小さなテディベアと5人の女王さま(2)
季節の塔はお城から随分離れたところにあり、ネラはテディを抱っこしてあげました。季節の塔に着くまでの間、テディは新しい仲間のネラに女王さまについて話してあげました。
「ぼくね、女王さま達の集まるお部屋に置いてあるぬいぐるみなんだよ。でもね、動けない間も女王さま皆に撫でてもらったり、話しかけてもらったり、とっても良くしてもらったんだ」
「そうなのね。女王さま達は優しかった?」
「優しいよ。毎日ぼくを抱きしめてくれるんだ。ぼくの体は動かないけど、それでも分かるんだよ」
幸せそうにテディは笑いました。
ネラが抱っこしてあげたおかげで、テディは疲れることなく、凍えることなく季節の塔に辿り着きました。季節の塔は「塔」と呼んでいますが外見はお城そのものでした。三角屋根に白いレンガ造りのお城。やっぱりテディには大きすぎて、首をそらせるようにして見上げてもてっぺんは見えません。
女王さま達が呼びかけますが中から返事は無く、お城の扉を開けることにしました。扉を開けると、何やら文字の様なものが見えましたが、テディにはうまく読めません。ネラに抱っこされたまま指差してみます。
「ねぇ、あれってなんて書いてあるの?」
女王さま達は顔を見合わせ、ネラが答えてあげました。
「あれはね、入っちゃダメよって書いてあるの」
「なんで入っちゃダメなんだろう」
テディの素直な問いに対し、アイが答えました。
「テディ、予想するんじゃない。会って魂で語り合えば必ず真実は見えてくるものよ! そう、必要なことは全力でぶつかっていくことなの! 会って話して魂でぶつかりあえば、できないことなどないのよ! そう、この私のように! 燃え上がる炎のように!」
その瞳の奥には熱い炎が見えそうです。
「あぁ、もう自分の部屋に戻りたい……」
アイの勢いについていけず、ぼそっとインチェが呟きましたが、アイは全く気にする様子もなくお城の中に入っていきました。
「アイ様が来たわよ! さぁ、魂で語り合おうじゃないの!」
大声を張り上げるアイに遅れないように、ネラとインチェも続いてお城の中に入っていきますが、すぐにテディが声をあげました。
「見て! 扉が閉まっちゃうよ!」
巨大なお城の扉がゆっくりと閉じていくことに女王さま達が気づいた時には、扉は完全に閉まっていました。まるで、壁に扉の絵が彫られているようで、アイがなんとか開けようとしますがびくともしません。
「一体どういうことなの!」
「ま、まさか、スインが激怒してる?」
インチェはスインを怒らせてしまったのではないかと辺りをキョロキョロしています。目の前には巨大な階段。左右には巨大な扉があり、このお城からスイン1人を捜すにはなかなか大変そうです。
「怒ってるなら怒っているで、全力でぶつかればいいのよインチェ! ぶつかり合ってこそ、友情は生まれるのよ!」
そんなことはお構いなしに階段を上ろうとするアイに、インチェは小さくため息をつきました。
「アイにはついていけないわ」
アイの熱に気圧されておどおどしながら退こうとしたインチェをネラが止めます。
「ほらほらインチェ様、早くスイン様と会って事情を聞かないと、このお城から出られないままよ」
その時、不意にテディがネラの腕から飛び降りました。
「スインさま!」
と、嬉しそうに言って階段の方へと走っていきます。テディの視線の先には、ブロンドの髪の女王さまが立っていました。
「お前達! 城には入るなと書いておいたのに何で入ってきた!」
見るもの全てが凍りつくような視線にも、テディは臆さず走っていきます。
「スインさま!」
その姿に気がついたスインは驚いた声を上げながら、飛び込んできたテディを抱きとめました。
「まさか、テディ? どうして動けるんだ?」
「王さまが、ぼくに命をくれたの!」
男勝りな口調でそういうスインでしたが、テディがふわふわの両手で抱きしめてくると優しく微笑みました。
「それで動けるのか。良かったな、テディ」
テディは頷き、スインに尋ねました。
「ねぇねぇスインさま。どうして塔から出てこなくなっちゃったの? 皆お野菜育たなくて困ってるの。リップさまも出てきてくれないし、このままじゃ皆凍えちゃうよ」
悲しげに眉間にしわを寄せ、スインは答えました。
「違うんだ。私は出ないんじゃない。出られなくなってしまったんだ。何故かはわからないが、扉は開かず、塔の中さえもでたらめな場所に変わってしまう。だから入るなと書いておいたんだが……」
「で、出られなくなったって、ど、どどどどういうこと?」
インチェは真っ青な顔をしてスインに迫ります。
「私にもさっぱりだ。とにかく出られん。この城から一歩もだ。さっき、やっとこの場所まで辿り着くことができて、誰も入ってこないようにメッセージを書いたんだよ。冬の力でこの扉を破壊してやろうとも思ったが、どんなにやってもびくともせん」
その時でした。急に床が地響きとともに動き始めます。
「わわわ! 何が起きてるの!?」
テディはその場でくるくると回ってからスインの足に抱きつき、他の女王さまも近くの壁に手をついてどんどん激しくなる揺れに耐えました。
「ど、どどどどうなってるのスイン!」
「分からん! 私が訊きたい!」
床はまるで海の水が揺れるように大きく盛り上がり、壁は床に吸い込まれるように消えていきます。ひどい揺れに、必死でスインの足に掴まっていたテディは振り落とされてしまいました。
「テディ!」
と、悲鳴に似たスインの声を聞きながら、テディは荒れた海の様な床の中に姿を消したのでした。
ごめんなさい
床のうねりに飲みこまれながら、そんな声をテディは聞いていました。とても悲しそうで、苦しそうで、その人は泣いていました。ごめんなさい、と何度も何度も謝りながら。そんなことないよとテディは心の中で思いました。それでもその人はずっと謝り続けていました。泣きながら、何度も何度も謝って、強く強く抱きしめます。
「どうしたの? どうして泣いているの? 泣かないで。ねぇ、ぼくは大丈夫だよ」
と、声を掛けようとしましたが、テディから声は出ず、体も動きません。ただただ、悲しそうに泣いて謝るその声を聞いているだけでした。