第85話『第3層 灼熱荒野 3日目』 第3節
地平線から太陽が顔を覗かせ、目がくらんでしまうような光が辺りを包み込んでいるなか、真っ黒な二階建ての家程もある翼竜が光の中に大きな影を映しながら羽ばたいていた。
その翼竜であるアズサと同乗者達第2部隊は、中央から北へ向かっている途中であろうアルフレード率いる騎士達と途中で合流せず、そのままの速度で獄卒炎鬼へと向っていた。
獣人達は早い段階で3手に別れたと予想できたため、なるべく早く到着し牽制か先手を取らなければいけないという判断だった。
眼下には赤茶色の砂が大量に積み重なり、いくつもの砂丘を形作っている。
そんな砂に太陽が反射し赤々としている中に、ごうごうと燃える|槌〈ハンマー〉を持った鬼の姿がすぐに見て取れた。
アズサは急遽中央とは違う獄卒炎鬼とは違う所に行ってほしいと言われて、最初は戸惑っていたがやることは変わらないという思いで、これからの事を聞くためにも他の人たちに声を掛ける。
「それじゃあどうする?あんまり近くに降りない方がいいわよね。」
あたしのその問いかけで、足につかまっているイザベラさんが風にあおられながらも大きな声で答えを返してくる。
「なるべく障害物が多い所に降りてくれ!獄卒炎鬼に見つからない所だ。それに……」
「それに何ですか!」
「アズサ避けろ!!」
その声で動くよりも先に体に衝撃が走る。
何かがぶつかったような感覚、だけど何がぶつかったのか良く分からず。ただただ混乱するしかない。そしてぶつかったのが翼だったこともあり何とか立て直そうとするものの、混乱して頭が真っ白になっていることもあいまって上手く飛ぶことが出来なかった。
あえなくあたしは何とかそのまま下に墜落するのは避けて、滑空しながら着陸する。
落ちてからは衝撃でハッキリとした時間は分からないが、いつの間にか砂漠の砂の上に横たわっていた。
落下の衝撃でクラクラする頭を起こしながら、すぐに気が付き重たい体を起こし、太い首を振って辺りを周りを見渡す。すると付近にはあたしが運んでいたカゴとそこに乗っていた双子、それにイザベラさんが倒れているのが見えた。見る限りでは大きなケガはなさそうだ、この砂がクッションにでもなったのだろうか。
だが足にしがみついていたはずの、カズトと若い騎士のダミアンの姿が見当たらない。
それに背中にしがみついているだろう、ルーとロドリゴも何とか首を動かして見える限りでは、背中にいるようには見えない。
「みんな大丈夫?ルー?ロドリゴ?カズ?ダミアンさん?エメリーにメアリー?イザベラさん?」
そのあたしの呼びかけに答える人は辺りにはいない。ただ周りから小さくうめき声のような声が聞こえてくる。
一度能力を一度解除して、他の人が大丈夫か確かめるべきだろうか?でも多分あたしが落とされたのは獣人の攻撃があったからだろう。そんな危ない状態で元に戻るというのも危ない気がする。
だけどどうしたらいいのだろうか。
体はドラゴンになり頑丈になっているからと、砂のクッションのおかげか体に痛みはほとんどない。
しかしどうしたらいいだろうか、このままみんなが気が付くのを待っているというのもあんまりよくない気がするけど――
「やはり貴様らであったか。ただの人間とエルフどもだと思っておったが、まさかドラゴンに化けられる力を持っているとは吾輩もかなり驚かされたが、しかし直接見てみればなんてことはない。ただの大きなトカゲではないか強者特有の覇気というものも感じられん」
アズサの考えを邪魔するように聞こえた男の声の方に驚いて顔を向けると、砂丘の上に太陽の光で輝く毛並みを持ち黒い鎧と赤いマントを翻して立つ黄金の狼人、アンブロイズ・オーレリアンの姿と他の獣人達がアズサ達を囲むように赤い砂の上に立っているのを見た。
一瞬呆然としてしまい動くかどうか迷ったアズサだったが、すぐに今周りには誰も自分を助けてくれたり困った時に助言してくれるような、都合の良い存在がいない事を思い出す。
何のために誰のためにこんなドラゴン体になってまで、ここまで来たというのだ。
