天才魔法使い、魔族の料理を知る
さて、街に出ることを魔王様たちに話したのだが一つ想定外の問題が発生した。
僕の隣には手を繋いでニコニコしている魔族がいる。エリンによって姿を変えられているので、周りの魔族たちには気付かれていないが、リリィである。魔王様の必死の抵抗もむなしくサリィさんに突破されてしまった。女は強いという言葉があるが、ここに来て初めて実感した気がする。
「ここのりょうりおいしい!」
「へ、へぇ」
その店の豪華そうな外見に少したじろいでしまった。というかお金の単位一緒なのだろうか。リリィなら知っていると思い、僕らが普段使っているお金を見せてみる。
が、リリィは見たことがないという。
「お父さんはお店に入るだけでご飯が出てくるよ?」
それはお金を知らなくても無理ないわ。というかどんな生活だよ。
「それは主様も変わらなくないと思うのじゃが」
「お城に行ったら寝床も料理も提供してくれるし、街に出たらタダでご飯が出てくる」
「案外お兄ちゃんって魔王様と似た生活してたりして……」
「世界中を飛び回っていることを除けばあながち間違いでもないのかもしれませんね」
みんな好き放題言ってくれるなぁ。言ってることが間違ってないから言い返さないけどさ。
「はいらないの?」
「悪いけど、これ使えなかったら入れないかな。先に市場の方に行ってみよう?」
「りくがそういうなら……」
なんか凄く悲しそうな顔をされた。なんだこの罪悪感は。
「あー、やっぱどこかでお金確認してすぐに入ろうか」
「うんっ」ニカッ
このこの笑顔眩しいなぁ。そんな僕を変な者でも見るような目で見つめるのが二人。
「リク様、子供を甘やかしすぎるのは良くない」
「お兄ちゃん、ちょっと甘すぎない? ……気持ちは分からなくもないけど(ボソッ)」
「何を言っておるのだお主たちは。人にやさしくするのは当たり前のことじゃろ」
珍しくシエラがド正論を言っているのは、リリィが教えてくれたお店が食事処だったからに違いない。あれ、そういえばエリンがいないな。そう思って辺りを見渡すと、こちらへと戻ってくるエリン(見た目は魔族の女の子)の姿があった。
「リク、お金は人間と同じだから問題ないです」
なんで随分乗り気なんだろう。まぁいいかと思い、お店に向き直ると看板に超巨大パフェなる文字とその横に絵が描かれてあった。なるほどこれが目的か。値段を見るといつかルカとアイラと入ったお店のパフェの値段を軽く超えていた。ただ単に大きいのか、素材がいいのか、物価が違うのかは分からない。
というか僕でも文字を読めるということは人間が使っているのと同じ文字か。文化が違う訳でもないんだけどなぁ。本当、なんで戦争なんてしてるんだろう。
中に入った僕たちを待っていたのは人間の街の高級なレストランと大して変わらない魔族の対応と、見たことない額のお金の請求額だった。メノード島に来ているのに体験しているのは人間の街でのことと大して変わらない。ちなみに、金額の8割はシエラとエリンによるものだった。お金はあるし、せっかくここまで来て遠慮するのもあれなのでそこらへんはあまり気にしていない。
その後もリリィに連れられて色々なところに行ったのだが、どこに行っても人間の街にもありそうなものがほとんどだった。ただ、食べ物は人間の街の物よりも見た目が少々きつかった気がする。
「主様よ、気持ちは分からんでもないが、見た目で判断するのは良くないと思うのじゃ。アイラもそう思うじゃろ?」
「ちょっとこの味は意外。見た目が分からない料理に使えば――」
海に住んでいた化け物や、魔物を生きているまま齧って味を判断するシエラはともかく、アイラもなにやら思うところがあるようだ。
「りくがいつもたべてるのはちがうの?」
「う~ん、虫は食べないかなぁ」
