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エスケープ・ダンジョン~オルガニア迷宮へようこそ~  作者: ほうこう
第三層 灼熱荒野攻略編
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第86話『第3層 灼熱荒野 3日目』 第4節

 起死回生そういうには少し不足だったかもしれない。

 それでもアズサが放った黒炎は、アンブロイズの警戒心を起こさせるには十分なものだった。


 先ほどまでアズサの黒い体に向かって拳を突きだしていたアンブロイズは、一足飛びに遠くまで離れ様子を伺っているようだった。それもそうだろう、黒い炎は燃やすものなどないはずの生命の無い荒野を、未だ灰燼(かいじん)にすべく黒く燃え盛り続けていた。


「貴様、これは何だ!魔族にこのような炎を使う者がいるというのは聞いたことがあるが、貴様もしや魔族の係累(けいるい)につながる者か?」


「違うわよ!でもどう驚いたでしょ?分かったらいいからどっか行きなさい。今だったら見逃してあげてもいいわよ!」


 あたしのその空元気を見透かしたように、アンブロイズはフンッと笑う。


「確かにこの黒炎かなり厄介そうだ。しかしなぜ今まで使ってこなかったのだ?吾輩と対峙したときにすぐに使えばいいものを、なぜ今更使う?もしかして回数制限があるのか。それとも時間がかかるのか。まさか初めて使ったという事もあるまい?」


 アンブロイズのまさに図星を突いたような言葉に、ドラゴンになって出ないはずの冷汗が出そうになる。


「そ、そんなわけないでしょ!それよりどうなのよ。黒焦げにされたくなかったら、負けを認めてどっかい行った方がいいんじゃない?」


「貴様も一々ずれている奴よな。今、此処には獅子王領域の獣人達の意志を背負っているのだぞ。ただの死の危険だけで後ろに下がれるほど、己に背負っているものは軽くはないのだ」


 そう言って改めて構えたアンブロイズの動きには確かな覚悟のようなものがあるような気がして、アズサはそれ以上何も言えないし、言えば言うほど自分自身の弱さを出してしまっているような気がしていた。


 それにアズサは目の前の狼男が、自分以上に大きなものを背負っている事、覚悟をもってこの場に臨んでいる事、それらを知って自分がとても小さく感じた。だから自分も覚悟を決めなければと、今までうずくまっているだけだった姿勢を起き上がらせ、目の前の男と正面から対峙した。


 改めて真正面から見据える姿は、とてつもなく、大きかった。

 もちろん体の大きさの事なんかじゃない。存在が、雰囲気が、男の持つ覚悟がその全てがあたしなんかよりもとてつもなく大きかった。


 それでもあたしにも目の前の男に比べれば小さいものだろうけど、自分たちの命のためや以前の生活に戻りたいとか、そんなちっぽけな願いのためにあたしはここに立っているのだ。

 それでもそれだけでもあたしは戦うべきだ、戦わなければいけない、そう自分自身に誓ったのだ。


 考えてみれば以前の自分はどれだけ子供だったのだろうと思い知る。

 まぁ今でもあまり変わらないかもしれないけど。


 それでも以前であれば、相手がただ悪いと罵って自分は悪くないのだと開き直り、誰に対しても心を開かないそんな自分勝手なわがままを大声で言うだけの子供だった。でもカズトと出会いクイズ部に入り、ゼンイチとも友達になり。それから望んだわけではない無理やりだったけど、この迷宮に来て、色々な人々に出会った。


 みんなにちゃんと聞けたわけじゃない、でもアルフレード様もイザベラさんにも、それにルーだって色々なものを抱えて生きているのだ。

 それが言葉や仕草だけでも良く分かった。だから、だからあたしも負けたくない、皆よりも抱えているものは小さいかもしれない。それでもあたしにはあたしの叶えたい望みがあってそれは譲れないものなのだ!


 あたしはすぐに体の下で気絶しているのだろう3人を口にくわえると、相手から遠い砂丘の方へ放り投げた。


 ごめん!あとで謝るから、今は邪魔!


