精霊王、再会を果たす
「お父さん! 魔物が!」
「魔物じゃと? ここらの魔物でそんな凶暴そうな魔物なんて――」
「普通の魔物じゃないんです! 何か黒い霧を纏っていて……。数も百匹以上はいるんです!」
そのマナの焦り方と、家の外から聞こえてくる声でそれが事実であることをガレムとエリンはすぐに察した。
だが――。
「こんな時に魔力が――」
そう、魔力が足りなかった。ガノード島の一件を解決するために魔力の大半を使ってしまったガレムにマナの言う数の魔物相手に戦う魔法を使う手段は残っていなかった。
「エリン、儂との契約を解いてリクの魔力を使って魔法は使えぬのか?」
「いえ、私たち精霊はあくまで人間と協力することでしか魔法を使えません。魔法も使えないリクと契約したとしても、私がリクの魔力を使って存在出来るぐらいです。魔法を使うことは……」
そう、精霊が魔法を使うのには人間の協力が必要だ。ガノード島に描いた魔法陣だって、ガレムがいなければ完成させることは不可能だった。
「マナ、アランはどうした?」
「魔物と戦うために既に外に……」
そう言いながらマナの表情は曇る。だが、ガレムは違った。どこか諦めてはいたものの、今の状況でしなければならないことを一つ考えていた。
「マナ、手紙を書くのじゃ」
「お父さん⁉ こんな時に何を――」
「エリン、転移魔法でリクを移動させることは?」
「出来ない事もないですけど、今のガレムの魔力をすべて使っても転移先の指定はできません」
魔力をすべて使ってぎりぎり。それはリクの体の大きさでぎりぎりという事でもあった。つまり、転移魔法でガレムたちが逃げることは不可能だった。
「それでも構わぬ。海上やリントブル聖王国、魔族のいるメノード島でなければ希望はある」
「ガレム、なぜリントブル聖王国を……」
「儂は今回の出来事を偶然とは思っておらんのじゃよ。タイミングが良すぎる」
その言葉を聞いて、エリンとマナは察した。ガレムの力ならそこらの魔物数百匹でも殲滅できる。そんなガレムが魔力を切らしたタイミングで現れた魔物の大群。ガレムはガノード島に行くことによって魔力のほとんどを失った。そして、そのガノード島へとガレムを送り込んだのは誰か。それを考えれば察するのもさほど難しい話ではなかった。
「でもお父さん、賢者という事を手紙に書かなければ――」
「それは無理じゃ。世の中には貧困な地域もある。突然赤子が現れても何をされるか分からぬ。それならば賢者の名を示して、賢者と言う存在を信じておる人間の元へと辿り着く可能性を望むほかあるまい。賢者と言うのは大半の人間が崇めておるものじゃ。いくつか町や村を回った事のある儂が保証する」
そんな言葉を聞いてマナは直ぐに筆を執った。だが時間はない。だからマナは出来る限り簡潔に、リクに望むことを文字に起こした。
”どうか賢者の事は教えず、自由気ままに人生を歩ませてあげてください”
それだけ書くと、手紙袋に入れて封蝋でそれを閉じた。封蝋には賢者であることを示す印が刻まれている。
「エリン様、お願いします」
「……分かりました」
それだけ言うと、エリンはリクを手紙と一緒に転移させた。それを見届けたガレムは立ち上がる。その方に座っているエリンの姿は消え始めていた。既にガレムの魔力は底をつき、その場所に存在できなくなってきていた。
「すまないな、エリン」
「いえ……。私は死んでもまた転生できるので気にしないで下さい」
精霊は契約主が命を落とすと、それに伴って命を失う。だが、精霊を導く存在である精霊王は常に存在しなければならない存在。だから、死ぬことはあってもすぐに次代の精霊王が現れ、精霊王が存在しない期間は無い。
だが、エリンの想像通りにはならなかった。
「エリン、お主に死んでもらっては困る。記憶を失えば儂らの事を忘れてしまうじゃろう?」
そう言いながら、ガレムは懐から一本のナイフを取り出し、鞘から刀身を引き抜いた。それはその先でロイドが持つことになる聖剣と同じ仕組みのモノ。その刀身は今にも消えてしまいそうな程弱々しい青い光を灯していた。
そんなガレムに、エリンの発する声は思わず震える。
「ガレム、何を言っているのですか?」
「魔力で繋がれた道なら、魔力で壊せるとは思わぬか?」
そう言いながらガレムは左手の甲を肩に座っているエリンに見せた。それはエリンがガレムと契約をする際に、契約の魔法陣を刻んだ場所。
「ガレム、止め――」
「リクと会うことがあったらその時は頼むぞ」
エリンがその場から飛び立ち、ガレムを抑えようとするよりも早く、ガレムの握ったナイフはガレムの手を貫いた。
次の瞬間、エリンの頭の中でブチリと言う音と共に、何かが無理やり引きちぎらたような痛みが走る。それと同時に視界は途切れ、意識も途切れる。
☆
エリンは目を覚ますと同時にひどい頭痛を受ける。頭を押さえながら、徐々に何があったかを少しずつ思い出してく。
「リクを……探さないと……」
だが、精霊と契約できる人間も少ない上に、エリンほどの精霊を召喚できる人間がそう都合よく現れるはずもなかった。そしてエリンは気が付く。周りに自分と同じ状況の精霊がいることに。そして理解した。ガレムと同じことをした者が賢者の一族の中にいたのだと。その精霊たちと協力し、エリンはリクを探し始めた。だが、探索範囲が限られ過ぎていてそれは叶わなかった。リク程の魔力の持ち主なら、簡単に見つかる。そう思っていたエリンは時間が過ぎるたびに少しずつ希望を失っていった。一年、五年、十年と時間だけが過ぎていった。そして、エリンがほぼ諦めていた時、突然周りの精霊が騒めき始めた。
「騒がしいですよ。何かあったのですか?」
そんなエリンの言葉に反応するように、先程まで騒いでいた精霊は一人の少年の回りをぐるぐると飛んで回る。
「人間? なぜこんなところ……に……」
その姿を見てエリンは驚いた。その少年から感じる魔力はどこか懐かしく、しかしその時よりも遥かに力強いものだった。気が付いた時には少年の元へと飛び立っていた。
「うおっ」
「あの……、お名前を聞いても?」
「リ、リクですけど」
その名前を聞いてエリンの疑惑は確信に変わった。
「右手を出してもらえませんか?」
「は、はぁ」
右手にはエリンがリクが身を守れるようにと仕掛けた魔法は既に消えていた。自然に消えることが無いと知っていたエリンは、役に立ったのだろうと満足げな表情を浮かべた。エリンはそのままその手の甲に契約の魔法陣を描いた。
「なにこれ?」
そう言いながら首を傾げるリクにエリンは説明する。
「精霊は契約した人間から魔力を受け続けないと人間の世界を自由に行動できないのです」
「えっと、じゃあこれは……」
「契約の魔法陣です。私の名前はエリンです。よろしくお願いします」
そう言ってエリンはにこりと笑った。




