第18話『後悔と戸惑い、そして』 第2節
俺は肩にエスリン12を乗せながら、入口ホールの方に向かった。
とはいっても俺は入口ホールの場所などわからない、適当に歩いて人がいたら尋ねるか?
いやそれよりも前に。
「おい、エスリンお前入口ホールの場所知らないのか?」
「ああ、全然知らん。てめぇが目覚めるまで俺様は眠ってたんだ。知るわけねぇだろが」
「まぁそうだよな、それじゃあやっぱり適当に歩いてみるしかないか」
「早くしろよ、俺様もいつまでもお前の方の上に乗ってるのは嫌なんだぜ」
「へいへい、なるべく頑張るよ」
白い花が咲いている木々の間を通り、先ほどの渡り廊下から酒場棟の中に入る。
中は酒場というより迎賓館と呼んだ方が適当なほど、豪奢で外から見るよりもかなり広く感じた。渡り廊下から入った場所は長い廊下であり、左右に別れて再び廊下が続いている。左の道の先には左右両開きの扉、右の道の先は廊下が曲がっていてそこにも大きな扉がある。
どっちに行くべきかと迷ったが、確か逃げる様にここを通った時は扉を入ったりしなかったはずだ、ということで右の道を行くことにする。
廊下の角に出たところにある扉に表札が付いていて文字が書いてあるものの、見たことも聞いたこともない文字であり読むのは難しい、諦めて俺はそのまま通り過ぎようとする。
しかし丁度その時に扉が開きメイド服の少女が出てくる。
先ほど治療室でアステリさんが呼んだ機械人形の少女のようだった。
改めてみてみると顔や手などは普通の人間と変わらないような質感であり見分けがつかないが、関節部分に出ている球体や所々に出てる結合部なのであろう切れ目が見えていて、その事だけが彼女が機械人形であるということを主張している。
じろじろ見ていることに気付いたのか、豪奢なロングスカートのメイド服をなびかせポニーテールを揺らしながら少女はこちらに近寄ってくる。
「お客様どうかされましたか?何かありましたら何なりと遠慮なくお申し付けください」
そう言いながらお辞儀する姿は機械人形に思えないほど優雅な動きだった。
「えっと、そう!アズの奴、魔力中毒の女の子!あの子もう良くなったのか?」
「さあ?そのようなことは存じませんが?」
「へ?だってアステリさんに呼ばれて治療室にきたのって君だろ?」
どうなってんだ?格好も顔も全部似ているが、さっき来たのとは別人なのか?
そんな風に考えていたが、少女は思いついたことがあったのだろう、再び口を開く。
「それはワタクシたちドッペルシリーズ、通称機械仕掛けの姉妹の1体でしょう。ワタクシたちは全部で12体おります。個別に業務をこなしているためお互いの業務内容については普通業務では把握しておりますが、特別業務については把握しておりません」
「でも顔も服装も全部おんなじに見えるんだけど……」
「それは当たり前です。ワタクシたちは純粋にこの迷宮角鷲亭の業務を遂行すること、それのみに特化して作られております。外見の差異は業務に関係がありません」
そう言われてみればそうだが、でもどれがどれやらわからないと問題があるのではないかとは思ってしまう。
「じゃあ名前は?それは違うんだろ?」
「はい、それは個体認証に必要ですのでございます。ワタクシの機体名称はテセラです。しかし覚えてもお客様ではワタクシ達を見分けるのは不可能だと愚考いたします。」
「う~んじゃあ何か見分けられるようなものを持っているってのはどうだ?例えば……。」
俺はポケットの中を探る、今持っているのはスマフォと財布だけだ。だけどそこでピンとくる、財布の中にいつも入れてるものがあったのだ。
「これなんかどうだ、学業祈願のお守りだけどこれやるから持ってれば?」
「このようなものはいただけません、それにワタクシはあなた方に何もしておりませんのでそのようなものをいただく資格がございません」
「そっか、う~んじゃああれだ今後世話をしてくれることへの前払いと、入口ホールへの案内ってことでどうだ?」
そう言ったままテセラはフリーズしたように固まってしまう。
名前を呼びながら目の前で手をひらひらしてみても動かない、おれなんかやっちまったのかと思い不安になるもののどうしようもなく、そのまま突っ立っている。
