幕間 『これは愛の物語なのです。』
今回は少し長くなっております。
私には生まれながらに親はいません、ですが不幸だと思ったこともありません。
だってそんな事、この魔族の世界ではありふれていることですから。
親のいない私は当然のように売りに出されました、そしてある貴族の家で奴隷になって暮らすことになったのです。
ですがそれだって別に不幸な事ではありません、売りに出されても買い手がつかずに処分されてしまう、そんな子供は数えきれないほどいるのですから。
私の思う一番の不幸は誰にも愛されないことなのです。
そんな事を言うと愛されない人なんてたくさんいるだろ、と多くの人は反論するでしょう。
ですがそれを私は絶対に違うと断言します。愛するというのは別に好意とか、可愛がるとか、結婚するとか、子供を作るとかそういうことだけではないのです。
例えば私の場合は、ガリブ伯爵領で暮らす多くの蛇人族の中で、突然変異と呼ばれるほどにうろこの色が白く。すでに両親が死んでいない私には、これが両親も同じなのか、それとも私だけがおかしいのかわかるすべはありませんでした。
通常、蛇人族はうろこの色は灰色で力が強いものほど黒に近くなります。
だから白い私が迫害されるのは半ば当然の結果でした。
今だから分かりますが、どのような種族でも自分とあまりに見た目が違う者、考え方が違う者、信じるものが違う者などは必ず迫害の対象となってしまうのは世の常なのです。
当時の私には、なぜこんなことをされるのかわかりませんでしたし、教えてくれるような優しい仲間もいませんでした。そしてそんな私を最初に引き取った奴隷商人も、私に対する責め苦には容赦がありませんでした。
鞭打ち、火責め、水責め、皮はぎなど暇があれば私に行っておりました。
しかし救いだったのは私が元々痛みなどを感じにくく、他の蛇人族よりも回復能力が高かったことでしょう。
ですがそのせいで気持ち悪がり責め苦が過激になっていったため、これがホントに救いなのかは今でもよくわかりませんが。
ともかく痛みを感じにくいせいで責め苦を与えられている間も、私にはとにかく考える時間だけは膨大にありました。
なぜこの人は、私にこんなことをするのだろうか?
私が何かしたのだろう?
どうして私はここにいるのだろう?
でも私は閉じ込められていてどこにも行ってないし、目の前の物を口に入れ目を閉じる事しかしていない。言われたことを言われたまましかやっていない。
ではここにいるのがいけないのか?
私はどこにも行けないし、行けばいい場所も分からない。
奴隷商人はいつも死ねと言ってくるが、どうやって死ねばいいかもわからない。
そんな風に私は奴隷商人の罵声を聴きながらいつも考えていました。
その頃の私は、どこかも分からない暗くじめじめとした場所に閉じ込められて、唯一会うのはいつも私に責め苦を与える奴隷商人だけでした。
だからなのかいつの間にか私はいつも奴隷商人を待ちわびていました。いつ来るのだろう、いつ来るのだろう、今日はどんなことをするのか固くしなる鞭で叩かれるのだろうか、それとも水の中へ息が出来なくなって気が遠くなる寸前まで追い込まれるのだろうか。
こんな風に具体的ではありませんが、似たような事を考えていたように思います。
そして奴隷商人が来て責め苦を行う時に嬉しそうに笑う私を見て、奴隷商人は今まで見たこともないような恐怖の表情を浮かべたのです。
それ以来彼はあまり来なくなってしまいましたので、私はそれが寂しくてたまらず。責め苦を受けても泣いたことがなかった私は、初めて知らず知らずのうちに泣いていたのです。
これは愛ではなくて何なのでしょうか?
