天才魔法使い、ストビー王国の地を踏む
「勇者様がこんなところで何を?」
気になって関所にいた兵士に聞いてみたのだが、答えたのは勇者だった。
「勇者様はやめてくれないか。ロイドでいい」
僕の言葉を聞いた勇者がこちらへと向かってくる。色々あってなんか気まずかったからわざわざ本人に聞かなかったのに。
「別のこの前のことは気にしていない。寧ろ自分の無力さを教えてくれて感謝している」
こいつ本当の同一人物か? 変貌が凄すぎてドン引きするレベルなんですけど。でもまあ、本人が気にしてないのに僕が気に掛けるのもあれか。
「それで、ロイドはこんなところで何を?」
「この辺りにヒュドラという名の首が六本ある魔物が出たらしくてそこにいる冒険者たちと討伐に来たんだ」
こんな遠くまでご苦労なことだ。僕らはシエラに乗ってきたからあれだが、馬車を使っても数日は掛かるらしい。
「ねぇ、お兄ちゃん。それって……」
「そのヒュドラってもしかして首を落としても再生したりします?」
「あぁ、全ての首を一気に落とさなければ倒せないはずだ」
……ここまで来たのに実はもう倒してましたとか流石にあれだな。でも言わない訳にも行かないしどうしよう。
「それなら心配いらんぞ主様。妾が狩ってきたのは十匹ぐらいいた中の一匹じゃ」
ヒュドラ討伐隊? が騒めき始める。反応を見ていると、どうやら複数いるというのは想定外の事態らしい。
「料理したら美味しかった。だからできればお城の料理長にも渡したい」
「でも全部食べちゃったよね?」
僕らの視線がシエラの方に向く。
「ちょっと待て、なぜ妾を見る。食べたのは妾だけではなかろう?」
まあなんというか、こういう問題になったら真っ先にシエラが浮かぶんだよね。
「ヒュドラを……食べたのか?」
「「「「「「「……」」」」」」」
勇者を除いたヒュドラ討伐隊が黙り込んでしまった。彼らの反応から、普通は食べるような魔物ではないことは理解した。
というかメンバーを見る限りそもそも簡単に倒せるような魔物ではないのかもしれない。
「シエラ、どの辺にいるか分かる?」
「丁度ここから真北に進んだところにおるぞ?」
「あの……手伝いましょうか?」
そんなに時間はかからないだろうし、これで彼らが怪我とかしたら目覚めが悪い。
「いや、その必要はない。旅人をこんなことに巻き込んでは勇者の名が廃れてしまう」
今までの行いを見聞きした感じ、もう既に廃れてる気がしたが、僕は口に出さなかった。
「勇者様の言う通りだ!」
「俺たちは一流の冒険者だぞ!」
「お前だけが強いんじゃないんだ!」
変なプライドに火をつけてしまったらしい。弟子4人から聞いた話では勇者の実力はかなりのものらしいので大丈夫だろう。例のドラゴン騒ぎの時は中々な活躍だったとか。
「あぁ、そうだ。シエラが首の切断面を火で焼いたら再生しなかったって言ってましたよ」
「わざわざすまない。僕たちは早速北へ向かうとしよう。ここに待機していたのは場所が分からなかっただけだしな。それに移動してしまうかもしれないし」
ロイドが僕に頭を下げる。こいつ本当に同一人物か?(2回目)
ヒュドラ討伐隊が出て行ったのを見送ってから、僕らはストビー王国に入った。もちろん、移動方法はシエラである。
『妾のこと乗り物みたいに言うのはやめてくれんか』
「でもここ最近そんな感じじゃない? ほら、僕の魔法の練習身に来てた時とか」
『……確かにそんな気がするのじゃ』
何か今のシエラの気持ちは凄く分かる。多分、僕が人扱いされないのが納得できないのと同じ感じだろう。
「シエラさん、人に乗られるの嫌なの?」
『主様やお主らなら別に気にならんぞ』
「欲を言えばもう少し寝心地を良くして欲しい」
『アイラの料理の腕がもっと上がったら考えんこともないぞ?』
考えんこともないぞって何? ドラゴンの背中ってやろうとして寝心地良くできるものなの?
