第35話『第2層 水禍劇場』 第7節
呪術師アリムの血の塊による攻撃は、俺に対してものすごい速さで飛んで来ようとしている。
こんなもの普通であれば躱せそうにない、でも今は違う模倣魂操によって運動能力の向上、痛覚の無効、そして何より視野の広さが全然違う。
通常人間の眼では直線的に飛んでくるものはその遠近感と物体の大小など、どのくらいで飛んでくるか予想して行動する。
野球のバッターも投手のリリースポイントや球の握り方、キャッチャーの動きといった色々なものを総合して判断しバットを振る。しかしそれは経験者だからできる芸当だ、なにもしたことがない人間はそんな事はできない。
だからこそこの視野の広さというのはものすごい役に立つ、ゲームなどでもキャラクター自身の視点の物より、上から見下ろす方が圧倒的に動かしやすいだろう。
まあつまり何を言いたいのかというと、相手が激怒していて俺を確実に狙っていると分かる状況でしかも視野を広く持っている状態では、躱すのは簡単だということだ。
俺は呪術師アリムが呪血の飛礫をこちらに飛ばした瞬間に、術にかかっているふりを止めて、前に走りながら前転する。
ギリギリではあったが、それで俺のはるか後ろを血の塊が通り過ぎていくのがはっきりと見えた。
「てめぇ!!俺っちの術をどうやって解きやがった!!クソクソクソクソクソ!!絶対に殺してやる!」
呪術師アリムは、再び血を操作して血の飛礫を作ろうとしているのが、広い視野のおかげで相手を見ずにはっきりと分かる。だが術の完成には意外と時間がかかるのがさっきからの攻撃でわかっている。
ここからは時間との勝負だ。
俺はすぐに自分の体を動かすコントローラの設定を変更する。
走る、ジャンプ、パンチ、キック、叩く、横跳び、前転、持つ、運ぶなどなどコントローラに素早く設定し、次の行動に移る。
「おい、ゼン早くしろよ!」
「わかってるよ、そんなに焦らせんな」
「なぁ大丈夫だよな?優しくやれよ?」
俺はそんな気持ち悪い言葉を無視して、オッサンに向かって全力疾走する。
そしてそのままの勢いで、オッサンの顎目がけてパンチを放つ。だが狙いは外れて拳は頬に当たり結構威力があったのかオッサンはよろめいてしまったが、気絶するまではいかない。
「いって~な、ちゃんと狙えよ!!こっちはおめぇにかかってんだぞ!」
「わかってるって、でも結構難しいんだよ!」
「お前が俺を気絶させなきゃ何も進まねぇだろうが!」
そうなのだ、俺がまず初弾をかわしそれからすぐにオッサンを気絶させて、今度は逆にたたき起こす。これで術は解けるはずだ。
それから俺は相手の注意を引きながらゴールを目指し、オッサンはブルーノに俺がしたことと同じことを行い赤い足場に退避する。
それが俺の考えた作戦だ、上手くいくかどうかはわからないが上手くいかせるしかない!
「ああ!もうじれってぇな、この剣とそれにこの薬もやるからこれでやれ!な?」
「その方がいいかもな。でもこの薬ってなんだ?使って大丈夫なのか?」
「問題ねぇ。そいつは対眠り薬用の俺特製の気付け薬だ。効果は抜群だ俺自身で実証済みだぜ」
「なんでそんなもん持ってんだか……。まぁいいや、じゃあいくぜ!」
俺はその掛け声と共に剣のみねを、オッサンの後頭部に向けて振り下ろす。
死なないとは思うが、能力の影響で手加減もできないので祈るしかない。振り下ろした剣はちょうど後頭部に当たり、ガツという鈍い音と共にオッサンは前のめりに倒れる。
上手くいったのか?死んでなければいいが。そう思いオッサンの顔を覗くと白目を剥いて気絶しているようだ、やりすぎた感じがするがまぁ大丈夫だろオッサンだし。
すぐにオッサンを仰向けにして、オッサン特製気付け薬を取り出して半分ほど口に流し込む。
数秒ほどだろう何の変化もないことをいぶかしく思ったが、すぐに変化は起きた。
「ゴホッゴホッ……グウァァくっそがゼン、テメェどんだけ飲ませてんだよ!!」
「いや半分くらいだけど」
「飲ませすぎだ!ちょっとでいいんだよ!!俺を殺す気かよ!!!」
「知るかそんなもん!」
オッサンは涙目で俺に抗議の言葉をぶつけてくる、なんだよあんたそんな事言ってなかったじゃんか。
そんな事をやっている間に呪術師アリムは着々と準備を整えている、急がなければいけない。
「はいはい、わかったって。ほら急がないと不味いしさ」
