第62話『追憶と臆病』 第2節
本当に迷宮角鷲亭という所は不思議な場所だ。
迷宮だというのに空は晴れ渡っていて、風も緑の匂いがして普通に外にいるのと何も変わらない。
そんな中をルーと一緒に酒場棟の中を通り抜け、外と吹き抜けになっている渡り廊下を歩いていく。
そんな散歩日和の中を楽しく歩いていると、その楽しさに水を差すように渡り廊下から見えるかなり近くに獣人たちがたむろしているのが見えた。
あたしが気付くより早くルーは気付いていたのだろう、あたしのうしろに逃げる様に隠れ、頭にフードをまぶかに被りすこし体が震えているようだった。
獣人たちもこちらに気付いているのだろう。こちらの様子を横目で眺め、馬鹿にするように笑いながらなにやら話しているようだった。そんな相手にあたしは極力無視しながらも、逃げているわけではないと示すために真っすぐに前を向いて歩き続ける。
獣人たちから少し離れたところで、先ほどまでの元気な様子が嘘のように縮こまっているルーに、あたしは声を掛ける。
「ルー大丈夫?もう離れたから心配ないよ。」
「うん、ありがとうアズサ……、僕がもっともっと強ければ、こんな風に隠れなくてもいいのに……。」
「そんな事ないって、ルーは前のゲームですっごい活躍したじゃん!だから後はあいつらにガツンと言える自信と勇気があればいいだけなんだから!」
「……うん、僕頑張るよ!」
そう言いながらルーは小さな拳を握りしめながら、やってやると気合を入れているように見えた。
その微笑ましい光景に知らず知らずの内にほほが緩んでしまう。これならルーも絶対に人を馬鹿にするようなあんな獣人たちに負けないように強くなってくれるそんな気がした。
そんな風に考えながらあたしはルーに出会ったあの日の事を思い出していた。
◇
ルーに初めて会った時はほんとに目を覆いたくなるぐらい悲惨だった。
第一階層のゲームを突破してゼンが寝込んでいる間に、この迷宮角鷲亭に興味を持ったあたしは建物を探検することにした。だがあっけなく道がわからなくなり歩いていれば知っている場所に出るだろうと適当に歩いているうちに迷宮角鷲亭の裏手にある林に近い場所に行きついてしまっていた。
そんな時だ目の前に顔が狼だったり虎だったりと様々な獣人がルーを取り囲んでいるのを目撃したのは。その光景は学校のいじめなど生易しいと感じるほどで、口で罵られ、顔が腫れ上がるぐらいに殴られ、足が動かなくなるほどに蹴られていて、普通の人間であれば死んでいたかもしれないと思うほどだった。
そんな状態の緑のローブを着た小さい子供を見てしまったあたしは、どうしても止めずにはいられなかった。というかもう無我夢中だったのかもしれない。
「ちょっとあんたら、そんな小さい子イジメて楽しいわけ?そんなデカい図体してホント情けない奴らね!」
「なんだテメェは!人族には全く関係ないだろうが、これは俺たち獣人族の問題だ。ほっといてもらおうかぁ。」
そう一番初めにのそりとまるで巨大なトラがそのまま立ち上がったような姿に、肩と胸に鎧をつけた獣人が追い払うために威圧するように、声を低くし眼光を鋭くし言ってくる。
だがあたしもそこで引くことが出来ない、だって子供を寄ってたかっていたぶるなんて絶対にどんな種族でもやっていい事ではない!あたしの勝手な理屈だけどあたしはそう思うのだから仕方ない。
「なによ!おかしい事をおかしいと言って何が悪いのよ!」
「テメェ!もしかしてここが、敵同士お互いに攻撃できない場所とかいう理由で大口を叩いてんのか?だとしたら大きな間違いだ!確かにお互いに攻撃こそできないが、俺が適当に攻撃したのがたまたま事故でテメェのその生意気な面に当たるかもしれんぞ!!わかったら黙って立ち去れや、今だったら見逃してやる!」
「じゃあやって見なさいよ!そのかわりその子へ暴力をふるうのを止めなさいよ。見てるだけで腹が立ってしょうがないのよ!」
「へへっ、そうかよ。そんなにやってほしけりゃ……殺ってやるよ!!」
そう言ったトラの獣人は、人を楽々殺せるだろう爪を、あたしではなく近くにいた獣人へと振るおうとする。
素人のあたしにだってわかるじゃれつくようで、あいてを傷つけるような気が全くない攻撃だ。
その攻撃は思った通りに目の前の獣人はおどける様に簡単にかわされ、そしてかわされた爪はまるで流れ弾のように、先ほど以上の速さであたしに迫ってくる。
