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18.不穏な気配

※ 文書の終わりにイメージイラストがあります。

 新月の夜から数日後、年が変わるまであと残すところ片手で足りるほどになったある日の昼下がり。ルイスはグレンと共に神殿の執務室奥にある神官長室に並んで立っていた。


「年明けにある祝祭(フェストゥス)に、私とリックも、ですか?」


 驚きに目を瞠ったルイスは、大理石の机を挟んだ向かいに座る長い神官服を纏った白髪の男性……神官長を見たあと、隣に立つグレンに助けを求めるように見上げた。が、そんなルイスにグレンは真顔で頷いて言った。


「神官長殿の言った通りだ。祝祭の間、お前とリックには二人体勢で月巫女様の護衛として同行して貰いたい」

「お言葉は大変光栄に思います。しかし、通例では神事は月巫女様と神職者のみ。その他の祭事は、王城側は国王様方と国王直下の筆頭近衛騎士。神殿側は月巫女様、神官長様、そして騎士団団長のみが同行されるのでは……?」

「対外的な理由としては、その月巫女たっての希望、ということになっている」


 ルイスの問いに答えたのは、老成な顔に縦皺を増やしてこれ見よがしに嘆息した神官長。


「クリフェード殿たちが護衛になってからというもの、だいぶ落ち着かれたように思っていたのだが……。ここへ来て自分を支えてくれている護衛騎士と侍女も民にお披露目したいとおっしゃられてな」


 神官長の言葉に、ルイスの脳裏をリオンが新月の夜に告げた不穏な宣言が過る。それを思い出した彼は、気まずそうに視線を僅かに逸らして、口元を引き攣らせながら言った。


「それは……。力及ばず申し訳ありません」

「よい。少なくても今回はむしろ助かったことだ。その月巫女の願いについてだが。エマに関しては役職上さすがに困難だということで、月巫女も納得してくだされたようだ」

「そうですか。ですが、それでしたら、私とリックも同様では?」

「役目としては特に問題ない。というよりも、問題ないようにしなければならないのだ。それについては、グレン殿から」


 神官長がグレンへ目配せすると、グレンは数歩前へ出て、ルイスと向き合うと真剣な表情で言った。


「これから話すことは月巫女様含め他言無用だ」


 そんなグレンの言葉にルイスが神妙な顔で頷けば、グレンは続けて言った。


「騎士団内でも神殿内でも一部の上層部しか知らないことだが、北のヴォラスがきな臭い動きをしているとの報告を遠征中のネルソン隊から受けた」

「ヴォラスが、雪の多いこの時期にですか?」

「お前も今回の遠征理由は知っているだろうが、ヴォラスとの国境では食料を狙った賊との小競り合いが多発していた。冷夏で不作だったことが要因になっているのは想像に難くない。が、もし、それがこちらの予想を遙かに超えてあちらの国全体に影響が出るほどの規模だとすれば……」

「国諸共飢えに死ぬか、一か八か唯一接している隣国……このオストへ攻め込み奪おう、ということですか……。攻め込む前に助けを求めるということは……、状況的にも国柄的にも難しいですね」


 自身で言葉にしつつも、その内容にルイスは眉間に深く皺を寄せた。


「そういうわけだ。大きな戦を起こそうと考えているのならば、恐らくすでに多数の刺客を放っているだろう。向こうが先立って狙うとしたら国王様、月巫女様、そして現在神殿を取り仕切っている神官長殿この三名だ」

「しかもこの時期にとなると、暗殺にしろ戦争にしろ、決行日と目される有力候補は祝祭、ということですか?」

「そうだ。その中でも狙われるとしたら、騎士が基本立ち入りを禁じられている祈り場か、民の前に姿を見せる中央バルコニーだろう」

「……確かにその状況で離れて護衛、というわけには参りませんね……。弓で射かけるには格好の場所ばかりですし」

「そういうことだ。だから今回の任務は、祝祭の間、月巫女の傍を片時も離れず護衛すること。それが二人の任務になる」

「片時も……。しかし、祈り場での護衛は……」


 グレンの言葉に訝しげな顔をしたルイスだったが、彼の懸念はとうの昔に想定済みだったのか、神官長が先んじて言った。


「今回は特例として、祈り場においても月巫女の傍に控えてもらう」

「神官でもない我々が、よろしいのですか?」

「伝統と月巫女を失うこと、どちらがより大事かと言われれば、月巫女だ。それに何も無条件というわけではない。今回祈り場で付き添うのはクリフェード殿のみとし、貴殿には前日より月巫女や我々神職と同様に潔斎を行って頂く」

