第39話『第2層 水禍劇場 第2ターン』 第3節
俺は先ほどの取り乱していた時と逆に頭は冷え切ってしまっていた。
それによって周りの視線が鋭くなっている事を痛いほど感じていた。
どうしてこんなことになってしまったのか?
そんな事は決まっている、能力の影響と俺が自分を制御しきれないからだ。
しかも体がコントロールできなくなるだけではなく、その影響は精神にも出ている。このまま能力を使い続ければ、いつかは友達や仲間に危害を加えてしまう。
俺は何よりもその事が怖かった。誰かから罵声を浴びたり、攻撃を受けるその事より自分の意志と関係なく自分の体が他人を傷つけてしまうことは本当に怖い。
だがそんな時顔をパチパチとはたく、痛みというにはあまりに違う。まるで綿棒のようなくすぐったいものが右ほほを叩く感触にいつのまにか考えるのをやめて右を向いていた。
すると右肩には見慣れたゴスロリ縦ロールの妖精エスリン12が乗っている。
「オイ!この根暗野郎、何をぐじぐじしてやがる。テメェはやる気あんのか!」
「うるせぇ、ほっとけよ俺の事なんて……」
「ハンッ、嘘つけよほんとは構ってほしくてしょうがねぇんだろ?それによ、テメェの周り見てみな。お前に構いたくて仕方ない奴がいっぱいいるぜ」
そう言われ改めて俺は周囲を見渡してみると、周囲の視線は俺を軽蔑するようなものでなく、心配するものだということにようやく気付いた。
カズトは俺の方を申し訳なさそうに見ていて、アズサはあまり良く分かっていないようだけど心配そうにこちらを見ていた。そして他にもみんながこちらを心配そうに眺めている。
なんだよ俺の勝手な疑心暗鬼だったのか、しかしそれはそれでなんだか恥ずかしい。
肩に乗っているエスリン12はそれ見たことかと、腕と足を組んで鼻を鳴らしている。
「ヘッ、テメェが思うほど気にしてる奴なんていやしねぇんだ。それになぁこの世界は元から気が狂った奴ばっかりだ。その中に一人おかしい奴が仲間に入っていても大してかわりゃしねぇよ」
そうやって笑う妖精を見ていると、なんだか深刻にしているのが馬鹿らしくなってきた。
だから隣にいるカズトへすぐに謝ろう、素直にそう思えた。
「カズ、ほんっとにごめん。ちょっと頭に血が上っていたみたいだ」
「それはいいんだけどさ、ゼンなんか隠してるよね?能力の代償だっけ、あれって何か聞いてなかったけどもしかして、今のも迷宮角鷲亭の事も関係あるんじゃないの?」
ほんとこいつは肝心な時ほど感がいい。
「いやそれは、その……か、関係ないって、俺がこの迷宮に来てから少し情緒不安定になっているだけだから」
俺はいつの間にか嘘を口にしていた。本当はちゃんと全部説明するつもりだったんだけどなぁ。どうして大事なところで一歩踏み出せないかなぁ俺は。
「それってホント?嘘は言わなくていいよ。もうここまで来たら一蓮托生なんだからさ?」
「ホントだってホント。それよりさ、ほらアルフレード達応援しないとさ」
「うん……そうだね。今はゲームの方が大事だよね」
やっぱり代償について話しとくべきだったかな、そう思いながらもはや後の祭りだ。
俺は黙って目の前のゲームを見ることだけに集中する。
目の前にある靄に映し出された映像では、アルフレード達は苛烈な攻撃をジャッバール達に加えている様子だが、いっこうに効き目があるようには見えない。
それはジャッバールの侍従たちもそれはほとんど同様だ。アルフレード達からの攻撃は見えない影のようなもので防がれていた。だがジャッバールとは違い所々に傷があるところを見ると、完全に無傷ではないようだ。
そんな中で遂にジャッバール達は中間地点である、赤い足場へと足を踏み入れて小休止をしているようだった。
「クソッやられっぱなしじゃねぇか!こっちの攻撃全然当たらねぇし」
「うん、なんか影みたいなものがジャッバール達を守っているみたいだけど、あれが何なのか分かればいいのに」
「あれは魔法じゃねぇみたいだがなぁ。どうやって防いでやがるんだかな、まったく」
「おっ!オッサン。もう大丈夫なのか?結構ケガしてたろ?」
「ああ、ほとんどかすり傷だったからな。治療も終わったし大丈夫だ。ブルーノの奴はかなりひどいみたいで厳しいみたいだがな」
そう言われてブルーノの方を見ると、まだルーが付きっきりで包帯を巻いたりしているのをアズが手伝っているようだ。
「なぁあれって俺たち手伝わなくてもいいのかな?」
「いや、やめておいた方がいいと思うよ。下手な人が手伝っても邪魔になるだけだから。僕がそうだったし……」
「お、おう。だな、俺も応急手当とか授業でならったことあるけど、ちゃんとやったことはないから邪魔したらまずいよな」
「そうそう、ゼンもわかってるじゃねぇか。女が頑張ってるのに男は邪魔しちゃいけねぇぜ。それよりほら、うちの隊長がなんかするつもりみたいだぜ」
映像に目を移すと、ジャッバールとアルフレードのちょうど中間地点から俯瞰しているような感じだ。
