第65話『可能性と微かの希望』 第3節
あたし達は酒場棟にいるであろうアステリさんに会うことになった。
道中は特に何もなく、先ほどまで渡り廊下付近でたむろしていた獣人たちの姿はなく、あたしたち三人はワイワイと話しながら歩いていく。多分ゼンを救うことが出来る希望がハッキリ見えてきて、大分気持ちも軽くなってきたのか、あたしの足取りはかなり軽い。
酒場棟の色々な置物などで飾られた廊下を進み、二度ほど角を曲がり酒場ホールに到着した。
酒場棟のホールは前に来た時よりもなにかとても閑散としているように見えた。
前に来た時には酒場のカウンター前にある、10卓近くのテーブルほぼ全てに様々な種族が座り、何やら話をしたり飲み食いして埋まっていると思ったのだけど、今は4卓ほどにまばらに人がいるだけだ。
何かあったのだろうかと思いながら、カウンターに近寄っていく。
今カウンターにいるのはメイド服を着た関節部分に機械の部分が見えがそれ以外は普通の人間と変わらない、機械人形の少女が立っていた。確か同じメイド服の子は12人いると聞いていたのだけど、違いはさっぱりわからない。
「いらっしゃいませ。ご注文をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ごめんね。別に注文じゃなくて、アステリさんに用があるんだけど呼んでもらえないかなって思って。」
「左様でございましたか。ただ今別件にて席を外しておりますので、帰りましたらお呼びしますので、空いてるお席にでもお座りになられてお待ちください。」
あたしは分かりましたと告げて、みんなで大人しく空いているテーブルに座る事にした。あたしの隣にはルー、正面にはカズが座っている。そうこうしていると自動人形の少女がすごくゆっくりとした足取りで近づいてくる。もうアステリさんが戻ってきたのかなと思ったが、聞いてみると注文を取りに来ただけだった。
「お待ちになっている間に、何かいかがですか?」
多分この子にはテーブルに座った人に、こういうように指示されてるだけなのだろうけど、せっかく近くまで来てくれて注文してとお願いされているのに、注文しないのもなんだか薄情だ。だけど前に一度来た時に注文した料理は、なんだか味付けが薄いというか全体的に質素というか、本音を言うとまずい感じだったのであまり進んで頼みたくはない。
「あ~あたしたちその……。」
だけど目の前の少女の自動人形にも関わらず何か期待しているような表情に、何だかあたしが悪い事をしてるみたいでそれ以上言うことは出来ない。だからあたしはしぶしぶ注文することにする。
「それじゃあお茶とかある?紅茶的なものとか緑茶的なものとか?」
あたしのその問いかけに目の前の少女は首をかしげるばかりで、いっこうに返事が返ってこない。
そうしていると隣から控えめに小さな声が聞こえてくる。
「アズサ……あのね、普通の人あんまりお茶飲まない。飲むのはエルフや獣人それに少しの人族だけ……。」
「えっ!そうなの?おいしいじゃない、お店で売ってるミルクティーとか緑茶とか(まぁ両方ペットボトルの飲み物の事だけど)何で飲まないのかしらね?」
「ボクには……分からないかな。」
「あれじゃないかな、お茶の茶葉とかが一部にしか群生してないとか、飲み方がうまく伝わってないとか。」
「ふ~~ん、そんなもんなのかぁ~。」
カズに色々説明されたが、いまいちよく分からない。ともかくお茶は飲まれてないから、ここで頼んでも出てこないという事だろう。だったら初めからそう言えばいいのだ。
「それじゃあジュースとかは?えっと果実を絞った飲み物だけど。」
「かしこまりました。少々お待ちください。」
そう言って小さくお辞儀をして早足気味にカウンターに戻っていくと、少し時間がかかると思っていたがほんの1分ほどで木のトレーを持ち、その上に木でできた少し大きめジョッキをのせてやってくる。
