幕間 『本日の業務は以上、報告終わり』 中編
ヨルギス・セフィリア曹長の命令を受けて聞き込みを開始したわたしは、早々にいき詰ってしまっていた。
まず通りかかる人々に、事情を説明し何か見てないか尋ねたが、とくに何か見ていた人は見つからず。では、と思い近くの建物の中にいる人に聞いてみるが、外がうるさかったのは知っているが詳しい事を知らないという人がほとんどだった。
そんなわけで現場周辺をうろつきながら、次はどうしようかと考えていた。
流石に何の情報も得ずに帰るというのは、面目が立たないしそれを報告して落胆させるのはそれ以上に嫌だった。
そんな事を考えながら歩いていると、いつの間にか現場よりもかなり遠い商店が立ち並ぶ中心街に近い通りに来ていることに気付いた。辺りには穀物を売る店、野菜を売る店、お茶の葉を売る店など色々な店が立ち並んでおり。太陽の位置からいってお昼には少しまだ早い時間だと思うが、多くの人が忙しそうに行き交っている。
そんな中、人がいない店があることに気付く。魔道具店と魔石の専門店だ。
そこに入っていく人は極端に少ない、それも当然のことだ。元からよく買うものではないが、今現在マナの量が不安定で魔道具や魔石が上手く使えない状況で、積極的に買おうとは思う人はすくないだろう。
そう言えば、乱闘の原因は魔道具や魔石にあるかもしれないと、言っていたのではなかっただろうか?
何で今まで気が付かなかったのだろう。本当なら一番最初に聞き込みをするべき場所だったのかもしれない。わたしは急いで一番近くにある魔道具店へと駆けこむ。
「申し訳ありません!店長さんはいらっしゃるでしょうか?」
店内は整理整頓をされてるのだろう、棚や壁などにきちんと魔道具が並べられているが、最近は商品が移動されていないのだろう、ホコリを被っている商品が多いように見える。
「いらっしゃい……ませ。軍の方が当店にどのような御用でしょうか?」
店の奥から現れたのは、エルフにしては少し太り気味のあからさまに挙動不審な男だった。
こういう捜査に思い込みは不要と分かっているが、あからさまに怪しい動きをされると、どうしても疑ってしまう。
「大したことではありません。今朝、官庁社がある通りで乱闘事件があったのですが、今その事について聞き込みを行っているのです。何か知らないでしょうか?」
「はあ……申し訳ありません。私は何もお答えできるようなことはありません。それより警察の方でなく、軍の方がいらっしゃるというのは……それほど大事になっているのでしょうか?」
これは当たりかもしれない。だが無暗に怖がらせると逆に口が堅くなる場合がある。そんな座学で習っただけの知識を思い出し、無理やりに笑顔を作ってみる。
すると目の前の店主から、ヒッと小さく叫ぶ声が聞こえてきて、余計に挙動不審になっている。
わたしは何か間違ったのだろうか。聞きたい気持ちもあるが、目の前の店主に聞くわけにもいかない。聞きたい気持ちを必死にこらえて、何とか情報を引き出せるようにねばる。
「それほど大事ではありません。最近は特に多いので、原因があるかもしれないと調べているだけです。それよりも最近商売は上手くいっているのでしょうか?魔道具の不備などの報告はありませんでしたか?」
「いえ……、知っておられると思いますが、最近特にマナの量が不安定ですから。使えない物を買う方なんていらっしゃいませんよ。」
そう言って店主は疲れたように苦笑いすると、視線を別の所に移している。
その視線を追うと、そこに貼られていたのはトゥーリ教を表す紋章と『神を信じよ、されば救われん』という文字が入った最近ではどこにでも貼ってあるポスターだけだ。とはいっても木をきり、紙を作るにも国の許可が必要な時代に、こういう物が作れるのは国教でもあるトゥーリ教会だけだろう。
「あれがどうかしたのですか?」
「へ?……いえ、何でもありません。あのーもうよろしいでしょうか?」
「いえもう一件聞いてもよろしいですか?店主さんはトゥーリ教の熱心な信者でいらっしゃるんですか?」