そう、魔族の食卓には虫が普通に並ぶらしいのだ。それを見てガノード島で見たあの規格外のサイズの虫を思い出したが、すぐに頭から追い出した。シエラの話では確かあれも食べれるとか言ってたような……。
それ以外の物も焼いただけだったり油で揚げただけだったり、素材の味を楽しむ料理が多いのだ。僕とルカも一口挑戦してみたのだが、アイラの作る料理や城で出される料理などの様々な調味料を使った味になれているせいか少々口に合わなかった。
「私も今回は遠慮しておこうかな……」
「この国のデザートはなかなか美味しいと思ったのですが……」
「味付けはともかくこの島の果物は中々面白い。リク様、いくつか買っておきたい」
「その辺は任せるよ」
「ありがとう」
アイラがすごく楽しそうにしていてくれて何よりである。
そういえば最初に入ったお店は味付けもしっかりしてたな。あそこで食べた虫の料理には、見た目には少し引いてしまったが普通に美味しかった。ここでは調味料が高価だったりするのだろうか。
「そろそろ暗くなってきたし戻ろうか」
「りりぃはまだあそべるよ?」
「ほら、魔王さ……お父さんたちが心配するから」
「むぅ」
そんなに頬を膨らませても何かあってはいけないので今回は折れない。そういえば宿取ってなかったな。戻ってから魔王様にでも聞いてみよう。
☆
「それならここに泊まるといいんじゃないですか? ねぇ、あなた」
「ふむ。部屋なら空いているし問題ないぞ」
お城って部屋が空いていれば人を泊めてもいいものなんだろうか。
「りくといっしょにねる~」
「」ギロリ
「」バチンッ
「何をするのだ!」
「客人に対してそんな目で睨んではいけません」
「おとうさんりくのこときらい?」
「いや、そんなことは――」
本当に止めて欲しい。魔王様の視線は僕に向けられているにも関わらず、アイラとルカが怯えている。向こうで親子三人、何か言い合っているので怯えている二人を宥めながら少し待つ。
~5分後~
「部屋に案内しますね」
「あ、はい」
「わたしもいっしょにいくー」
魔王様の頭にこぶがいくつかできている気がしたが、僕はそちらを見なかった。
「リク、分かっているとは思うがリリィには――」
「何もしませんよ」
「あなた!」
「ヒィッ」
今の魔王が出していい声ではないと思う。女の人って強いなぁ。
「そう言えば魔王様、例の件はどうなったのですか?」
「あぁ、行ってみることにする。リクが安全を保障してくれるのなら、だがな」
なぜそこで僕が出てくるのか。
「分かりました。戻ったら伝えておきますね」
「リクたちはいつ頃戻るのですか?」
「リリィが港を案内してくれるらしいのでそれが終わったらですね」
魚なら難しい味付けが無かった方が美味しかった方がするので普通に楽しみである。
「なら馬車の準備が必要ですね。数日は掛かると思うので出来るだけ良いものを――」
「それなら大丈夫ですよ。シエラがいるので」
帰りならエリンの転移魔法もあるし。普段ならこの程度の移動に転移魔法なんて却下なのだが、何しろリリィがいるのであまり連れまわすのはよくないだろう。主に魔王様の心臓に。
「主様よ、妾のことを移動手段みたいに言わないで欲しいのじゃが」
「じゃあ馬車で行く?」
「……妾が連れて行こう」
ま、そうなるよね。
そんな話をしていると、魔王様とサリィさんが不思議そうな顔をしていたので、シエラに元の姿に戻ってもらった。
「魔王様は一度見たことあると思いますが、エンシェントドラゴンです」
「まさか人の姿になっているとは思わなかったぞ……」
「世の中には不思議なこともありますねぇ」
サリィさんの反応がルカが王族だと知った時よりも薄い。この人肝座ってるなぁ。
さて、明日のためにも今日は早めの睡眠をとるとしよう。