「お待たせいたしました。こちら果実のしぼり汁になっております。」
「し、しぼり汁?見た目は普通のジュースだけど。そう言う名前で出されると、なんだか飲む気がなくなるわね……。」
あたしが戸惑っていると、カズはすぐにジョッキ手に取り、少し見つめたのちにすぐに口元に持っていき飲み始める。それを見てあたしも覚悟を決めてジョッキを口元に持っていく。
ん?不味くはないんだけど、特別おいしい感じもしない。
多分リンゴジュースなんだろうけど、何だか渋みがあるし酸っぱいのが強いしリンゴの皮も混じっている。それでもちゃんと甘みがあって普通に飲むには十分おいしいかもしれない。とにもかくにもなんとか飲み干す。
「おかわりはお持ちしますか?」
「えっと、いやもういらないわ。それより、なんだか人が少ない気がするんだけど何かあったの?」
あたしのそのお代わりを断るための強引な問いかけに、なぜだか目の前のカズががっかりしたような感じであたしの方を見始める。
なによ、あたし変なこと聞いたの?別に普通の疑問じゃない!そう思いながら少しカズを睨む。
「はい、ここにいる皆様は第一、第二階層をクリアされた方々です。第一階層に挑戦されたのは41組、その内攻略されたのは32組です。そして第二階層に挑戦されたのが24組、そのうち攻略されたのが12組ですので今ここにいらっしゃるのはその12組の皆さんになります。しかしその皆さんの内少なくない数の方が病気、けがなどで治療を受けておりますので、少ないのではと推測できます。」
そう、考えてみればすごく当たり前の事だった。
自分たちと同じようなゲームを他の組もやっているのだから、人数も必然的に半分になってしかもあたし達と同じでケガをした人も多いだろうということは想像できるのだから、こんな所に人があんまりいないのは当然の事だったのだ。
「すいません、その8組の皆さんの事って、僕たちに教えてもらう事って出来るんですか?」
「申し訳ありません。私の権限ではこれ以上の情報開示は許可されておりません。」
「そうですか。それは残念です。」
「それではその事についてはわたくしからお話いたしますわ。」
カズと機械人形の少女の会話に割り込むように突然目の前に現れたのは、ウェイトレス姿の額から2本の角を生やし綺麗な銀髪を揺らしているアステリさんだった。生命魔法とかいろいろ使っているのは見たことがあったし、見るからにただものじゃない。というかまさかさっきまで何もなかった場所に突然現れるとは思ってなかったのであたしは少し声をあげそうになる。
そんなあたし達の様子を楽しそうにアステリさん眺めている。
「教えても構わないのですか?」
「ええ、遅かれ早かれ次のゲームが始まればわかることでしょうし。調べようと思えば簡単に分かることですわ。」
「僕たちはあまり情報に詳しくないので、そう言っていただけるとありがたいです。」
「とんでもありません。役立つ情報をお教えするのも、酒場の主の使命ですので。それでは先に12組について大まかにお教えいたします。現在残っているのは人族3組、魔族4組、蟲人族と妖精族の組、獣人族とドワーフ族の組、エルフ族組、翼人族組それにあなた方、人族とハーフリングそれと異世界人の組で合計12組でございますわ。」
その説明に口に含んでいたリンゴジュースを吹きそうになり、あわててのみこんだためむせ返ってしまう。それを見たルーがやさしくあたしの背中をさすってくれるから、なんだか自分が情けなくて涙が出そうになってくる。
だが今はそんなことより。
「ちょ、ちょっと待って!なんでアステリさんがあたし達の事知ってるんですか?」
「そんなに驚かれることですか?あのようなこの世界にはない格好で、この世界では用いられない道具を使っていれば、そう考えるのが普通でしょう?」
「えっ?いや、まぁそう言われてみればそうなんでしょうけども、う~ん、まぁいいか。」