「二人ともと考えたが、潔斎中に何かあっては本末転倒だからな。リックにはお前が潔斎の間の護衛と祝祭当日の護衛補佐としてついてもらう予定だ」


 神殿と騎士団、それぞれのトップから語られた内容を今一度頭で整理した上で、ルイスが閉じていた目を開けば、グレンは真っ直ぐその目を見て問いかけた。


「引き受けてくれるな?」

「ルイス=クリフェード、謹んで拝命いたします」


 そう言って、ルイスは騎士の礼を取って任務を受諾したのだった。


 現在護衛中のリックへは明日交代後、改めて直に通達を行うとのことで、本来休暇中のルイスはそのまま下がることとなった。しかし、彼は神殿の執務室を後にすると、階段は降りたものの出口ではなく、神殿の奥へと向かった。


 護衛騎士の証こそないものの、すれ違う者の大半はルイスの姿を見ては、その隣にいるはずの姿を探す。そうして、そこにいるはずの姿がないことに気付くと、早々に興味を失くして自分の職務へと戻る。ごく稀にいる彼の顔を知らない者は、隊章のシンボルをなっている三日月を見て納得さえしてしまえば、関心は他所へと向かう。


 そんな状況の中、ルイスがやってきたのは、リオンや高位の神官たちの私室がある居住区画と、今し方いた執務区画の間で枝分かれした廊下の先。彼の目の前にはドーム型の建物。観音開きの扉を開けば、少しカビくさい紙の匂いが漂うそこは、神殿図書館だった。


 中にいるのは神官や巫女の姿が大半だが、巡回中と思しき三日月の腕章を付けた騎士の姿もある。そんな中ルイスは迷うことなく、真っ直ぐに図書館の最奥へと向けた足を踏み出そうとしたそのときだった。


「ルイス様?」


 名を呼ぶ声に振り返れば、そこには波打つ黒髪に深緑のシンプルなドレスと黄金色のストールを纏った女性……エマの姿があった。彼女の両腕にはハードカバーの分厚い本が積まれている。


「エマがドレスを着ているのは初めて見た気がしますが、どうされたんですか? それにその本は一体……?」

「先ほど貴族の方と会う用事があったもので……。これは月巫女様の勉学のために本を少々……って、あ」


 数日前の夜のようにひょいっと本の山を取り上げるルイスに、エマは目を瞬かせた。そんな彼女にルイスは微笑みを貼り付けて言った。


「こちらは私が運びましょう。その代わりと言ってはなんですが、少々お時間頂いても?」

「え……? あ、はい、用事は済んだので構いませんが……」

「よかった。では、場所を移しましょうか」


 エマの返事を聞くや否や、ルイスはくるりと踵を返して、来た道をゆったりとした足取りで戻り始めた。そんな彼に、エマもまた戸惑いながらも少々遅れてついて行ったのだった。


***


「リオン、いい主になりたいって話はわかった。わかったんだけど、それと今の状況は一体どう関係あるの?」


 そんなことを苦笑しながら問いかけたのは窓辺に立つリック。そんな彼のすぐ横には、その部屋の主でもあるリオンがぐったりとした様子で窓のサッシに寄りかかり、死んだ魚のような目で外を眺めている。