最初は確かにカズト、ゼンイチと元の世界に帰って変わらない生活を送る為、でも今はそれ以上に一緒に戦って来た仲間である騎士たちやハーフリング達、それにエルフ達とゲームで勝ち残るためだ。
すると体は勝手に双子とイザベラさんをかばう様に動いていた。
「ほう、その様なトカゲの姿になったぐらいで吾輩に勝てると思うておるのか?」
「う、うるさいわね、やってみなくちゃわからないでしょ!それにね、あんた前から思っていたけど凄い偉そうなのよ。あたし達に構ってる暇があるならあの炎の変な奴でも倒したらいいじゃない」
「ふむ前からとな?生憎ドラゴンに化けるという人族は聞いた事がないが……。ああ、もしかするとあれか、ドルイドの半人半獣のあやつをかばっていた人族か?何となく口調や態度が似ているように思うが」
「そうよ。あたしがルーをかばった人族よ。何か文句でもあるの?」
「特にはないが、なに因果なものだと思ってな。せっかくあの場で助けてやったというのに、再び吾輩の咢の前に出てくるとはな。確かお前には言ったはずだな、信じる道を行けばその事はいずれ災難となりお前に降り注ぐことになるだろうと」
「えっと……うん、言ってたわね。そんな事!だったら何よ、あたしはやらなくちゃいけない事を全力でやっただけよ。それが何か間違っているとでもいうの?」
「忘れておったのか、まったく言ったかいがないとはこの事だな。まぁいい、お主はこれから吾輩ら全員を相手にしようという事でいいのだろうな?大人しくしてるなら、一瞬のうちに痛みなく殺してやるが?」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!今は一人だけど、これからみんな起きるしそれにこれからアルフレード様だって来るんだから。あんた方になんて負けないわよ!」
「ほう、それは良い事を教えてくれた。アルフレードと言うとあの金髪の騎士の頭目だったか?では早めにお前を倒して、そやつらも一緒にあの世へ送ってやろうではないか」
しまったと思うがもう遅い。あたしが言わなければあっちは、アルフレード様がこちらに来るなど知らなかったはずだ。そうであればアルフレード様も違う方法がとれたんじゃないかと思うとかなり悔しい。
アズサはなんとかその悔しさを相手をにらむことで紛らわせて、改めてこれからどうすべきかを考えていた。
しかしアズサにはいい案など浮かんでくるわけもなく、ただなんとか時間を稼いで皆が起きるかアルフレード達が来るのを待つしかない。そんな結論しか出てこなかった。
「あんたたちは……そう!なんでこの迷宮に参加なんてしたのよ。アステリさんの言っていたクリアしたときの宝がそんなに欲しいの?」
「なぜ……、そんなことを聞く?お主がそんな事を知ってどうするというのだ」
アズサはそのさっきとは明らかに違う様子を見せる金色の獣に少し面食らが、今はこれしかない気持ちを決めてまた息を吸い込み言葉を発する。
「だってそうでしょ?あんたたちは十分強いじゃない。それに別にお金にだって困っているわけじゃないし、食べ物だってないわけじゃない。でしょ?だったら何のためにこんな所に来たのよ。必要ないじゃない」
その問いかけに、今まで一瞬たりとも答えに淀みがなかったアンブロイズが、初めてほんの一瞬だが言い淀んでいた。
「決まっている。我が主、獅子王様のため。そして国のためになるからだ」
「そんなの、答えになってないでしょ!宝物を持ち帰って王様に褒めてもらうとか、もっと出世したいとかあんたの望みは何なのよ!」
「どう違う?国のために、民のためになる事が私の望みだ。お主こそ望みは何だ?その矮小な存在で何を成し遂げようというのだ」
「あたしの望みは、友達とここから生きて帰って普通に楽しく暮らすこと!それにこのゲームをみんなでクリアすること、それが私の望みよ!」
「それなら、そもそもなぜこんな所に参加した?故郷で普通に暮らしていれば叶う望みではないのか?」
「あたしだってそうしたかったわよ!でも性悪に無理やりこんな所に連れてこられて、ゲームをクリアしろなんて無茶苦茶な事言われたのよ!だからあたし達は意地でもこんな所から抜け出してやるのよ」
