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22.月巫女の祝福

※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。

 日が昇り始め、カーテンの隙間から徐々に白い光が差し込み始める頃。ふと、ルイスは目を覚ました。ほんの数秒ほど、見慣れない天井をぼんやりと眺めていた彼だったが、左手に感じる温もりに気付くと、何を考えるでもなく隣を見て……そのまま硬直した。


 パチパチと目を瞬かせて数秒。さらに右手で目を擦って数秒。しかし、それでも彼の目の前から、彼の左手を握ったまま眠る彼女の姿が消えることはない。


 そうして、ようやく彼は現実を認識すると、徐々に顔を赤らめ、声にならない声をあげて目の前で眠る彼女……リオンから距離を取った。とは言っても、手をしっかりと握られているため、左腕の長さ分だけだったが。


 そんな中、彼の声や僅かながら引っ張られたことが刺激になったのか。微かな呻き声と共にリオンの瞼がゆるゆると持ち上げられ、隠れていた瑠璃色の瞳が姿を見せた。そして、ぼーっとした様子で視線を彷徨わせるリオンと、戸惑うルイスの目がパチリと合う。すると、冷や汗を流しながら全身を硬直させたルイスとは裏腹に、彼女はふわりと微笑んで彼の手の甲に額を当てて言った。


「…………から」

「え?」


 小さな声で呟かれた言葉にルイスが頬を赤らめつつも、訝しげに目を瞬かせたそのときだった。


「あー……えっと、お邪魔して悪いけど、二人とも起きたなら二人の世界から帰ってきてくれると非常にありがたいんだけど……」


 そんな聞き覚えがありすぎる困り声に、ルイスは今度こそバッとリオンの手を離し、飛び起き様に両手を挙げて振り返った。彼が振り返った先には、苦笑しながら頬を掻くリック、視線を少しずらせば、欠伸をしながら腕を伸ばすエマの姿があった。そんな二人に、ルイスは顔を真っ赤に染めて少々及び腰になりながら言った。


「こ、これはその、オレは何もしてないからなっ?!」

「知ってるって。むしろ、こっちが困るくらい熟睡してたしね、お前」

「は……?」

「え? あれ? 夢、じゃない……? 待って、なんでルイスがここに……?」


 リックの言葉にルイスが目を丸くしていると、やっと意識がハッキリしてきたのか、体を起こしたリオンが戸惑ったように声を上げた。そんな彼女にエマは苦笑しながら近付き、その腕を取ると淡々と言った。


「説明は支度しながらするから、リオンはこっち。ここに居たままじゃ、ルイス様達だって支度できないから行くわよ。というわけで、お邪魔しました」

「え? え? え? ちょ、ちょっとエマ、待って。何が一体どうなって……、ねえってばー!」


 そんなこんなで、エマに半ば引きずられるようにしてリオンは扉の向こうへと姿を消した。が、それを見たルイスは訝しげな顔でその扉を指さしながらリックに問いかけた。


「なぁ、リオンの部屋とこの部屋って……」

「ん? ああ、リオンが今居る部屋って、元々王族が滞在するときのための部屋で、ここは近衛騎士の控える部屋なんだってさ。だから内側に二つの部屋を繋ぐ扉があるんだって、昨日エマから聞いた」

「なるほどな……。はぁ、とりあえず、諸々の説明は顔洗ってからでいいか?」

「もちろん。支度しながら説明するよ」


 そうして、互いに部屋の隅に準備されていた祝祭用の衣装に着替えつつ、リックは昨夜あったことを包み隠さず説明し始めたのだった。


 リックの話を聞き終えたルイスは、細やかな刺繍が施された翠緑色の片マントの留め具をパチンと留めながら言った。


「月巫女の夢、か……」

「言霊云々の件もあるし、詳しい内容は祝祭が終わるまで話したがらなさそうだけどね。でも、お前は十分用心しておきなよ?」

「ああ、わかってる」


 そう返すと、ルイスはリオンに握り締められていた左手を見つめて言った。


「私が守るから、か」

「ん?」

「いや、何でもない。こっちの話だ」


 リックが不思議そうに首を傾げれば、ルイスはそう言って首を横に振って苦笑してみせたのだった。


 ちょうどそこへノックの音が部屋に響く。響いたのは廊下に面している扉。ルイスが返事をすれば、ほとんど間を置かずに入ってきたのは、黒と白を基調とした正装に刺繍を施した真紅のマントを纏ったグレンだった。普段ざっくばらんな髪を纏めていただけの黒髪は香油でなで付けられており、その出で立ちは貴族然としたものだった。


