カクレビトになった日。
「突然、蒼い光に包まれて...」
“カクレジマ”にたどり着いたのは、春の嵐が吹き荒れた日だった。
あの日、私は傘も差さずに歩いていた。
目線を覆い尽くすのは、見たこともないくらい大粒の雨。
その日も、私はいじめられていた。
もう慣れてはいたけど、世界中のどんな人さえも信じられない。
一種の人間不信に陥ってしまっていた。
ずぶ濡れになり、あらゆるところから雫が流れていく。
その過程の中で、自分が涙さえも流れなくなってしまったことに気付いた。
何もできない“怒り”と、この世界に対する“諦め”と。
はっきり言って、どうでも良かった。なにもかも。
少しずつ身体に打ち付けられた雨で、意識が朦朧としてきた頃。
最初にも言った、あの光が襲ってきたんだ。
たぶん、私は死んでない。死んでないから、今生きている。
自分の意思で行動することが出来ているのだと思う。
気付いたら、私はこの世界にたどり着いていた。
森の中で眠るように倒れていたけれど、特に変わったことはない。
ひとつだけあるとすれば、セーラー服のスカーフが白から紺に変わったことくらい。
しかも、元々していた白色のスカーフは左手が握りしめていた。
「てか、寒くない?なにか暖かくしないと...」
意識が朦朧とする前、私はずぶ濡れで街を歩いていたことを思い出した。
なんとかして身体を乾かそうと、様々なアイディアを試してみた。
だけど、なんの効果もなかった。
しかし、しばらく動き回っているうちに、あることに気付く。
「なんか、私の思っていることを読んでいるみたいだな...」
試しに、自分の身体を暖めたいと願ってみた。すると...
「あれ?...乾いてる。やったー!」
現実世界の“死後”って、一般的にはキリスト教や仏教の考え方が有名だろう。
極楽浄土とか、そんな感じのユートピアを想像する人が多いかもしれない。
でも、ここは違う。そんな気がしてきた。
現実世界が嫌になって、少しだけ現実逃避したい人の避難場所。
「ベッドがほしい」
「パンが食べたい」
「雨を降らせてほしい」
「紫陽花の花が...」
だって、こんなに願い事を叶えてくれる場所、他に知っていますか?
ありえないでしょ。“死後の世界”なんて、信じたくないし...
いつしか、私はこの世界を“カクレジマ”と呼ぶようになった。
現実世界から隠れて、自分を見つめ直す場所。
孤独に耐えて、新しい自分を見つけるための場所。
そこで暮らしている私は、“カクレビト”なのだ。
ちょっとだけ。ね。ここにいるのは。
いつか、あの場所に戻りたい。
もう一度だけ、青春してみたい。
今、別世界にいる私がセーラー服を着ている意味。
「青春を忘れるな。」
こういうことだと思う。自分に対しての、強いメッセージ。
この“カクレジマ”で、もっと強くなろう。
ポケットに入っていた大事なシャープペンシル。
これまでの思い出、これからの思い出、なにもかもすべて。
本棚に置いてあった方眼ノートに、書き留めてみることにした。
“カクレビト”から“普通の高校生”になるその日まで...