 そのあたしの行動にアンブロイズは少し呆気にとられたようだったが、獣人のため表情がよくわからないが少しだけ笑っているように見えた。その雰囲気は丸腰で野犬に取り囲まれている感じをもっと怖くした感じに近いかもしれない。


 そもそもあたしは格闘技なんて習ったことがない。

 だからあたしにできる事だけを考える。あたしにできるのは炎を吐く、翼で風を起こす、足で蹴る、足で潰す、尻尾で攻撃する。この6つしかない、これを使ってどうするか。

 あたしはドラゴンになってしまった頭を使って考える。

 体は大きくなって、力は強くなったのに頭の良さだけは変わらないのは何だか理不尽な気さえする。


 だけど今はそんなことで文句を言ってもしょうがない。

 男は飛ぶように走りながら距離を詰めてきている、だったら――


「ぬっ!やはりこの炎尋常のものではないな!?」


「どうよ!これで近寄ってこれないでしょうが!」


 そう言ってあたしはフンと鼻息を吹き鳴らすと、口の中に残っていた炎が鼻から出てきて少し恥ずかしい。


 あたしはアンブロイズが迫ってくる場所に向けて黒い炎を左から右に吐き、炎の壁を作る事でアンブロイズを足止めしていた。少し動きを止めれたらいいかなとは思っていたけど、思った以上の炎の勢いが強く地面の砂粒までが燃えて、それよりもまだ燃え広がっているような気さえする。


「まずはこの炎の何なのかを解き明かさなくては、近寄ることもままならないとはな」


「そ、そうよ!解き明かせることが出来るんなら解き明かしてみなさい!」


 そういったものの炎を吐いたのが今回初めてなんだから、正直あたし自身黒い炎の正体は良く分かっていない。


 ただ、吐いてみた感じ普通の炎のように、熱であぶられているような熱さは感じはなかった。だけどなんだか少し気分が悪くなるそんな感じがした。なのでかなりヤバイものだというのは分かるけど、具体的になんだと聞かれてもあたしには答える自信はない。


 そうしていると、先ほどまで後ろで待っているように命じられていた、2人の狼人族が砂丘から滑り降りてくる。それを一度ちらりと横目で見ただけで、機嫌が悪そうにアンブロイズは声をあげた。


「下がっておれと言ったであろう。お前たちが来ても力にはなれん」


「わかっております。このような我々が見たこともない炎を吐くドラゴンなど、我々が戦っても食い殺されるだけやもしれません。しかし我らにも出来る事はあるはずです」


 黒い毛を持った狼人族の男は、アンブロイズが止めるのにも関わらずに一歩前に歩み出て、黒く燃え盛る炎の前に立つと躊躇(ちゅうちょ)せずにその()()()をその中に差し出した。


「ちょ、ちょっとあんた何やってんのよ!死にたいの!?」


 アンブロイズが声をあげる前に、辛抱できなくなり声を発したのはアズサだった。


 アズサ自身もその事には驚いていた。目の前にいるのは敵であり倒さなくてはいけない相手なのだ。なのにその相手を心配するような事を言ってしまった自分に、驚きと妙な安心感を得ていた。


 黒毛の狼人族は炎に最初手を入れた瞬間は、特に何も感じていないようで周りに見ている人々には見掛け倒しにすら思われた。だが次の瞬間に黒い炎から腕を引き上げると、腕には黒いまだら模様のみみず腫れが蛇のようにのたくっていた。


「グゥッゥ、何だこれは!?腕が、俺の腕がぁぁ焼けていくぅ!!」


 その様子を見たアンブロイズは、眉一つ動かすことなく近寄ると目にもとまらぬ速さで手刀を放ち、黒毛の狼人の腕を切断してしまう。そして見ていたもう一人の狼人は何も言わずに、すぐに荷物から包帯を取り出して手際よく治療していったのだ。


 その光景にアズサは呆気に取られて、何もしゃべることが出来なかった。

 危ないと分かっている所に腕を差し入れる男もそうだけど、しかも危ないと分かると何も言わずに切断し、それをすぐに治療していく光景なんて見たことがあるわけもない。


 だからそれが現実に起こっている光景には思えなかったのだ。


 そんなアズサの動揺など全く気にせずに、アンブロイズは黒い炎で焼かれた腕をしげしげと良く眺め、匂いなども嗅ぎ始めていた。


「なるほどのう、あの炎は表面から焼く類のものではなく、何らかの魔法か呪いの力によって内部から焼き尽くすと言った感じなのか……恐ろしい力よな。どうだ小娘、それが正解かな?」


 そんなこと聞かれても、アズサが分かるわけもない。


「ふ、ふん!さぁどうかしらねぇ!でもわかったでしょ。その炎を浴びれば死んじゃうのよ!わかったら諦めて帰りなさい」


「まったく、何時までもずれている娘だ。我々は勝たなければ全員死ぬのだぞ?何人か腕や足を失い、犠牲になり勝利を得られるのならそちらを選ぶのは当然であろう。そこには躊躇などという言葉が入り込む余地など微塵もあるわけがない」