「あの……いえ、特にそんな事はございませんが。」
「そうなのですか、ですがこの店にもトゥーリ教の方はいらっしゃるんですよね?その時に変な事を言われたりしたのではないですか?」
わたしのその問いかけに、言おうかどうか迷っているのだろう。何度もこちらを見たり、下を見たり交互に繰り返した後、意を決したように顔を上げる。
「実は……その、この前トゥーリ教会の方がいらっしゃいまして、魔道具を使う行為は神に背く行為であるから販売を止める様にと言われまして……。もちろん断ったのですが、しつこくいらっしゃいまして。そのたびにお客が離れていってる気が……、申し訳ありません、今の事は忘れてください!!」
「教会に脅されているというのですか?」
「申し訳ありません!これ以上は……今から仕事がありますので、失礼してもよろしいでしょうか?」
「……分かりました。ご協力ありがとうございました。」
わたしがそう述べると、店主は逃げる様に店の奥に入っていく。結局乱闘騒ぎの原因については聞くことが出来なかった。それでも何となく事件の全貌は見えてきた気がした。
次は魔石屋の方に行ってみなければならないだろう。
そう考えながら、店を後にしようとした時に、でかでかと張られているトゥーリ教会の張り紙がやはり目に付く。近くで見るとなんだか張ったばかりのようで、インクもまだ新しい。
そういえばトゥーリ教会が最近活動が活発になっているという噂を思い出す。雨が降らず、木や草花が枯れていくのは、女神トゥーリへの祈りを忘れているからで、今こそ国を挙げてトゥーリ様を崇めなければいけないということらしい。やはり教会が今回の事に大きく関係しているのだろうか?
今は結論を出すことが出来ない。今はともかく聞き込みをしよう。
そうして次に魔石屋で聞き込みをするも、大した情報は得られず。魔道具屋と同じく、真新しいトゥーリ教会のポスターが貼ってあるだけだった。
これ以上は聞いて回っても、詳しい話を聞けそうにないと思ったあたしは、一度曹長と合流して指示を仰ぐことにする。だが大した情報を得られなかったというのは、少し悔しい。自分の至らなさを思い知った気分だ。
現場に戻ってみると、先ほど乱闘に参加していた人々は全員いなくなっており。曹長とキリル警部補も近くを見渡してみても近くにはいないようだ。
だが背後から忍び寄ろうとする気配を感じる。戦闘服を着ている軍人を襲うような馬鹿はいないとは思いたいが、何事にも油断は大敵だ。あたしは気配がかなり近づいてきたところを見計らって、体術の構えを取りながら勢いよく振り向く。
「何者だ!!」
「おっと!いや、すまない。驚かせる気はなかったのだが、それにしてもその身のこなしは中々のものだ。それも学校で習ったのかい?」
「曹長失礼しました!ですが女性の背後に、忍び足で近寄るものではないと思われますが。」
「確かにそうだ。だが他の女性からは驚かれこそすれ、嫌がられることはなかったのだがね。いい勉強になったよ。」
そういって目を細めてセフィリア曹長は楽しそうに笑っている。曹長は軍で働く女性軍人の中で中々に人気があるのは知っている。確かに目は細く切れ長で目鼻立ちも整っているし、動きも野生動物のようにしなやかだ。だけどわたしはもっと軍人然とした、体格のいい人の方がいいと思うのだが、このみは人それぞれという事だろうか。
「それで伍長、聞き込みの方は上手く言ったのかね?」
「それは……、思ったほどうまくいきませんでした!」
「なるほど、ではその事については警察署へと向かう道すがら報告してもらえるかな?」
わたしは歩きながら、聞き込みについての現在の状況について説明していく。とは言ってもどこどこに行って話を聞いたこと。それに魔道具屋で少しは話を聞けたものの、具体的な情報を得られなかったという事だけだが。
「ふむ、それは興味深いね。でも乱闘事件の原因については分からなかったということだな。まぁ、今回はそこまで重要な聞き込みではないので問題ないが、次からは今回の問題点を見直して次につなげる様に。いいね?」
