第10話『第1階層 空中庭園』 第5節
今回はかなり長くなっています。
俺の周りでは友達がハーフリング族が騎士達が座り込んだり横たわったりしている。
全員息はまだあるようだが、荒く呼吸をしており一様に生気を失っている。
俺自身も今は座り込み体の痛みと眩暈、そして体のだるさとでまるで体を動かせない。今は考えることもかなりしんどいそれでも考えてしまう。
どうしてこんなことになってしまったのか?
まず挙げるなら見込み違い、計算違いがあったのだろう。
それに俺たちが迷宮を甘く見ていた、真剣さが足りなかった。
しかしそれよりも俺たちの力不足が原因だろう、アルフレードやイザベラさんに頼りっきりになっていざという時に何もできなかった。普通の高校生だからというのは通用しないだろう。その考えが今の状況を作っているのだから。
なぜこんな事になったのか、今の状況を説明するのにはカズが部屋の空気を抜くと提案したときにさかのぼる必要があるだろう。
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「空気を抜くですか?そんなことをすれば死んでしまうのでは?」
イザベラさんは驚いたような、呆れているようなそんな感じで思案顔をしている。
それに構わずカズは続ける。
「全部抜くわけではありません、高度10キロで気温6度ぐらいを想定して空気を抜くんです。そしてさっきみたいに木を燃やしてホコリを出し、水を蒸発させて水蒸気を作りましょう。風魔法で対流させれば雲ができるはずです。」
「キオン?コウド?申し訳ありません、よくわかりませんのでもっと簡単に説明していただけますか?」
「う~ん、とにかく木や水をじゃんじゃん燃やして空気を止めるのを少しやめれば雲はできると思いますよ」
イザベラさんは何となくわかったようでわからないといった顔だ、かくいう俺も途中何言ってるのかよくわからないところがあった。なんでカズはこんなこと知ってんだ、意味が分からん。
「概要は理解しました、今アルフレード隊長の方に今の件を相談してきますので少々お待ちください。」
そういうとイザベラさんはアルフレードと他数名の騎士たちが、胡坐をかいて円形に座っている場所に向かい、アルフレードのそばにより耳打ちしている。
「なあカズ?お前はどうして雲の作り方なんて知ってたんだ?」
「えっと、確か中学の授業で簡単なことを習って、それからクイズのゲームでも雲についての問題が出てたからさ、その時にネットなんかを見て勉強しなおしたっていうのもあるね。」
「あ!あれだろ四択の中から制限時間の内に選んだり、文字を入れ替えたりの速さを全国のプレイヤーと対戦するやつ」
「そう、クイズマ……」
言いかけた所でアズが必至の形相でカズに詰め寄り肩をつかんでいる。
「ちょっとカズ、部屋の空気抜いちゃうってどうゆうことよ!空気がなくなったらあたしたち死んじゃうじゃないどうすんのよ」
「え~そこから~」
「ちょっと聞いてんの!?空気がなきゃ息できないじゃない!!」
「いいからアズ落ち着けっての、別に空気全部なくすわけじゃねぇよ。ただ気温を下げたりするからしなきゃいけないんだろ?」
「そうそう、空気を抜いて気圧を下げると気温も下がるから、そこに水蒸気とホコリがあると水分が飽和して雲になるんだ。そのためにはある程度は空気を抜かなくちゃいけないんだよ。」
アズは少し落ち着いたのかカズの方から手を放した。
だがやっぱり不安は消えないようだ、アズは少し俯いて暗い顔をしている。
「何となくわかったけどさ、でもやっぱりもし息が苦しくなったらどうすんのよ。あたしもう……死にたくないよ……」
そう言ったアズの顔は今までに見たことがないくらい恐怖に染まったもので手は少し震えているようだった。
ああ俺は根本的に間違っていたのだ、この迷宮に来てからアズは真剣な顔をしていることはあっても塞ぎ込んでいる様子はなかった。だから俺はアズは洋館の事なんか気にしてないものだと思っていた。
しかしそんなのは俺の願望でしかなかったのだ、俺とカズが普通に接してくれるように自分なりに精一杯意地を張って元気なふりをしていたのだろう、それがまた命の危険を感じてついに緊張の糸が切れてしまったのだろう。
