第72話『第3層 灼熱荒野 1日目』 第1節
今回は第三層の導入部分になります。
それからアルフレード様たちとの話し合いや、次のゲームに向けての準備を行っていたあたし達はついに第三層のゲーム開始の当日を迎えた。
扉が現れるのは三時課の鐘、つまり9時ごろ。そのために朝早く準備のために集まることになっている。
だけど朝早くに起きるなんて、あたしには出来るわけがない。なので同室のルーに起こしてもらうことになっている。だからもう少し寝てもいいよね。
「……アズ……起き……。アズサ……」
この声はルーの声だろうか?ルーの声はマイナスイオンでも発しているのか、聞いているとまた眠くなってくる。そんな感じでまどろんでいると、今度は体を弱くゆすってくるのがわかる。
あ~起きなくちゃなぁ。でもここって朝寒いからあんまり起きたくないんだよなぁ。
「アズサ!いい加減起きなさい!早く起きなければ司祭様に百叩きにしてもらいますよ!!」
「ひゃい!……えっ、い、今のルーなの?」
今のルーの声はいつもとまるでかけ離れたものだった。そうまるでお母さんに叱られている時のようなそんな感じだ。
「うん……。ごめんね。ボクがなかなか起きないとき、いつも……お母さんがこうやって起こしてくれたから」
「ううん、全然。起こしてくれてありがとう。ふぁ~あ、それじゃあ顔でも洗いますか」
やっぱりこの階層の朝は少しひんやりしている。
あたしは自分を抱きしめて暖を取りながら、昨日くんでおいた桶の水で顔を洗う。水にうつった顔は戦いの朝だというのに、まだぼんやりとうつろな目をしている。
次のゲームに勝つ、あの変身能力を使って、相手をたおして、そしたら何もかも上手くいく。あたしはもう一度気合を入れて顔を洗う。水にうつった顔はさっきよりもいい顔をしている。これで大丈夫だ。
アルフレード様が用意してくれた軽い革鎧を身に着けて、荷物を入れたこっちの世界に来る前から持っているショルダーバッグを背負い、軽く身だしなみを整えると完成だ。本当は化粧なんかもしたいところだけど、いまはそんなもの持っていないからナシだ。
まぁでもそれはそれで気楽でいいと最近思うようになったけど。
「それじゃあ、ルー行こう!」
「うん……!」
ルーと一緒に外に出ると、カズは先に待っていたみたいだ。おはようと短く挨拶してすぐに一緒に目的地に急ぐことにする。
建物内は静まり返っている。まだ始まる時間には早いし、人はいると思うけど、まるで無人の廃屋のように感じられる。そんなあたしたちの足音しか聞こえないのが、不気味で怖い。
そのまま宿泊棟から酒場棟に入って、入口ホールから外に出ると。黄金の像が鎮座する広場にはすでに多くの人々が集まり、次のゲームをいまかいまかと待っているのが、時折聞こえる人々の話し声からわかった。
背が少し低くガタイの良いドワーフ族と様々な獣が二息歩行している獣人族、白銀の髪を持つ者と黒い髪と浅黒い肌を持った人族、黒いローブを全身に纏いその所々から触覚や虫のような腕をのぞかせている者、ジャッバール達に似たような外見であるが赤や茶などの服を着た集団が、広場に自分たちの縄張りを主張するかのようにそれぞれに固まって時を待っていた。
すぐにあたし達ははアルフレード様たち、それにエルフ達が集まっている場所を見つけ、人混みをよけながらそこに向かって歩いていく。するとそこに待ち受けていたかのように、イザベラさんが歩み寄ってくる。
「すいません。遅くなりました」
「あなた達、今日は大事な日なのです。それはわかっていらっしゃるのですか?」
「まぁいいではないですか、イザベラ君。それに彼らはそんなに遅れたわけではないでしょう。日が昇るにはまだ時間があるわけですし」
「了解しました。アルフレード様もこう言っていますので、これ以上は何も言いませんが。以後は気を付けてください」
「わ、わかりました」
遅刻して怒っているのかと思ったけど、そこまでではないようだった。
