第29話『第2層 水禍劇場』 第1節
俺は疲れがたまっていたのだろう、夢も見ずに眠りこけていたのだが早朝のまだ日も登っていない時間にアズの金切り声に起こされてしまう。
「ほらもう起きなさい、時間はとっくに過ぎてんのよ!!」
「むにゃむにゃ、あと2時間半寝かせて」
「長いわよ!東京から大阪まで行けるわよ!!」
「なんなのその的確すぎるツッコミはお前らしくもない」
「なんでいいツッコミをしてそんなこと言われなきゃならないのよ!いいから起きなさい!!」
全くうるさい女だ、自分が姉貴にでもなった気分でいるのだろうか。
まぁとにかくアルフレード達と、次のゲームが始まる前に集まる約束をしている。
そろそろ行かなければいけないので、まぁ起こしてくれるのはありがたい。ただなんとなくアズに起こされるというのだけが納得いかないが。
俺とカズは準備をして隣室にいるアズと合流すると、昨日昼ご飯を食べた部屋でアルフレードたちと合流するために移動する。
行く途中でも同じ参加者と思われる人々が、準備のためか盛んに行き来している、昨日は結構がらんとしていたのにどこにこんなに人がいたのかと思うほど人が行きかっている。
昨日昼飯を食べた談話室は酒場棟の二階の東側にある。
俺たちは酒場棟の二階に上がった時に、ちょうど窓から迷宮角鷲亭の前の広場がよく見えたので、覗いてみる。
するとそこにはすでに外套をすっぽりかぶった集団、武装した獣人の集団、エルフやドワーフの集団などが朝早いにもかかわらず、集団ごと周りの敵をけん制しながら待機していた。
あれが全部相手になるのかもしれない、そう思うとかなり分が悪そうではあるが、どうにかするしかないのだろう。俺はあまり考えないようにしてアルフレードとの合流を急いだ。
談話室に入るとアルフレード達はなにやら重そうな袋を持ってイザベラさんと話しながら待っていた。
それを俺はいぶかし気に見ていたのだが、俺たちが入ってきたのに気付いたのか、少し真剣な様子で話しかけてくる。
「ああ、君たち待ってたよ。君たちに渡したいものがあるんだ」
そう言うとアルフレードは袋の中を取り出してこちらに見せる。
取り出したのは固そうな革でできた鎧を男性用が2組、それに同じような革の女性用の鎧が1組だった。
「それはどうしたんですか?」
「いや君たちの装備があまりに戦闘に向いていないと思ってね、副隊長と相談して用意したんだが必要なかったかな?」
「そんなことありません!アルフレード様ありがとうございます!」
アルフレードの提案にアズは勝手に答えを返す。
まぁ確かに俺たちの今の格好は軽く登山に行く学生って感じで、全く戦闘向きじゃない。だからありがたいとは思うのだが、返事をする前にこちらに聞いてほしかったとは思う。
「アズ、そんなに簡単に物もらったら駄目なんじゃない?こっちには対価も渡せないんだし」
カズも俺と同じようなことを考えていたのだろう、アズに苦言を呈している。
しかしアズは特に何も気にしないようにあっけらかんと反論する。
「いいじゃない、くれるって言ってんだからもらっとけば。それにこれから何があるかわからないんだし、鎧でも着とけば安心じゃない?」
「いやまあそうなんだけど、一応僕たちとアルフレードさんたちは対等というとこになってるし、簡単に物をもらったら対等じゃなくなると思うんだけど」
「でも……」
「すまない、ちょっと待ってくれないか。私たちも説明が不足だったようだ、まずこれは第一層のゲームで助けてもらった礼が入っている。そしてそれでは納得できないと思うので、君たちが次の層でも活躍してくれること、それを対価に渡したいと思ってるんだ。納得して何も言わずにもらってくれないだろうか?」
そういったアルフレードの顔は真剣そのもので、こちらは何も言うことが出来なくなった。
その後俺とカズ、アズで話をしてありがたく装備を使わせてもらうことになった。
俺とカズが身に着けた黒革の鎧は思った以上に軽く、だが体形にあまり合わないのか少し緩いが問題なく動けそうだ。アズの方を見てみるとアズは飛んだり体を捻ったり色々しているが、ちゃんと動けているようで問題なさそうだ。
準備が終わったことを確認したアルフレードは全員に向けて言葉を発する。
「それでは総員傾注せよ!!」
その声を聴き全員がアルフレードの方を向き、背筋を正してアルフレードの言葉を待つ。
「よろしい、我々はこの階層についた時から次の階層に向けて情報収集に努めてきたが、結局情報はつかめなかった」
なるほど、昨日昼飯を食べずに出ていったのも次のゲームの情報収集のためだったようだ。
しかし情報を得られなかったのも仕方がない、変にゲームの内容がばれてしまうとそれだけで有利なチームが出来てしまうからな。
「しかし、それでも我々は必ずゲームをクリアしなければならない、そして我々はその力を持っていると私は信じている!」
全員がその言葉を聞き頷く。
「それでは総員攻略を開始せよ!!」
「総員攻略開始!!迷宮角鷲亭前広場まで前進せよ!!」