なんか納得できないけど、アステリさんは神族だしそういうことを知っていてもおかしくないかとそんな気分になる。まあつまりは考えるのめんどくさい、なるようになるだろう的な感じだ。
そんなあたしのいつものいい加減さを見なかったことにするように、こちらを一度見た後カズはすぐにアステリさんに質問をする。
「その僕たちを除いての12組について詳しい事を聞いても大丈夫ですか?例えばどんな人がいるのかとか?」
「申し訳ございませんが、これ以上は不公平になる恐れがございますのでお教えすることは出来ませんわ。」
「そう……ですか。」
「ただ一つ言えることは、どの組もここまで勝ち残るだけあり強敵ぞろいですわね。そしてこれからのゲームも過酷になることは必至です。なのでどの組も次の戦いを必勝にするために吸収・合併する可能性がございますので、このままの8組であることはあまり考えられませんわね。」
「そうですよね。じゃあやっぱり僕たちも戦力を増やさないと、この先生き残ることは難しいという事ですか……。」
「わたくしからは何とも言えませんわね。皆さんの考え方次第ですわ。」
よく考えてみれば前のゲームをクリアできたのも、かなり運がよかったのかもしれない。あたしが思っていた以上に相手の呪術による攻撃は厄介だったし、そのせいでゼンもいまこんなことになってしまっているのだから。
というか何だか話がずれてしまっている気がする。そもそもアステリさんに聞きたかったのはそんな事ではないのだ。
「すいません、アステリさん。すごい色々教えてもらってすごい嬉しいんですけど。あたし達の聞きたいことは他にあるんです。」
「と言いますと?」
あたしはなんとか分かりやすいように、部屋で話していたことをアステリさんに話していく。
アステリさんは終始楽しそうに聞いていたけど、『神おろしの秘儀』についての話を聞いている時だけは少し険しい表情で話を聞いていた。
「というわけなんですけど、エルフ達のいる場所を教えてくれませんか?」
「それは構いませんが、『神おろしの秘儀』についてはあまりお勧めできませんわ。あなた方のいうバロールという神のことは存じ上げません。ですがどのような神であれ、現界させるためにはかなりのリスクがございます。お止めすることは致しませんが、わたくしは諦めてゲームのクリアだけを目指すことをお勧めいたしますわ。」
「それは嫌です!だって友達が死にそうで、その治す方法が目の前にあるのよ!それがどんなひどい事がおこるのか分からないけど、でも、それで助けようとしないなんて……そんなの嘘じゃないですか!」
「そうですね。あなたであればそう言うだろうと思っておりましたわ。わたくしは何も協力する事は出来ませんが、行動を妨げることも致しません。これがわたくしからの精一杯の声援になりますわね。」
「いえそれで全然大丈夫です!ありがとうございます!それにすいません、生意気言っちゃって。」
あたしのお礼にどういたしましてと答えるアステリさんの顔は、なんだか母親のようで何だか照れ臭くなる。うちの母親は結構な放任主義なので、慣れてないだけなのかもしれないけど。
「それではエルフ達の居場所でしたわよね。彼らはマナに関して敏感な種族ですので、宿泊棟ではあまり良い環境ではないとのことで現在は近くの森で生活しているはずですわね。詳しい場所は……そこのドルイドの可愛らしい子なら分かるはずですわ。」
そう言われて、あたしとカズは一緒にルーの方を見る。するとルーはあたしたちをキョロキョロと見回した後に小さい声で、『多分大丈夫……です』とつぶやくのが聞こえてくる。
どうやって場所がわかるのかは良く分からない。でもルーが大丈夫だと言うなら信じるしかない。
「それじゃあ早速行くわよ!」
「お待ちいただけますか?今行けば帰る頃には日が暮れてしまいますわ。いちおう森には危険な生物はいませんが、夜が危険な事には変わりありません。明日改めて出発されてはいかがですか?」
