12.探す理由
※ 文章の最後にイメージイラストがあります。
リオンの私室で起きたハプニングから半刻後。三人の姿はリオンの私室ではなく、神殿内にある小さな古い書庫にあった。
「で、人捜しってことだけど、具体的には誰を探せばいいの?」
そう問いかけたのは、僅かに開けた書庫のドアの隙間から外を警戒するように見つめるリック。そこからは見えるのは、一階から二階へと吹き抜けになっている広いエントランスだ。彼の眼下では、神官や巫女、騎士だけではなく、他にも貴族らしき姿や身なりの良い行商と思しき姿もあり、みな中央の階段の階上にある執務室とエントランスを忙しなく行き交っている。
リックが視線を真下にずらせば、割とすぐにあるのは見事に編みこまれた青藍色の頭頂部。彼の疑問に対して、リオンは行き交う人々から目を逸らさずに言った。
「少し暗めの茶色の髪か、エメラルドグリーンの目の人を見つけたら男女問わず教えてほしいの」
「少し暗めの茶髪か、エメラルドグリーンの目……?」
その二つの組み合わせを聞いたリックの脳裏を、彼の同居人でもあり上司でもある騎士の姿が過る。しかし、リオンが言った探し人は、どちらかの色彩を有する者、しかも男女問わず。その謎な要求に対してリックが首を傾げていると、リオンよりもさらに下……膝を抱え込んでドアの外を覗いていたエマが、彼を見上げて言った。
「ルイス様のご家族を見つけたいんですって」
「本人に聞けば……って、教えてくれてたらこんなことしないか。だからどちらかの色を持ってる人、ってわけか」
「そう。それも、リオンが自由に動ける範囲もしくはそこから見える範囲に出入りできる人、らしいの。だから、少なくてもこの中央エントランスに出入りする許可のある人の中にいるはず、なんだけど……」
「……からかった罪滅ぼし代わりについさっき出た話なのに、やけに詳しいね?」
目を瞬かせるリックに、エマは小さくため息をついて言った。
「リオンから探すのを手伝ってって言われたのは何も今日に始まったことじゃないもの。ただ、リオン自身が探すにはルイス様がいるときには難しいし、リック様からルイス様に筒抜けになったら後々面倒になるのが見えてた。だから、仕事の合間を見て私だけで探してたのよ」
「なるほどね。それで何人かは見つけたの?」
「ルイス様と似た色の髪の方は何人か、目の色に関してはむしろ多過ぎて困るくらいよ」
「だよねー。瞳の色で言ったら、オレだって近い色してるし」
「そうなのよ。で、片っ端から見つけた人個人の名前とか調べても、クリフェード姓の人は誰もいないしで、未だに見つからず終い」
「というか、むしろ、なんでそこまでして見つけたいの?」
エマの話を聞いて、リックが苦笑しながら問えば、リオンはしばしの間を空けた後、視線はエントランスの行き交う人から外さずに答えた。
「知りたいから」
「……それだけ?」
「それだけだよ」
リオンの答えに、リックが目を白黒させていると、リオンは視線を気持ち下げて、ポツリと呟いた。
「いつも傍にいるのに、私はルイスのこと何も知らないから。だから、ほんの少しでもいいから知りたいの」
そんな彼女の言葉に、リックは一瞬瞠目したが、仕方ないなぁと言わんばかりに苦笑しながら肩を上下させると、小さく息をついて言った。
「なら一つアドバイス。リオンの家族である公爵家のご当主様が持つ色は?」
「え、それは灰色の髪に紫、の……」
リックの問いかけに淀みなく答えていたリオンの声が途中で途切れ、ようやく瑠璃色の瞳がリックへと向けられる。その目は唖然としたように大きく見開かれている。
「そ。リオンが公爵様の養女であるのと同様に、意外と世の中、血のつながりのない家族なんてあちこちにいるものだよ」
「ちょっと待って、それじゃ手がかりすらなくなるんじゃ……」
「本当に?」
「え?」
戸惑いを露わにするリオンに彼は静かに続けて言った。
「ルイスとどんな話をしたのかは知らないけど、そもそもどうしてルイスの家族が神殿に出入りしてるってわかったの?」
「それは、神殿の外に行かなくても会えるからって……」
「ということはつまり?」
「……神殿の敷地内でルイスが会ってる人の中にいる……?」
「そういうこと」
我が意を得たりと言わんばかりに満面の笑みを浮かべるリックに、リオンは何やら考え込み、エマは目を瞬かせている。
「よく考えてみたらそうよね。ルイス様に気付かれないように動くことばかり考えて、うっかりしてたわ……」
「まぁ、気付いたとしても、任務中はリオンの傍にいるし、休みの間は基本屯所の中だし。気配にも聡いから、調べるには骨が折れたと思うけどね」
「そうね……。さすがに女性の立ち入りが禁止されてるわけじゃないけど、騎士団の屯所へ行ったら目立つし……」
「あ、でも、リオン。今日は運がいいかもね」
「え?」
ドアの外を見ながら口元に苦笑を浮かべるリックに、リオンとエマは揃って声を上げると顔を見合わせ、彼に倣うようにドアの隙間から覗き込んだ。眼下には変わらず行き交う人が絶え間ないが、その中を彼女らが見慣れ始めた翠緑色のマントが横切って行く。
「あ、ルイス!」
「全く、まだ軍服着てこんなところで何してるんだか、アイツは」
