第66話『可能性と微かの希望』 第4節
アステリさんの好意でお風呂を借りられることになったあたし達は、カズと別れてあたしとルーだけでオートマタの少女の案内でお風呂に向かっていた。
お風呂があったのは酒場棟の片隅で、控室か何かなのだろう低いテーブルを囲むように長椅子と独り用の椅子が置いてあるという、なんだかオシャレな場所の奥の扉の中だった。
白い扉をオートマタの少女が開け、それに続くように入ってみると中はあたしが思っていたのとはなんだか違う、石を積み上げて丸く作られた石の風呂釜の中には、透き通るような寒々しい水が並々とためられている。そしてその脇には木で作られている桶が二つと、服を入れるためだろうカゴがきれいに並べられていた。
「どうぞ、準備はしてございますのでご自由にお使いください。ワタシは部屋の前で待機しておりますので、何かあればお呼びください。」
そう言ってすぐに退出しようとする少女を、あたしはすぐに呼び止める。
「ちょ、ちょっと待って!お風呂ってお湯じゃなの!?」
「お湯でございますか?それは初めてお聞きしました。アステリ様はいつもこの清浄な水で沐浴されますので、お湯を使われるというのは聞いたことがございませんでした。」
そう今さらになって気付いたけど、ここは異世界で周りの人たちは異世界の住人なのだ。勝手にお湯が張ってあって体を洗う場所がある大浴場を想像していたけど、日本以外ではシャワー文化だって聞いたこともあるし、これがここの主流なのかもしれない。
それでもシャンプーやボディーソープ、いや石鹸でもいいので欲しかったというのが正直なところだ。いやそもそもこんな冷たそうな水に入るというのは、あんまり考えたくない。
「それでは厨房の方へ行ってお湯を沸かして、それを何度もお運びしますか?おおよそ15往復ほどすれば満杯になるかと思いますが?」
「いやいやいや!!そこまでしてくれなくても大丈夫だって!」
「そうでございますか?それではワタシはこれで……。」
「ああ!ごめん、ちょっと待って!……やっぱり、桶に一杯だけでもお湯を用意してもらってもいい?」
「左様でございますか。気が付かず申し訳ございません。それでは後ほどお湯を持ってまいりますので、その間沐浴をされていてください。」
「ありがとう、こっちこそゴメンね。」
あたしがそう言うと、少女は丁寧にお辞儀をして風呂場から出ていった。
ここ中間層は結構春のように温かい気はするけど、冷水を浴びてそのままにするのはどう考えても風邪を引く気がする。あたしが寒いのが苦手というのでは断じてない……と思う。
でもやっぱり冷水を前にしてあたしは二の足を踏んでしまう。透明で底まできれいに見えるき冷たそうな水は、思った以上にものすごく冷たく見えてしまう。
そんな風に固まっていると、あたしの袖をクイッと引っ張ってるのに気づく。顔を向けるとルーが心配そうな目でこちらを見ていた。
「アズサ……、大丈夫?やっぱりイヤ……なの?」
ルーはウルウルとした瞳でこちらを見つめてくる。そのイヤにはルーの事がとか、半獣半人とがなど色々な意味がありそうで、もう引くに引けない!覚悟を決めるしかない。
「うぅ、もう……しょうがない入ってやろうじゃないの!」
覚悟を決めたあたしは、乱暴に服を脱ぎ始める。そう言えばこの異世界に来てから一度は服を手洗いしてみたけど、それは一回きりでもうすでに汚れている気がする。それに体なんかカズが持っていたタオルを濡らして一度拭いたきりのためかなり臭いのではないのだろうか。
いや、もうそんなこと気にしてられない。お風呂には入りたかったし、せっかく用意してもらったのだから入らないわけにいかない。
あたしは乱暴に脱いだ服をカゴの中に入れるために、服で体を隠しながら歩く。
いつ見ても貧相な身体よね、と自分に悪態をつく。胸は中学生の頃からほとんど変わらず少し膨らんでいる程度だし、アバラも浮かんでいるぐらいやせぎすで、唯一大きくなってきたのはお尻の大きさぐらいのものだろう。
あたしは元から太りにくい体質でこれは母もなのだけど、中学の友達からは太らなくていいよねなんて言われた事があるけど、そりゃ確かに太らなくていいかもしれない。だけど胸に肉がついたりもしないというデメリットを忘れている気がしてならないのだ。
そんな事を考え体を眺めていてある部分を見た時に、途端に自分の顔から血が引き少し気分が悪くなる。別に今気づいたわけではないし、すでに分かっていたことだ。それでも嫌なものだし、目を背けてしまうのはしょうがないだろう。
そうあたしの体には、能力の代償としてある変化があった。
右の太ももに手のひら大に、左の脇腹辺りにこぶし大にそれぞれの大きさの真っ黒なは虫類を思わせる爪ほどの大きさのうろこが、まるでそこだけ何かに入れ替わってしまったかのようびっしりと生えてきているのだ。