「容赦しないって言ってたエマの授業(レッスン)がね、想像以上に容赦なくて……。休み明けてたった数日で半年分くらいの勉強をしたの……」

「それはまた……なかなかきつそうな……」

「しかも、今日に至っては祝祭も近いからって、そこに神官様から教わる祝祭関連の礼節や神事のお復習いまで増えちゃって、もうクタクタだよ……」

「なるほどね。偉い偉い」


 ついには腕を交差させて突っ伏したリオンの様子に、リックは苦笑しながら、彼女の頭をポンポンと撫でた。そんな彼を胡乱げな顔で見上げるとリオンは問いかけた。


「リックまで私のこと子供扱いするの?」

「子供扱いというよりも、オレの場合は妹扱いの方が近いかな。嫌だった?」

「嫌ではないけど、嫌ではないことが問題というか。子供扱いされてるようでなんか複雑……」

「難しいお年頃だねぇ。お、いいところに、リオンの元気になりそうなの発見」

「え、何?」


 楽しげなリックの声に、リオンが僅かに顔を上げて、彼の視線の先を見れば……。


「あれ、ルイス? 今日お休みなのにどうして……。って、あの場所っ!!」


 最初こそ首を傾げていたリオンだったが、遠くに見える彼がいる場所を見るや否やガバッと体を起こして彼の周辺を見回した。


「リオン、どうしたんだ?」

「いや、ちょっと……。ねぇ、リック。ルイスと一緒にいるの、誰かわかる?」

「うん? んー……ああ、エマじゃないかな。いつも着けてる琥珀のイヤリングがチラッと見えたし、たぶん間違いないと思う。珍しくドレスで、髪まで結い直してるからわかりにくいけど」

「あれ、エマだったんだ。伯爵家の娘に用事がある人と会うって言ってたから、それで着替えたのかな? それにしても……リック、この距離でよくイヤリングなんて見えたね」

「元々目はいいし、それなりに訓練もしてるからね。で、リオン、さっきからなんか変だけど、一体どうしたの?」


 不安そうな顔で遠くの二人を見つめるリオンの様子に、リックが訝しげな顔で問いかけた。すると、リオンはしばし黙り込んだあと、二人を見つめたまま呟いた。


「もしかして、ルイスはエマのことが好きなのかな?」

「え……? いや、ごめん、待って。一体なんでそうなるの?」

「だって、あそこって、人気も人目もほとんどないから神殿内で告白したり、人には内緒で会うのにいい場所として知られてるってエマが……」

「あー……、そう言えば、昔誰かにそんな話聞いたような。そっか、図書館裏手の森の広場(カンポ)ってあそこのことだったのか」


 そんなことを呟きながらも、リックは手をかざしつつ目を細めて、遠くにいる二人を周辺含めてじーっと見つめた。


「んー……まぁ、人気がない、はともかくとして、告白ではないんじゃないかな。なんかエマぐったりしてるみたいだし」

「そうかなぁ……」


 二人が見つめる先では、黒髪を彩る真紅のリボンを揺らしながらエマが肩を落としている。対してルイスは何一つ動じた様子はない。そんな二人の様子と、未だに不安げに目を揺らすリオンを横目で見ると、リックは小さく呟いた。


「全く、あの朴念仁は何をしてるんだか」



「この朴念仁……」


 奇しくも、リックの呟きとほぼ同時に同じ言葉を呟いたのは、額に手を当てて呆れを滲ませながら嘆息するエマ。その言葉を向けられた当の本人はと言えば、涼しい顔で首を傾げている。


「さっきから赤くなって慌てたり、好きな人がどうのだとか、朴念仁だとか、一体何の話だ?」

「何となくリオンの話から察しはついてたけど、この手の話には相当疎そうねって話よ」

「……何の話だ?」


 投げかけられた言葉は同じだが、何故か口調に鋭さが加わった二度目の言葉に、エマはビクリと体を強張らせて、目の前の騎士を見上げた。見上げた先には、いつになく真剣な顔で真っ直ぐエマを見つめるルイス。そんな彼の様子に、思わずエマは息を呑むと、戸惑いを露わに微かに身構えて言った。


「な、何の話って、だから、ルイス様がこの手の……」

「そうじゃない。リオンと何の話をしたのか、だ」

「え、そっち? 何の話って……、それは女の子同士の秘密よ。いくらルイス様でも話せないわ」

「どうあっても、か」

「どうあっても、よ。殿方同士でしかできない話があるように、女の子同士でしかできない話だってあるんだから。どうしても聞きたいなら、私から話すわけにはいかないし、リオンに直接聞いて」


 両手を腰に当ててきっぱりと言い切り、真っ直ぐ見返してくる琥珀の瞳に、ルイスは小さく息をついて言った。


「わかった。じゃあ、それについては聞かない。が、一つ確認したいことがある。エマ、最後に聖典に目を通したのはいつだ?」

「え? 何を突然……」

「いいから、答えてくれ」

「わ、わかった。答えるから、その、睨むように見るのは止めてくれないかしら……?」

「ん? 睨んでいるつもりはなかったんだが……すまない」


 威圧感のある視線に耐えきれずにエマがものを申せば、ルイスはキョトンとした様子で謝った。そのおかげなのか、それまであった突き刺すような視線はなりを潜め、それにエマはホッと息をつきながら言った。


