19.騎士の本質
※ 微グロ表現ありますのでご注意ください。
※ 文章の終わりにイメージイラストがあります。
祝祭が翌日に迫った寒雲の広がる昼下がり。
あちこちで神官や巫女、騎士たちが忙しなく行き交う中、それを横目に廊下を行くのはルイス。だが、彼が今纏っているのは軍服ではなく、白衣に白袴、白足袋に雪駄と、全身ほぼ真っ白な格好だった。腰にはいつも身につけているものとは異なる剣。
そんな格好の彼が慣れた足取りで、尻金の音をカシャカシャと鳴らしながら辿り着いたのはリオンの私室。扉の横には、いつもどおり軍服を着込んだリックの姿がある。リックはルイスの足音に気付くと、彼の全身をざっくりと見て、物珍しげに言った。
「おー……なんかそういう格好してると意外と神官っぽく見えるもんだね。その腰の模造剣がなければだけど」
「ほっとけ。オレの本職は騎士だからいいんだよ」
「まぁ、剣下げてないと落ち着かないもんねぇ。で、潔斎は済んだの?」
「粗方はな。あとは食事を神官たちと摂るくらいか。それ以外は神殿内にいる分には比較的自由にしていいらしい。まぁ、あれこれ注意するように言われたけど」
「そりゃ大変だ。ああ、だからこっちに来たんだ?」
「それもある。けど、今朝エマと偶然会ったときに、潔斎が済んだらリオンのところへ来てほしいって言われてな。理由は聞いても教えてくれなかったが、切羽詰まった様子が少し気になったから一応」
「エマが、ね……」
何やら考え込む様子のリックに、ルイスは訝しげな顔で声をかけた。
「何か心当たりあるのか?」
「いや、ないよ。けど聞いた感じだと気になるし、オレも一緒に行く」
そう言うと、リックはルイスの返事を待たずに、リオンの私室の扉を三回ノックした。それに対し、間を置かずに中から『どうぞ』とエマからの返事が返って来ると、二人は扉を開けて中へと入っていった。
部屋に入ると、そこに居たのは向かい合って茶を飲んでいたリオンとエマ。その格好は二人とも普段と違い、白衣に緋袴姿で、束ねた髪には白い丈長が飾られている。その他は普段身に着けているそれぞれの役職などを指し示すアクセサリーの類はない。
そんな二人は、入ってきた騎士たちを見て、それぞれ異なる反応を示した。エマは安堵したように小さく息をついて立ち上がり、リオンはきょとんとした様子で二人を見て首を傾げた。
「あれ、リックだけじゃなくてルイスまで? 何かあったの?」
「いや、エマに誘われたから、暇つぶしがてら来てみただけだ」
「エマ、何か用事あったの?」
ルイスの言葉に、リオンは不思議そうにエマに問いかけた。すると、少し離れた場所で追加のお茶を準備していたエマは微かに肩をギクリと強張らせながら、ぎこちない笑顔で振り返り言った。
「いや、用事があったわけじゃないのよ。ほら、沐浴終えたあとは穢れに繋がることにさえ気をつけてれば比較的自由だけれど、ルイス様は知らないじゃない?」
「そうだな。そもそも騎士はどうも神官に避けられがちで、教わる機会も今までなかったし」
「そんな中でずっと神殿内で他の神官といるよりは気楽だし、リオンも私もいる分には注意できるからいいんじゃないかなって思ったのよ」
「なるほど。確かに神官さまたちと一緒だと大変だもんね」
「……リオン、なんか今、神官と仲良くないこと以外の何かを含んでた気がするのはオレの気のせい?」
訝しげな顔で問いかけるリックの隣では、ルイスも似たような顔でリオンを見つめている。そんな二人にリオンは苦笑いを浮かべ、ちらりとエマを見やった。その視線を受けるとエマは一つ息をついて言った。
「ルイス様はたぶん聞いたと思うけど、潔斎中はいろいろと節度を持った過ごし方をするのが通例よ。例えば、基本的には節食だったり、穢れや不浄に繋がる食べ物や言葉に気をつけるとかそんなのね」
「ああ、それは聞いた。まぁ、全部は教え切れないから、今日明日は神殿側で用意したもの以外は摂らないようにって締めくくられたけど」
「ま、それが一番確実ね。で、さっきの話だけど、節度を持って過ごしていれば別にそれでいいんだけど、若い神官さま達はこういうときに限って、節度の範疇を少し逸脱した我慢大会を始めるのよ」