せっかく勢いとノリで立ち上がったのに、アステリさんの言葉でその盛り上がっていたあたしのテンションは急激に下がる。いわれて窓の外を見てみれば色々やっている間にすでに太陽は隠れようとし始めている時間だし、お腹もすいているから、ご飯を食べてからだと絶対に夜になってしまう。
でも次のゲームが始まるのがいつか分からないから、のんびりしていてもいいのかという思いもあった。
「あのぅ、アステリさん?次のゲームが始まるのっていつになるかって分ったりしませんか?」
「詳しい時間はまだ決まっておりませんわ。本日クリアして出てきた12組で全部になっておりますので、公平性や体調を整えるためにも後3日か4日の猶予があるかと思いますので、ゆっくりしていらしても大丈夫かと思いますよ。」
「そう……ですね。それじゃあ明日朝早くに行くことにしますね!」
「そうした方がよろしいでしょう。どうです?よろしければ、こちらでお食事を用意いたしますよ!」
そう言ったアステリさんの顔は、さっきまでの優雅な感じは全然ない。そこには遊びに来た友人に食べ物を御馳走しようとする期待を膨らませた、しっぱがあれば振っているじゃないかと思う嬉しそうな表情だった。
そんな表情を見てしまっては断るわけにもいかず、苦笑いを浮かべながらお願いしますと答える。
そうして出てきた食事は、思った通りの味気もそっけもない物でげんなりしてしまう。
やっぱり元の世界、それも日本の料理はバラエティがあって飽きる事なんてなかったと、こんなことで懐かしくて早く帰りたいと思ってしまう。
それで我慢できずになるべく遠回しに他の料理はないの?と聞いてみるとどうやら考えたこともなかったみたいで、そもそも神族は食事を楽しむという事自体が全くなく、あまり食べなくても生きていけるために気にしたこともなかったらしいのだ。だけど今回ダンジョンの中間層で酒場をやることになって急遽、人族やエルフ族などから話を聞いて料理を作ったのはいいけど、まともな料理の味を知らないアステリさんはこれでいいかどうかも分からず、ろくに味見せずに料理を出していたらしい。
それならと思って勢いであたしが料理を教えると言ってしまったら、アステリさんは異世界の料理を知れると飛び跳ねる様に喜んでくれたのだけど、正直言ってあたしは家で料理なんてしないし教えられる料理なんてたかが知れてる。
でもまぁカズがいるから何とかなるかと、カズの方に目線で合図を送るが知らん顔をしてくる。絶対後でついてくるように言ってやらねばと決意を固める。
そんな話をした後で部屋に帰ろうとした時に、アステリさんが思い出したようにあたしたちを呼び止める。
「そう言えばあなた方のお仲間という方から、ご入浴させてあげてほしいというのを承っております。ここにも一応入浴施設はございます。ですがなにぶん沐浴などの儀式でしか使いませんので、整っているとはいいがたいですが、それでもお使いになられますか。」
「あ!そういえばそうでした。是非!是非使わせてください!」
「かしこまりました。それでは彼女に案内させます。」
そう言って現れたのは、カウンターで働いているオートマタの少女とは別の少女で、こちらに優雅にお辞儀をしている。あたしはすぐに行きたいと思うがカズはどうするのだろうか?まさか一緒に入るなどというのは言わないと思うけど、のけ者にするのも何だか可哀そうだと思えてしまう。
そんなあたしの無言の視線に気づいたのだろう、カズは先に一人で席を立つ。
「それじゃあ僕は先に部屋に戻ってるから、アズとルーで入ってくればいいよ。」
「そ、そう?なんか悪いわね!それじゃあルー行こうか!」
「うん!」
こうしてあたしは異世界に来てから初めて、お風呂に入ることになった。
しかしそれは想像していたのとはまったく違うものだとは、この時のあたしは想像もしていなかったのだ。
読んでいただきありがとうございます。
次はお風呂回?になる予定です。お楽しみに!