世間を知らなかったのだから、そんなのは違うという人もいるのかもしれませんね。
ではこの例えではどうでしょうか。
私は奴隷商人から責め苦は与えられていましたが、ちゃんと食事もあたえられていました。
多分白いうろこは珍しいので、いつかは売れるだろうと思っていたのでしょう。
そしてその時はすぐに来ました、珍しい物好きの貴族はどのように知ったのかは分かりませんが、私を飼う為に奴隷商人の元を訪れたのです。
私の事をその貴族が始めて見た時の事はよく覚えています。なんと珍しい家畜を見るような楽しそうな目をしていたのです。
その目が嫌だったかって?いえそんな事はありません。逆にその私を真正面から見てくれる目に生まれて初めて私への愛を感じたのです。
それから手続きを行った貴族は付き人に命じて、私は初めて牢獄から出ることが出来ました。
外に出て最初に見た空は、分厚い雲がまるでこの大地を閉じ込めようとしている檻のようで、私は『何だ私がさっきまでいた部屋もここもたいして違いがない』そんな風に思っておりました。
貴族に買われて貴族の屋敷に行ってからの生活は、少しはましになっていたように思います。
私は相変わらず独房のようなところで生活していましたが、他の奴隷たちと一緒に畑仕事をするようになりました。ですがそこでも私は忌み嫌われ、仕事を教えるとき以外は近寄ってくるものはおらず、時たま石をこちらに投げられていました。
どうやら皆さんは私の近くによれば、白いうろこがうつると思っているようでした。当然そのようなことはないのですが、当時の私はそのようなことを説明できる言葉を持ち合わせていませんでしたし本当にうつるかうつらないかもよく知らなかったのです。
そのような生活ですが、当時の私には喜びに満ちたものでした。
石を投げられ嫌悪の視線にさらされ、時には罵声を浴びせられる、そんな時に私は自身の存在が認められ愛されていると思えたのです。
それから夜になると気まぐれに貴族の方は私の部屋に現れて、以前の物よりきつい責め苦を与えそして時には性的なはずかしめを受けることもたびたびありました。
しかしそんな時でも私の心の中は幸福であふれていたのです。
責め苦やはずかしめを与えるときは、私だけを見てくれる、私だけを愛してくれている。そんな喜びで孤独感から解放されている時、私はいつも狂ったように笑っておりました。
ですがそれは貴族の方が望んでいたことではなかったようでした。
日に日に貴族の方の顔は歪んでいき、そして遂には責め苦やはずかしめを受けることはなくなりました。
他の方であれば喜ぶところなのでしょう、ですが私には最も苦しく辛い事でした。
何も私は責め苦やはずかしめを受けたいわけではないのです。
私が何よりつらいのは、私に無関心になり愛を与えられなくなることなのです。
だから私は我慢が出来ず貴族の方に縋りつきました、どのような事でもするから私の事を見てほしい、私を愛してほしいと。
その次の日から私の世界は様変わりしました。
私の部屋はまるでお姫様が暮らすような場所になり、衣服もボロボロの麻布の服から魔獣の糸でできた最高級のドレスになり、私には『サニヤ』という名前が与えられました。
そして専用の家庭教師から教養や学問など色々なことを朝から晩まで習い、豪華な食事を食べ、眠りたいときには眠る、そんなまさに夢のような生活に突如として変わったのです。
ただそんな生活も、私にはそこまで欲しいものではありませんでした。
確かに何かをしたいと言えば専用の使用人が無言でやってくれ、家庭教師は教えてほしいことを訊けば教えてくれました。でもそこには空虚な隔たりがあって愛はほとんどありませんでした。
そのような豪華で贅沢な暮らしをしてかなり経ったとき、その生活の終わりは突然やってきました。
私は何の脈絡もなくすべてを、豪華な部屋も、高級な服も、私だけの使用人も奪われ、そして声も呪術によって封じられ汚い服を着せられて、まるでゴミのように貧民街に捨てられました。
なぜこんなことになったかわからず、私は茫然と立っていました。
そんな様子を周りの貧民街の住人が恐ろしそうに、嫌そうに、面倒そうに、穢れたものを見るような目で、私を睨んでいることを知った時に、私は言い知れぬ幸福感と解放感それに屋敷では感じることの無かった愛を感じたのです。
そんな時に貴族の方はやってきました、最初は私を飼う時のような珍しい家畜を見るような嬉しそうな顔だったのが、私にだんだん近づいて来るうちに歪みこわばった顔になっていくのがすぐに分かりました。そして私の元に来ていったのです。
『なぜ笑っている?どうして憎まない?どうして絶望しない?お前は何なのだ!?』
私には言っている意味が良く分かりませんでした。そもそも、それらがどういった気持ちなのかも良く分かっていませんでした。
多分貴族の方はぜいたくな生活を突然奪われて絶望する姿が見たかったのでしょう。
しかしその時の私は久しぶりに愛を与えられている幸福感と声も呪術で封じられていたため、狂ったように笑っていただけだったのです。
その後貴族の方は私の前に現れることはありませんでした。
どうでしょうか?