あたしだって別に相手をバカにしていたわけではない、多分殴り掛かられるだろうくらいの覚悟はあった。でもそれ以上に相手の獣人の爪はかなり鋭く凶悪で、それでいて速いために完全にかわすのは絶対に無理なものであたしの気楽な思い込みは、すぐに間違いだと気付かされる。
だめだ!殺される!あたしがそう思った時に空気を震わせるほどの声が響く。
「止めよ!!」
その声が爪があたしへと届く直前に周囲に響き渡ったことにより、目の前の獣人もその凶悪な爪も、まるで時が止まったかのように固まっている。
聞こえてきたのは迷宮角鷲亭の建物の入り口の方からだった。2人の真っ白で他の獣人よりも一回り体格がよく手足が長い狼の獣人を伴って颯爽と現れたのは、金色の毛を持ちそれによく合う緑色のマントに黒い鎧を着た見るからに他と違う、存在だけで周囲の雰囲気を変えてしまうような輝くような狼の獣人だった。
「そこまでにせよ、ここは恐れ多くも神々がおわす神域なるぞ!どのような理由があれ騒ぐなど言語道断であるぞ。」
「はっ!申し訳ございません。しかしこの人族の女が……。」
「言い訳をするな見苦しい、それでも獣人族の勇敢な戦士か?」
「ハッ!申し訳ございません!」
あたしの周りにいた獣人たちは全員その金色の狼に片膝をついて、こうべを垂れている。
膝をついていないのはあたしと、ボコボコにされて動けない緑のローブを着た小さい子だけだった。
そんなあたしたちを金色の獣はまる全てを見透かしているような、鋭い眼光で値踏みするようにあたしを見据えている。
「人族の女よ。何故我らと事を構えようとする。そこのドルイドの半獣半人は君と何か関係があるのかね?」
「そんなものないわ!ただあたしはこんな小さい子をよってたがってイジメるような奴らに文句を言ってやりたかっただけよ!」
あたしのその歯に衣着せぬ物言いに、周りにいる獣人たちは頭を下げながらも眼だけであたしの方を睨んでいるのがわかる。
目の前の獣人3人からも鋭い視線があたしに突き刺さり、あたしの手と背中にはじっとりと冷たい汗が流れる。それでもあたしの言っていることは間違っているとはどうしても思えなかった。
「そうか、だが君に君なりの理由があるように、我らには我らの考えがありやっているのだ。確かに吾輩も少し目に余る行為だとは思っていたが、それはそれだ何も知らぬ者が口を出すことではない。」
その有無を言わせぬ物言いにあたしは少したじろいでしまう。
確かに獣人の事など何も知らないし、助けようとしている相手の事など全く知らない。
あたしのやっていることは高校で女子二人にやったことと同じことかもしれない、おせっかいを勝手にやいて結局誰のためにもならないことをしてしまってるかもしれない。
そう思うと相手の言ってる事は全然間違ってない、それでも……。
「あたしには納得できないし……、こんなんじゃ絶対に後で明るく後悔なんて出来るわけないわ!」
そういいながら座っている獣人たちの隙間をズンズンと大股で縫うようにかわしながら進むと、緑のローブを着た半人半獣と呼ばれていた子の近くに座り、抱え起こしてその子の顔を見たあたしは愕然とした。
顔立ちから少女とみられるその子供は顔の半分は腫れあがり、額は切れているのだろう顔は血に濡れてしまっている。
あたしは怒りで声をあげそうになるが、それをこらえて優しくと自分に言い聞かせて声を掛ける。
「ねぇあなたは何て名前なの?」
「……ルー……です。」
その声は小さく、声も出すのもやっとという感じだった。
「ねぇルー、あなたはあたしにどうしてほしい?あなたはどうしたい?今こういうことをされてるのを何とも思ってないの?」
「そ、それは……。」
そう言いながらルーはもどかしそうに、何かを我慢するように目を伏せてしまう。
そんな姿が昔のあたしに重なっているような気がした。
あたしとは立場もその苦しみも全然違う。あたしの思い込みかもしれない。でも自分じゃどうにもならなくて諦めている感じが、どうしてもあたしと重なって見えてしまっていた。
「ねぇルー。あたしもね昔イジメられてたし、自分で何とかしようと頑張ったこともあったの。でもさどうしようもなくて1人で悩んで、迷って、落ち込んでたんだけどさ。そしたらね、目の前に変な奴が現れてあたしに言うわけ『なにより一番大事なのが僕がまだ納得してないって事なんだ。それが僕にとっては一番いやだし後悔するなら明るく後悔したいと思うからさ』なんていうのよ!」
「……。」