「なるほどな。理解はできないが得心はいった。お主らはこの迷宮における異物なのだろう。ここは様々な種族や国の者たちが、様々な欲望を持って集う場所だ。お主らの様なものにこの場は相応しくない」
「相応しくないとか相応しいとか関係ないのよ。あたしはあたしのやりたいことを、後で笑って後悔できるようにやり遂げるだけなんだから!」
アズサのその言葉を聞いて、アンブロイズは黙り込み何を言おうか迷っている様子だった。
だがそこに白い毛の手足の長い狼人族が現れたことで、アンブロイズが結局何を言おうとしたのかアズサは知ることが出来なかった。
白い毛の狼人族の何かの伝言を聞いて、アンブロイズは一つ頷くと、以前アズサがルーを助けようとした時に見せた背筋が凍り体の自由が利かなくなるほどの殺気をアズサへと向けた。
アズサは動かない体を無理に動かしてでも逃げたい衝動に駆られていたが、歯をグッと噛みしめると自分の意志を示すように双子とイザベラに覆いかぶさるように動く。
「そろそろ無駄話も終わりとさせてもらおう。最後にもう一度だけ問おう。お主らは我々と殺し合うということで良いのだな?」
その改めての鬼気迫る問いかけに、アズサは思わず息を吞んでしまうがここから逃げ出すわけには絶対にいかないと決意を込めて頷く。
「そうか。では速やかに貴様を排除して、あそこにいる鬼もこちらで倒させてもらおう。いいか、皆の者相手は未知数だ。まずは吾輩が先に相手をする、絶対に手を出すな。それと人族の増援が到着する可能性がある。周囲の警戒を密にせよ!!」
「「「はっ!!」」」
その了解の返事を聞くと共に、アンブロイズは何かの格闘術の構えであろう右足を前に出し、左足を後ろに引き、腕を胸元まで上げた構えを取った。
獣人達もアルフレード達と戦った時のように武器なども使ったりもする。アンブロイズもちゃんと腰にはロングソードを身に着けている。だがそれを身に着けているのは必要になるときがあるかもしれないという備えと、装飾品としての意味合いが強い。
つまり獣人の爪や牙、拳はそれそのものが、そこらにある剣などよりも強力な武器であり、凶器なのだ。なのでその武器を使うための技術が発展するのは言うまでもない。そしてアズサは知りようもないがアンブロイズが使う武術は獅子王勅命隊が教わる軍隊格闘技であり、それをアンブロイズが独自に発展させたものだった。
構えをとった瞬間に、アズサはアンブロイズの姿が何倍にも膨らんでいるように見えた。
「では……行くぞ」
その声で足元で何かが爆発したように砂埃を上げて、飛ぶように迫る。
だがそんな相手などと当然戦った事などないアズサは、どうしたらいいか分からずなんとかその場から離れようとイザベラと双子を口で咥えようとするが、そんな動きよりもアンブロイズの方がはるかに速い。
「フンッ!」
その掛け声とともに左の正拳突きを放つと、覆いかぶさるように丸くなっているアズサの巨体が一瞬浮くほどの衝撃が走る。
痛い痛い痛い、まるで車にでもぶつかられたような衝撃だ。一瞬息が止まるほどの体の芯にまで響く一撃だった。幸いケガをしている感じはなく、すぐに痛みはどこかにいく。もしこの攻撃を受けたのが生身だと思うとこわくなる。こういう時はこの体で良かったと本気で思う。
それからも次々とアンブロイズは右の正拳突きやハイキックなどを次々と放つ。その重く、巨大で、圧倒的な一撃によってアズサの体が宙に浮くが、ドラゴンの体は考えていた以上に頑丈なのだろう、思っほどのダメージを与えられていないことにアンブロイズは内心歯噛みしていた。
だがそんな事ではアンブロイズは手を緩めたりなどしない、逃げる隙を与えないほどの速さで攻撃を放っていく。その攻撃と同時に衝撃音が辺りに響き渡っている。
(マジで痛いっての!こんなのずっと受けているなんてシャレにならないわよ。ホントどうしたらいいのよ。逃げようにも下に三人がいるし、他のみんなもどうなったか分からないのに逃げようがないじゃない!こんな時にカズトの奴はどこに行ったのよ、相談できないじゃない!あと相談できるのは……エスリンか。あんまり相談したくないけど今はしょうがない。エスリン!エスリン!)