愛の必要性が分かっていただけたでしょうか?
ですが私の愛の話はこれが終わりではありません。ここからが本当の愛の話です。
白いうろこの蛇人族は相当珍しく、噂が広まるのにそう時間はかからなかりませんでした
それは貧民街で迫害(愛)されながら、ゴミをあさっていた時でした。
その日の貧民街はガヤガヤと騒然とした雰囲気でした。
私はなぜなのかわからずに、一人雨風がしのげる場所で丸くなっていました。
すぐに静かになるだろうと思っていた人々の声は次第に大きくなり、だんだんと私に近づいてくるようでした。
もしかして白いうろこは病気だから隔離しようとしているのではと思い、まあそれで愛が与えられるならいい、などとのんきに考えていた私の前に、突然真っ黒なローブを聞いた集団が立っていました。
教養を学ばさせられていた私には、そのローブがこのガリブ領の領主親衛隊の物だとすぐにわかりました。
ですが私にはどうすることもできません、ぼうっと眺めていると親衛隊は真ん中から二つに分かれ、そこからひと際豪華な赤いローブに豪奢な宝飾品の身に着けた、闇のように黒いうろこの男が現れたのです。
まさにその人こそがジャッバール・ガリブ・ヴァイル殿下だったのです。
殿下は私の前に立つと、私を面白そうに眺め言いました。
「我が名ははジャッバール・ガリブ・ヴァイル、そこな白うろこの汚らわしい貴様でも我の名は知っておろう。この地を統べるものの後継者である。貴様名前はなんという?……ん?声を封じられているのか?おい!封印を解け」
横にいた人物は何も言わずに私の喉に手を当てると、いとも簡単に呪術の封印を解きました。
声が出るようになった私は、今まで出せなかった声が出せる嬉しさですぐに話し始めました。
「私の名前はサニヤと申します。ありがとうございます殿下」
「ふん、サニヤとはな貴様には似つかわしくない名前だな。まあいい、我は珍しいものを集めている。いやそれは細かく言えば違ったな。我は全ての財宝、珍品、権力、力、そして国がほしいのだ。我はすべてがこの世の何もかもがほしくてたまらないのだ!」
そのように狂気をはらんだ瞳でそう語る殿下は、まさしく私が探し求めていた方でした。
貪欲とは全てを欲しがることであり、それは喉の渇きを潤そうとする衝動に似ていて、つまりそれは愛以外の何物でもありません。
私はいつの間にか涙を流していました。
「そしてすべての中には貴様も入っているぞ、白いうろこの女。我は貴様の様な汚らわしい珍品もほしくてたまらないのだ。どうする、我のものになるか?」
「はい殿下、私のこの白いうろこも血も肉も骨もすべて、殿下の所有物でございます」
「そうか、よかったな。断っていれば壊すつもりだったぞ!フハハハハハハハハハハハ!」
どうでしたでしょうか?愛の大切さについてわかっていただけたでしょうか?
改めて言わせていただきます、愛は思いやり、恋愛、愛情、好意とかその様なものだけではないのです。
憎悪、悲しみ、怒り、あざけり、欲望、嫌悪など色々な感情の始まりが愛であり、それらは愛そのものなのです。
ですからこれは愛の物語なのです。
読んでいただきありがとうございます。
ホントはもっと短くなる予定でいたが少し長くなってしまいました。
次も読んでいただければありがたいです。