「助かるわ。で、聖典に最後目を通したのはいつか、よね。うーん、そうね……あれはリオンの十歳(ととせ)の祝いの前だから、六年くらい前かしら」

「なら、今度時間のあるときにでも今一度目を通しておいてくれないか?」

「内容ならちゃんと覚えてるわよ?」


 ムッとした様子で返したエマだったが、ルイスは真剣な顔で言った。


「六年も経っていたら十巻もある聖典の内容の何かを忘れててもおかしくないだろ。だから、読んでおいてほしいんだ」

「十巻……?」

「ん?」

「あ、いえ、何でもないわ。祝祭が終わるまでは難しいけど、ルイス様の言うことも一理あるし、時間見つけて読むわ。それでいい?」

「……ああ、頼んだ」

「これくらい別に構わないわ」


 そう言って肩を竦めて見せたエマだったが、その目には微かに戸惑いのようなものが浮かんでいる。そんな彼女の様子をじっと見ていたルイスだったが、一つ息をつくと抱えた本を持ち上げて問いかけた。


「手間を取らせて悪かったな。で、これはリオンの部屋に持って行けばいいのか?」

「え? あ、ええ。戻ったらそれでリオンの勉強の続きをしようと思って」

「……まさか、この量をこれから?」


 彼の腕にある分厚い本は五冊。どれもこれもルイスの親指一本分の厚みがある代物だった。


「できるところまでだから、全部終わるとは思ってはいないけどね」

「……まぁ、程々にな?」

「心に留めておくわ。他に用件がないなら早く行きましょう」


 そう言って踵を返し、早足でその場所から離れ始めたエマに、ルイスは首を傾げつつ後を追い、隣に並ぶと少し焦ったような声で問いかけた。


「もしかして、忙しいときに声かけたか?」

「祝祭前だからそれなりにはバタバタしてるけど、今はまだものすごくってほどじゃないわ。どちらかと言うと場所の問題よ」

「場所? 人の気配もないが、何か問題だったか?」

「……だから朴念仁って言ったのよ」


 エマは息をついて立ち止まると、ルイスの方を振り返り、じと目で彼の胸に指を指しながら言った。


「いいですか、ルイス様。この場所は、神殿内にいる若い人の間では、逢い引きとか告白とかそういう場所として密かに知られている場所なんです。そんなところに二人で居るところを誰かに見られでもしたらどうするつもりなんですか?」

「逢い引き……、告白?!」


 僅かに間を置いて理解したルイスは声こそ抑えてあるものの、動揺を露わに一歩後ろに後ずさった。そんな彼に、エマは呆れた様子で言った。


「そこ、今更赤くならないでください」

「そんなこと言われても……。って、ああ、だから着いてすぐあんなに顔を真っ赤にしてたのか。勘違いさせて悪かった」

「そこで謝られるとこっちが余計恥ずかしくなるのだけど?! というか、ルイス様はもうちょっと乙女心とかそういうのについて、リック様から教わった方がいいんじゃないかしら!」


 そう言ってエマは踵を返すと、肩を怒らせながらずんずんとリオンの私室の方へと向けて歩き出した。そんなエマの様子に、ルイスは困ったように頬を掻き、小さく息をついた。


「まぁ、リオンとリックのいる窓以外からは見えないようだし、二人以外の視線も気配も感じないから問題はないか」


そんな風に自己完結して納得すると、ルイスは小走り気味にエマの後を追いかけたのだった。



挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] エマ姐さん容赦ないなwww 数日で半年分の勉強を詰め込むとかwww それにしてもルイスは場所のチョイスを間違えすぎwww 疎くて知らなかったとは言え、誤解されても仕方なし/(^o^)\ 現…
[良い点] 聖典の十巻の内容が気になりますねぇ。 月巫女が潔斎についての重要な事が書かれていたり? [一言] ルイスがあの場所にいた事を詰められるのが今からニヤニヤです(笑)
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