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喰い穴

  「大きな口の向こうには誰も知らない世界があって、楽しい冒険ができるんだよ」

  そう教えたのはイリヤ村の少女、ルルだった。

  「そうなの? 本当なら行ってみたいね!」

  そう言ったのはイリヤ村の少年、カイだった。


  イリヤ村には昔からの伝承がある。

  それは空中にぽっかりと開いた穴の先には誰も知らない未知の世界が広がっていて、そこには貴重な資源がある。と言われている。だが凶暴な野性動物と害悪な植物が生息しており、近づく者はほぼいない。

  近づこうとするものはせいぜい相当な物好きか子供、そうでなければ自殺願望者のみだ。


  しかし彼らは子供だった。だからこそ穴の先を目指したのだ。それが無駄に終わることも知らず。


  *


  「はあ、はあ……。どこに"梯子"なんてあるんだよ」

  「いや、わかんないけど梯子がないとあんな上にある穴にいけないじゃん!」

  カイが息をあげて抗議するがルルはどこ吹く風だ。

  その穴というと二人の遥か頭上。大気圏に達するまではいかないがそこそこ高い場所にある。

  「というかもうここ真っ暗だし、そろそろ帰った方がよさそうじゃ……」

  「男なのになよなよしすぎ! それこれから禁止ね。次、弱音上げたらここに置いてくから」

  「ひゃ!」

  カイはすぐに弱音を上げるが、ルルは軽く睨んでそれをスルーした。

 

  だがカイがこうして怯えるのも無理はない。イリヤ村は周りが森に囲まれている。村はそこそこ発展しており、十分に安定した生活を送れるが少しそこを離れれば話は別だ。

  元々こちらの世界の光源は穴からの光のみだ。最近はランプなどが開発され、一気に明るくはなったが村のみで森は夜のように真っ暗だ。もっとも今が夜かはわかりようがないが。

  「仕方ないから探すのは手伝ってあげるけど、もっと計画を作って探そうよ〜」

  「仕方ないってなに?」

  少し怒った口調でルルが訊く。すっかりカイは震え上がって何も返せない。

  「穴の向こうに行こうって言ったのはカイもじゃん」

  「いや、それは……それはそうなんだけどさ」

  それ以上の言い訳は聞かずルルはカイをおいてずんずん先へ進んで行ってしまう。


  「はあ……どこに梯子あると思ってるの?」

  「そうね、あたしが思うにぷらーんってぶら下がってると思うの」

  圧倒的計画性の無さ。それにカイは驚愕を受ける。しかし次の瞬間、とんでもない疲労感に襲われる。

  「そんなんじゃ一生、見つけられないよ……」

  一人言のつもりだったが、

  「見つけられるか見つけられないかじゃない。あたしたちの冒険は穴の先にあるのよ!」

  「かっこいいこと言ってるけどそうじゃないんだよなあ……」

 

  「もっと計画を作って挑戦しようよ。例えば壁を探すとか」

  「どういうこと?」

  ルルは首を傾げてカイに訊く。

  「あそこまで登れるなら普通に考えて梯子とかロープがあると思う。それはルルの言うとおりだ。でもそういう壁がないと降りたりはできるけど()()()()

  「つまり?」

  まだルルはわかってないようで先を促す。

  「壁がないと休憩ができないからね。そのために必要なんだ」

  「……? 壁はどやって探すの?」

  カイの本領は頭を使うことである。それに加え、自分の知識を披露することを何よりも快感としていた。ルルの素朴な疑問ににやっと笑い答える

  「村以外には光源がほとんどなくて、壁はそこからじゃ見つからない。暗くてね。だからこうして実地調査する必要があるんだけど……困ったな」

  頭を抱え、困っている感を一身にさらけ出す。ややオーバーリアクション気味だがルルはその意図に気づかない。

 

  「なにに困ってるの?」

  「いや、壁は村から相当離れたところにあると思うんだ。そうじゃななきゃ村からあっちに行く人が多いだろうからね。でも知る限りそんな人はいない。

  でもこのまま二人で行動すると迷ってしまう。目印もつけずに来てしまったからね。だからこんな時に壁を探してくれる人が誰かいたらなぁ……」

  ちらちらとルルを見る。するとルルがポンと手を打ち、提案する。

  「それならあたしが見てくるよ! カイはなんか不安だし!」

  カイは苦笑しながら

  「そうか、任せたよ。ここにいるから」

  するとルルはすぐに走り去って、やがて森の中に消えた。


  「さて……」

  そう言って近くにある木に腰かける。そして軽く息を吐く。

  「上手くいったな、これで休める……」

  笑いが出てくる。あまりにもルルを簡単に誘導でき、こうして休息を得られることに。本当のことをいうなら村は簡単に見つけられる。木の上でも何でも高いところから光源を探せばいい。村にしか光はないのだから

