隣ではエマも微かに戸惑った様子で耳を傾けている。そんな二人に対し、彼女らの目の前にいる騎士……リックは飄々とした様子で言った。


「夕方、団長と交代したときに、そう伝えてくれってルイスから伝言頼まれたんだ」

「明日から団長さんの代わりに新しい方が就くのは神官長様から聞いてたけど……。でも、どうして? 他にはもう名前呼びをお願いする人増やさないって約束したから?」

「まぁ、それもあるだろうけど。どちらかというと、オレたちがグレッグのことよく知らないから、かな」

「え?」


 リックの言葉に、リオンとエマは目を瞬かせ、口を揃えて疑問の声を上げた。そんな彼女らに、リックは頬を掻きながら困ったように苦笑を浮かべて言った。


「グレッグは、ルイスとオレが一緒に護衛騎士になった頃に、見習いから騎士に昇格したんだけどさ。配属が他所の隊だったのもあって、オレたちどっちもほとんど話したことないし、面識もほぼないんだ。だからグレッグの人となりは、オレ達自身もこれから手探りしてく感じなんだよね」

「でも、リオンの護衛騎士を選ぶ基準とか、何かしらあるのではないの?」

「基本は剣の腕による序列と任務に対する姿勢、かな。任務遂行さえできるなら、性格や思想はあまり重要視されることはない、んだけど……」

「けど?」


 エマに代わり、今度はリオンがじっと見つめて尋ねれば、リックは頭を掻きながら息をついて言った。


「ルイスが言うには、グレッグは月巫女としてのリオンの信奉者らしくて」

「月巫女としての、私?」

「そ。ルイスの言葉を借りるなら、神官長を小さくしたみたいな感じの一面があるらしいよ」

「え」


 リックの言葉に、リオンの口元は引き攣り、頬の赤みも微かに引いていく。そんな彼女の様子に、リックは苦笑しながら続けて言った。


「まぁ、オレも全部聞いたわけじゃないけど、そういうわけだから、オレたちの前でいるときのように接するのはやめておいた方がいいって話だったよ。もちろん、エマもね」

「ここや湯殿でリオンと二人だったとしても、聞かれる可能性があるから、ということかしら?」

「そういうこと」

「わかったわ」


 阿吽の呼吸で話を進めていくリックとエマの会話を聞いていたリオンは、不満げな顔で肩を小さく落としながら大きなため息をついて言った。


「限定的とは言え、常に敬語を使われる生活をまたするとか、私、息が詰まる予感しかしないんだけど……」

「まぁ、ルイスの謹慎が明けたら元に戻る可能性もなくはないから、少なくてもそれまでは協力してもらえると助かるかな」

「……わかった。その代わり、ちょっとだけ我が侭聞いてくれる?」


 リオンの『我が侭』という単語にリックは微かに目を瞬かせた。が、微かに頬を染めて真剣な顔で見上げてくる彼女の顔を見ると、眉尻を下げて微笑みながら言った。


「ルイスの様子について聞かせて、ってところかな?」

「え、なんでわかったの?」

「顔に書いてあった」

「え? え?」


 リックの言葉に、リオンは熟れたリンゴのように真っ赤になった自分の顔に両手を当てた。そんな彼女に苦笑しながら声をかけたのはエマ。


「リオンはルイス様のことになると途端、素直すぎるくらい顔に出るものね」

「そ、そんなに……?」

「そんなに、よ。グレッグ様が護衛に就く日は、今まで以上にしっかり月巫女の仮面被ってないとすぐバレかねないんじゃないかしら……」

「そこなんだよね、心配な点は。グレッグが就く日、ルイスはもちろん、オレも基本は短時間の交代以外は不在だし、エマも常に一緒にいるわけでもないから、そのときにボロ出したらフォローしようがないし」

「だ、大丈夫だよっ!」


 焦ったように宣言したリオンに、二組の胡乱な目が向けられる。不安が色濃く映し出された青碧玉と琥珀に、リオンは微かに眉尻を上げて言った。


「大丈夫って言ったら大丈夫!」

「まぁ、うん。最初からリオンに頑張ってもらう他ないんだけどさ……」

「心配ですよねぇ……」


 苦笑するリックと頬に手を当てて小さく息をついたエマの顔に、冗談やからかいの色はない。そんな本気で心配している様子の二人を見たリオンは、そっぽ向くとバツが悪そうに手元のカップに口をつけたのだった。