「オイオイ、お前この人形壊しちまったんじゃねぇか?」
「お前も見てただろ?俺なんもしてねぇから」
そう言いながらエスリン12は馬鹿にするように笑ってくる。
だが時間が経つにつれやっぱり俺がまずいことをしちまったんじゃねぇかと不安になる。
それでもしかしたらどこかにスイッチでもついてるんじゃないかと、あと今なら触っても事故だよなと変なことを考えて手を伸ばしたそんなときだった。
「お客様お待たせして申し訳ありません」
「おわっ!!」
「どうされましたか、何か不都合な事でもありましたか?」
「いや、特にないけどいきなり動き出すもんだからびっくりして……」
「オイ人形の嬢ちゃん、こいつぁお前にいろいろ触ったり、揉んだり、変態的な事するつもりだったみたいだぜぇ」
「おい!触ろうとしてたのはホントだけどそんなことしねぇから!!」
「お客様申し訳ございません、ワタクシタチは家事などを行うために作られた機械人形ですので、あなた様の希望に沿った事は出来かねます。またワタクシタチのような機械人形を好まれる奇特な方もいらっしゃいますが、そういったことは規則として禁じられておりますのでご遠慮ください」
「だから違うって言ってんじゃねぇか!!」
そうやって反論するもののエスリン12はケラケラと笑っているだけだし、テセラは何となく不思議そうな表情を浮かべて固まっているだけだ。
こんなの反論しても無意味だ、俺はすぐに見切りをつけて別の話を振る。
「ところで、さっき固まってたが大丈夫だったのか?」
「はい、問題ございません。ワタクシタチは決まった一連の命令で動いていますので、その命令外の事についてはアステリ様にお伺いしなくてはいけません。ですので今緊急の念話通信を使いましてどうすればいいか聞いておりました」
「それってこのお守りの事か?なんか面倒を掛けたみたいでゴメンな」
「いえ、問題ございません。そしてアステリ様の回答ですが、『この迷宮のゲームに関して便宜や協力を仰ぐなど運営に直接影響しないという条件付きで認める』とおっしゃっていました」
「うん?つまりただもらうだけならもらってもいいってことか?」
「はい、その通りでございます」
「それじゃあ、はいこれ。学業のお守りだからあんま意味ないとは思うけど、どこか見えるとこにでも括り付けといてくれればわかりやすくていいんじゃね?」
そう言ってテセラの手の中にお守りを握らせる、その手は機械にしては柔らかくすべすべしていて、体温さえあれば人間と何も変わらないような手だった。
「おい人形の嬢ちゃん、あんまり触んねぇ方がいいぜ。こいつの邪な念がこもってるかんなぁ」
「おまえいいからだまってろよ!」
「それではこちらありがたくいただきます、それにしても不思議な人物ですねあなた様は」
「どこが不思議なんだ?ちなみに俺の事はゼンって呼んでくれ。」
「はい、かしこまりました。あなたのように機械人形に物を渡す人に初めてお会いしました、あなた様はいつも人形に物を渡しているのですか?」
「ヘッ、こいつは部屋に人形を一杯飾ってるような変態だってだけだぜ」
「おい、勝手なこと言うんじゃねぇ。俺の部屋は一般人が入っても大丈夫な普通の部屋だっつうの」
「ハッどうだかなぁ」
本当だっての、前に一度だけ買おうかどうか迷ったときはあったけど結局買わなかったんだから一緒だ。飾ってあるのは子供の頃に買ってもらった思い出のライダーの人形だけだ。
それにしてもなんで機械人形に物をあげたのかか?う~ん別に理由なんかないんだが。
「別にテセラに物をあげたことに意味なんかねぇよ。ただ誰が誰かわかるようなものあげたら助かるかなぁとお節介しただけだよ」
「そうですか、よくわかりませんがありがとうございます。入口ホールへの案内をご所望でしたよね?」
「そうそう、俺ここの事さっぱりわからないからお願いするわ」
「そうなんだぜぇ、こいつ全く頼りになんねぇチキン野郎だからよぉ」
「うっせえな、お前は一々一言多いんだよ!」
そんな悪態をつき合いながら俺たちは入口ホールに向かっていった。
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