獣人の姉妹、貴族のもとで働く
小さい頃に両親を亡くし、頼れる親戚もいなかった私たちは二人で協力して生活をしていた。かなり厳しく、貧しい生活だった。それでも、二人で一緒にいられるだけで満足だった。
料理や魔物の解体はその時、色々な仕事を転々とする中で覚えた。妹はまだ5歳になったばかりにもかかわらず、その明るい性格から接客業をしていた。うわさで聞いた話ではそれなりに人気があったらしい。そんな貧しいながらも楽しい生活は間もなくして終わることになる。
「お姉ちゃん……ごめん」
「気にしなくていい。アイナは悪くない」
どうやら仕事中にアイナが貴族の人の服にお皿の中身を返してしまったらしい。その後すぐに謝ったらしいのだが、許してもらえなかったのだ。他の人の話を聞くと、どうやらその貴族についていた他の貴族が足をかけて転ばせたらしい。
その時汚れてしまった服が随分と高価な物だったらしく、その分の代金何てもちろん持っていない私たちはその貴族に代金の代わりに労働力で支払うことになった。
私たちはその分を返すために一生懸命働いた。食事は今まで私たちが食べていた量よりも少なかった。それでも働くしかなかった。
「おいっ、あの部屋を掃除してこい!」
「は、はい」
狐の獣人の貴族に指示された部屋に入ると、大量の紙が積みあがっていた。
どう整理したらいいか分からず、聞きに戻ろうと部屋を出ようとした時だった。その両開きの扉は向こう側から開かれた。そこにいたのは、狐、ネズミ、ハイエナの獣人の貴族だった。確かアイナに文句をつけたのもこの三人の貴族だったはず。
「なっ! お前、こんなところで何をしている!」
「わ、私は掃除を――」
そこまで言って言い留まる。さっき、私にこの部屋の掃除を命じた狐の獣人がにやにやとこちらを見ていたのだ。多分、何を言っても私の言葉は信じてくれない。
☆
「こいつが今日からお前の親だ。いいな」
「……はい」
どうやらあの部屋にあった紙は見られてはいけないものだったらしい。私は文字何て読めないけどそんな話誰も信じてくれなかった。私は親に売られる。そういう設定で妹を残して街を出た。そういうことにしておいた方が売るときに楽なのだそう。
私を奴隷にしたのは殺したりすると後始末が面倒だかららしい。でも、結局の目的はお金だと思う。そのまま私はデルガンダ王国を素通りして北の端にある街に向かう途中、私たちは狼の魔物に襲われた。数人いた護衛の間を潜り抜け、一匹がこちらへと向かってきた。
「うわっ。来るなっ!」
私の親役の男は、向かってきた魔物に向かって私を押し出した。すぐに全身に痛みが走ったが、運がいいことに私はすぐに意識を失った。
☆
「大丈夫かい?」
目を覚ますと、目の前には一人のおじさんがいた。
「――っ!」
体を起こすと全身に痛みが走った。
「悪いね、そんな雑な治療しかできなくて」
そのおじさんは私にいろいろと教えてくれた。
ここが奴隷商であること。おじさんがその主であること。私を売った後、私の親を名乗る人物が値段を聞いて舌打ちをしながら帰っていったこと。
ふと右手を見ると、甲に何やら文様が刻まれていた。タトゥーのようなもので、これが消えることはない。これは奴隷紋というものだ。奴隷はどこか見えやすい所にこれを刻まれる。主人が決まるとその名前も近くに刻まなければならない。
私は体の痛みに耐えながら数日を過ごした。私には、残してきた妹が心配でならなかった。こんな体で売れるわけがない。自分でも長くもたないことが分かるぐらいには、私の体は傷ついていた。だが、一人の人が私を買ってくれた。年若い男の人だ。年齢に似合わずどこか余裕を持った面持ちをしているのは気のせいか。私の手に名前が刻まれる。どうせ買われないだろうと思って話を聞いてなく、文字も読めない私にはその人の名前が分からなかった。
宿に着くと、私のご主人様はこちらに両手を向けた。何をされるのだろうとぼーっと見ていると、体が不思議な感覚に陥る。思わず目を閉じ、次の瞬間には体の傷は消えていた。
その後、少し取り乱してしまい、落ち着くまで時間がかかった。途中で青髪の女の子が入ってきた気がするが、取り乱し過ぎてそれどころではなかった。
「名前を教えてくれるかな?」
「……アイラ。ご主人様の名前も教えてほしい」
「リクだよ。あとご主人様呼びはなんか恥ずかしいから止めて欲しい」
「ならリク様」
「リクでいいよ」
「それはダメ」
私のご主人様はあまり下でに出られるのが好きじゃないらしい。でも、命の恩人を呼び捨てなんてできなかった。手を見て、奴隷紋が消えていることに私は気付く。
「リク様、これ……」
リク様は少し気まずそうな顔をして私に質問をしてきた。
「それ消しちゃまずかった?」
話を聞くと田舎の出身であまり街に出ることもなかったから知らなかったらしい。事情を説明して、もう一度付けてもらうか聞いてみると、凄く軽い返事が返ってきた。
「別に要らなくない?」
リク様はあまりこういうことに興味がないらしい。この後出会うことになるリク様の弟子が私が奴隷だと気づかなかったのはこのせいもあると思う。なぜ奴隷紋がないのかは聞かれなかった。多分、リク様がやったのだと理解してくれたのだろう。
その後、リク様と旅に出た。リク様はとても優しかった。だからこそ、妹のことは言わなかった。相手は貴族。身分の低い旅人が関われば碌なことにならない。優しい人だからこそ巻き込みたくなかった。
リク様との旅は驚きの連続だった。
ドラゴンを倒した。
デルガンダ王国で1位、2位を争う実力を持つ王子を一瞬で降参させた。
勇者を相手に2度も圧倒した。
何千ものドラゴンを一瞬で消し飛ばした。
私はリク様に会えて運が良かったのだろう。でも、リク様の凄さを知るたびに、不安になることがあった。私がいる必要があるのか。きっと、リク様なら私がいなくてもいくらでもやりようはあると思う。私に出来るのは料理ぐらいだ。だからこそ、それだけは誰にも負けるわけにはいかない。料理に使う魔法を少しずつ練習したり、料理もデルガンダ王国の料理長に教えてもらったりした。
そんな生活をしながら、私は故郷に戻ってきた。妹の顔が浮かんだけど、私が出て行ってもきっと取り合ってなんてくれない。それに、リク様に迷惑をかけてしまう。だから考えないようにしていた。でも、妹を見つけてしまった。それも体中に傷を負った。気付いた時には体が動いていた。
「アイラ、大丈夫?」
「リク様、巻き込んでごめん」
リク様は優しく声を掛けてくれた。
「困ったことがあったら頼ってくれてもいいんだよ」
「……ありがとう」
本当にリク様は優しい。リク様はいつか勇者にしたように、向かってきた男に雷を落とした。ただ、あの時とは違ってエリンによって威力は弱められていた。
私は今までリク様のため以外の行動をしてこなかった。私は奴隷でリク様が主だから。でも、その方がリク様にとっては迷惑なのかもしれない。だから次、何かあった時はちゃんと助けを求めることにしよう。
私はいつも思う。リク様と出会えたのは私の人生の不運を全て吹き飛ぶほどの幸運だと。今は何もお返しは出来ないけれど、少しずつでも何かの形でお返しをしていこうと思う。リク様は気にしないだろうけど、私はそうしたいのだ。