***


 そうして、夜が明けた現在、リオンの後ろでは、朝一番の挨拶からすでに侍女モードのエマが帯締めに取りかかっているところだった。


「……すでに息苦しいかも……」

「きつかったでしょうか?」


 丁寧な口調でそう問いかける言葉とは裏腹に、頭を軽く小突かれたリオンは、不満げな顔でエマの方を振り返った。すると、エマは至極真顔で、声に出さずに『か・め・ん』と告げると、じっとリオンを見つめた。そんな彼女の視線に、リオンは微かにたじろぐと、再度息をついてコクリと頷き返したのだった。


「初めまして、月巫女様。今日から護衛騎士として守護に当たらせていただきます、グレッグ=サンチェスと申します。以後よろしくお願いいたします!」


 緊張した面持ちで騎士の礼を取りながらも、少々覇気が強すぎるくらいの調子のグレッグの声に、リオンは微かに目を瞬かせた。が、一拍置いた後、ハッとした様子で我に返ると、リオンはふわりと微笑んで言った。


「ええ、よろしくお願いしますね、グレッグ」

「はい!」


 あまりにもキラキラとした眼差しを向けられたリオンは、微かにたじろいだものの、被った仮面を崩さず綺麗に微笑んで見せた。その様子をグレッグの隣で見守っていたリックは、一瞬苦笑を浮かべたものの、即座にそれを引っ込めると笑顔で敬礼しながら言った。


「では月巫女様、引き継ぎ等はすでに済んでおりますので、私はこれで失礼いたします。また昼休憩の際に参りますのでよろしくお願いいたします」

「わかりました。リック、いつもありがとう」

「身に余る光栄に存じます」


 そう言ってリオンに一礼すると、グレッグに向き直ると、彼の肩を叩きながらリックは言った。


「じゃあ、あとはよろしく頼むな、グレッグ」

「承知いたしました!」


 確かな彼の意気込みに、リックは笑みを浮かべるとリオンの部屋を後にしたのだった。


 そんな彼が大きな欠伸をしながら向かったのは、屯所内にある執務室。両開きの扉の前に立つと、リックはノックをしようと拳を持ち上げた。しかし、何を思ったのか、それを下ろすと、彼はノックもなしに扉を開き中へと入った。


 その先に居たのは、扉の開閉音に反応したと思われる、その部屋の仮住人となっているルイス。彼は驚いたように振り返ったが、リックの顔を見るや否や肩の力を抜いて、小さく息をついて言った。


「なんだ、リックか。ったく、日頃から言ってるが、ノックくらいしろよな」

「悪い悪い」


 言葉とは裏腹に全く悪びれた様子もなく笑顔で返すリックに、ルイスは呆れたようにじと目で見つめた。そうして一つ息をつくと、手元の書類に視線を戻しながら言った。


「全く……。で、何かあったのか?」

「いや? とりあえず、引き継ぎは問題なかったから、それだけ一応報告に来たんだけど、さ。なんか書類の山、昨日見たときより随分でかくなってる気がするんだけど、気のせい?」

「あー……それがな」


 そこまで言ったところで、執務室のドアをノックする音が響く。それに対し、ルイスが言葉を切って返事をすれば、そこには小さな山を作っている書類の束を手にした一人の騎士。彼は申し訳なさそうな顔でルイスの隣まで移動して言った。


「ルイス、仕事増やして悪いんだけど、これも頼めるか?」

「頼めるかも何も、それも期限ギリギリなんだろ?」

「ああ」

「急ぎのものが上になってるなら、そのままそこに置いといてくれ」

「わかった。ホント悪いな」

「気にするな」


 そう言うとルイスはヒラヒラと手を振り、手元の書類へと再度目線を落とし、右手に持つ羽ペンを走らせていく。それを見た騎士は苦笑を二人に向けつつ、安堵した様子で来た道を戻っていった。そんな一連の様子を見ていたリックは、微かに眉を寄せると、新たな書類に手を伸ばすルイスに問いかけた。