「あ、誰かに駆け寄って……って、団長さん?」
「何か書類のようなものを渡して話し込んでるみたいだけど、さすがにここからだと顔は……角度的によく見えないわね」
目を細めて穴があきそうな程に観察している二人の様子にリックは苦笑しつつ、そっと書庫の奥へ引っ込むと、和気藹々と語る二人を後ろから微笑ましげに眺めた。
「ねぇ、エマ。私思うんだけど、団長さんってリックの次くらいにルイスと話してること多くない?」
「そう? 役目が役目だから、報告とかそういうのが多くてもおかしくはない気がするけど。それに私が見かけた限りだと、ルイス様って割と誰とでも気さくに話してる気がするのよね……」
「誰とでも……?」
「え? ええ」
「そっか……。じゃあ、中には私やエマの他にも気軽に喋れる子とかもいるのかな……」
風船がしぼむように意気消沈していくリオンに、エマはしまったと言わんばかりに口元を隠すと、恐る恐ると言った様子で言った。
「えーっと……、話すって言っても、私が見たのは同僚の騎士さまがほとんどよ?」
「ホントに?」
胡乱げな目で振り返るリオンに、エマはコクコクと顔を上下に振った。そんなエマの反応に納得したのか、『そっか』と再び楽しげに観察に戻るリオンを見て、リックは小さく吹き出して言った。
「リオンは本当にルイスのことが好きなんだね」
そんな彼の何気ない一言に、彼の目の前にいる二人は思わずといった様子で振り返った。片や顔を真っ赤にして勢いよく、片や目を見開きながらゆっくりと。そんな二人の反応に、リックは目を瞬かせながら戸惑いを見せた。
「あれ? オレ何か変なこと言った?」
「なな、なんで……」
「なんでって、むしろその格好と言動合わせたら一目瞭然だよね?」
「格好……?」
「ああ、ドレスじゃなくて、そのストールの色だよ」
リックが言わんとすることを理解したのか、リオンの顔はさらに赤みを増していく。
「こ、これは別に、その、今は公務中じゃないからいつもの青いマントは着けなくても咎められないからっ! けど、青色だと他の人すぐ私に気付いちゃうから選んだだけでっ……! べべ、別にルイスの目の色と同じだから選んだわけじゃ……」
「リオン、最後のは墓穴よ……」
「オレ、一応そこまではあえて言わなかったんだけどな……」
呆れた様子でツッコミを入れるエマと、苦笑するリックの言葉に、リオンは声なき叫びをあげると慌ててドアの方へと振り返り、階下の観察……もといルイスの動向観察に戻った。シニヨンにしているため、いつもと違い後ろからでも露わになっている耳は未だに真っ赤だ。
そんな彼女の行動に、エマとリックが本日何度目になるかわからないが、顔を見合わせて苦笑すると、リオンは急に落胆した声をあげた。
「あ、ルイス、団長さんと奥に行っちゃった……。どうしよう、追いかけたら気付かれるかな?」
「それは止めた方がいいと思う。神官長にここに三人で籠もる理由として勉強するためって言ったのに、エマとオレを連れて人を追いかけ回したら、さすがに嘘がバレるよ?」
「う……。それは避けたいかも……」
「用事が済んだらまた通るだろうし、待ってれば問題ないんじゃない? 追いかけるなら、次にアイツが休みのときに外を散歩する名目で探してみたらいいと思うし」
「なるほど! リック頭いい!」
「まぁ、これでも一応副官だしね? ただ、あんまり執拗に付け回すのは、リオンにとってもルイスにとっても良くはないから、程々にね」
先ほどまでの照れはどうしたのかと言わんばかりの、キラキラとした笑顔を向けられたリックは苦笑しつつも釘を刺した。そんな彼の言葉にリオンはキョトンと目を瞬かせたものの、
「迷惑をかけたいわけではないから、一応気をつけるよ。ありがと、リック」
と言って、しっかり頷いた。彼女の素直な反応に、リックは安心したように微笑んだが、碧眼を僅かに細めて静かに言った。
「あと、そのときは今日みたいに周りから見て、一目であいつの色だとわかるものは、あまり身に着けない方が賢明だと思う」
「え、どうして?」
「……自分の色じゃない装飾品を身につけるってことは、その色が指し示す相手に特別な感情を持っていると示すようなものだから、だよ」
真顔でそう告げるリックの雰囲気に気圧されたのか、リオンとエマの顔に微かな困惑が浮かぶ。すると、彼は人好きのする笑みを浮かべながら言った。
「ほら、オレみたいに神官様方が気付いたら喧しそうだし、そこから本人に意図せず伝わっちゃうかもしれないしね?」
「確かに万が一を考えるとそうね……」
「なるほど……。って、ち、ち、違うからねっ!」
「はいはい。そういうことにしておくよ」
そう言って軽くあしらうリックの様子に、若干不満げな顔をしたリオンではあったが、それ以上にいつルイスが通るか気になるのか、あっさりと引き下がってドアの外へと意識を向けた。リックの言葉に頷いていたエマもそれに倣うように階下へと意識を向ける。そうして、階下を見ながら楽しげに話を再開した二人の背中を眺めつつ、リックは小さく息をついた。
「……隠してどうにかなる話ならいいんだけど……。あとはアイツの選択次第、かな」
そんな彼の小さな呟きは、楽しげに話をしている二人の耳に届くことなく虚空へと消えていったのだった。