『冗談に決まっておろう』
「そんなことできる訳ないじゃん。お兄ちゃんじゃあるまいし」
いや、僕でもできないから。
「ルカ、後どの位で着くと思う?」
「う~ん、関所まで一日と半日だから……二日かからないと思うよ?」
「やっぱり歩いて行った方が――」
「却下じゃと言っておろう」
これじゃ道中のイベントがないじゃないか!
「イベントがない? 主様の周りはイベントだらけじゃろう」
「お兄ちゃん、もしかして勇者がでしゃばるような魔物を食べといてイベントがないとか思ってる?」
正直に言うと思ってました。
「リク様の周りでこれまで起こったこと考えたらそんなの日常範囲のレベル」
そんな日常は勘弁して欲しいものである。が、違うと否定できない自分が確かにいる。
その時、僕はふと気づいた。
「スピード上がってない?」
『いや何、気のせいじゃよ。決して今日のうちに着こうとか思ってないぞ。結界張らなくても大丈夫なぐらいの速度しか出さないから安心して良いのじゃ』
ルカの話を聞いたせいか。というか二日で着くとか旅じゃないんだよ。マジで何してくれてんの?
「ねぇ、旅の醍醐味って知ってる?」
「「『それは私(妾)達のセリフ(じゃ)』」」
ぐぬぅ。まさか3方向から反撃が飛んでくるとは思わなかった。
「リク様の旅はそこら辺の国の平民より快適」
「ま、こんな旅に醍醐味も何もないよね」
『妾は普通の旅の醍醐味を味わうよりこちらの方がいいのじゃがな』
どうやら僕の旅は皆の中で旅認定されていない様子。……解せぬ。
そんな無駄話をしたり、昼寝をしたり、おやつにフルーツを食べたりしながら過ごした。暫くして外が暗くなってきた頃……。
「そろそろ野営の準備をした方が――」
『その必要はないぞ?』
シエラが促してきた方を見ると、小さい明かりが見えた。
「いや、野営はするよ? この時間多分門開いてないし」
『飛んではいれば門など関係ないじゃろう』
これだから脳筋ドラゴンは……。
『主様、その呼び方はやめてくれんか。今嫌な奴が頭をよぎったのじゃ』
誰の事か聞こうとしたところにルカから声が掛かる。
「お兄ちゃん、私がいれば門からでも入れると思うけど……」
『「流石なんちゃってお姫様」』
「な、なんちゃってって何よ!」
確かにルカがいれば多分、というか間違いなく入れるだろう。デルガンダ王国とストビー王国は仲がいいと聞くし、友好国のお姫様が来たら放っておくわけにもいかないだろう。まぁ、突然の来訪とかどう考えても迷惑でしかないが。
『これで入れるのじゃな?』
「いや、入らないよ?」
『「え?」』
「ルカがいるって分かったら、リク様はデルガンダ王国みたいに落ち着いて観光が出来なくなる」
さすがアイラ、よく分かってらっしゃる。
『観光とは人間に食べ物をもらうことではないのか?』
違うに決まってんだろ。あ、でもデルガンダ王国だと街に出ればシエラはずっとそんな感じだったのか。
「ま、あれは観光とは言えないよね」
と、言う事で野営をすることになった。
ストビー王国の王都から少し離れたところで地上に降りた。
「食料はどうするのじゃ?」
「僕のアイテムボックスの中身使おうか。かなりの種類あるけど何がいい?」
「ガノード島の妾が案内して倒した奴じゃ!」
「私もそれがいい!」
「リク様がそれでいいのなら私も……」
「じゃあ、それにしようか」
ルカとシエラがガッツポーズを決め、アイラは僕から必要なものを貰うと、慣れた手つきで準備にかかる。村を出て数か月でずいぶんと賑やかになったなぁ。
そんなことを考えていると、服の端がクイックイッと引っ張られる。あれ、3人とも僕の視線の先にいるんですけど。若干の恐怖を感じながらそちらを見ると、背中から羽を生やした小さな人型の何かがいた。