「何が一体どうなってるわけ?」

「オレが療養中、お前の補佐に団長が入ってただろ? それでみんな団長の負担を増やしちゃ悪いからって、書類の提出をギリギリまで先延ばしにしてたんだと」

「で、団長補佐と称して、ルイスが雑務担当することになったから、遠慮なく持ち込むようになったわけか……。なんか、いろいろ本末転倒のような気がしないでもないんだけど、そんな状況下で団長はどうしたの?」

「今は終わった書類の山を持って神官長のところに行ってる。オレが代理で署名する条件が、神官長と団長が一緒に書類の内容について確認することらしいから、しばらくは戻らないと思うぞ?」

「ふーん……」


 大して興味がない様子のリックの返答に、ルイスは微かに眉を顰めつつ、書類の文字を読みながら言った。


「特に他に用がないなら、仮眠取って早く休んだ方がいいんじゃ……って、何をしてるんだ、お前は」

「何って、人の額に手当ててやることって言ったら一つしかないと思うけど?」


 いつの間にかルイスの背後に音もなく移動したリックは、髪の上から自分の額とルイスの額にそれぞれ掌を当てつつ、天井を見上げながら考え込んだ様子で答えた。そんなリックの言動に、ルイスは半眼になりつつも書類から目を離さずに言った。


「そりゃまぁ……。けど、それを仕事してる人間に、背後からわざわざする必要性を感じないんだが」

「へぇ? 本当にそう思う?」

「え?」


 リックの手が額から外れると、ルイスは目を瞬かせながら背後を振り返った。すると、それとほぼ同時に容赦ない手刀がルイスの脳天に入り、彼は思わずその痛みに呻き声をあげ、頭を押さえた。そして、無言で手刀を入れてきた相棒を見上げれば、眉尻を上げて言った。


「いきなり何するんだ!」

「無茶するなってパチル様に言われてる癖に、無理して熱上げてる上に、仕事なんかしてるバカに鉄槌くだしただけだけど?」

「別にそんなことは……」

「……お前、オレが気付いてないと本気で思ってるわけ?」


 腕を組んでルイスを見下ろすリックの碧眼は、笑ってこそいるものの、どす黒いオーラすら見えそうなほどの怒りに満ち満ちていた。彼のその目を見たルイスは、唇を真一文字に結んで、気まずそうにそっと視線を逸らした。そんな彼の様子に、リックは呆れ果てた様子で言った。


「全く、ここまで言ってもシラを切るか、本気で気付いてないようだったらもう一発ぶん殴ってやろうかと思ったけど……。やっぱり自覚はしてたわけだ、お前」

「病人扱いするなら、何度も殴るのはどうかと……」

「なんか言った?」

「いや……」


 もはや笑みすら消え失せ、不機嫌全開のリックにじろりと睨まれたルイスは、口元を隠しつつ体を縮みこませた。そんな彼にリックは嘆息して言った。


「リオンが居たから言わなかっただけで、お前が周囲の索敵すら十分にできないくらい具合悪いことなんて、一昨日、病室で会ったときから気付いてたよ、こっちは。だいたい、お前、騎士としての務め果たしてる最中なのに、オレがノックなしで入って驚くとか、普通ならまずないでしょ」

「それは……」

「そんな状況でまず確認するとしたら、熱だよね、今のお前の場合」


 そんなリックの言葉に、ルイスの視線はさらに明後日の方向へと無言で逃げていく。その様子にリックは怒筋を浮かべ、ルイスの頭をガシッと掴むと、自分の方へ振り向かせ黒い笑みを近づけて言った。