すぐに何でもないという表情に変わるイザベラさんに、あたしの頭にはハテナしか浮かんでこない。すこし不気味に感じたけど、そんな事で今文句を言うのも場違いだろうとグッとこらえる。
すぐに気持ちを切り替えて辺りを見渡すと、何となくエルフ達がいる方が目に付く。
エルフ達は一人ひとり目で追い数えていくと、どうやら15人程いるようだった。
男の人が9人ぐらいで女の人が6人ぐらいだろうか。みんながみんな美形というのも、これだけ集まれば少し怖くすらある。そんなエルフ達の中でも目立っているのが、アルゴスとヨティスだ。
何やら忙しく指示を出したり話し合ったりしているので話しかけられるような雰囲気ではない。
そんなキョロキョロと周囲を見ていたあたしに突然話しかけられる人がいた。
「よぉ嬢ちゃん。あの怖い怖い副隊長さんに怒られて災難だったな」
声がした方を向くと、相変わらず何だかダメそうな感じのオッサンであるロドリゴだった。
「なんですか?あたし忙しいんですけど」
「そうつれないこと言いなさんなって、おれが副隊長さんに代わって謝罪とお礼を言いに来たんだからよぉ」
「謝罪とお礼ってなんの事?」
あたしがイザベラさんからそんな事をされることなど、全く思いつかない。
「ここだけの話で、あんまり他の人に言わねぇんでほしいんだけどよ。さっき怒ったのは一応エルフや他の騎士たちに、嬢ちゃんらを特別扱いしてないって示しをつけるためでよ、ホントに怒ってたわけじゃねぇから。つうわけでそれが謝罪」
なるほど、さっきのは無暗に怒ったんじゃなく、理由があって怒ったわけだ。まぁこうやって理由を聞けば納得するし、ちょっと遅刻してしまったのもホントだから別にいいんだけど。
「お礼ってのは、まぁこれもちょっと言いにくいんだけどよ。神族様に料理を教えてくれたのは嬢ちゃんだろ?」
「え?神族様ってアステリさんの事?まぁそうだけど。そのぐらい誰でもするでしょ?」
「いやいや、お嬢ちゃんの国はどうだか知らねぇけど。俺たちの国では神族様って言ったら、神域を守護する神官って立ち位置だかんな。おいそれとなれなれしく話しかけたり、まして料理なんて教えるなんて出来ねぇからな」
そうか料理ぐらいあたしじゃなくても他に人がいっぱいいるんだから、その人たちに教えて貰えばいいのになんて思っていたけど、色々複雑な事情があったみたいだ。それに一人で食事しているのも、おいそれと誘うわけにいかなかったという事なのかもしれない。それはそれでとても寂しい事だなぁなんて思う。
「それでだ、食事を食材をもらって作るか、森で狩りで捕まえる奴らはいいけどよ。そうじゃない多くの奴らはあの酒場で飯を食うだろ?それでまぁハッキリ言うとだな、あの飯は……」
「マズイ?」
「いや、不味くはねぇよ。俺はもっと不味い飯食って育ってきたんだ。あれは不味くねぇ。だけどな上手くもねぇんだよな。味気ねぇというか、毎回出てくる物全部まったく同じ味がしてな。みんな文句は言わなかったけどよ、少なからず不満に思ってたんだが。嬢ちゃんに料理を教わったからか一品増えたしよ、味もなんか変わった気がするからよ」
「そんなに変わった?あたしはあんま感じなかったけど?」
「まぁそこまで大きい変化じゃねぇけどよ。少し変わったと思うぜ。それでな飯ってのは兵の士気でもかなり重要なんだぞ。うめぇ飯をくえりゃその日一日は頑張れるってもんだ。でそんな嬢ちゃんにお礼をしたいってな、みんなを代表してきたってわけなんだ。ありがとよ嬢ちゃん」
「はぁ、まぁそう言ってくれるならありがたいんだけどさ。どうせ感謝されるならアルフレード様が良かったな」
「ハッハッハッ、まぁそうだろうとは思ったが、大将もあれはあれで忙しいらしいんでな。まぁ俺で我慢してくれよ。おっともう行かなくちゃな。それじゃあ嬢ちゃん次のゲームも頑張ろうぜ!」
そう言ってバシバシ肩を叩くと、陽気に笑いながら立ち去っていく男をあたしは呆然と見ているしかない。まぁ褒められて嬉しかったけど、別にあのオッサンじゃなくてもいいよねと思い何だか微妙な気分だ。
