第1話『洋館から異界へ』
和田禅市は突然目の前が光に包まれたように感じると、自分がよく見慣れた場所にいることに気づいた。
窓からはこちらをさいなむような眩しい光が差し込んでいるが、奇妙な事に温かさを感じない、辺りを見回すと黒板があり、教卓があって、人数分の机が用意されているのがわかった。
そこは俺がいつも通っている高校で、6クラスある教室の俺たちが通っているいつもの席だった。
毎日飽きもせずに同じ時間に同じ場所で同じ人たちと一緒に過ごした教室だ、見間違えるはずなどないゼンイチはまわりを見渡してみても掲示物やうしろのコート掛け、机の位置その数などすべて一緒だった。
そして今いるのはゼンイチが新学期になってから座っている、真ん中より少し後ろの席だった。
その懐かしい光景に俺はホッと息を吐く。
「な~んだ、夢だったのか。それにしても……」
なんてリアルな夢だったのだろうか。
確か夢の始まりはクイズ部の部活動の延長で、学校の近くにある廃墟となった洋館をこれからやる学園祭での脱出ゲーム為に取材のためにクイズ部3人で行くというものだったはずだ。俺たちはそこでものすごい美人だと思われる後姿を見かけて。不審に思いながら追ってみたんだが、変な白い部屋に閉じ込められてそこに突然現れた黄金の怪物になすすべなく頭から喰われたのだ。
今思い出すだけでも恐怖と共に吐き気を感じてしまう、ただの夢のはずなのに。
そんな風気分が悪くなるような夢の事を考えているとふとおかしなことに気が付いた、体が動かないのだ。
いや正確に言うと上半身は動くが下半身が椅子にでも溶接されたのではないかと思えるほどに動かなくなっている。
「どうなってんだこれ……」
そんな風に不思議に思いながらも、何故かわからないがこの状況を必死に変える気にはなれなかった。
まるでそういう感情だけ削ぎ取られたように。
そしていつの間にか目の端に人物の影が映る。
ゼンイチが視線を向けた先にいるのは紛れもなく大石あずさだった。俺と同じでクイズ部に入っていて、いつもは俺が何かしゃべるとすぐに噛みついてくるような勝気な性格のはずだけど、今見ている姿にはまるで生気というものが感じられない。
少し茶色がかった髪をいつも学校で着ているように学校のブレザーを着て、その中にパーカーを着ている。
しかしそのアズは夢遊病患者のように視線をさまよわせ、どこを見ているかも定かではない。
「お、おい!大石あずさ!!聞こえてないのか?!アズ!大丈夫か?聞こえてるか!?」
「ゼンイチ……ゼンなの?変なんだ……なんだかよく目が見えない……みたい」
「おい!!しっかりしろ今そっちに行くから……」
そういってみたものの体は全くいうことを聞かない、どれだけ上半身を動かしても肝心の下半身は動くのを拒むようにその場から動いてくれないのだ。
そんな状況にいら立ちを感じるものの、逃げようと思う気持ちだけが消えていてそれが俺のいら立ちをいっそう強くする。
「くそっ!!なんだってんだよ!」
そうしている内に今度はアズよりも前側の席に人影が現れる。
次に現れたのは黒須賀数斗だった。
いつものようなボサボサの黒髪に、キチンと整えられた制服はクラスでは目立たないが、話をしてみると面白い奴で何を考えているか分からないが、時々ハッとさせる事をいう。俺をクイズ部に誘ってくれたのもこいつだ。
普通の様子であれば見分けがつかないなんてことなかっただろう、だが今のカズトはどう見てもおかしい。
喋らないのはいつもの事だし、ぼーっとしたところもあるのもいつもの事だ。
だが今のカズは半透明になっていて、しかも姿かたちが重なるように二重になっているのだ。明らかに異常な光景だった。
自分の目がおかしくなったかと思い和田禅市は目をこするのだが、その光景は変わることはなかった。
「おいカズどうしたんだ?!なにがあったんだ?何か言えよ!!」
「…………」
「みんなどうしちまったんだ……」
そうゼンがつぶやいた直後に教室の扉が開かれた。
入ってきたその人物は優雅な足取りで、足早にブーツの靴音をカツカツと響かせながら教壇の前に立つ。
