精霊王、問題を解決する
「礼儀を知らぬ羽虫に何を言われても何も感じないのじゃが」
と、言いつつもエンシェントドラゴンの言葉の抑揚と雰囲気は明らかに怒っていた。それを察したガレムは急いでエリンの口を塞ぎにかかる。
「生憎あなたを相手に使う礼儀は持ち合わせていな――」
エリンはガレムに口をふさがれたことへの抗議としてバタバタと手足を動かすが、エリンの膂力では人間のガレムには敵わなかった。
「エンシェントドラゴンよ、申し訳ない。儂から言い聞かせておくので、その寛大な心で許してはもらえんだろうか」
「お主はよく分かっておるようじゃな。よかろう。妾は寛大じゃからな」
そんなやり取りを終え、ガレムは冷や汗を拭いながら真剣な表情でエンシェントドラゴンに語り掛ける。
「それで、我々がここに来た理由なのですが、どうやらこの島周辺の魚が我々の島へと流れてきているようなのです。もしかしたら、ここで何かあったのかと思いまして」
「その理由は妾にも分からぬ。じゃから困っているのじゃ。妾たちの主食がここらの魚じゃからな。まあ、限界が来れば移動するまでなのじゃが」
その言葉にガレムはひやりとする。これだけのドラゴンが生息できる程の大陸など早々ない。あるとすれば今人間が生活しているユーロン島である。そうなった時、人間がドラゴンの捕食対象で無くなる理由はどこにもない。
「儂たちはその問題を解決しに来たのです」
「ほう、お主らにはどうにか出来るのかや?」
「はい。儂とエリンならば出来ます」
「ならば頼むのじゃ。妾たちが移動する手間が無くなるのは良いことじゃ」
そんな言葉にホッと息をなでおろしたガレムは、そのまま会話を続ける。
「それをするにはこの島の中心に行く必要があるのです。どこか分かりませぬか?」
「そう言う事なら案内するのじゃ」
そこでようやくガレムの拘束から解かれたエリンが口を開く。
「ガレム、何をするのですか!」
「それは儂のセリフじゃ。エリン、相手を逆なでするような事は言うでない。久方ぶりに冷や汗をかいたぞ」
「問題の原因を探ろうともせずに無理やり解決しようとする脳筋トカゲ相手に礼儀なんて払う必要なんて無いと思いますけど」
「おいそこの羽虫、全て聞こえておるのじゃが?」
「それは失礼しました。まさかそんなところにいたとは気が付きませんでした」
「どうやらお主の目は節穴のようじゃな。まあ、そんなに小さな体だと無理もないか」
「体の大きさは関係ないと思うのですが? 図体のわりに頭の中身は小さ――」
これ以上エリンが話すと面倒なことになると察したガレムは再びエリンの口を塞ぐ。
「すみません、エリンが――」
「妾はそこの小さいのと違って器が大きいから、別に気にしていないのじゃ」
ガレムは自分の腕の中で手足をじたばたと動かすエリンを見ながら溜息を一つ吐いた。
「まあよい。兎に角妾について来るのじゃ」
それだけ言うと、エンシェントドラゴンは飛び上がり、ある方向へとガレムたちが付いてこられるようにゆっくりと進んだ。ガレムとエリンはそれに追従する形で足を進めた。
☆
「島の中心はこの辺りじゃ」
「ありがとうございます」
「次はどうすればよいのじゃ?」
「後は儂らでやっておきます。ただ、ここに魚をおびき出すための魔法陣を描くので他のドラゴンに壊さないように指示を出しておいてもらえると助かります」
「そのぐらいならお安い御用じゃ」
「ここに魔法陣を描いたら魔法で帰りますので、後は自由にしてくださって構いません」
「了解じゃ。それで、その魔法陣と言うのはどのぐらいで出来るのじゃ?」
そう言われて、ガレムは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。腕の中のエリンは、離せと言わんばかりにガレムの方に視線を向けている。自分では答えられないと判断したガレムは、渋々その拘束を解いた。
「数時間で出来ます。ですが、魚が元の数に戻るのは1週間以上かかるかもしれません」
「了解じゃ。ならば妾はここに近づかないように他のドラゴンに伝えに行くのじゃ。後は任せたのじゃ」
「はい。お任せください」
それだけ言い残すと、エンシェントドラゴンはその場を去っていった。
「最後は随分と大人しかったのう、エリン」
「ガレムのさっさとエンシェントドラゴンを帰らそうとする作戦に乗っただけの話です」
無論、ガレムはそのようなつもりは一切なかったのだが、ここで何か言って変に察せられても面倒だと思い口には出さなかった。
「さて、さっさと作業を始めるとするかのう」
「そうですね。早く終わらせて帰りましょう」
その言葉とほぼ同時に地面に大きな魔方陣が描かれ、その部分の地面が変形してすぐにドーム状の建物は完成した。
「強度は……そうですね、年月で劣化しない程度で良いでしょう」
「そうじゃな。エンシェントドラゴンもここには近づかないようにすると言っておったしな」
「魔力は大地の力のみで動くようにしないといけませんね。少し時間がかかりそうです」
「早く帰りたいとは言っても、特に目的がある訳でもないしな。まあ、多少ならよいじゃろう」
「そうですね。まずは建物の強度から……」
そう言うと、ドーム状の建物の下に魔法陣が現れ、建物が微弱な光を帯び始めた。
やがてそれが終わると、光は収まった。
「後は中ですね。取り敢えず入りましょう」
「そうじゃな」
二人は建物の中へと入り、多少の時間を経てそれを完成させた。
「これで問題は無いと思います」
そう言うエリンの目下には光り輝く魔法陣があった。一つは海洋生物を引き寄せる目的。もう一つは――。
「ここには虫もたくさん集まるようにしてみました」
「エリン、それはいくらなんでも――」
「私の事を羽虫と言った報いです」
嫌がらせのために行ったこの行為が、結果的にドラゴンたちの食料事情の解決に一役買うことになることをこの時のエリンはまだ知らない。
「さて、帰りましょうか」
「そうじゃな」
ガレムとエリンは建物の外へと出ると、転移魔法を発動させた。
「ガレム、いつになく疲れてますね」
「当たり前じゃ。この距離の転移魔法での往復に加えて、ドラゴンから身を守るための魔法、エリンをこちら側へと召喚しておくので魔力の方はそろそろ底をつきそうじゃ」
「そのようですね。仕方ないので帰ったら私は一旦精霊界に戻るとしましょう」
「すまんがそうしてもらえると助かる」
そんな話をしながら、転移魔法のための魔法陣から発せられる光がガレムとエリンを包み込んだ。
☆
そうして村へと帰還したガレムとエリンの耳に入ってきたのは悲鳴と怒号と魔物の咆哮だった。




