カクレビトは泣いている。
この不思議な世界に迷い込んだ私は、しばらく森の中を彷徨っていた。
何もわからず、ただ街だけを求めて。
しかし、どれだけ歩いても辿り着かない。
お腹も空いてきたし、何より寝る場所を探さなくちゃ。
「うわぁ。」
思わず、声に出してしまった。どこまでも続く深緑。
せめて集落だけでも。一日だけ、泊めてくれれば...
東の空に沈む夕陽を追いかけ、無心で草むらを掻き分ける。
疲れ切ってしまい、思うように足が動いてくれない。
でも、弱音を吐いてる場合じゃない。倒れでもしたら、死んでしまう。
こんなところで死にたくない。死にたくない。
だけど、自分自身が邪魔をする。心に身体が追いついてこない。
見えない場所に伸びていた蔦に足を取られ、無情にもその身体は地面に打ち付けられた。
もう力は出ない。何もできない。せめて、美しく死ねれば...
こんな私でも...
その頬に、ほんのりとしたぬくもりを感じたことに気づいたのはいつだろう。
しばらく森の中に倒れ込んでいたようだ。辺りは、すっかり夜になっている。
でも、さっきとは違う場所のような気がする...
そう思い、見上げてみると、そこには煉瓦造りの小さな家が建っていることに気付いた。
「着いた...」
木で出来た小さな扉をゆっくりと叩く。たぶん、中には人が住んでいるはずだから。
一度じゃ聞こえないなら、二度叩いてみよう。何度でも、聞こえるまで。
五分ほど続けてみたけど、反応が帰ってこない。もしかして、外出中?
嫌な予感がした。流石に、ここから歩いていく力は残っていない。
絶望と、諦めと。私の眼には涙が溜まる。
夜の闇は更に深くなっていく。
寒さは増していくのに、コートも何も持っていない。
また死を覚悟しなきゃいけないのか。
もう完全にすべてを投げ出したくなっていた。
涙が止まらない。悔しさが止まらない。
何も出来ない、逃げてばかりの自分がもどかしい。
カクレビトは泣いている。
声にならない、想いを涙に乗せて。
スカーフで涙を拭っても、どんどん溢れてくる。
その涙は、悲しみという名前の雨を呼んでいた。