その人物の格好は教室にはまるでそぐわない物だ。
黒の丈長のジャケットそして内側に黒のベスト、そしてグレーのスラックスを履いている姿はまるで前世紀の貴族のようだった。
そして何よりも黒く肩まである髪に透き通るような白い肌は人間離れしており、こちらを観察するような金色の瞳は、見られるだけで背筋が粟立つような感覚を感じさせる。
「皆さんごきげんよう、吾輩のパーティーの招待に応じてくれて感謝する」
そう述べた貴族のような男は優雅に軽くお辞儀をする、その声は男性のように威厳があるが女性のように鈴が鳴るような声音で男性か女性か区別がつかない中性的なものだった。
「さて吾輩の名はバロールという。これは本当の名というわけではないのだが、君たちには今回はこの名前で十分だろう。さて……」
「ちょっと待ってくれ!」
「はてさてなにかな?和田禅市殿?」
俺はこの人物に会ったこともないし、まして話したことすらない。そんな人物が自分の名前を知っている、そんな疑問が浮かぶが、首を振ってゼンイチは今はそんな事を気にしてる場合じゃないと気を取り直して話を続ける。
「俺たちはどうしてここにいるんだよ?それに友達が変なんだ!救急車を呼んでくれ!!」
それを聞いたのか聞いてないのか、バロールは沈黙したままだ。
聞こえていなかったか聞いていなかったと思いゼンが再び口を開きかけた時。
「……ㇵㇵㇵㇵㇵははははははははははははははっはははははハハッハハハハハハハハハハhahahahahahhaaha」
と発狂したように、絶頂したように、嘲笑したように、激怒したように笑い始めたバロールの姿にゼンは茫然と見ているしかない。
今ここで口をはさんではいけないと本能がそう告げている。
それからどのくらい経ったのか永遠にも感じられる時間の後、ひとしきり笑ったかと思うと、突然スイッチがオフになったかのように真顔に戻る。
「失礼したね、愚かで強欲であさましい人間と話すなど久しぶりだったのでね、思わず笑ってしまったのだよ。そうそうお友達の事だったか?それともこの場所の事だったか?それとも他に何かあるのかね?」
「い、いや、友達のこと……です」
「お友達の事ね、まず言っておくが君たちはもうすでに死んでいるっていうのはわかっているんだろうね?」
「俺たちが……死んでる?」
「君はもう気付いているだろう?先ほどの事が夢なんかじゃないと」
「それは……」
そう俺はとっくのとうに気が付いていたし知っていた、先ほどの死の記憶が夢なんかじゃない現実に起きたことなんだということが。
あれはあまりにリアルだった、、痛みが、匂いが、触感が、気配が、感じた全てがあれが真実だと告げている。
だが認めたくなかったあんな風に何の脈絡もなく、何もできずただの蟲のように死んでしまった事が。
自分の臆病さは死んでも治らないと笑えて来るほどだ。
「まあそんなことは些細なことだ、肉体などはただの入れ物でしかない霊魂が残っていれば何も問題などないのだ。そして今お友達は死のショックで霊魂のデータの一部が欠けてしまったのだろう、なぁに私にかかればすぐに直すことも可能だ。なんなら肉体も再生させることだってできるがね」
「それは本当なのか?!!」
「ああ、本当だとも。ちゃんと君たちの霊魂と肉体のデータは保存してあるからね。大変なんだよ?霊魂と肉体のデータを集めるのは。ちゃんとすべてをスキャニングし、再構成できるようにエンコードしなきゃいけないのだから。だが幸運なことにそれをすべてちゃんと行えた、それは君たちを喰い殺したのは私の眷属だったからだ。ホントに幸運だったね」
「…………!!!」
一瞬頭が真っ白になり暴言を吐きたい、飛び掛かりたい衝動に駆られる。だが体はいっこうに動く気配がなく、椅子から体が離れることもない。唇をかみしめ手が白くなるほどに握りしめて、ただ『殺してやりたい』という殺気を込めて睨むだけ。それで俺はバロールの挑発を我慢することに全力を注いだ。
俺やカズトとアズサを殺したのがこいつの眷属だと!ふざけてる!ペットが噛みついたらその主人の責任だ!こいつが俺たちを殺したも同然だろう!!