「我慢大会?」
「そ。例えば、節食のために誰かが食べることを拒否すると、何故か互いに牽制し始めて根比べを始めるのよね。で、節食が断食になったりして、誰かが降参するまで続くの。他にも言葉に気をつけるために無言を貫き始めた人が出ると、こぞって無言になって、これまた誰かがうっかり声を出すまで無言大会なんてこともあったわ。今日辺りだと、そうね。この寒さだから、聖湖で耐久水垢離とか始めてもおかしくなかったかもしれないわ」
あくまでも起こり得た過去として語ったエマだったが、エマの言葉に額を押さえて唸った者が一人。その唸り声に、三つの視線が『まさか』と言わんばかりにルイスに集中する。
「……もしかしてルイス、この寒さの中、聖湖で潔斎してきたの?」
「それが例年通り、かつ習わしだと言われれば、オレには従う他なかったからな」
「……ルイス様。追い打ちかけるようで申し訳ないのだけど。一応、誤解のないように言っておくと、潔斎の沐浴は別にお湯でもいいのよ?」
「それは、先に知っておきたかったな……」
「どんまい」
悄然とした様子で遠い目をしたルイスの肩を、リックが慰めるようにポンポンと叩く。
「ま、まぁ、聖湖で水垢離してきたのなら十分過ぎるくらいだし、もしかしたら騎士のルイス様の場合はそれでよかったのかもしれないわ」
「どういうことだ?」
「リオンの護衛になってからそういうところを見たことないけれど、いつもと違う剣を身につけてるってことは、少なくても実戦経験あるのよね?」
「まぁ、それなりには」
「こういうとあれだけど、水垢離は大小問わず罪を洗い清める類いのものだから……」
気まずそうに告げるエマに、ルイスは苦笑しながら言った。
「なるほどな。なんか、神官たちがオレたちを避けたがる理由わかったかもしれない」
「オレも。今日なんてオレを見る度にすごい勢いで避けていくから謎だったんだけど、神官から見たら穢れの塊に出くわしたようなものだったんだね。って、オレ今ルイスの肩触っちゃったけどまずかった?」
「んー……リオンならまだしも、ルイス様ならたぶん大丈夫じゃないかしら。ダメだったとしてももう一度潔斎をやり直せば済む話だもの」
「大丈夫であってほしいところだな……。しかし、水垢離にそんな効果があるんだとしたら、聖湖は……」
「あ、それは大丈夫。あそこは一部川に繋がってて、緩やかだけど流れがあるから、落としたものは明日になれば、流れに乗って自然に還っていくから」
ルイスに言葉を皆まで言わせずにそう言ったのはリオン。そんな彼女にルイスが目を瞬かせれば、リオンは苦笑して言った。
「言葉には言霊って言ってね、魂が宿るっていうのが神殿の教えなの。だから、うっかり口にした言葉が現実の穢れとして繋がらないように、潔斎中は特に言葉に気をつけるんだよ。今のもそう。聖湖がそんな場所になったら大変でしょ?」
「そうなのか。それは悪かった」
「ううん。意識してても難しいことだもん。それにこんな時でもないと私がルイスを助ける側にまわれることなんてほとんどないから、不謹慎だけど私はちょっとだけ嬉しいよ」
そう言って微笑むリオンに、ルイスは戸惑ったように頬を掻きながら目を彷徨わせた。そんな二人をリックとエマはやれやれと言った様子で見たあと、互いに目を合わせると苦笑を漏らしたのだった。
その後、リオンの希望――という名の我が侭――もあり四人でテーブルを囲んで、茶を飲みながらたわいない話に花を咲かせ始めた。そんな中、リオンが思い出したように言った。
「そう言えば、この前ルイスとエマ、図書館裏で会ってたみたいだけど、何話してたの?」
そのリオンの言葉に、ルイスはキョトンとした様子で、エマはお茶を飲み込み損ねて盛大に咽せた。そして、ひとしきり咳き込んだあと、隣に座るリオンの方へ涙目で振り返って言った。
「り、リオン。まだ気にしてたの?」
「え、だって、聞いてもエマはぐらかすだもん」
「だから、本当に別に大した話は何もしてないってば。ね、ルイス様!」
「ああ。少しエマに頼みたいことが……」