アルフレードとイザベラさんのその号令で騎士たち全員が二列縦隊で部屋を出ていく。
俺たちとハーフリングたちはそんな風に並んで歩く訓練など受けていないので、そのまま騎士たちが出ていった後をのたのたと付いていくことにする。
広場についてみるとすでに多くのパーティーが、ゲームが始まるときを、がやがやとした喧騒と共に今か今かと待っていた。
俺たちハウソーン同盟部隊も広場の端で集合してその時を待つことになった。
広場は煉瓦で舗装されている場所がありその真ん中には、最初にこの迷宮に来た時に見たのと同じ、顔は猛禽類で角が生えている体は人間の姿の神の像が朝日に輝きながらそびえたっている。
俺が何となしにその像を見ていると、その像を憎々しげに眺めている見知った人物が目に入る。
赤いマントに豪奢な装飾品を纏った絢爛豪華な魔人、ジャッバールだった。
ジャッバールは神像を睨んでいると、俺が見ているのに気付いたのかこちらの方を見ると、フッと鼻で笑いそのまま付き人のサニヤさんを引き連れてその場を立ち去る。
少しイラっときた俺は追いかけてやろうと思ったのだが、カズに止められてしょうがないので追いかけるのを辞めることにする。
その後待つこと数十分後、鐘の音が鳴りそれと同時に入口ホールにつながる扉が開かる。
そこから機械人形のメイドを先頭ににしていつものウェイトレス姿だが、とても神聖な雰囲気を持ったアステリさんが優雅な足取りで現れる。
そのまま広場の中央を通り抜けて、煉瓦の道が途切れ草原の中に差し掛かる所で立ち止まり、歩いてきた方にスカート膨らませながら振り返る。
「皆様長らくお待たせいたしました。これより次のゲームの階層に皆様をお送りしたいと思います」
そう言ってアステリさんは一つ手を叩く。
すると突然地面からせりあがるように、黒く分厚い門と呼んでもおかしくないような両開きの扉が出現する。
「この扉の先が皆様の次のゲームの会場となっております。扉の先のゲームは必ずや皆様が楽しめるものとなっております」
そう言って愉快に怪しげに笑う姿は、やはり人ならざるものであるということを改めて感じさせる。
その様子を誰もが言葉が出ずに見守っている。
「それでは皆様、またお会いできることを楽しみにお待ちしております、皆様良きゲームを……」
それだけ言うとアステリさんの姿は煙のように消え、黒い扉が自動的にゆっくりと内側に開いていく。
唐突な出来事に呆気に取られていた面々だったが、最初に動いた7人組の黒ずくめのローブ姿の人物たちを先頭に我先にと扉に殺到していく。
それを眺めていた俺たちもすぐにアルフレードの号令の元扉の方へ進む。
扉に入った先はずっと暗闇が続いていた、とは言っても先の方に光が見えるために真っ暗というわけではない、そんな中を全員でもくもくと前に進んでいく。
全員不安のためか口を開かないが、なんとか気配で近くにいることが分かり孤独ではないと安心する。
しかしそうしているとこの暗闇は無限に続いているのではないかと思うぐらい長く感じる、いつまでもこの暗闇なのではないかという不安が、俺の弱い心をさいなむ。
そうしてどれくらい歩いたころだろうか、光が大きくなり突如として俺たちは見知らぬ場所に到着する。
周りにはいつのまにか俺たちの前を歩いていたであろうパーティーはどこにもおらず、いるのは俺たちハウソーン同盟部隊だけだ。
そこはまるで自分たちが水槽に入れられているのではと思うような、壁が天井が全てが水に囲まれている場所だった。
そんな場所で俺たちの足元の石の足場。それから目の前にある丸い円の足場を中心とし、それを水滴の形の足場が周りを取り囲んでいる、さながらアメーバを思わせる形の石舞台が青く透き通る水の中にそびえたっているのは湖に浮かぶ群島を思い起こさせる、そんな場所だった。
そんな光景に目を奪われていると突然男の声が聞こえてくる。
「皆様ようこそおいで下さいました。ワタクシは今回第2層 水禍劇場のFM兼GMを務めさせていただきますオイロスと申します」
そう言いながら顔の半分を奇妙な模様で覆われた仮面をつけた、耳の上ほどに後ろに伸びる大きな角を生やした男は、空中に浮かぶ足場に乗りながら優雅に一礼する。
「こちらのゲームはパーティー対パーティーで行うゲームとなっております。今はあなた方しかおりませんが……。どうやらいらしたようですね」
その声を聴いて辺りを見渡すと自分たちがいるのと同じような足場が、少し離れたところにもう一つあることに気付く。
そこに現れた黒い暗闇の穴から人が十人ほどで出てくるのが分かった。
そして出てきた人物はは因縁がある、いやもう宿命といってもいいかもしれない男。
傲岸不遜で大欲非道な黒いうろこの魔人、ジャッバール・ガリブ・ヴァイルの姿を現したのだった。
読んでいただきありがとうございます。
第一のゲームの所のサブタイトルを『第1層 空中庭園』に改題いたしました。
内容は変わりませんのでご了承ください。
これからも読んでいただければ有難いです。感想や指摘などお待ちしております。