そんな話をしている間に、日が昇ってきていて。太陽の光が中央の像にあたり、眩しいほどに辺りを照らしている。いよいよ始まりが近い事を感じる。前の時も緊張したけど、2回目になっても全然なれたりなんかしない。
いや前よりも緊張しているかもしれない、だって前は命がけのゲームだとは聞いていたけど実感はあまりなかった。だけど前のゲームで相手が消えてなくなったのを見てしまったのだ。今はその怖さを身にしみてわかったいる。
辺りを見渡すと、集まっている他の人たちも座っていたところから立ち上がり、中央の像を一様に見つめている。そんな時にに酒場棟の入口の扉が開かれる重い音が響き、そちらに視線を移すとアステリさんがいつもの格好でオートマタの少女たちを引き連れながら、中央にゆっくりとした足取りで歩いていく。
太陽が昇っている場所に向かって、輝くような銀髪をなびかせている姿は、まさに女神と言っても大げさじゃないくらいだ。
そうして広場の中央、黄金の所まで進むとくるりと振り返り、スカートを摘まみ、お辞儀をする。
「みなさま、お集まりいただき誠に感謝いたします。皆さま準備はお済でしょうか?これより行われます遊戯は神へと捧げられる供物。皆様の感情、策謀、力のぶつかり合い、全てを神々は楽しみに見守っておられます。これより次のゲームの階層に皆様をお送りいたしたいと思います。それでは皆様どうぞ良きゲームを」
そう広場全体に透き通るような、それでいて歌うように響き渡った声が鳴りやみ、アステリさんが一つ手を叩くと前と同じような黒い門が、突如として広場の奥の方に現れる。
どうやらチームごとに順番で門をくぐるようで、オートマタの少女1人が1チームを受け持つために近くで待ち構えている。
みんなはどうするんだろうかと見ていた。するとアルフレード様がエルフと騎士たちの中間の場所に立ち、そこにいる全員の注目を浴びながら口を開く。
「全員傾注!皆知っているだろうが、我々ハウソーン同盟部隊はエルフ族の方々の助力を得て次のゲームに挑むことになった!異種族である壁はあるが、それを乗り越えてゲームを勝ち残り財宝を必ずや故国に持ち帰らねばならない!それは異種族であっても志は同じだろう!アルゴス殿、今回は協力関係を結べて感謝する!」
そういって突き出した手を、アルゴスはしっかりと握る。
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。共に勝利を!」
「もちろんです。共に勝利を!!……それでは総員攻略を開始せよ!!」
「「「応!!!」」」
その掛け声とともに、エルフ族、人族の騎士、ハーフリング、ドルイドのルー、それから異世界から来たあたしたちで構成されたハウソーン同盟部隊は、オートマタの少女の案内のもと、全員が黒い門を目指して歩きはじめる。
「アズ、僕たちも行こう」
「うん!ルーは大丈夫?」
「はい、ボクも全力で……頑張ります!!」
2人の顔を確認したあたしは自分自身に気合を入れるために、声を張り上げる。
「それじゃあ、行こう!!」
そう声を掛けて、怖さとちょっとの期待を抱えて一歩踏み出し、みんなに続いて門をくぐっていく。中は前と同じく暗闇が広がっていて奥には小さな光が見える。その中を前に歩いている人の背中を目印に歩いていく、ずっと続くかと思える暗闇が突然消え、光が広がる。
そして強い光が途切れ周りに広がっていたのは、燃えるような赤い太陽に照らされている、赤茶けた岩や小石、砂ばかりが広がる燃える様な灼熱の荒野だ。そしてそこの上空には顔を半分隠した男がまるで歓迎するかのようにこちらを待ち構えていたのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
はじめて評価いただきました。ありがとうございます!!
なんだかこれだけでもここまで書いてきて良かったと満足してしまいます。
しかし話はまだまだ終わりそうにありませんので、引き続きお付き合いいただければと思います。
よろしくお願いします。