だが友達を助けるため今は我慢すべき時なんだ、自分にそう言い訳する。
そんなのただの言い訳だ、そんなの自分一番良く分かってる。
怖いのだ。ただ単純に怖い。目の前の人物は言葉は通じ見た目が同じであるが、自分と全く違った生物で歯向かえば一瞬で塵になる、そういった絶対的な確信があった。
「おやぁ?何も言わないんだね君なら噛みついてくると思ったんだがね。まあ君が怒っているのと殺意を持っているのは伝わってくるのだが……それにしても君の殺意はまるでそよ風のようだね。それで殺気を送っていると思っているのがまた笑える、これは考えを改めた方がいいのかな?」
そう独り言のようにしゃべり終わると、わざとらしく難しい顔で考え始めるふりをする。
そうフリなのだ。この化物がちゃんと悩んでいるなど誰も思わないだろう。
それからまたバロールは笑顔を浮かべる、笑顔という表情のデータをただカット&ペーストしただけのような顔を。
「すまないすまない、人間と話すのは久しぶりなものでつい興が乗ってしまったようだ。遅くなってしまったが本題に入ろう、君たち三人には私の代わりにあるパーティーに参加してもらいたい。なぁに難しく考えることなどない、ただ君たちは案内に従ってゲームをするだけだ」
「ゲームってなんなんだ?それに俺たちがそんなパーティーに出るなんて……」
はっきり言って俺たちに貴族のパーティーに出るような教養なんてない。普通に考えて、俺たち日本の高校生でそんなことできる奴なんてほんの一握りだろう。
「何か勘違いしているようだが、君の考えているようなものではない。吾輩の言葉も正確ではなかったようだ、吾輩の立場から見れば紛れもなくパーティーなのだがね、君たちの立場から見れば…そうカーニヴァルつまりはお祭りだ。そう考えると楽しそうではないかね?」
そういいながらクククと笑う奴の瞳には、嘲笑を含んでいるような怪しい光を放っていた。
「ゲームって何なんなんだよ」
「ふむ……吾輩も詳しくは知らない、ただまぁ殺し合ったり、騙し合ったりする命を賭けるだけの単純でつまらないゲームなのだろうな」
「はぁ??!!そんなゲームに参加しろっていうのか!!」
「吾輩にしてみればどっちでも良いな。元より参加しないつもりだった。だがたまたま君たちを見つけて、君たちがゲームに参加すれば面白そうだと思ったのでね。ただ吾輩もやる気のない輩を参加させたところで、面白くも何ともないのだよ。それでどうするのだね、参加するのか?しないのか?」
そういわれて俺は決める事なんてできない、参加しなければ消去されることは目に見えている。
元より参加しないという選択なんか選べるわけがないのだ、しかし参加すれば消去されるよりもつらいことになる可能性だってある。
それに……。
「参加すれば……生き返らせてもらえるのか?」
「そうだな、ゲームに参加するのに肉体は不可欠だろうだから仮の肉体を貸してやろう、前の体よりのハイスペックな肉体をな。そしてゲームをクリアすることができたなら、元の体に戻して故郷に帰してやろうではないか」
絵に描いたような理想的な答えだった、何か裏があるのではないかと疑ってしまうほどに。でも俺の答えはほぼ決まった、だが……。
「友達を……友達を話ができる様にしてくれないか?相談したい……」
「ふむまぁいいだろう、すべて直すのは面倒なので、表面的に問題がない程度でよろしいかな?」
「……お願いします」
そう答えてすぐにバロールは優雅に右手を上げると指を擦りパチンという音をたてる。
その音は教室中に響き渡り空間を震わせる。
そのバロールの挙動を注視していたため周りの様子を見ていなかったが、慌ててカズとアズをみるといつの間にか先ほどとは違い、表面的にはいつもの様子に戻っているように見えた。
「おい、カズト!アズサ!大丈夫か俺の話聞こえてるか!」
「うん、大丈夫!ちゃんと聞こえてる、さっきの話もちゃんと聞いてたわよ!!」
そう怒気を含んだ声でいいながらアズサは、バロールの方をきつく睨んでいるようだ。
「僕も全部ちゃんと聞こえていたよ、体も異常ないみたいだし」
「そっか……」
俺は先ほどからの緊張が切れたかのように体の力が抜けていくのを感じる、ほんの少しだけど希望が見えてきた気がするバロールは言ったことをちゃんと守ってくれたのだ、条件を守っていれば元の生活に戻れるかもしれないそんな希望が湧いてくる。