この代償についてはエスリンから説明されていた、前のゲームをクリアしてから一度確かめるために体を確認したりもした。それでもその時は服の上から覗いてみるだけだったし、ゼンの事もあってそれどころではなかった。だけど改めてじっくり見るとかなりグロテスクだと自分でも思うし、何だか自分が誰かに体を徐々に乗っ取られていってしまう、そんな考えが浮かんでしまう。
それでもあそこで能力を使ってみんなを助けよう、そんな決意をしたことは絶対間違っていない。今でもそう思っている。
だからこんなの全然平気だと思おうとしていたのだけど、改めて見ているとどうしても辛い気分になってしまう。だからそんな嫌な現実から目をそらそうとしてしまう。だけどそうすると自分がまたいやになる。
そんな時ルーの方を覗き見ると、ルーは辛そうな悲しそうな表情であたしの方を見ていた。
「ルーどうしたの?ああ、あたしのカラダの事?やっぱあたしの体気持ち悪いでしょ?こんなとこにウロコなんて生やしちゃってさ……。」
「そんな事ない……よ。ボク……だって。」
「そんな気にしないでいいって!あたしも何だか気持ち悪いと思ってるし、服着てれば分かんないしさ!だから……。」
「そんな事ない!!全然気持ち悪くなんかないよ!ボクの方がよっぽど変なんだよ!」
その突然の大きな声にあたしは目を白黒させる。さっきもエスリンの前で見せた、たまに出るルーの本来の強さに驚きはやっぱり大きい。
ルーは声を上げた後、何か決意したように今まで頑なに脱がなかった緑のローブを脱いでいく。中は特に変わった服装ではない、麻か何かの茶色の上着に緑のズボンというまるで男の子のような服装で、胸のあたりだけが女の子だと主張するように膨らんでいる。
別にそこまでだけであれば、普通の女の子と言えると思う。だけど思わず声をあげそうになったのは下の服を脱いでからだった。腕は二の腕から手首まで、足は太ももから足先まで栗色の毛におおわれているし、なによりも獣人だと感じるのは腰から下で、お尻にはフサフサの尻尾があり元気がなく下に垂れ下がっていて、そして犬と同じように少しくの字に曲がった足に、人よりも大きい三角形の足の形で爪は鋭くとがっていた。
ルーはその体の特徴を隠すかのように足を片方の足で隠して、手で隠そうとするように腕を組み不安そうに下を見ながら立っている。
何も言わないあたしを見たルーの表情はだんだん暗くなっていっているのが一目でわかった。でもなんて言ったらいいかあたしにはとっさに出てこなかった。思っていることをよく口にしてしまうあたしでも、こういう時に言ってはいけない言葉があるのは分かっているつもりだ。だけどその事を考えるとなおさら何と言っていいか分からなくなってしまう。
「ごめんなさい!こんなの……ボク見せるつもりじゃなかったのに……。」
そう言いながら泣きそうな表情で下に落とした服を拾い上げると、くるりと身を守るように後ろを向き。そして何度も何度もごめんなさいと呟くのが聞こえてきた。
そのつらそうな声に、後姿にあたしはいてもたってもいられなくなった。
変な事を言ってしまうかもしれない?傷つけてしまうかもしれない?知ったことか!ここでちゃんと言葉に出して思っていることを言ってあげない方が絶対誰のためにもならない!
あたしは震えて小さくなっているルーを、おもいっきり後ろから抱きしめる。
ルーは抱きしめるとビクッと震え、居心地が悪く逃げようとするように体を動かしたが、すぐにおとなしくなっていた。抱きしめていると小さな女の子らしくとても柔らかく、なんだか森の中にいるような木の匂いがしてこんな状況だというのになんだかとてもやさしい気持ちになってくる。
「ねぇルー、どうしてあたしにカラダを見せようと思ったの?」
あたしは、心を開いてほしい。そんな願いを込めて優しく語り掛ける。
「なんだか……、なんだかアズサが辛そう……だったから。ボクもカラダ……きらいだったから。アズサに……笑顔に……なってくれたらなって。だから……。」
「うん、大丈夫!あたしは元気もらえたし、もう辛くないよ!大丈夫!」
「ボク……役に立てたの?」
「うん!すっごく!ありがとうね、ルー。」
「えへへ、ボクやっと役に立てたんだね!」
その嬉しそうな声の奥には、あたしでは想像できないような苦しい気持ちがある気がして、あたしはどうしても言わずにはいられなくなった。
「ねぇルー、さっき部屋でも言ったけどさ。あたしとカズそれにゼンはこことは別の世界から来たの、信じてくれる?」
「わかんない……ボクそんなこと考えた事なかったから。……でもアズサのいう事だから、初めての友達だから……信じる。」
「ありがとう。それでね、あたしたちの世界には獣人はいなくて、だから獣人ってどんな人たちなのかも分からないの。……だからねルーを見た時すっっごいかわいくて、すぐに友達になりたいって思ったの。」