こんな状況だといのになんだか楽しく話しているあたしの顔を見て、目の前の少女は目を点にしてこちらを見ている。
なんだか恥ずかしくなったあたしはオホンと咳ばらいを一つする
「つまり何が言いたいかというと、あなたは多分これからどんなことをしても後悔すると思うけど、納得できて後になって自分が笑っていられる。そんなようなわがままを言ったって誰も責めたりしないわ!もし責める奴がいたらあたしがぶん殴ってやるんだから!」
「で、でも……。」
「ホントあたしってバカみたいよね、別にあなたとは友達でも何でもない。これがおせっかいだっていうのも分かってるのよ?でもさ何もできなくて、ただ見てるだけなんてもううんざりなの。だからハッキリ言うわね、つべこべ言わずにあたしに助けられなさい!!わかった!?」
そういうと最初はびっくりして目を点にしていたルーは次第に楽しそうに小さく笑うと、そのうち真剣な表情にかわっていった。
「ぼく……は、殴られたくない……蹴られるのも……痛いのも、もう嫌……です。ぼくは弱くて……、非力でみなさんの役に立ちたいと思ってきました。でも……ぼくはもうここでは役に立てません。だから……ぼくを助けてくれませんか!」
その言葉を聞いたあたしは、相手がケガをしているなんて忘れ強く抱きしめると、すぐに振り向いて立ち上がり、ルーをかばうように金色の狼のほうを睨み付ける。
「あたしはこの子の友達よ!友達に助けてほしいと頼まれたら助けるのは獣人だって同じでしょ!!」
その言葉を聞いた金色の狼はあたしの瞳を覗き込み、まるで狼が獲物を仕留めようとでもするかのような獰猛で一瞬で死を感じさせる視線を送ってきているのを感じる。
その威圧感にあたしは少したじろぎ気を失いそうになるが、ルーの言葉を思い出してなんとか踏みとどまる。あたしがあそこまで言わせてしまったんだから、絶対に負けられない!そんな気持ちだけで金色の狼を睨み付ける。
そんな覚悟を見るかのような沈黙だったが、それは唐突に破られる。
「カッカッカッ!なるほど面白い人族の女だ。今回は我々の負けだろう、大人しく引き下がろう。それに半獣半人も連れてきたのはいいが持て余していたところだ。そいつも餞別にくれてやろうではないか。」
「お館様!それではさすがに示しが付きませぬ。なにとぞもう一度ご一考のほどを。」
「ならぬ。これは吾輩が決めたことだ。文句がある者は後で吾輩の元へ来るがいい。吾輩に力を示せば、今の決定取り消してやっても良い!」
その言葉を聞いて他の獣人たちには諦めの表情が浮かぶ。多分みんな目の前の金色の狼に勝てない事がわかっているのだろう、すぐに従うことを示すように先ほどよりも深く頭を下げている。
「吾輩の名はアンブロイズ・オーレリアン、狼人族アグジョンフォングの長にして獅子王勅命隊の隊長を拝命しているものだ。そなたの名前は何という?」
「あたしは大石あずさよ。立派なかたがきとかないわ。ただの大石あずさ!」
「そうか大石あずさよ。そなたの女の身でありながら中々度胸がある。しかし心しておけ、自分の信じる道を行こうとすれば、それがどんなに正しい事であれ必ず軋轢を生む。それは何らかの形で災難としてお前に降りかかるだろう。」
「?あんたの言ってる事はちっとも良く分からないんだけど?」
「貴様!お館様に向かってその言葉遣い、今まで我慢していたがこれ以上は見逃せんぞ!」
「吾輩に何度同じことを言わせるつもりだ、下がれ!」
「ハッ!!」
そう言ってアンブロイズは脇にいる白い狼を手で制して、マントを翻す。
「ではな、異郷の娘よ。我が忠告ゆめゆめ忘れることの無いようにな。」
そう言い捨ててアンブロイズは去っていき、周りにいた獣人たちも一度あたしを睨み付けると何も言わずに目の前の男に付き従うように歩き去っていき、そして残ったのはあたしとルーだけだった。
◇
今考えてみるとあたしはものすごく無鉄砲で考えなしだったと反省しているのだけど、もう一度同じことがあっても同じことをしてしまう気がする。
それに隣を振り向き、ルーが嬉しそうにあたしの顔を見るたびに、今はあの時助けることが出来てホントに良かったと心底思うのだ。だからこれから大変なことがいっぱいあるかもしれないけど、ルーが強くなる手助けをして、ゼンの身体は直してみんなでこのダンジョンをクリアして、またみんなで笑顔になりたい。
そう強く思うのだ。
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