 そんな事は分かってる。そう言おうとして、でも自分の口からは出すことが難しかった。

 多分、その言葉の意味や残酷な現実を知ってはいても、本当の意味で理解しているわけではなかったのだと思う。


 それでも、あたし達は生き残りたいのだ。


 あたしが黙っているのを見ると、アンブロイズは黒毛の狼人族に声を掛ける。


「よくやってくれた。お前のおかげで相手の攻撃の秘密を明かすことが出来た。感謝する」


「勿体なき……お言葉、私でもお役に立てて嬉しく思いまする。どうか……武運長久をお祈りしております」


 姿勢をただし座りながらそう言った狼人族は、もう一人の狼人族に肩を借りて元来た砂丘の上に引き返していく。その様子をあたしは何もせずに見送っていく。もし他の人なら攻撃したのだろうが、あたしにはどうしてもそんな気が起きなかった。


 その去っていく二人を見送って、アンブロイズはこちらに振り返る。


「時間を取らせたな。では始めよう、今度こそは貴様を殺し、そこをどいてもらおう」


「やれるもんならやって見なさい。丸焼けにしてやるから!」


 アンブロイズはあたしの上ずった台詞を聞くと、フンと鼻を鳴らしてすぐにまた格闘技の構えをとってものすごい速さで走る込んでくる。


 その目の前にあたしは黒い炎を吐き出して、再び壁を作って対抗する。


(何度やっても同じよ!この黒い炎がある限りあたしには近寄れない)


 だがアンブロイズは炎の壁まで走ると、まるで稲妻のように地面を蹴ることによって一度直角に曲がり、方向転換したかと思ったらもう一度直角に曲がり、再びあたしに向かってそのままの勢いで走ってくる。


 そんな馬鹿な事ってあんの!?何よアレ反則じゃない!ヤバいヤバイどうにかしなくちゃ。


「確かにその黒い炎は脅威だが、かすりもしなければ良いだけのことだ」


 男は走りながら声をあげる。アズサは再び壁を作ろうと炎を吐き出したが、時すでに遅く口から出る炎が広がる以前の体の近くまで接近していたため簡単にかわされてしまう。


「貴様はかなり固い。だがこれならどうだ?」


 そう言いながら男はアズサの懐に飛び込むように入ってくると、手首を九十度に曲げ、指を折り曲げて手のひらをこちらに向けて打ち込んでくるのが、ドラゴンになって身体能力が上がっているからかアズサにもかろうじて見ることが出来た。


 もし格闘技を知っている人間なら何となく分かっただろうが、それは掌底を使った鎧どおしと呼ばれる固い鎧を無視して体の内部を破壊するための技だった。それを驚くほどに正確に狼人の優れた聴覚や嗅覚によって心臓の場所を探り当て、まるで吸い込まれるように掌底が叩き込まれた。


 一瞬時間が止まったように見えた。

 手のひらがが体に当たったにもかかわらず何も起きない事に最初驚いたアズサだったが、突如心臓を素手で握りつぶされようとしているような痛みを覚えた。


「ガァァァゥゥゥゥギィィ!!!!」


 それはまさにドラゴンの叫びだった。激痛と呼吸不全や体中から悲鳴が聞こえる様な苦しみによって、ほぼ意識を放り出し、肉体だけが反射的にその痛みを拒否するように無我夢中で暴れまわっていた。


 その暴れようは凄まじいものだった。まるで竜巻のように周りの砂は飛び回り、さすがのアンブロイズもその荒れように無暗に近寄れずに、いったん離れるしかなかった。


 そんな大暴れが終わったのは数分後だった。



「……サ。……アズ!!」



 どこからか聞こえる自分の名前で、やっとアズサは意識を取り戻す。


 意識を取り戻した途端に再び心臓に激痛がはしるものの、歯を食いしばり何とか意識だけは保つ。


 だがアズサの頭の中は、初めて経験した激痛によって記憶が曖昧になるほど混乱していた。なぜあたしはこんな所で倒れているのだろう?なぜあたしの体は心臓は軋みをあげるほど痛いのだろう?なぜ目の前の金色の狼はあたしに向かって怖い顔で歩いてくるのだろう?


