幕間 『君には剣を、あなたには花を』 前編
わたしイザベラ・ミランダの家は簡単に言えば没落貴族だ。
とは言っても最初からそうだったわけではない。
私の幼いころは大きな屋敷住み沢山の使用人を雇い、屋敷の中は華美ではないが趣のある高価な調度品に溢れていた。
それがなぜ没落してしまったのか、わたし自身の話をするにあたってまずそこから話さなくてはいけないだろう。
わたしの国、ガルド聖王国は女神ヴィレスを信仰しヴィレス教を国教にしている宗教国家だ。
皇帝が行政をつかさどり、元老院が立法を行い、教会が裁判などの司法をつかさどっているという大陸でも有数の大国だ。
そして騎士団は聖騎士団と教会騎士団に分かれ、聖騎士は皇帝直轄領の警備や王都内部そして王城内の警備、教会騎士団は教皇直轄用の警備や教会そして元老院の警備といったようにすみわけをしている。
わたしの家は先祖代々聖騎士の家系でその中でも4本の指に入り男爵の位を拝命していた。
そしてわたしの父も勇猛で有名だったという曽祖父が設立したバルダック騎士団の団長をしている、由緒ある騎士貴族の家に生まれた。
わたしの母はわたしが生まれて数年後には流行り病でなくなり、その後再婚せずにわたしは跡継ぎとして育てられ、そんな私が士官学校に入り、ゆくゆくはバルダック騎士団で団長をつとめるというのは生まれながらに決まっていたのだろう。
私自身もその事について何の疑問も持っていなかった。
父の仕事は良く知っていたし、王都の治安を守るということにもわたしなりにある種の誇りを持っていたのだろう。
しかしわたしがバルダック騎士団の団長になることは結局なかった。
我がバルダック家の没落の予兆が出始めたのは、わたしが騎士学校をもう直ぐ卒業しようという時だったように思う。
いつものように私は朝からの魔法の練習や剣術の訓練のため、いつも練習着としてきている麻木色のシャツに若葉色のズボンをはき、腰には細身の刃を潰したショートソードを身に着ける。
顔を洗ってから最後に長く伸ばした髪を後ろ手にひもで結び、準備を整えて部屋を出る。
外は日が昇り始めたぐらいの時間のためヒンヤリとした空気が流れていて、朝の眠気を覚まさせるのには丁度よく冷たい空気をリズムよく吸い込みながら、足早に寄宿舎の廊下を歩いていく。
ひと気のないひっそりとした廊下を進み外に出ると、少しだが日が差してきてそれを肌に感じるとほのかに温かく、わたしはすがすがしい気分で練兵場に向かって歩いていく。
よく均された土の道を歩いたところにある大隊同士が訓練できるような大きな練兵場に到着し、いつもの場所に行こうとしてすぐに目に入ってきたもののおかげで、私の晴れやかな気分は急激にしぼんでいく。
「やぁおはよう、清々しい朝だね。君はいつも朝早くから練習していてホントにすごいね。」
そう薄く微笑みながら話しかけてきたのは、サラサラの金髪に青く透き通るような碧眼に長身の持ち主で、道を歩けば多くの女性が振り返るであろう顔立ちと猛禽類のような整った体つきに、多くの者から通称『黄金の鷹』と呼ばれているのを知っている。
ハッキリ言おう、わたしはこの男が嫌いだ。
騎士学校に通う生徒は多くは寄宿舎にて過ごし、剣術や魔法について学ぶ。
生徒たちは多くは貴族の子弟たちで、子弟たちは家の跡継ぎが大半だ。
それなら家庭教師をつけ学ばせればいいはずなのにどうして子供を寄宿舎にいれるのか、それは子供の頃から他の貴族や騎士の子供とつながりを作るためであり、そのつながりも親が所属している派閥の影響を受けているのは言うまでもない。
話は戻るが、つまりこの『黄金のタカ』と呼ばれる男アルフレード・デ・シルヴァの家であるシルヴァ家は教皇派の重鎮であり、私の家のバルダック家は皇帝派でそもそも水と油なのだ。
まぁそれ以前にわたしは彼の事が気に入らない、いつもわたしよりも先に練兵場にきてわたしよりも多く訓練しわたしよりも高い成績を上げている。
それでいてそれを自慢することも、誇ることもない。
それよりなにより嫌なことが彼は自分の親が教皇派閥でありながら、皇帝派閥であるわたしたちにそんな事何も関係ないと言わんばかりに普通に話しかけてくることだ。
以前からというより建国してから皇帝と教会は対立関係にあり、それは皇帝と教会が対立関係にあることで権力を抑制しようという狙いで考えられたものだったが、今ではその様なことは形骸化し皇帝よりも教皇は絶対的な権力を持っているのは誰でも知っていることだった。
そんな中で自分たちが逃れられない派閥という枠組みを、何も考えずに平気で飛び越えようとしている姿に当時の私はいらだちの様なきもちが、その男を見るたびに思い出されたのだ。