「おはよう。二人とも支度は済んでるな?」

「おはようございます、団長」


 ビシッと綺麗に動きを揃えて敬礼した二人の格好は、グレンの纏うものとは違うものの、モーニングコートを思わせる紺色の軍服に白いズボン、片マントという出で立ちだった。その格好に合わせたのか、二人とも軽く香油で髪を整えている。


 そんな二人の格好をざっと確認したグレンは、満足げに頷くと、顔を引き締めて言った。


「今日の二人の任務について最終確認、の前に話しておくことがある。昨日の襲撃の件についてだ」

「何かわかったんですか?」


 敬礼を解いたルイスが問いかければ、リックもまた彼の隣で敬礼を解いて真剣な顔でグレンを見つめた。


「一応、と言ったところだけどな。ルイスのおかげで大して苦もなく聞けたが、使徒(アポストロス)の代理人と名乗る男が関わっていた以外、背後にいるのが誰かはわからなかった」

「使徒、ですか……?」

「ああ。神殿内の詳細な地図も薬もその男が準備したものだったそうだ」

「なるほど……。神殿関係者が協力者ならどうにかなると踏んだから、神殿に忍び込んで月巫女様を狙うなんて無謀な真似をしたわけですか……」


 呆れ顔でルイスがそう呟けば、リックは顎に手をあてて問いかけた。


「ですが、神殿内の、特に月巫女様の部屋がある居住区画に至っては入れる者も、構造を知っている者も限られているはずですよね? 設計見取図に至っては誰が保管しているかも機密保持のため知らされていないですし……」

「そうだな。ちなみに、設計見取図については代々騎士団長が保管しているから、今はオレが保管してる」

「重要機密をそんなさらりと暴露しないでください……」


 天気の話でもするかのようにあっさりと言ったグレンに、ルイスは片手で額を押さえると唸るように言った。しかし、そんな彼の隣でリックは目を見開いてグレンを見て言った。


「団長、まさか昨日の襲撃事件の裏にいるのは、高位の神職者だとお考えなんですか?」


 その言葉にルイスもまた、動揺を露わに大きく目を見開いてグレンを見た。そんな二人にグレンは真剣な顔で頷いて言った。


「奴らが持っていた手書きの地図の正確性は確かなものだった。それを考えると、な。最悪、巡回任務をこなしたことのある騎士、という可能性もなくはない。オレ個人としてはそんな風に育ててきたつもりは毛頭ないが」

「仲間すら疑えと……?」

「いや、それに関してはオレと隊長達で監視・調査することにした。万が一本当に裏切り者がいたとしても、少なくても祝祭中のそれはオレたちが止めるからお前達は気にしなくていい。その代わり、月巫女様の近くにいる高位の神官や巫女、外から来る者にしっかり警戒すること。いいな?」