リオンの問いに、平然と答えていたルイスだったが、突然言葉を切るとすぐ横に置いていた模造剣を手に取った。彼の隣ではやや遅れてリックもまた同様に立てかけていた剣の鞘を握り絞めている。そんな二人の突然の挙動、そしてピンと張り詰めた空気に戸惑いを見せたのはリオン。
「二人とも急にどうしたの?」
「静かに。リオンもエマも、音立てないように立ってベッドの方へ移動して。ルイス?」
「窓の外に四人、扉の外に三人だ。他には居なさそうだけど、よりにもよって今か」
「むしろ、向こうにしてみれば、チャンスだったはずだからね。本来なら戦えるのオレ一人だったわけだし」
そんな軽口を叩きながらもその目を油断なく侵入経路へ向けている二人は、部屋の一番奥にあるベッド付近まで移動したリオンとエマを背に剣を構えた。不安げにしているリオンと、何かを見据えるようにじっと騎士たちを見つめるエマは互いの手を握って身を寄せていた。
緊迫した部屋の中で僅かに沈黙が流れたそのとき、扉を力任せに破壊する音と窓ガラスの割れる音が同時に響き渡る。そうして、入ってきたのは全身黒ずくめの服に、マスクで顔を隠した男たち。その人数は、ルイスがつい先ほど告げたのと同じ人数だった。そのうち、扉を蹴破って入ってきたうちの一際体格の大きな男が眉を寄せて言った。
「聞いてた話と違うじゃねえか」
「でも見ろよ。もう一人は剣を持ってると言っても神官だ。敵じゃねーよ」
「それもそうか。で、どっちの女だ?」
「青い髪で小さい方の女だ」
そんな男達の言葉に、リオンの体がギクリと強張る。それとほぼ同時にルイスとリックは、腰を低く落として床を蹴った。
「そっちの四人任せた」
「りょーかい!」
そんなかけ声と共に、それぞれ剣を振りかざすが、咄嗟に身を守った敵の剣とぶつかり、キィンと硬質な音が部屋に響き渡る。それに戸惑ったのは敵の男達の方だった。
「騎士の癖に名乗りもしないのか、お前! こっちは構えてもいねーのにきたねぇぞ!」
「手荒く侵入してきたヤツに汚いって言われてもねぇ。護るのがオレの役目なのに、御託並べて隙だらけのやつが構えるまで待ってろって? 決闘じゃあるまいし、有事にそんなアホなことする騎士がいるなら目の前に連れてきてほしい、ねっ!」
そう言いながら、リックは力任せに剣を弾き、振り向きざま後ろから斬りかかってきた剣を受け流すと、バランスを崩した相手の左胸を迷いなく真っ直ぐ突き抜いた。それを引き抜けば、心臓を貫かれた男は鮮血を散らしながら、つい先ほどまで四人がお茶を楽しんでいたテーブルへと倒れ込んだ。そして、ピクピクと小刻みに痙攣すると、大した間を置かずにそのまま動かなくなった。そんな相手の返り血を浴びながら、リックは剣呑な目で口元に笑みを浮かべて言った。
「まず一人。さぁ、次は誰? 死にたいヤツから掛かって来なよ」
「く、くそっ! 標的は一旦後回しだ。全員でかかれ!」
そうして、四対一から三対一の戦いへとリックが突入していく一方、ルイスはと言えば……。
「神官が剣なんて持って戦っていいのかよ!」
「刃は潰してあるから死にはしないし問題ない。そもそもオレは神官じゃない」
先ほどの大柄な男と剣を交えつつそんな会話を繰り広げていた。と言っても、剣の腕の差が出たのか相手はすでに防戦一方になっているのだが。残りの敵二人は、息はあるもののすでに床に転がっていた。それぞれ、一方は顎を赤く腫れさせて気絶し、もう一方は股間部を押さえ、脂汗を浮かべてピクピクと白目をむいて震え倒れていた。そんな中、ただ一人でルイスと向き合う男は、焦り苛立ったように声を上げた。
「その格好は神官のものだろ!」
「格好だけなら誰だってできる。というか、もういいからさっさとお前も沈め。話ならあとでたっぷり聞いてやるから」
そう言うと、ルイスは剣を引いて素早く体を半回転させると、その勢いのまま柄頭を相手の腹部中央目がけて容赦なく突き出した。突然崩れた均衡に隙だらけだった男は鳩尾にそれをまともにくらい、痛みと迫り上がる胃液に咽せる。が、間髪入れず続けざまに、ルイスが柄を握り絞めた拳を顎下から叩き込めば、男は脳震盪を起こしてふらつき倒れ込んだのだった。倒れた男は、微かに起き上がろうと動き出したものの、それも僅かのことで、立ち上がるまでもなくパタリとその場に倒れ伏した。
