天才魔法使い、メノード島へ向かう
僕らが昼食を終えた後、僕はエリンの力を借りて陛下たちをデルガンダ王国へと送った。他の皆はストビー王国で旅の支度をしているはずだ。
「ではリク殿、頼んだぞ」
「はい、魔王様にはちゃんと話しておきます」
「本当にリクが羨ましいよ。僕もいつかそんな風に旅をしたいものだ。僕は何度かそのために城を抜け出そうとしたけれど、見事に失敗してね」
それは迷惑でしかないのでやめてあげて欲しい。城の兵士も暇ではないだろうし。
僕はマルクス王子のその言葉に苦笑いでしか返答できなかった。
「抜け出すことすら出来ないのに旅なんてさせられんな」
そこは王として止めるべきでは?
「ぐっ……。いつかきっとここを抜け出して見せます!」
ここの一幕だけ聞くと脱獄宣言みたいに聞こえるのは気のせいか。僕は後ろで頭を抱える大臣や兵士に気持ちだけの応援を送った。
そんな会話を聞いたエリンは不思議そうな表情で質問をしてくる。
「リク、この方達は王族ではないのですか?」
「そうだよ」
「なら何故城を抜け出すのを止めようとしないのです?」
「それはほら……ルカの家族だから」
「あぁ……(察し)」
ルカが聞いたら頬を膨らませて文句を言ってきそうな納得の仕方である。
「父上、勇者の話はしておかなくていいのですか?」
「おぉ、忘れておった。実はなリク殿――」
そこからロイドが僕が魔族を庇い、リントブル聖王国から指名手配されてから、母国へと戻っていった。そういう話を聞いたのだが、リントブル聖王国に近づくだけで殺すつもりの攻撃をされる僕には出来ることは無さそうなので話を聞くだけになってしまった。
別れの挨拶もほどほどに、僕とエリンはストビー王国へと戻った。
「リク様、お疲れ様」
「お帰り、お兄ちゃん」
「主様よ、まだ見ぬ食材を求めて早く出発するのじゃ!」
みんな元気良いなぁ。
そんな事を考えていると、ラエル王女がやって来た。
「すみません、陛下たちの護送から魔族の王との連絡役までしてもらっているのに大したお礼もできず……」
「いやいや、お礼なら十分すぎるぐらい貰っています。お城でこれだけ優遇してもらってるんてすから」
ヒュドラの一件以来、僕らの優遇に拍車がかかり、ストビー王国でもこれでもかというぐらい豪勢な生活をしている。その内バチでも当たるんじゃなかろうか。
「そう言ってもらえると助かります」
「大丈夫だよ、ラエル王女。そんなに気を遣わなくてもお兄ちゃんは気にしないから」
「気を遣ってるとか言わないでもらえますか、ルカちゃん?」
「私をちゃん付けで呼ぶの止めてくれたら考えてあげる」
「ぐっ……」
ちゃん付けはそんなに大事なことなんだろうか。というか女王に気を遣われる僕って一体……。
「そんなに気にする必要はない。シエラとエリンもリク様と同じ扱いだから」
いや、そういう問題じゃないんだけど。
でもまぁ、シエラは敵に回したら普通に厄介だろうし、エリンは精霊の王と言うことで最高級のもてなしになるのも当然と言えば当然なのか。
「妾は食事が良ければ後は気にせんのじゃ」
「私はデザートですね。甘味を食べる瞬間は至福です……」
何て簡単な注文なんだろう。強いて問題をあげれば調理する人の胃が持つか、と言うことである。食べさせる相手を考えて料理をするだけで胃に負担がかかりそうだ。……後は材料の問題か。
「私個人としてはリクが私たちの敵になるとは考えられないのですが、国のトップとしての役目と言いますか……」
「大丈夫です、その辺は分かってるので」
まぁ、普通にわかってなかったけど。正直、もう少し普通に察して欲しいと思わなくもない。
立場が上の者にはそれなりの苦労があるということなのだろうと取り敢えず納得しておく。ルカを見ていると分からないが。
「……お兄ちゃん、今なに考えてた?」
「べ、別になにも考えてないよ」
ルカの視線を躱しながら、あまり話を長引かせるのも悪いと思ったので無駄話を終わらす。
「じゃあ、そろそろ行きますね。エリン、お願い」
「分かりました」
エリンによって、足元に魔方陣が作られる。
「リク、例の件、お願いしますね」
例の件というのは勿論、魔王様との会談のことである。
「出来る限りは努力します」
「お兄ちゃんなら失敗しないから大丈夫」
そんな社交的な場に対する自信はこれっぽっちもないから、そういう期待を持たせるような発言はやめて欲しい。
「リク様、もし失敗してもリク様に文句をいうような人はいないから安心していい」
それは安心していい理由にしちゃダメな気がする。
「主様が失敗しても、妾が全て燃やして塵にすれば解決じゃな」
そういう発言をしたら、いつまで経っても敵対しないように気を遣われる。よって、次似たような発言をしたら断食の刑に処す。異論は多分認めない。
「それは理不尽すぎるのじゃ!」
「全て燃やすのは駄目に決まっているじゃないですか」
エリンがシエラに対してまともに反論している。珍しい景色である。
「燃やすのは降りかかってきた火の粉だけです」
「なるほど、突っ掛かってきた連中を燃やせということじゃな! 了解じゃ主様!」
了解するな。まさかこの二人の息が合うとは。喧嘩するほど仲が良いというのはまさにこの事か。
後半のシエラとエリンの会話を冗談として捉えられなかったラエル王女の後ろの兵士達が青い顔をしている。すごく申し訳ない。シエラとエリンには後で不用意な発言はしないように注意しておこう。
「では、ラエル王女。行ってきます」
「はい。いつでも戻ってきてください。歓迎します」
そう言って手を振るラエル王女の姿は足元の魔方陣の光に包まれて次第に見えなくなる。
その日の夕方、王族の皆が起きる頃に疲れて眠ってしまったリエル様が、マルクス王子に別れの挨拶を出来なかったと少しご乱心なされるのはまた別のお話である。