だから私の返事はいつも定型文のようなものだった。
「ありがとうございます。シルヴァ家の方にその様な事を言われるとは恐悦至極に存じます。それではわたくしは訓練がありますので失礼いたします。」
そういって脇を通り過ぎようとしたわたしを、彼は申し訳なさそうな表情で笑って見送っていた。
こういう所もわたしは大嫌いだったのだ。
その後私たちは離れて訓練を行い、いつも通りの剣の素振り、魔法の呪文詠唱などの日程を終えて鐘が鳴る頃に訓練を切り上げた私は自室に戻り、外出用の紺色を基調とした友人から見れば地味な服に着替え、魔法学の講義を聞くために足早に講義室へと向かう。
寄宿舎の隣にある、研究と教育を兼ねた施設は巨大で石造りの灰色を基調とした建物は、王城のように豪華なつくりであり、中の講義室までに行くまでもかなり時間がかかる。
何とか遅れずに到着すると、すでに座っていた友人がこちらを見つけこっちこっちと言いながら手を振ってくる。わたしは手を振り返したりせず頷くだけして、彼女の隣に座る。
かなり貴族としては無作法な行為ではあるが、彼女の愛想の良さに何となく許せてしまうのはなぜなのだろうか。
「どうしたのよ不機嫌そうな顔して?何かあったの?」
「いいえ、何もないわ。それよりも今日は早いわね、何かあったの?」
「う~ん、イザベラならいいか。イザベラは私の立場知ってるでしょ?」
「ああ、元老院の若手の有望株として有名なマルセル・ピアシュ氏の娘ルイス・ピアシェ様でしょう?」
そう彼女は法律を決める世襲制の元老院で、若手の有望株として有名な議員の娘であり別にこんな学校など通わなくていいはずなのだが、彼女のたっての希望で入学したらしい。
そんな彼女が悩まされるのは父親の引いては元老院の事に違いない、真剣な面持ちで彼女を見るが彼女は様付けしたのを怒っているのか少し頬を膨らませている。
「やめてよね様付けなんて、私がそういうのうんざりしてるのわかってるでしょ?」
「悪かったよ、それで何の話なの?」
「まぁいいわ、それでね昨日の事だけど。談話室で私がお茶を飲んでたらね、名前は知らないけど顔だけは知ってる教皇派の騎士の子供だと思うんだけど、そいつがこう言ってきたわけ『皇帝派はもう直ぐ瓦解するからもう皇帝派の子弟とは付き合わない方がいい、これは君のためを思って言ってるんだよ。』ってね。」
「…………。」
「失礼しちゃうわよね、確かに皇帝陛下が病床に臥せっている噂もあるし教皇の力が強まっているといううわさだって聞くけど、私の友達付きあいにまで口を出さないでもらいたいわそれを言いたくて早く来て待ってたのよ。」
その話に私は茫然としてその話を聞いていた。
確かにその可能性はあると前から思っていたが、今そんな事になるなんて全く思っていなかったのだ。
今までは元老院はなるべく中立的な立場を貫き、なんとか天秤はつり合いがとれていたはずだった。
しかし最近は教皇派が元老院を買収して有利な法律を作り、かなり力を付けているというのは噂であるが知っていた。
そしてこれは後で知ったことだが当時の元老院の腐敗は激しく、皇帝が病で臥せっているといううわさが流れると、元老院は教皇派その教皇を支持している第三王子の派閥が多数派を占めるようになったらしい。
それから争いが激化したのは皇帝の直轄領の移譲をするように求めたことがきっかけだった。
しかも直轄領の中でも最も争いの激しかった神域の譲渡に関することだったため、皇帝派からの反発もかなり強いものだった。
神域は異民族との言語の共通化や、身体能力の向上、魔法能力の向上など色々な恩恵がありどのような国でも争いの種になるほど非常に神聖視されており、中でもガルド聖王国の神域は治癒能力を向上し不治の病以外は治癒できると諸外国にも有名であり、そこから莫大な利益をあげていた事も事態を深刻化させた。
皇帝直轄領である神域は初代皇帝のガルドⅠ世が獲得した土地であり、皇帝の権威の象徴と呼べる土地で長らく管理や権利は皇帝のものであり、運営は教会に任せるという方式をとってきた。
しかし以前から神域は神である女神ヴィレスの土地であり、当然その権利は教会のものであるはずという議論が繰り返し行われてきた。
そんな中での強引な譲渡の布告に皇帝派の誰もが驚きの声と共に怒りの声を上げた。
そしてこの事がバルザック家の没落につながるとは、当時のわたしには思いもよらない事だった。
読んでいただきありがとうございます。
長くなってしまったので前後編になります。
よろしくお願いいたします。