 痛い痛い痛い痛い痛い、怖い怖い怖い怖い。


 アズサはいつの間にか後ずさりし、アンブロイズが近づいてくる距離と同じだけ後退していた。

 記憶は混乱していても目の前の金色の狼が、今の自分の体の痛みの原因だと何となく察することだけは出来たアズサは、目の前の金色の狼が怖くて仕方なかった。


 アンブロイズはそんな事をあざ笑うかのように、強靭な足で地面を蹴り上げると一直線にものすごい速さで迫っていた。だがアズサは恐ろしさでまったく動けなくなり、炎を吐く方法さえ忘れてしまっていた。




 だがそんな時に、遠くから聞き馴染みのある声が再び聞こえてきて、アズサは一瞬にして現実に戻される。


「アズ!!!」


 カズ……カズトなの?あれ?あたし、ここはそう……そう言えばそうだった。あたしは今目の前の男と戦っているのだ。そして倒して生き返らなきゃ元の世界に戻らなきゃいけないのだ!


 カズトの声によって、記憶が濁流のように押し寄せてきたアズサは正気を取り戻す。

 すでにかなり近づいてきてしまっているアンブロイズにもう炎は当たらないと思い、無造作に近寄って来る相手に蹴りを放つ。


「ぬっ!意外と正気に戻るのが早かったな。だがまだまだこれだけで攻撃は終わらんぞ!」


 あたしの蹴りを腕で防御して、受け流し再び攻撃をしようとして来ようとしていた。このまま近くで戦うと絶対に不利だ。でもどうしたら――


「アズ!空中に逃げろ!」


 そうか、その手があった。考えてみれば簡単な話だ。いくら獣人といってもこちらが空にいれば、そう簡単に攻撃できない。でもこっちには黒い炎がある。空から炎を吐けばこちらは攻撃出来て、相手は攻撃できないはずなのだ。


 目前に迫る相手に対して、翼で風を起こしながら少しずつ上へと上昇していく。

 風であおられたアンブロイズは、前に進むことができず足止めになっている間に、さらに上へと上昇していく。


 上空に昇ってみると、今の現状がアズサにはようやく良く分かった。


 下にはこちらを見上げる様にアンブロイズが立っている。そしてその後ろ少し小高い砂丘の上に、先ほどの黒い狼人族が三人が状況を見ている。


 そして遠くにはアルフレード様たち騎士隊がこちらに迫っており、それを迎え撃つように白く手足が長い獣人族を筆頭にドワーフ族も連れて迎撃に向かっているようだった。


 それから一番強く目に入ってきたのが、カズトとロドリゴ、若い騎士のダミアンそれにルーがイザベラさんと双子を介抱している姿だった。


 良かった。ホントにそう思う。

 先ほどまでは何とか一人でしなくちゃと思っていたけど、仲間が傍に居るというだけで気分が全然違う。

 今まで知らず知らずのうちに仲間に支えられていた事を改めて思い知る。


 でもこうやってあたしが空にいると不味いんじゃないだろうか?

 理由は分からなかったけど、直感でそう思う。


 あたしは翼をはためかせながら必死で下の様子を伺う。


 何か、何かあるはず。そう考えながらみると、すぐにあたしの直感の意味が分かった。

 今アンブロイズはあたしを攻撃するのを諦めているのか、それとも後にしようか考えているのか分からないけど、あたしの方を見ていないあたしがさっきまでいたところの先に目を向けている。そしてそこにいるのはカズトたちだ。


 不味い!


 このまま、あの金色の狼がカズト達に元に向かえば、全員殺されてしまう。

 この体になったあたしにあいつは全く躊躇する様子など見せずに、殴りかかってきてあたしはすでに死にそうなめに合っているのだ。普通の生身の人間があんなのに敵うわけがない。


 あたしはすぐにカズトとアンブロイズの間に入るように、滑り込む。

 そして壁を作るように炎を吐き出した。


 しかし空を飛んでいる状態だと、思ったほど炎に火力が出ないようで、少し砂を焦がすほどでしかない。

 だけどそんな事を言っている場合じゃない、何もしなければ仲間が殺される。そう思って間に割って入るように地面に降りようとして声がかかる。


「ダメだ、アズ!君には君の出来る事をするんだ!」


「何よあたしにできる事って!そんなのあたし分かんないよ!」


「それは――」


「おい!カズトここは不味い、今のうちに逃げるぞ!」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 あたしの呼び止める声を聞かずに、イザベラさんと双子を連れてその場を離れて行こうとしていた。

 だけどあたしはどうしたらいいのか分からなくなってしまっていた。あたしがこの場を離れれば、すぐにアンブロイズたちは後を追ってみんなを傷つけると思う。でもカズトはあたしにできることをしろと言っていた。


 もうホントどうしたらいいってのよ!!


ここまで読んでいただきありがとうございます。


これからもよろしくお願いします。

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