そしてどうやらアルフレードはしきりに仲間に話しかけ、なにやら作戦を練っているのが映像からも分かった。その様なこともまったく眼中にないのかジャッバールは楽しそうに侍従たちに話しかけている。
「ホントにあの蛇男はムカつくな。かわいいメイドさん連れやがって」
「ジャッバールは蛇よりトカゲなんじゃない?」
「いやでも性格とかねちっこいというか、しつこいとかそんな感じで蛇っぽくね?」
「確かに性格は蛇っぽいかもね、でも手の爪とかトカゲっぽいよね」
「いやだから……!」
「そんなのどっちでもいいだろが!そんなことよりもうちの隊長がなんかしたみたいだっての!」
そのオッサンのツッコミで再び映像に視線を移すと、ジャッバール達は赤い足場の次へと移動し始めているが、その目の前には立ちはだかるような、ジャッバール達の身長の3倍近くの水の壁が吹きあがっていて、それがジャッバール達を足止めしている。
「すげぇなあれも魔法なのか?」
「ああ、あれは水の魔法水壁だな。だけどあんなにでけぇのは副隊長しか作れねぇぞ」
「凄いですね!でもあれってなんで最初から使わなかったんですか?」
「お前カズトっていったっけ?結構ずけずけと聞いてくるんだな、まぁいいけどよ。えっと確かあの魔法を使うには結構マナの量を使うから、そう簡単に使えないって魔法騎士の奴に聞いた気がすんなぁ」
「そうですか、やっぱり色々制限があるんですね」
「そうだな。でもこれで魔族の奴らは袋の鼠だ。隊長たちは一斉攻撃をかけるだろうぜ!」
オッサンの言う通り、アルフレード達は一気に侍従2人へと集中して攻撃している。
先に狙ったのは黒ずくめのローブを着た従者2人で、火魔法や水魔法などによる攻撃を必死に影のようなもので防いでいるが、かなり押され気味な様で体の傷は少ないが魔法の一斉斉射で体がだんだんと下がっていっているのが見ていても分かった。
この段階で俺はカズが嫌そうな顔で映像を見ていた意味をやっと理解した。
このゲームは交代交代で攻守が入れ替わり一見公平に見えるが、一つのゲームで見ればこれは一方的に相手を殴りつけているのと同じだ。しかも今は敵に攻撃しているが、味方が周回側の時は見ていられないだろうというのが良く分かった。
しかし今は命がけのゲーム中なのだ、そんな甘いことは言ってはいけない。
だからこの状況でも誰も何も言わないのだ。
でも俺は敢えて口に出すことにした、口に出して誰かに聞かなければ分からないこともある。
それが俺がバスケ部時代行った、他の部員への残酷な仕打ちで得た大きな教訓だったからだ。
「なぁカズ、このゲームってなんか一方的で嫌な感じだな。相手はスゲェ嫌な敵なはずなんだけど、なんか……いじめてるみたいさホント嫌になるわ。まぁ俺が言える事じゃないんだけどさ」
「うん、そうだよね。相手が誰だとしても一方的なものはこわいよ。しかもさっきは友達が一方的に攻撃されて、しかも殺されそうになってたんだよ。僕も嫌な気分だったけど、仲間意識が強い女の子だともっと嫌だっただろうね」
その言葉に俺はアズサのさっきの涙の意味にやっと気づけた。
心配で泣いてくれていたのは分かっていたけど、カズの言った通り友達へ一方的に攻撃されそれを自分が黙ってみてなければいけない気持ちなど、全く考えてなかった。
アズの方を見ると懸命にブルーノの世話をしている、戦闘で何の役にも立てない自分でも何とか役に立とうと懸命に頑張っている。そんな姿にみえて、俺は心の中で自然とありがとうと呟いていた。
声に出して言え?そんなの恥ずかしくて言えるわけがない。
俺は改めて映像を見る。これがどんなに一方的なものでもこれは命懸けのゲームで、俺はその当事者だ。
必ず見なくてはいけないし、見る義務があるとも思う。
アルフレード達の猛攻を受けている2名の侍従は、攻撃の圧力に負けすでに足場の端まで追い詰められている。
だがそんな状況にも関わらず、ジャッバールはつまらなそうに状況を眺めているだけだ。
そして最後の一撃とでもいうように、大きな津波のような魔法が襲い掛かる。
その津波は足場を覆いつくすような大きなもので、壁に囲まれている今は逃げ場など存在しない。
その水がジャッバール達を捉えた。そう思った瞬間に両側の壁は消失し、同時に水魔法が足場を覆う。
しかし水がなくなった時その場に立っている者はなく、だがその隣の足場にジャッバール達が平然と4名立っていた。
どうやら攻撃を受けていた2名は逃げられず足場から落ちてしまったようだが、ジャッバール達は無傷のままでそのままスタスタとゴールまで歩いていく。
まるで最初から仲間は4人であったという風にだ。
それからはアルフレード達も頑張って攻撃を加えていくものの、水壁と津波の様な魔法でマナが少なくなってしまったのか、魔法の威力は大分落ちていたようで攻撃に精彩を欠き、足止めすることもできない。
そのままジャッバール達4名は、ゴールである赤い足場へと到着したのだった。
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