第33話『第2層 水禍劇場』 第5節
俺たち周回側三人は一斉に走り出す。
俺は二人に遅れないように必死になって、ロドリゴのオッサンは敵がこちらを狙ってくるのを警戒しながら、盾を持ったブルーノは二人を守るように盾を構えながら必死に走る。
ステージは基本飛び石のように1mほど離れて、スタートの足場から次の赤い足場まで五つの石がある。しかしその内側には細長く円を描いて足場が続いている。
その1m下には透き通るような青の水が挑戦者を引きずり込むかのように、青々と透き通っている。
内側の続いている道を使えば楽に一周できるだろう。しかし内側にいればいるほど敵に近くなり攻撃を受ける可能性が高くなる、だが飛び石のような場所を使えば飛び移るときかなり隙が出来てしまう。
だけど今回は敵がどんなことをしてくるかわからない、だからなるべく遠くを相手が魔眼を使うかもしれないことを考えてなるべく相手を直視しないようにしながら最速で突破することにする。
まずは一つ目の石を勢いよく飛んだこともあり、楽々着地し次の石へと移る、前には先行してオッサンが軽々と驚異的な身体能力で警戒しながら飛び移っている。その横には俺とオッサンを守るようにブルーノが一緒に移動していく。
しかし奇妙なのは中心にいる呪術師の男アリムは不気味に何かを呟きながら手元の杖をくるくると回すだけで直立不動で全く動いていない。
そんな相手を不気味に思いながらも俺たち三人は、その後も軽快に足場を渡っていく。
そして何も攻撃がないまま俺たちは中間地点の赤い足場に到着する。俺はかなり息が上がっているが、オッサンとブルーノは全然平気そうに、相手の事を睨んでいる。
「あいつ何企んでやがる、一切攻撃しかけてこねぇじゃねぇか?」
「左様だな、何事か企んでいるのは確かであろうが、魔族の事は分からぬな」
「オッサンら……速すぎるだろ!なんでそんな余裕なんだよ!」
オッサンとブルーノは余裕な感じに腹が立った俺は、怒りを吐き出す。
だがそんな俺を見て二人はため息をつく。
「ゼンよぉ、お前体力なさすぎだろう?自分で行きたいって言うから、そんだけ自信あんのかと思えばよぉ」
「そうであるな。余り遅れると簡単に置いていってしまうゆえ、かなり疲れましたな」
「うっせぇな、アンタらの体力がおかしいんだよ!!」
そんな俺のツッコミなどお構いなしで、これからどうするのかオッサン方は話し合うが、どうやら話はまとまらずいい案は出ていないようだ。
そんな中周りからの声ではなく、頭の中に響くような声が聞こえてくる。
『オウ、ゼンそっちはどんな感じだよ。周回できそうなのかよ?』
(いや、お前だって自陣でこっちの事見てんだろ?今のところ順調順調、もう楽勝かもな)
『ヘッ、暢気なもんだぜぇ、相手はやる気満々なのになぁ』
エスリン12のその自信満々の声に俺は戸惑ってしまう、直立不動で動かず杖を回しているだけのお相手がやる気あるようには全然見えないのだ。
(はぁ?どういうことだよ、さっきからあいつ全然動かねぇぞ。それになんかやってる風でもないし)
『それが甘えってんだよ、まぁいいや、どうせすぐに分かんだ。もし能力の制限解除をやってほしくなったら俺様に心の中で呼びかけるんだなぁ』
(おい!どういうことだよ!ってエスリン聞いてんのか?)
意味深なことを言ってエスリン12はそのまま返事をしなくなる。
だけどなんかまずそうだ、というのは良く分かった。
「オッサン、気を付けて行……」
「だがこのまま手をこまねいているわけにもいくまい、相手の機先を制してサッサと周回するしかあるまい」
「そうだな、そんじゃあとっとと行くか」
俺の忠告は一足遅く、すでに二人とも臨戦体勢を整え次の足場へと向かおうとしている。
改めて俺が頼りにされておらず、ただの足手まといに過ぎないことを思い知る。最初から俺の意見など聞く必要がない、そもそも信頼されてない、そんなことがここに至ってわかってしまった。
それでも俺は二人に声を掛けるが、二人はこちらの事など気にせずに次の足場へと飛んだ。
俺は焦るように二人に続かなければと助走をつけて飛ぶ。しかしその時、嫌な予感というのはわずかすぎるものだったが、何となしに中央の相手の男に視線を移すと、男は今まで見たことのない邪悪な笑みを浮かべていることに気付いた。
ヤバイ、なにがかはわからないが、とにかくヤバイ。
そんな嫌な予感はすぐさま的中する。
前に先に飛んだ二人が次々に足場を渡っていくはずだったのだが、一つ目の足場に立ち止まったままそのまま動かないのだ。俺はなんとかその場に留まろうとするが、もう止まることができない、つけた勢いのままロドリゴとブルーノと同じ足場に着地する。
着地した瞬間に激しい違和感に襲われた。まるで足が床に張り付いたように動かなくなったのだ。体を動かして逃れようと動くも、全く動ける気配がない。近くにいる二人も同じような事になってしまっているのが見える。
「おいブルーノ!お前足動かせるか!!」
「いや全く動かすことが出来ないな、まるで何かに足を絡めとられているようだ!」