「クッソまだ口と喉が焼ける様にイテェ……。あ~そうだな急がねぇと不味いよな。おいブルーノまだ生きてるか?」
「ああ、まだワシは大丈夫そうだ。だが早くしてくれると助かるな」
「ああそうだな、後はゼン次第だな。こいつがうまくやれば助かるし、下手うちゃ死ぬってだけだ」
「フッ情けないがその通りだな、ワシは女神ヴィレス様にでも祈るとしよう」
「だなこういう時にはヴィレス様に祈るに限るぜ」
そう言うとオッサンとブルーノは両手を組んで祈り始める。
こんな時にも祈れるなんて信心深いな、無宗教の俺には真似できないわ。
「それじゃあ俺はゴールを目指すから、オッサンはブルーノを頼んだぜ」
「ああこっちは任せとけ、ゼンも気をつけろよ」
「おぬしの分もヴィレス様に祈っておこう」
「ありがとうな、そんじゃあまたな!」
俺は全速力でわき目もふらずに走りそして跳ぶ、能力のおかげで疲れを感じないし、俺の考え以上に速く走れるし跳べる。
この速さで行けば残り時間は砂時計の3分の1以下だが、余裕でゴールできそうだ。
だがそんなに簡単に俺を行かせるほど相手も甘くない。
「テメェ行かせるわけねぇだろ!呪血の飛礫!!」
先ほどの攻撃と同じようにこちらを狙い血の固まりが解き放たれる。
さっきと同じようにかわそうとするのだが、すぐに先ほどと全然違うことに気付く。
まるでマシンガンを横方向に薙ぎ払うように、俺の走っている軌跡を追って飛礫が飛んでくる。
こんな風に攻撃してくることを想定してなかった俺はかなり焦りながら全速で前に進む。飛礫の勢いは思った以上にすごく、このままでは確実に追いつかれる。
上に逃げようにも俺のジャンプ力はたかが知れてる、じゃあ下はそう思って俺はひらめいた。これしか逃げ道はない!!
「死ねやぁぁぁ!!!…………はぁ!?なんでだ、なんで当たらネェェェ?」
間一髪だった、俺は次の足場に乗り移る前に足場の縁にぶら下がり、何とか攻撃の回避に成功する。
ホントに危なかった後ろに飛んできた血の塊の気配を感じた時はぞっとしたが、なんとか回避できてよかった。
俺は足場の縁を勢いよく上り、再び走り始める。
残りの足場はもう二つだ、この分ではゴールまで十分時間もあるし楽勝だ。
だけどそんな慢心はいともたやすく崩れ去る。
「モウ遊ビハヤメダ、オマエラ全員コロシテヤル、呪狂爪!!!」
黒いうろこに覆われた手に持つ杖を振るうと、黒い煙のようなものを纏った斬撃がこちらに向かって飛んでくる。それを何とか俺は前転して回避するが、直接当たってもいないにも関わらず、俺の体には無数の傷跡が出来ている。
能力のおかげで痛みはないが、当たったらまずいことに変わりはない。
俺がぴんぴんしていることに気付いた、黒いうろこに覆われ別人のようになった呪術師アリムは、狂ったように俺の方に腕を振るう。それを俺は何とか紙一重で、体中傷つきながら避けていく。
そしてそんな妨害を受けながらも、ゴール一つ手前の足場までなんとかたどり着いたときに、呪術師アリムは突然俺への攻撃を止める、どうしたのかと見てみると何故かこちらを向かずオッサンとブルーノの方を見ている。
もうあきらめたのかと思い、すぐにゴールしようと足を進めようとするのだが、嫌な予感がして中々先にすすめない。砂時計ももうほとんど残ってない、今進まなければゴールできない。
「モウ……ヤメダ。チョロチョロ動クゴミヲ相手ニスルノハ、残ッテイルオ前等ヲコロシテ殿下ヘノ手土産ニシテヤル!!!」
「おい!止めろ!!お前が狙ってんのは俺だろ!?このクソ魔族!!」
「ゼン!!おめぇは早くゴールしやがれ、立ち止まってんじゃねぇ、いいから行け!!!」
ロドリゴはブルーノを肩に担ぎながら、赤い足場の方に移動しているところだ。
あんな無防備なところを狙われたらひとたまりもないのは明らかだろう。敵の気を引いてなんとかこちらを攻撃するよう仕向けなければならない、でもそれではゴールする時間がない。
俺は歯を食いしばりながらゴールに向かう。
自分の体を操っているだけだというのに、体の動きは鉛のように重く感じる。そして俺は赤い足場に到着し、無事を祈りながら二人の様子を確認した。
しかし、そんな祈りをあざ笑うかのように、俺の眼に入ったのは黒い斬撃に切り裂かれるブルーノの姿だった。
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