  だがそう上手くもいかなかった。

  「あったよ! 壁!」

  「えぇ! 早くない?」

  ルルはカイの手を取って森の中を疾走する。


  「ホントにあった……」

  そこには壁があった。しかし普通の家にあるような壁などではなく、上を見上げればコンクリートが続き、首が痛くなるほど見ても際限が見えない。横を見ても同様だった。

  「それで梯子は?」

  そうカイが訊くとルルは元気よく

  「こっちこっち!」

  と叫ぶ。

  「早いよ……はぁはぁ」

 

  壁には梯子がぶらんとぶら下がっていた。上を見上げても梯子の終着点は見えず、本当に穴の先へ繋がっているか心配になるが、よく考えて見ればあまり心配いらなそうだ。

  壁の途中に梯子の終着点を設置するのは至難の技だ。まずそうする理由もわからないし、そうしたとしてどうやって上に登ったというのか。

  そんなことをカイは思い、早速梯子に足をかける。

  「さあ、行こう。夜も近そうだし」

  「よーし! 大冒険の始まりだ!」

  ルルは手を上げそれに応える。


  「疲れたんだけど……」

  カイはもう限界という感じだ。

  梯子を登り始めて約一時間。もう下を見て森の木が点々に見えるだけでそれが森だとは一瞬ではわからない。しかし上だけはまだ終わりが見えない。

  「ちょっと早くしてよ。こっち止まってるから」

  「分かってる……けどさあ……」

  思えばかなり無茶な話だ。命綱も水分も滑り止めも用意せず、壁を登るのは。しかもこの三つの要素、全てが死の要因になるようなリスキーなものだ。

  命綱、滑り止めがなければ転落死、水分がなければ脱水症状といった風に。

  「一度、降りようよ。これは準備しないとさすがに厳しい」

  「ぐぬぬ……」

  いつもならゴリ押しで上までいこうとするルルだが、今日はこのあまりの穴の遠さに心が折れかけているようだ。


  「も、もうちょっと、もうちょっと上がってから考えようよ!」

  「いや、これ以上はかなり危険なんだけどな……」

  だがこのままルルと言い合うのは無駄だと思ったカイは上に進む。ルルは一度決めたことは絶対に変えない頑固さを知っているからだ。

 

  更に進むこと30分。正直、ここまで来たら引き返せない。二人の手は既に痺れ、ここで同じ道を戻るならあっという間に滑落するだろう。だからこそ上に行くしかない。

  しかしそこまでの努力をした彼らを神は見放すことはなかった。()()()()()()()()()()


  「つ……つ、いた……」

  息を上げながらルルが呟く。

  「あ、明るいな」

  衝撃の事実を知ったようでカイは感嘆している。

  「ちょっとここら辺回ってみようよ!」

  「うん。それがいいね」

  そう言って歩き出す二人。しかしその背中に

 

  「おい! お前らどこから来た!」

  野太い男の声がかかる。二人は振り向くと男は一人ではなく数人、しかも一人一人が鎧を着け、見るからに重装備だ。

  「どこって……この穴から」

  カイは質問の意図がわからず、正直に答える。するとその男たちがざわざわとさざめく。

  「お前ら"大蝦蟇(おおがま)"から来たのか?」

  「どう呼ばれてるかはよくわかんないけど、この穴から来たんだよ」

  ルルが男たちに物怖じせず自然に話す。

  すると男たちの中から一際、大きい男が出て来て

  「ここを去れ! さもなくば強制的に退去させる!」

  と怒鳴り声をあげる。

  「な……なんで?」

  二人ともポカンとしている。しかし誰もその質問には答えない。それどころか男たちは二人を捕らえようと動く。

  「ちょっ……待っ……」

  その声と抵抗空しく二人ともつまみ上げられる。兵士と子供の膂力の差は歴然すぎた。

 

  「さあ、帰れ」

  このままではいけない、そうカイは思う。ここまで来て何もなかったは彼のプライドから許せるものではなかった。だから

  「この穴はなんなんですか!」

  と大声で叫ぶ。

  するとやっとのことそれに応えようとリーダーのような男が口を開く。

  「何も知らんようだな。それも仕方ない、その年頃からするに()()()()だろうからな。なら教えてやろう。教えるのも我々、大人の義務だからな。

  この穴はかつて王国に逆らった罪人を捕らえ隔離した穴だ。つまりお前らはそいつらの子孫ということになるな」

  そう言ったあと男は汚い笑い声をあげる。


  もう何も声が出なかった。

  二人の心情は多分、一言では表せないものが渦巻いていた。

  だがこれだけは二人とも一致しており、はっきり言葉にできた。


  もうあそこに戻りたくない。事実を知ったあとは。


  それでも彼らはまた光の届かない場所に戻る。


  何もかも闇の中で――。


この作品はドーナツから着想を得ました。チョコがついたやつなら話は別ですが、そうじゃなければどちらが表かわからない。

もしも表だと思ってた世界が裏だったら……。その恐怖を書こうとしました。

まあ、あとがきで言いたかったのは身近な何かが全て作品のタネになっているということです。

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