「はい」


 完全に仲間がシロと言い切れない状況に、苦虫を潰したような顔をしつつも、しっかりと返事を返す二人に、グレンは改めて言った。


「ルイス、リック。今日の任務は月巫女様をお守りすることを最優先とし、そのための判断はお前達に一任する。護衛騎士の名に恥じぬよう、必ず守りきって見せろ」

「承知いたしました」


 そう言って、二人がしっかりと敬礼を返せばグレンは満足げに頷いた。そして、リックを振り返るなりソファーを指さし言った。


「さて、じゃあ、堅苦しいのは一旦置いといて。リック、お前は今のうちに仮眠を取っておけ。その間はオレが剣の役目を預かる」

「え……。団長、私もいますが……?」

「儀式前に何かあってみろ。お前が昨日みたいな大立ち回りしたら、肝心の儀式に立ち会えなくなるだろう」

「それは、そうですが……。しかし……」

「団長命令だ」


 そうきっぱりと言われると、ルイスとリックは顔を見合わせ、リックは肩を竦め、ルイスは小さく肩を落とすと、大人しくグレンの命令を受け入れたのだった。


 それから程なくして、ソファーにもたれてリックが仮眠を取り始めたのを尻目に、ルイスとグレンは窓際の椅子に腰かけて対面し、部屋に準備されていたお茶を飲んでいた。が、何やら視線を感じたルイスが顔を上げれば、そこには微笑ましげに視線を向けているグレンの真紅の瞳があった。


「私の顔に何かついてますか……?」

「いや。昨日のことはもう大丈夫そうだなと思ってな」

「……気付いてたんですね」

「一体お前と何年の付き合いになると思ってるんだ? だいたい、相手は最優先でお守りする方だ、気にかけるのは当然だろう?」


 苦笑するグレンに、ルイスはバツが悪そうに視線を逸らしたそのときだった。部屋に控えめなノックの音が響く。今度は隣の部屋へと続く扉から聞こえたそれに、ルイスが返事をすれば、姿を見せたのは白衣(びゃくえ)に緋袴、そして千早を身につけたエマだった。


「ルイス様、今少し時間……って、ヤヌス団長?」

「おはようございます、エマ殿」

「あ、おはようございます……」


 爽やかな笑みを浮かべるグレンと、戸惑いつつも挨拶を交わしたエマは、部屋をチラリと見回し、ソファーで座ったまま眠るリックを見て目を瞬かせた。騎士団長であるグレンがいるにも関わらず、リックが眠っている。その状況にエマが困惑した様子でルイスを見上げれば、彼は苦笑しながら言った。


「団長命令で仮眠中なんです。ところでエマ、私に何か?」

「なるほど……って、すみません。月巫女様がお呼びなのですけど、お話し中でしたか……?」

「いえ、問題ないです。ですよね、団長?」

「ああ、行ってこい。何かあれば大立ち回りする前に声かけるんだぞ?」

「ええ、わかりました」


 グレンの言い草にルイスは苦笑を漏らしつつ、一度エマが閉めた扉をノックして奥へと姿を消した。それを微かに不安げな様子で見送ったエマが扉の前で立っていると、そんな彼女にグレンは言った。


「エマ殿、ルイスが戻るまで私とお茶でもいかがですか?」

「え……?」


 にっこりと微笑むグレンの言葉に、エマはキョトンとした顔で振り返った。が、すでに新しく準備されつつあるカップを見ると、微苦笑を浮かべつつも頷き、彼の元へと足を進めたのだった。



 一方、リオンの部屋へと入ったルイスはというと、リオンと向き合ったまま二人とも無言で固まるという事態に陥っていた。無言の沈黙の中、ルイスはソワソワとした様子で視線をあさっての方向へ向けて言った。


「いつもと随分違うから、ちょっと吃驚した……」


 そんなルイスの目の前にいるリオンは、普段よりも幾分か濃い化粧をし、白を基調としたふんわりとしたドレスに身を包んでいる。ケープの裾や袖などには金糸で三日月模様を織り交ぜた細やかな刺繍。一本の三つ編みにして左肩に流した髪やドレスの腰などには薔薇を模した紅紫色のコサージュが飾られている。その姿は絵本などで描かれるような聖女そのものだった。


 そのリオンはリオンで、頬を微かに染めつつ、視線を彷徨わせながら言った。


「ルイスこそ……。なんか騎士っていうよりも貴族みたい」

「……まぁ、一応、末端とは言え、これでも爵位はあるしな……?」

「え? あ、そ、そう言えばそうだよね。あはは……」


 そんなリオンの空笑いにまた何とも言い難い沈黙が降りる。しかし、それは大きく深呼吸をしたルイスによって再び破られた。


「昨日は早とちりして悪かった」

「え……?」

「リックからだいたいのことは聞いた。まぁ、正直、思いもよらない内容でまさかと思ったけど」

「……ルイスといい、リックといい、一体私をなんだと思ってるの?」

「いや、お前がどうこうっていうよりも、オレたちからすれば、お前やエマの反応の方が珍しい方なんだからな?」


 苦笑しながら言うルイスに、リオンは不満げな顔でじっと見つめて、ちょいちょいと手招きをした。それに従い彼女に近付けば、今度はしゃがむように床を指すリオンに戸惑いつつ、ルイスは片膝をついて彼女をそろりと見上げた。すると、リオンは不満げな顔から一転、微かに瞳を揺らしながら不安げに言った。