「はっ、了解いたしました。」
「よろしい。ではもう直ぐ警察署に到着する。重傷者は病院に運ばれているので、こちらには軽症の者しかいないが、そちらには後で必要であれば行くことにしよう。」
警察署の中に入ると目の前には受付があり、こちらに敬礼して来るのをこちらも敬礼で返す。最近は署内に入る機会も多いので、もう手慣れたものだ。そのまま一階にある地域課のオフィスへと向かう。
木の扉を開けると、いくつも机が並んでいるが人はまばらにしかいない。それはそうだろう、いまは軍に応援を求めるほどなのだ、ほとんどの人はパトロールか事案対応に追われているのだ。こうして私たちが部屋に入ってからも、忙しそうに警官が出入りしている。
そのまま部屋の中を進み、奥にある扉の中が目的地の留置所だ。
中に入っていくと、せまい留置所の中にぎゅうぎゅうになるほど人が詰まっていて、檻の中にいる多くの人が億劫そうにこちらを眺めている。扉の外で机に座っているのは先ほど鎮圧にあたっていたキリル警部補だった。
「どうもお疲れ様です。話は聞けていますか?」
「いえ、まだこれからですよ。やっと騒動を始めた原因となる奴を、あの中から見つけたものですから。そちらはどうでしたか?なにか情報は得られましたか?」
「まぁそれなりにですね。やはり彼らに聞いた方が、一番早いという事になるでしょうね。それでそこにいる方がそうですか?」
曹長が顎で指し示したキリルの向かい側には、少し目つきは悪いがそれ以外はどこにでもよくいるエルフの男性だった。
「話が逸れてしまったな。それでもう一度教えてくれ、お前たちはどうしてあんなところでバカ騒ぎを始めることになったんだ!」
「俺たちのせいじゃねぇ。あいつらがいきなり喧嘩吹っ掛けてきやがったんだ!」
男がそう言うと、檻の中からヤジが上がり、周囲は騒がしい叫び声で息が詰まるほどになる。
「黙れ!黙らんとこの豚箱に一週間ほどいることになるぞ!!」
キリル警部補の一喝で檻の中の男たちは静まり返り、彼はふぅーと息を一つ吐くと椅子に座りなおす。
「ちゃんと全員の言い分は聞くつもりだ。それでまずはあんたからだ。」
「あの時俺は……。」
それから男の話が始まった。
男の名前はダン、しがない運送業をしている男らしい。彼は毎日農家に行って穀物や野菜を預かり、町の中にある商店に運送する仕事を行ってた。
今日も同じように魔道具である浮遊ボードの上に荷物を載せて、穀物や野菜を運んでいた。
以前は荷車などを動物たちにひかせたり、自分たちで引いたりしていたが、最近は風を使った魔道具である浮遊ボードを使って運ぶのが主流になっている。何と言ってもたくさんの荷物を載せても軽く運べるし、動物を飼うコストもかからないから、今ではみんなこっちを使っていた。
しかしマナが少なくなったからか以前よりも浮かなくなったりしているというのは、その男のことばだ。
そんな浮遊ボードを引っ張りながら、いつものように商店に向かっている時に、何だか嫌な視線に気づいたという。ダンは無視しながら歩いていたが、こちらをバカにするような笑い声が聞こえたために、どうしても我慢できなくなり。
『なんだよ。何か文句でもあるのか?』
と言ったらしい。すると目の前の男が。
『いい気なもんだな。そんなマナを使う魔道具を使っちゃってよお。テメェみたいなのがいるから、雨が降ってこないんだろうな。』
というような事を言われたらしい。
確かに魔道具を使うにはマナを使う、それでもそんなことぐらいでマナがなくなったりしないだろう。それに雨が降らないという誰もが気にしていることを、自分のせいにされたのだ。ダンも黙っているわけにはいかなかった。
そうしてダンに味方するものが現れ、逆に相手に味方するものが現れ始めると初めは口論だったものが、だんだんと体を掴むようなものになり、最後には殴り合いの乱闘になってしまっていたらしい。