「ボクと……友達に?」
今の声は困っている声だろうか?それとも嫌がっているのだろうか?よくわからない。
「うん!理由とか聞かれても分からないんだけどさ、とにかく見た瞬間この子と友達になりたいって思ったの。それにカラダの事だって、とってもモフモフしていて抱きしめたら温かそうだなぁって思ったんだよ。」
「うん……うん。」
「それにさ、もしルーのカラダが他の人と違って変だって言うなら、あたしのカラダだって十分変じゃない?」
「アズサは……変じゃないよ!」
「ううん、変だよ。それに変でいいんだよ!」
「変で……いいの?」
「ええ、全然変でいいのよ。ルーのお母さんや司祭様は変だって言わなかったでしょ?」
「うん……言わなかった。」
「そうでしょ?変だと思う人もいれば、いない人もいる。だからそれでいいんだよ!変な事と普通な事の差なんてそんなにないんだから。自分が好きな自分でいればいいだけよ!だからあたしもこの自分のカラダの事好きになるし、ルーも自分のカラダの事好きになりなよ!そしたらさ絶対にルーの事が変だと思わない、好きになってくれる人もいっぱい出てくるよ。だから一緒に頑張ろう!」
「うん!……ボク頑張ってみるよ!」
そう言ってルーはあたしが抱きしめている腕をギュッと掴んできてお尻に生えているのであろう尻尾がさわさわとあたしの足にあたりこそばゆい。それにお互い裸同士だからだろうか、ほのかな温かさと共に気持ちまで伝わってきている、そんな気がした。
これで少しは元気になってくれるかなとホッとするが、そういえばまだ沐浴をしていないと思い途端に暗い気持ちになる。いやもう沐浴なんてしなくてもいいのではないのだろうか?風邪を引いてしまうかもしれないし、あとでぬれタオルで体を拭けばいいんだし。
そんな風に思い、このままルーを抱きしめてまったりした後ここを出ようと決意したときに、突然浴場の扉が大きく開かれて、白い前合わせの服を着た銀髪の美女が中に入ってくる。
まるで中に人がいるなど気にしていないとでもいうような立ち振る舞いに、あたしとルーは目を点にしてみているしかなかった。
「あら?みなさん、まだ沐浴はお済ではなかったのですか?」
「いや、まぁちょっと……。というかアステリさんはここで何してるんですか?それにその格好は!」
そう服装や髪型は変わっているけど、額にあるあの角と女神のようにきれいな顔は見間違えようがない。しかもウエイトレス姿で気付かなかったが、体は海外のモデルかと思うぐらい引き締まっているのに出るところは出ていて、女性の理想像といってもいいぐらいの姿にそこでも言葉を失ってしまう。
「これはわたくしども神族の沐浴の正装ですよ。別にこちらは着る必要はあまりありませんので、裸でも全く問題ございませんよ。それとわたくしが来たのはもしかしたらお客様は、沐浴の仕方が分からないかと思いまして失礼かと思いましたが黙って入らせていただきました。それより……どうしてあなた方は抱き合っていらっしゃるのですか?」
そう言われて、慌ててルーを離す。べ、別にあたしは完全にノーマルなはずだ、いやそうに決まっている。ただ何だかルーが柔らかくてフカフカしていたから仕方ないのだ!
「べ、別に……な、なにもない……です。」
ルーがそう言いながら手で体を隠しつつ顔を赤くしてモジモジするため、何だか余計に色々あったのではと勘違いしそうだ。というかあたしが一番何かしたかと勘違いしそうではある。
それにしてもと改めてルーを見ると半獣半人とか言われていたけど、あたしが見た限り良くマンガなんかで出てくる可愛い獣人そのものだし、獣っぽい部分もアクセントになっていてとても可愛らしいのだ。
ただ一つ文句をつけるとしたら、あたしを軽く追いこしている胸の大きさだ!どう考えてもルーは年下なのにあの大きさは反則だろう!
そんな良く分からないことを考えているあたしの前に、アステリさんは大股で近づいてくる。
「このような場所に何もせず裸でいると、風邪を引いてしまいますわよ!いまからわたくしが沐浴の手本を見せますので、一緒に沐浴を済ませますわよ!」
「え!?あ、はい。」
それからの事は半分記憶にない。アステリさんに沐浴の意味について長々と教えられ、長い祈りの歌を一緒に唱えさせられ、桶で気絶しそうなほどに冷たい水を被り、また歌を歌い、そして最後に石の風呂釜に3人で入るというもう修行に近いものをさせられたあたしとルーは、よろよろと歩きながら自室に戻ることになったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
期待した方、すいませんでした。ホントはもっとキャッキャウフフな話を作るつもりだったのですが、書いていたらこうなっていましたOTL
よろしければこれからもよろしくお願いします。