「さてと、あとは……」
「あ、大丈夫。こっちも今済んだよ」
「済んだってお前……」
そう言って呆れを滲ませつつ眉を顰めたルイスの視線の先には、返り血をあちこちに浴びつつも、いつもの笑みを浮かべるリックの姿。彼の足下や周囲には飛び散った鮮血と、彼が相手をした敵だったものが転がっており、惨状が広がっていた。しかも、彼が今持っているのは彼自身の剣ではなく、相手のものと思われる剣。彼自身の剣はといえば、リオンとエマの方へ体を向けて倒れている男の背中に突き立っていた。
「もう少しやりようは……」
「あ、無理無理。オレはお前みたいに複数相手にしつつ、そこまで気を配れるほど余裕ないし。そもそもオレがこっちだったのだって、オレは相手を殺しても明日に支障がないからでしょ?」
「まぁ、そうだけど……。とりあえず、こっちの三人を拘束したら場所を移そう」
そうして、リックのマントの飾り紐を使い二人後ろ手で縛り、もう一人を何で拘束するかとなったところで、廊下を駆けてくる複数の足音が響く。その音に咄嗟に剣の柄を握るルイスとリックだったが、近付いてくる気配に気付くと、肩の力を抜いて剣の柄から手を放した。それと同時に先頭をきって駆け込んできたのは、剣を片手に構えた黒髪に真紅の瞳の男性。
「月巫女様、ご無事ですか?! って、これは一体何があった?」
「団長、報告は後ほどいたします。ひとまず襲撃者の生き残りのこの三人を預けても?」
「もちろんだ。おい、誰かこいつらを屯所の地下牢へ連れて行け」
駆け込んできた男性――グレンがそんな指示を出す中、ルイスは飛び散った血などを避けながら、リオンとエマの方へと近付いた。二人とも顔面蒼白で、リオンに至ってはペタンと床に座り込んで俯いてしまっている。
「月巫女様、部屋を汚して申し訳ないですが、もう大丈夫です。ただ、用心も兼ねて予備の部屋へ移りましょう。立てますか?」
片膝をつきながらそう問いかけるルイスに、リオンは小さく首を左右に振った。そんな彼女の様子に、ルイスは彼女に手を差し伸べたが、その手が視界に入るとリオンの肩がビクリと大きく跳ね上がった。
リオンの見せたその反応に、ルイスもエマも目を瞬かせ、顔を見合わせた。が、リオンの瑠璃色の瞳がルイスに向けられた瞬間、その瞳に浮かぶ恐怖の色に彼は息を呑んだ。そうして、無言で自分の手に視線を落とすと、困ったような微笑みをリオンに見せた後、差し出した手を戻してエマを見て言った。
「申し訳ないが、エマ。月巫女様をお願いしても?」
「え? ええ……」
「る、ルイスっ! 待ってっ……!」
慌てた様子でルイスの袖を掴み、彼の名を呼ぶリオンだったが、続く言葉が声になることはなく、忙しなく視線を彷徨わせた。まだ小刻みに震えている彼女を見たルイスは、苦笑しながら言った。
「それが普通の反応ですから、気になさらないでください。戦いと無縁な貴女がそれを怖いと感じるのは当たり前です」
「ちがっ……! 確かに怖かったけど、でもそれは――っ!」
言い募ろうとするリオンだったが、彼の左頬に付いた紅が目に入る。そして、彼の後ろで全身紅に染め、自身の剣を片手にこちらを覗っていたリックとも目が合うと、彼女は全身を強張らせカタカタと震えた。そんな彼女にルイスは静かに言った。
「無理に受け入れる必要はないです。ただこれが私とリックの役目なので、傍に控えることだけはお許しください」
頭を下げてそれだけを言うとルイスは立ち上がりながら言った。
「それでは、私はこのあとのことを団長たちと相談してきますので、少々失礼します」
そうしてルイスはリオンの目を見ることなく、リックの方へと向かい、二人は指示を飛ばしているグレンの元へと向かって行った。そうして、二人の代わりにグレンが案内役として傍に来るまでの僅かな間、両手の拳をきつく握りしめて泣きそうな顔で俯くリオンと、そんなリオンの肩を労るように支えるエマの二人だけが残されたのだった。