その呼びかけに、またいつものように周囲の時間が遅くなっていく感覚を感じた。アンブロイズのものすごい速さの動きも、この念話の中では亀のように遅くなっている。
『んだよ。能力解除でもすんのか?テメェもう結構な時間変身してるだろぉ。元に戻れなくなっても知らねぇぜ』
(うん……、それは一応覚悟してるつもり。でも、今はそれよりもこの状況を変える方法は何かないの?例えば炎を吐くとか翼で攻撃するとか、何かないの?)
『ああ?まぁ火を吐くぐらいなら出来んじゃねぇか?てめぇはブラックドラゴンだから、黒い炎だとは思うがな。それによテメェのそのデカい図体は飾りかよぉ。足で蹴ったり、翼で風を起こすだけでも相当威力があんだろうが。それによテメェの変身能力ってのは、ただその生物になるってだけじゃねぇんだがなぁ。まぁそれはおいおい教えてやるがぁ』
(無茶言わないでよ。今あたしの下には人が三人もいるのよ。そんなに暴れたりしたら潰しちゃうでしょうが!それに何よそれ今までそんな事言ってなかったじゃない!)
『そんじゃあ好きにやりゃあいい。炎でも出してそこにいる狼野郎を、こんがり丸焼きにしてやるんだなぁ。ただ言っておくがテメェがこれ以上能力を使えば、元の姿には戻れなくなるからなぁ。その覚悟があんなら好きにしな。俺様はまた昼寝に入るからよぉ、それじゃあな』
そう言ってエスリンからの念話は一方的に途絶える。
そうするとすぐに時間は通常通り流れ始め、同時にアンブロイズからの攻撃も再び始まり体の底に響くような一撃、一撃が体へと放たれている。
(ああ!もうホントに痛いっての!こうなったら火でも何でも吹いてやるわよ。見てなさいさっきから殴られているのを倍にして返してやるんだから!)
アズサは下にしている3人を守りながら、体を起こしついでに翼で周りを無茶苦茶に殴るように動かすと、警戒してかアンブロイズは後退し距離を取った。
今アンブロイズがいるのは左手側だった。あたしはそちらに頭を向ける、だけど肝心な事つまり炎の吐き方が良く分からないという事に気付く。
(ああ!もうちゃんとやり方まで聞いとけばよかった!いまさら愚痴を言ってもしょうがない。とにかくやってみるしかないでしょ!)
そこまで考えて、あたしが前の階層でドラゴンになった時のことを思い出す。
エスリンはこの能力はただ形が変わるだけじゃない、その形を変えた|そのもの〈・・・・〉になる事だと言っていた。だからテメェも意識してそのものになるように、すれば人間がいつの間にか歩けるようになっているみたいに自然にできるようになるはずだ。
みたいな事も得意げに言っていたのを思い出す。
まずはその通りにやってみよう。
そう考えて体全体に意識を集中する。足、体、腕、羽、首、頭それぞれを意識していくと次第に体内にいつもの人間の時になかったものが体内にあるのをアズサはようやく見つける。それは肺の上あたりにあるのだろうか途轍もない熱を持っていることに気付いた。なぜこんなものある事に今まで気づかなかったことが不思議なくらいだ。
「それじゃあいくわよ!よくも今まで殴ってくれたわね!」
その根拠もない自信で、もしこれで失敗したら恥ずかしいという絶対失敗できない理由を作る。
そして肺の中に思いっきり空気を入れて、肺と喉の中間にあるいわゆる炎袋というのを意識しながら、まるで肺活量測定をやるときのように、アズサは思いっきり息を吐き出した。
するとまるで口の中に火炎放射器でも仕込んでいるかのような炎が口から円柱状に伸びる。そして今までアンブロイズがいたであろう場所を、真っ黒に焦がしていった。
だがその色が禍々しい漆黒の炎だったために、炎を吐いている本人が一番動揺していたのはしょうがないかもしれない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク感想などいただけるとありがたいです。
これからもよろしくお願いします。