バロールが言うゲームだって俺は苦手だけど、カズトはゲームの大会に出れば優勝するぐらいすごいのだ、だけど本人は目立つのが嫌でそういうのには出たことがない。
アズサもゲームは得意ではないだろうが、いざとなった時のひらめきは光るものがあると思う。
俺だって運動神経や記憶力はある方だと思っている。これならと、ちょっと楽観的だけどすこしだけどやれるような気がしてくるのだ。
「それでお前らはどうする?俺は……」
「僕は参加すべきだと思う、というか参加するしか選択肢はないよ。それに僕はこのバロールという人は嘘はつかないと思うというか、嘘をついてもメリットは何もないと思うから」
「確かにそうだな、それでアズは……どうするんだ?」
「あたしも参加すべきだと思う、こんな奴の思惑に乗るのは、ほっんと~~~にムカつくけどあたしだって元の生活に戻りたい!!」
そうバロールに挑発するように言ったアズサの事を、バロールは見てすらおらず気にもしていないようだった。
「それで君はどうするのだね?黒須賀数人と大石あずさは参加するようだが」
「俺も……俺も参加する!!だけど条件がある!」
「ほう条件とはね。君は立場を考えて言っているのかな?君たちがいるこの場所は例えるなら私の口の中なのだよ。これから嚙みちぎり咀嚼して胃に流すか、皿の上に吐き出すかどちらでも簡単にできるのだがね」
「だけどお前だって俺たちに期待してるからこんなところに呼んだんだろ?だったら俺たちがピエロのようにお前を笑わせてやるから条件を飲めって言ってんだ!!」
俺は精一杯の意地となけなしの勇気で叫んでやった、たいして意味がないことはわかっているでも言わないよりはましだろう、それに負けっぱなしだとなんか嫌だった。
「ふむ、まあいい。君たちはいい暇つぶしになりそうだし、ゲームを最後までクリアしてという条件ならいいだろう。言ってみたまえ」
「わかった、まず一つ目に俺たちをちゃんと死ぬ前の状態に戻すこと。二つ目に死ぬ前の時間まで戻してそこに戻してくれ。三つ目は俺たち三人の願いを一人一つ叶えてくれ」
三つ目の願いは正直どうでもいい、相手が断るだろう条件を提示して他の条件を飲ませるのだ、漫画や本で読んだことがある手法だ。
「ふむなるほどな、……すべてダメだな」
「……はぁ?ちょ、ちょっと待ってくれ!三番目はダメだろうが一番目と二番目はさっきお前は大丈夫って言ってなかったか?」
「吾輩は一言も言ってないな、まず一番目は死ぬ前の状態にはもどせない、いや正確に言えば限りなく同じにはできるが全く同じにはできないし、してやるつもりもない。正常な状態に戻してはやれるがね。そして二つ目は時間というものは基本的に不可逆だ、同じ時間というのは無理ではないがそこまでしてやるつもりはない、なぁにお前たちの世界と別の世界は時の流れが違うのだ、お前たちが早くクリアできれば早く戻ってこられるだろう。そして三番目は叶えてやらないこともないがお前たち次第だ。面白ければ叶えてやるし詰まらなければ叶えない」
「わ、わかった。あんたの言う通りの条件でいい、それで俺も参加する!」
まさかすべて断られるとは思わなかった、でも基本的に俺たちはゲームさえクリアできれば元のような生活には戻れるのだ、今は言いなりになってでもやり遂げるしかない。
「それではお前たちはパーティーに参加し、それを最後までクリアする。さすればお前たちを最後にいた洋館に元と限りなく近い状態で、クリアした時間に戻す。その時に私の気が向けば願いをかなえてやるということでいいかね」
「ああ」
「いいわよ」
「大丈夫です」
「これにて契約は完了した。我がバロールの名での契約は魂に刻み込む契約である、契約を完遂したとき我が名をもって条件を履行しよう」
先ほどのような威圧感がある雰囲気は霧散し、神聖ささえ感じてしまうほどの威容に思わずつばを飲み込んでしまう。
「ああ、そういえば言うのを忘れていたが、君たちのこれから使う体には色々改良を施しておいた。あまりにすぐ終わってしまっては面白くないからね。なに礼はいらない、これは吾輩からの餞別だよ」
そう言って笑ったやつの口角が切れるほどの笑みは邪悪そのものだった。
そして俺の意識は白い闇に飲まれ次第に遠のいていった。
読んでいただきありがとうございます。
改稿いたしました。




