天才魔法使いは自由気ままに旅をする(最終話)
デルガンダ王国奪還から数か月後、各国はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。……いや、落ち着いてはいないかもしれないが。どうやら人間と魔族の間を強制的に隔たりを作ってしまっていたせいで両方で様々な分野の発達に違いがあり、文化の融合とでもいうべき作業に今現在人々は大忙しらしい。話に聞いたところによると、これは崩壊した建物の建築が発端らしい。魔王様の気遣いでその分野が得意な魔族も人間の手伝いをすべく海を渡ったのだが、その際にとある問題が生じた。要は人間と魔族の間で技術が違うのだ。どちらかの方が進んでいる場合もあれば遅れている場合もあり、両方がそれぞれ別の方向に発展しているケースもあったらしい。建築の方は後者だったらしく、新しく出来た建物は人間と魔族の技術を取り入れているらしい。家が無事だったにも拘らず、建て替える人もいるほど人気だとか。崩壊した家の建築が優先なのでそれでも限界はあるようなのだが。
そしてもう一つ起こった変化がある。僕が破壊してしまったメノード島、リリィと一緒にどうにか元の大きさには戻せたものの、周りの地形を大きく変形させてしまったせいで周辺、というか岸付近に巨大魚が生息するという人間や魔族にとって優しくない島になってしまった。が、転移魔法を使わずにそちらに人間や魔族が渡る方法が一つ誕生した。
「あれ、絶対シエラさんのせいだよね」
「悪いことではないのじゃからよかろう?」
「確かに悪いことではない。でも――」
「ドラゴンとしての威厳と畏怖が消えましたね」
エリンの言う通り、ドラゴンに対する恐怖心を人間や魔族は忘れつつあった。人間である僕と共にいるシエラの影響がほぼ100パーセントだ。僕や各国の王と共にいる人、それも女性の姿をしたシエラを初見で怖がるものなどいるはずも無い。その影響もあるが、最も大きいのはドラゴンが僕ら人間や魔族に協力的になったことである。別にシエラが指示をしたわけではない。シエラを見て学んだのだ。協力すれば対価が貰えると。言葉が通じなくともガノード島方向の岸に行けばドラゴンがガノード島まで運んでくれる。そうしてガノード島に行った彼らが戻ってくる方法はドラゴンが満足するまで料理を作り続けるしかない。アイラ曰く、料理人の修行の場として少しずつ広がりつつあるとか。僕としては少し心配だったりするのだが、一応シエラに人間や魔族を襲わないように指示はしてもらっている。
そんな料理人と同じくドラゴンの恩恵を受けているのがメノード島東の港だ。こちらはドラゴンが巨大魚を殲滅してくれる代わりに、ドラゴンが運んできた巨大魚を調理しなければならない。ガノード島よりも大きいせいでこちらの方が高難易度らしい。
また、料理をするためにはある程度強力な魔法がないと捌くことすらままならないために魔法使いの修練の場としても使われているとか。戦いのために、戦いの場で学ぶよりはずっと平和的でいいと思う。いいと思うけど、それはそれでどうなのかと思わなくもない。
「主様、見えてきたのじゃ」
シエラに言われて目線をそちらに向けると、リントブル聖王国の城が見えてきていた。皆もこちらに気が付いたのか、大きな歓声が聞こえてくる。大勢の人が、魔族が元気に手を振っている姿を見ると、ゼハルを倒してよかったと改めて実感できる。
そんな景色を横目に、ルカが思い出したように口を開いた。
「アイラは手伝わなくていいの? いつもお兄ちゃんの料理作る側だけど」
「こういうのも勉強になる」
「妾は美味しいものが食べられれば何でもよいがの」
「私はアイラの作った物も食べたかったです」
「心配ない。明日には今日の料理より美味しいものを作る」
話の内容からも察せるように、本日、リントブル聖王国で料理が振舞われる。人間と魔族、そのほぼ全員が参加予定だ。ゼハル討伐に対する宴会らしい。どうやら僕とゼハルの戦いはエリンによってメノード島の上空に映し出されていたらしく、そのついでとしてシエラの『宴会』と言う言葉にシエラだけでなく、他の者も胸を躍らせていたらしい。その影響もあり、結果として各国が落ち着きを取り戻した今それが開催されることとなった。
「それはそうじゃろう。食べ物を拒否する者などいるはずも無いのじゃから」
いや、別に否定、肯定の話はしてないんだけど。
「リク様、そう言えば魔王様が大事な話があるって言ってた。悔し涙を浮かべながら」
「どういうこと? なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「私はサリィさんに聞いたから知ってるよ。リリィが――」
「ありがとう、ルカ。そこまで聞いて何となく察したからもういいよ」
というか魔王様が悔し涙なんて浮かべる時点でリリィ以外の事であるはずがない。リリィから一緒に行きたいと言う話は何度か聞いていたし、魔王様が中々許可を出さないと言う話もガノード島を修復しながら聞いた。察するにサリィさんが魔王様を説得したのだろう。どうやって説得したのか気になるところだが、何だか怖くて聞ける気がしないな。
「人数が増えるのは困るのじゃよ。妾の分の食事が――」
「リリィはエリンと違って食い意地が張ってないから大丈夫」
「アイラよ、妾が良く食べると言うのは否定はせぬが……その言い方は止めてくれぬか?」
「……大食漢」
「すまぬ、妾が悪かった。じゃから元の言い方に戻してはくれぬか」
大食漢ってたしか大食いの男、みたいな意味だった気がするけど。……そういえばシエラがドラゴンに性別は無いって言ってたな。別に間違いではないのか。
「シエラ」
「な、なんじゃ羽虫。珍しく妾の名前を呼びおって」
「変態脳筋トカゲと大食漢、どちらがいいですか?」
「……前者で頼む」
ニッコリ顔で質問をするエリンに、シエラはあきらめ顔でそう答えた。だが――。
「じゃあ大食漢ですね」
「だまれ羽虫。下手に出ていればいい気になりおって――」
なんだかこの光景も見慣れてしまった。最初は少しひやひやしていた気がしなくもないが、今ではもう何も思わない。……僕の感覚大丈夫だろうか。
そんなことを考えている僕に、ふいに声が掛けられた。
「お兄ちゃん、これから先どうするの?」
「どういう意味?」
「リク様はもう全部の国を回った。次はどこに行く?」
そんな質問にシエラとエリンも耳を傾けた。まあ、自分たちの行く先だし普通に気になるものなのか。というかこの質問で喧嘩が収まるのなら考えればいい方法があるかもしれない。
それはさておいて、ルカとアイラの質問の答えは既に決めてある。……いや、決めないことを決めたと言った方が正しいのかもしれない。それに、今までもそうしてきた。
「適当かな。もう一度国を回るのもいいし、海の向こう側目指してもいいかも。見たことのない島があるかもしれないし。目的地を決めるよりも、その時の気分で自由気ままに決める方が僕には合ってるからさ」
ここまで読んでくださってありがとうございましたm(__)m
この作品はこれにて完結となりますが、執筆活動の方は継続していくつもりです。
また皆さんとお会いできる機会があれば幸いです。