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合戦の合図は今では有象無象となってしまった天使たちの魔法だった。
火属性魔法、《復讐の炎は地獄のように我が心に燃え》
水属性魔法、《雨だれ前奏曲》
風属性魔法、《終焉台風》
光属性魔法、《処刑光》
闇属性魔法、《極々小規模な黒穴》
どれもその属性に特化した才能ある長命種の魔法使いがLv99になってからも努力を続けてようやく老人になったころに一度か二度だけ使える程度の代物だ。当然俺には使えないし使われたら逃げるしかない。そんな魔法が百以上も襲い掛かってくる。
それを防いだのは地蔵菩薩とミシャグジだった。
「オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」
地蔵菩薩が真言を唱えると6つに分裂する。
恐らく金剛願地蔵、金剛宝地蔵、金剛悲地蔵、金剛幢地蔵、放光王地蔵、預天賀地蔵か檀陀地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障地蔵、日光地蔵だろう。
そしてその地蔵たちが横一列に等間隔で並ぶとそこに障壁が出現し、魔法を防ぎ切った。
「キシャアアアアアアアア!」
ミシャグジが叫んだ。その声と同時に不快害虫達が次々と消え去っていく。
あとに残されたのは巨大な白蛇だった。白蛇の周りには無数の御柱が浮かんでいる。
そしてその御柱が次々と天使の集団を囲う様に突き刺さる。すべてが突き刺さった時、それは巨大な正方形の結界となった。
「建御名方神を封じる諏訪の結界よ、いくら智天使とはいえ神性を持たぬもの、通ることなど不可能じゃろうて。」
今まで喋らなかった死神が初めて喋った。というかこの人?たちは何者なのだろう。劇の登場人物の名を持ち世界各国の神々を仲間とする存在、本当に何者なのだ?
そんなことを考えていると結界の中に次々と神達が入り込んでいく。
こうやって見ると幾人?幾柱?か俺でも知っているような神もいた。
甲虫の胴体を持ち8本の肢をもつのは地獄草紙益田家乙本に描かれる神虫であろう。
十人組の裁判官たちは恐らく秦広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔王、変成王、泰山王、平等王、都市王、五道転輪王だろう。
半透明の全裸(肝心なところは煙で隠れている)の女性はジンだ。いや、女性だからジンニーヤか?
他にもサンタ・ムエルテにテスカトリポカといった錚々たる面々が天使たちと戦っていた。
「Freude, schoner Gotterfunken, Tochter aus Elysium」
天使たちの大合唱だ。結界が貼ってあるにもかかわらず魔力の籠った歌がこちらにも聞こえてくる。だがその歌もまもなく聞こえなくなった。名前は知らない爆撃機による銃弾爆撃によって。
他にも結界の中では戦闘ヘリや戦車、歩兵に戦闘機が天使たちと戦っていた。よく見ると操縦者や歩兵はスケルトンだ。そうか、思い出したぞ。カーゴ・カルト、直訳すれば積荷信仰、確かオーストラリアの方の民間信仰だったはずだ。まあ、だから何だという話だがな。
「und der Cherub steht vor Gott.」
ケルビムが一人で合唱をする。これも顔が複数あるからできる技だ。その歌で次々と爆撃機に戦闘機、ヘリが墜落し戦車や歩兵が爆発する。鑑定してもステータスが見えるような恐らく低級な神々もそれでやられているようだ。
「臨兵「畏み畏み「Abra「ベント「Shemh「我は求め訴えたり」
鑑定結果に神が大量に出た奴(以下ゲシュタルト)が喋る。と言っても途中で姿形が変わるため、九字と祝詞以外、何を言っているか分からない。そしてその言葉と同時にゲシュタルトがいくつもの集団に分裂する。
ワニに乗った老人に青ざめた馬などが72体、瀬戸物で構成された体の武士に巨大な鏡が100体、無数の猟師に猟犬の集団と甲冑を着た武将や三面六臂の巨人の集団に関しては数えきれないほどの数がいた。
そして各々の集団にはそれぞれが元の姿のゲシュタルトと同等かそれ以上の魔力を持った存在が一体ずついた。恐らくリーダーだろう。
72体の集団にはカエル、ネコ、人間の頭を持った蜘蛛、100体の集団には巨大な黒い球体、猟師集団には八本足の馬に乗った全身鎧の騎士、武将集団のリーダーは見たことがある、毘沙門天だ。
そしてリーダーはケルビムに、それ以外は天使たちと戦いだす。それらの戦闘はすべて圧倒的だった。次々に天使たちが地に落ちていく。幾分かすればケルビムが地に落ち、全ての戦闘が終了した。
「クックック、どうだ?桃太郎よ、神の力は凄まじいだろう?」
「確かにな。だがアルレッキーノ、ソロモン72柱に百鬼夜行、ワイルドハントに八部衆を出す必要はあったのか?ミシャグジがいたのだ、時間はかかるだろうが勝てない戦ではなかっただろうに。」
「いいや、時間を掛けてはいけなかったのだ、今回はな。」
アルレッキーノが言い終わるとともに一つの音が鳴り響いた。
パリン
ミシャグジの結界が割れた。建御名方神を封じれるほどの強固な結界があっけなく割れた。何者の仕業か、俺は分かった、わかってしまった。神に勝てるのは神だけだ。そしてこの世界の神と言えば奴だ。
「はあ、私の実験室で何をしてくれているんですか?消去しますよ?」
女神シエルデ、この世界の最高神、そして俺の妻をこの世から消した憎き敵だ。
「あら、雲英さん。まだ生きていたんですか?もうすでに天使達に肉塊にされていると思いましたけど案外しぶといんですね。」
「おう、糞女神。俺はお前をこの世から細胞の一かけらも残さず消し去るまでは死なないと心に決めたからな。」
「へえ、プログラムされた心にそう決めたのですか。なんとも滑稽な話ですね。」
「……ふん。」
そんな会話をしているとシエルデの背後から平将門、崇徳天皇、菅原道真が襲い掛かった。だが彼女は見向きもせずに指を鳴らす。すると三人の姿が消え去った。
それを見てゲシュタルトだった集団が一斉に襲い掛かるが一回指を鳴らせばそれらもすべて消え去るジョン・フラムも地蔵菩薩もア・バウア・クーもミシャグジも襲い掛かるが指の音と共にすべて消え去る。
アルレッキーノが襲い掛かろうとした瞬間、俺は頭痛に襲われた。魔力が無くなった時に起こる頭痛、それに似たものに襲われたのだ。言っておくが俺の魔力量は《終焉台風》の二つ下の難易度の魔法、《落下物注意報》を百回使ってもなくならないほどはある。魔力切れなんて起こるはずがない。そう考えていると目の前にゲシュタルトの幾億倍もの魔力量を持ち仮面を付けマントで体を隠した人間が現れた。
「き、貴様は、、強欲空間の―――」
「そう、私は強欲空間のディスカイン、元気にしてたかい?シエルデちゃん。」