「で。案の定、オレの予想どおりだったわけだけど、なんか言うことは?」

「……すまない」

「素直でよろしい」


 そう言うとリックはルイスの頭から手を離すと、彼の隣に腰を下ろしながら言った。


「どうせお前のことだから、団長の前でも平気なフリしてるんでしょ? なら、団長がいない間くらいちょっと休んでなよ」

「でも、それじゃ書類の期日が……」

「じゃあ、昼の交代までの間は、オレが書類の精査する。で、問題なかったものだけ渡すから、お前は簡単な確認とサインだけよろしく」


 そう言うと、ルイスの返事を待たずに、目の前にある書類を手に取ると、リックは記載されている文字に目を通し始めた。そんな彼の言動に戸惑った様子でルイスは言った。


「だが、お前だって疲れて……」

「そりゃね。眠くて疲れてるとこに、この期に及んで、まだ無茶重ねる生真面目不器用バカにイラッとしたから、余計に疲れてるよ」

「う……」


 リックの容赦ない言葉に、ルイスは気まずそうに体を強張らせた。が、そんな彼の様子を気にした様子もなく、リックは『ん』とルイスに書類を渡し、次の書類を手に取りながら言った。


「でも、今またお前に倒れられるといろんな意味で困るし。さすがにこの状況見て、放置したまま寝れるほど神経図太くもないしね」

「けど、睡眠大事ってお前が言ったことだろ」

「昼まで寝てもせいぜい一刻(いっとき)だし、午後寝るから問題なし。って、お前が手止めてたらいつまで経っても休めないんだから、手も動かす」


 さらにもう一枚書類を渡しつつリックがそう言えば、ルイスはハッとした様子で二枚の書類にサインをしていく。そんな彼の様子を尻目に、リックは手と目を休めることなく言った。


「自分の副官の言うこと信用できない?」

「んなわけあるか」

「なら気にしなくていいよ。むしろ、気にするくらいなら、感謝だけでいいし。ていうか、副官は隊長の補佐が役割なのに、お前が無理してオレにまで気遣ってたら意味ないってそろそろ理解してもいいんじゃない?」


 そう言って、リックが苦笑いを浮かべながら追加の書類を差し出せば、ルイスはそれを反射的に受け取りつつ、微かに目を見開いた。そして僅かの間を置くと、彼もまた眉尻を下げて苦笑しながら言った。


「ありがとな」

「どういたしまして。さーてと、じゃあ、ちゃっちゃと終わらせますか」


 そんな気合いの入ったリックのかけ声と共に、二人は本格的に書類作業へと入っていったのだった。


 そうして、半刻ほど過ぎ、山になっていた書類も半分ほど片付いた頃。黙々と書類に目を通していたリックが不意に口を開いた。


「そういえば、グレッグの件だけどさ……。昨日は時間もなかったから詳しく聞かなかったけど、何があったわけ?」


 その言葉に、サインをするルイスの右手が一瞬止まる。しかし、インクが滲み出す前に、その手を再度動かしながら、ルイスは言った。


「月巫女はただの人間が興味本位で近付いても、ましてや穢してもいい存在じゃない、だそうだ」

「……なんかお前に対する釘刺しっぽく聞こえるのは気のせい?」

「いや、実際そうなんじゃないか? 月巫女に横恋慕しようとしてるんじゃないかとも言われたし」

「まぁ、謹慎理由考えたら、そう考えるヤツが出てくるのも無理はないか。しっかし、異動したその日に自分の隊長に向かってそれを言うあたり、豪胆というか無謀というか……。その辺の考え方に関しては確かに神官長に引けを取らないかもね」


 もはやルイスを振り返ることもなく、リックが右手で書類を差し出せば、ルイスは左手で受け取りながら言った。


「だろ? それに、月巫女に対してあまりにも妄信的すぎる感じなのが引っかかってな……。だから念のため、オレの方で少し調べようと思って伝言頼んだんだけど。リオン、文句言ってたよな?」

「まぁね。息が詰まりそうってボヤいてはいたけど、必要性は理解したみたいだから、大丈夫じゃないかな。……たぶん」

「……まぁ、最近の生活に慣れてきてた分、たぶん、としか言えないよな……。上手く仮面被ってくれてるといいんだが……」


 リックの返答にルイスは困った様子で小さく息を吐いて、窓の外に見える神殿を不安そうに見つめたのだった。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 上官であり、相棒でもあるルイスさんの不調にいち早く気が付くリックさん。 完璧なフォローを入れて、頼もしい副官っぷりにニマニマしちゃいました。 こんな部下がいてくれて幸せ者ですね、ルイスさん…
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