「ダンさん、あなたの気持ちもわかるが、みんな色々あって今は気が立ってるんだ。大人なんだからイヤな奴がいても無視してやれませんかね?」
「今考えるとそうかもしれやせんね。あの時は色々むしゃくしゃしてたんで、ご迷惑をおかけしやした。」
そう言って頭を下げる姿には、ちゃんと反省している様子が見られ。ダンの聴取はそこで終了した。
そして今度は反対にダンに因縁をつけた方の人物を呼ぶことになった。出てきたのはまた特に特徴のない痩せている普通のエルフの男だった。
話しを聞くと、ダンと矛盾しない意見だけが正反対の話だった。
ダンがマナをよく使う浮遊ボードなんかを使い、荷物を運んでいるのが気にくわなかったらしい。だけど何かその気にくわなかった理由があると思うのだが、彼にも心当たりはないらしい。
「気にくわなくなった理由は何かあるはずです。例えば最近やり始めたことなどはないのですか?」
「とくには思いつかないですね。ですが……。」
横からのわたしの質問に、男は難しい顔で答える。
「最近、妻の誘いで、よく休日礼拝に通うことが多くなりました。以前はたまにしかいかなかったのですが。」
この辺で教会はトゥーリ教会しかない。休日に教会に行くのはとても自然なことだけど、どうしても違和感がある。
もしかして魔道具屋で聞いた話と何か関係があるのではないだろうか。
それから何人かに話を聞いたが、どれも話は似たようなものだった。
なのでわたしと曹長はこれ以上の情報は得られないと思い、留置所を退室する事にした。
だがどうしても気にかかる、魔道具屋で見たポスターと店主に聞いた話の件、それにさっきの男がはなした休日礼拝の件。全てにトゥーリ教会が関わっている。
だが教会この国でもかなり権力を持っている。そんな所に調べに行っても大丈夫なのだろうか?私は思い切って、曹長にこの事を相談する。
曹長は最初は笑っていたが聞いていたが、最後にはとても真剣な顔つきに変わっていた。
「君の言い分は理解した。教会が何か良からぬことを市民に吹聴している。そのおかげで暴力事件が起こっているという事かな?」
「はい、その通りです、曹長殿。今から教会に話を聞きに行きたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「コリーナ伍長、君の言い分は理解している。やりたいこともなんとなくわかる。だが行ってどうする?君が何を主張しようと彼らはただ信者に教義を語っただけに過ぎない。こちらには何も手出しをできる権限などないし、逆に軍に脅されたと訴え出てくるかもしれない。それでも行くのかね?」
わたしはその真剣な表情に言いよどむ。そもそも本来捜査機関でもない私たちが関わるような事ではないだろう。でも今の状況のままだと、また同じような事になるかもしれない。だったら一個人として防止のために動いてもいいのではないだろうか。
「分かっております。それでも話を聞いてみなくては分かりませんし、これ以上の事件の拡大を防げるなら行ってみるだけでも価値はあるのではないでしょうか?」
それを聞いた曹長は一つ大きなため息をついて、笑い始める。
「分かったよ、君には負けたよ。それに君に捜査を命じたのは私だ。君が納得がいくまでやるがいいよ。ただし、私たちはあくまで首都防衛のための組織の軍人だ。それを忘れないようにな。」
「はっ、了解いたしました。それではトゥーリ教会まで行ってまいります。」
わたしは敬礼をし、曹長がそれを返すと踵を返して教会に向かう。
わたしに何が出来るかは分からないけど、それは行ってみて考えるしかないだろう。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
一応補足説明として、魔道具は魔石を入れて使うもので、魔石は空気中のマナを使って起動するものという設定です。また魔石は種類にもよりますが十数度の使用で使えなくなるというイメージです。
感想などいただけるとありがたいです。これからもよろしくお願いします。