「クッソ、これじゃあ俺たちはいい的じゃねぇか。おいゼンお前は大丈夫か?」
「いや全然足が動かない……」
そんな様子を見て動き出したのは呪術師の男アリムだった。男はフードを脱ぐとそこには頬から首までびっしりとタトゥーと思われるものがその浅黒い肌に入っている。
こちらがまんまと罠にはまった姿を見た男は、笑い声をあげる。
「カハハッハハ、まさかねこんなに簡単に罠に引っかかるとは、俺っちも思わなかったね」
「これはテメェがしやがったのか?何しやがった!!」
「なぁに簡単なことだよ。ちょこっと呪縛の術っていう呪術をかけてやっただけだっての。こんなの子供でも引っかかんねぇだぜダッセェ」
「うるせぇぞ、早くその呪縛の術とやらを解きやがれ!!」
「解くわけねぇじゃん、オッサン頭おかしいのか?アンタらは今から俺っちの的当ての的になってもらうんだからよ、カハッカハハハ!!」
呪術師アリムは笑いながら黒いうろこが所々ついた腕を上げると、懐からナイフを取り出す。
まさかそのナイフを、動けない俺たちに投げるつもりなのか?そう思い俺はいつでも動けるように身構え、オッサンも自分の腰に差しているショートソードを取り出し構え、そしてブルーノは巨大な盾を身を縮める様にして体を覆っている。
だが呪術師アリムは一向にナイフを投げようとしない、俺たちの挙動を笑いながら眺めるだけだ。
もしかしてこけおどしか?そんな風に思いアリムの方を見ていると、奴は気でも狂ったのか突然自分の腕を何の躊躇もなく切り裂いた。
「カハハハッカハハハハ、イテェよ、いてぇよすっげ~痛てぇんだけど?」
血が止まる事無く腕から滴り落ちる、そんな様子を俺たちは茫然と見守るしかない。
そんな中でもアリムはブツブツと呟きながら、時たま笑い声をあげる。
「おいあいつ狂っちまったんじゃねぇか、はは、笑えるぜこのまま奴が死んでくれれば俺たちの勝ちだぜ!」
「そんなにうまくはいかないようだぞ、奴の足元を見てみろ」
そのブルーノの言葉に俺はアリムの足元を見ると、奴の流れ出る血がまるで生き物のように動きだし数個の血の塊が出来ている。
そしてアリムは杖を上にぐっと振り上げるとその血の塊が十数個空中に浮かび上がる。
「カハハハハ、オラオラ最初に狙ってほしい奴はどいつだぁ!そこのでっかくてキモいオッサンかなぁ、それともさっきからうぜぇそこのだっさい鎧を着たオッサンかなぁ、それとも革の鎧を着て変な服着た兄ちゃんかなぁどれにすっかなぁ……」
そう言いながら俺たちを順々に指さしていく、そんな状況を俺は不味いと思い必死にエスリン12に呼び掛ける。
(おい!エスリン聞いてんのか早くしてくれ!!)
だがその返事が返る前にアリムは一人を指さして大げさに身振りをしながら叫ぶ。
「じゃあお前に決定だ!そこのでかい鎧のオッサン、あんたぁすっげ~狙いやすそうな体してんなぁ。カハハハそんじゃあいくぜぇ呪血の飛礫!!」
そう叫ぶと血の塊がものすごい速さでブルーノ目がけて迫る。
ブルーノは盾で体を覆い、姿勢を低くして当たる面積を小さくしている。
そんな事は全く構わず、血の塊はブルーノに殺到する。
当たった瞬間、鉄と鉄がぶつかるような金属音が部屋中に響き渡った。
「ガァアアアアアアア!!」
ブルーノは獣のような唸り声をあげ、足元は固定され動けないため立った状態のまま盾を杖代わりにして立ち続けている。だが体と盾には凹みと穴が開いて血が流れている。
「大丈夫かブルーノ!!おい!聞いてんのか!!」
「うる……さい、聞いている……。大丈夫だ、少しばかりケガをしただけだ問題ない」
「クソ魔族が!!ぜってぇテメェ殺してやるからな!!」
「いや大丈夫じゃないでしょ、ここはリタイアした方がいいんじゃ……」
「リタイアは……絶対にしない。この身が砕けてもな」
俺の忠告にも全く気にせず、少し笑いながらブルーノは呟く。
俺は目の前が少し白くなり、心臓の音がうるさいぐらいにドクドクとなっている。
今更ながら俺は今殺し合いの場に来ていることに気付いていた。
前のゲームは謎を協力して解けばそれでよかったのだ、しかしこれは本物の殺し合いだ。いや今こっちはいつ殺されるかを待つ屠殺場と同じ状況だ。そんな場の経験など平和な日本で暮らしていた自分にあるわけがない。
だから俺にできるのはエスリン12に助けを求める事だけだった。
(エスリン!!聞こえてるんだろ!!早く、速く助けてくれよ!!!)
その声にも返事は帰ってこない、何度も何度も呼びかける。
そんな中でもアリムは俺たちのその様子を眺めながら、新しく血の塊を用意している。
それから数秒後やっと期待していた声が返ってくる。
『オイ、うるせぇぞ。聞こえてんだからそんなに発情期の猫みたいに、ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねぇよ!!』
そんないつもの口の悪さが俺を少し冷静にしてくれたのだった。
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