「私の方こそ、ちゃんと伝えなくてごめんなさい。……これからもまた、私の護衛騎士で居てくれる?」

「もちろんだ。というかオレ、護衛騎士辞めるなんて一言も言った覚えないぞ?」

「だ、だって、昨日は結局戻ってこなかったし……」

「遅くまで潔斎に時間かかってたしな」

「……朝は起きるなり離れたし」

「いや、起きたら目の前にいないはずの人間がいたら誰だって驚くからな?」


 言い訳のような彼女の不安を次々即座にばっさり切り捨てられれば、彼女は微かに口を尖らせて言った。


「私ばかり不安だったなんて……、なんか不公平……」

「不公平って、お前な……。言っておくが、オレだってそれなりに悩んだからな? それを一切合切無に帰したのは、寝ぼけて人のベッドに潜り込んだお前だ」

「え?」


 キョトンと首を傾げたリオンにルイスは苦笑しつつ、微かに視線を自分の左手に落としたあと、彼女を見上げて言った。


「ありがとな」

「え、と……。どういたしまして……?」

「ま、わからないならわからなくて構わない」

「って、あ、まだ立たないで!」

「え?」


 腰を上げかけたルイスにリオンが制止をかければ、ルイスは目を瞬かせつつも上げかけた腰を再び下ろした。そうしてリオンを見上げると不思議そうに問いかけた。


「なんだ?」

「えっと、少しだけ目を瞑っててほしいんだけど……」

「わかった」


 そう言って、ルイスが素直に目を瞑れば、微かに金属のこすれる音と共に彼の首にそっと何かがかけられる。その感触にそっと目を開いた瞬間、彼の額に柔らかなものが当てられ、それに彼の翠緑色の瞳が大きく見開かれる。そんな彼のすぐ目の前では、リオンが日頃から身につけているペンダントが揺れている。


 その状況に彼が戸惑っていると、それらはそっと離れていき、代わりにルイスの視界に入るのは微かに頬を染めたリオン。そんな彼女は微笑みながら言った。


「今回のためにもう一つ護衛騎士の証作って、私の神具と一緒に清めたんだって。だから、一応初めて会ったときの儀式と同じようにしてみたの」


 そう言われてルイスが自分の胸元へと視線を落とせば、そこには見慣れた月と剣を模したペンダントが揺れていた。それを手にルイスは訝しげな顔でリオンを見上げて問いかけた。


「……儀式と同じ必要ってあったのか……?」

「ううん、本来はいらないと思う。けど、これはお守りみたいなもの、かな」

「そうか……」


 何のためのお守りなのか。それをどちらも口にすることはなかった。しかし、それが意味するところを半ば知りつつルイスは言った。


「じゃあ、お守りの分、オレはオレの役目を全うしないとな」

「……無理はしてほしくないんだけど……」

「オレもリックもそんな簡単にやられたりしないから、大丈夫だ」


 そう言って、ルイスが微笑めば、リオンはまだ微かに不安を瞳に宿しつつも、小さく頷いたのだった。


 それは祝祭が始まるまで残り僅か一刻(いっとき)前のことだった。



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 月と剣のお守りって格好良さげですね。 ルイスはお守りの意味を知りつつ、不安げな瞳で訴えるリオンに対して安心させるように微笑むというやり取りがいいですね。こういうシーン好きです!
[良い点] リオンが起きて現状把握するまでの遅さにワロタ やっと気付いたwwみたいな 何か起きそうな感じはしてますなぁ [気になる点] エマと団長の茶会(・∀・) [一言] 久々にキタ^ ^ またま…
2020/09/12 18:13 退会済み
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