今のアズは普段笑っている姿が想像できないくらいに憔悴した様子だった。
「なぁアズ、俺もはっきり言ってすげぇ怖いんだ。俺たちは別に望んでこんな場所に来たわけじゃねぇしこんなゲームなんて参加したくなんかなかった、だからもし最初の部屋で辞退できるならすればよかったと思ってる」
「ゼンそれは……」
「……わかってる」
そう俺たちはバロールとこの迷宮をクリアするという条件でここにいる。逆にクリアしなければ存在することもできないってことだそんなことわかっている。だからアズとカズにもこの事は相談しなかった。みんながやる気になっているのも邪魔するのが嫌だった。いやそんなのは理由の7割ぐらいでしかない残りの三割はワクワクしてしまっていたのだ、迷宮という非現実、命がけのゲームという非現実に俺は酔いしれていたのだ、まるで自分が小説やゲームの主人公にでもなった気分で前に進むことしか考えていなかった。
しかしアズは……。
「アズ、それにカズ、俺は自分の事しか考えてなかったホントに……ごめん、でもそれでもやっぱり今は前に進むしかないと思う、俺はお前たちを絶対助けるから信じてくれないか……」
「ゼンもういい…もういいよ、あたしもちゃんと覚悟してるつもり、それにこれはあたしもやるって言った事でもあるんだから!!」
そういった顔は笑っていた、しかしそれはどこか不安や恐怖を押し殺している笑顔だった。
「そうだね、僕も望んできた場所じゃないでも僕も自分自身でやるって決めたんだ。だから……絶対ゲームをクリアしよう。みんな一蓮托生だよ!」
「ねぇ……いちれんたくしょうってなに、なんかのグループ名?」
「アズお前なぁ、ここはわからなくてもそうだねっていう所だろ?」
そういうと最初にカズが笑い、俺が笑うとつられてアズも笑い始めた。
今はこれでいいんだ、命をかけるゲームなんてそうそう受け入れる事なんてできない、それでも今はこの目の前の困難を乗り越えて生き延びることが先決なんだ。
そうしているとアルフレードと二名ほどの騎士がこちらに来て、それからすぐにイザベラさんに連れてこられてハーフリングのバイロンとブレントがこっちにやってくる。
メアリーとエミリーはどうやら近くで眠ってしまっているようでバイロン達が来た方を見てみると毛布のまん丸の塊ができているのが分かった、たぶんあそこで寝ているのだろう。
代表者がそろったところでカズは先ほどイザベラさんにした話を再びした。
カズとしては一生懸命に分かりやすくしているようだった、しかし反応の様子から見ても理解しているのはアルフレードとイザベラさんぐらいだろう、他の人々はずっと難しい顔をしている。
その難しい話に嫌気がさしたのかバイロンが焦ったような声でカズに話しかける。
「すんまへん、ワシにはようわからんのやけど、それでこのゲームはクリアできるんですかいな?」
「いいえ、これは絶対ではないです。状況証拠ですが、神聖文字の詩の内容やこの部屋の環境を考えた時に僕にはこれしかないと思っています」
「そうなんか……、よっしゃ!ワシはこのあんちゃんに賭けますわ、このままいても死ぬだけなんでっしゃろ?だったらワシたちハーフリングはこのあんちゃんの案に乗りますわ」
そういってバイロンは豪快に笑い出し、後ろのブレントはうなずいている。
次に質問をしたのはアルフレードだった。
「もし雲ができたとしても空気がなければ我々は動けなくなると思いますが、そこら辺については何か考えがあるのかな?」
「具体的なことは何もありません、風魔法で何とかすることはできませんか?」
「難しいだろうね、風魔法は風を操る魔法だ空気の中にあるマナと呼ばれる命の素まで操れるわけではない、まして魔法使いはマナを使って魔法を使う、そのマナがない場所では力を使うことすら難しい」
「そうですか……、では空気が漏れにくい袋を使ってそれで息を吸うのはどうですか?」
「そうですね、それは考えなければなりませんが、今のところ私たちが持っている袋では全員分は賄えないでしょう。それにそれだけでは息をするには足りないでしょう」
「やっぱりそうですか……」
「ですがこの問題は置いておいて、私はカズト君の提案に賛成したいと思います」
「隊長!!そんなに簡単に決めてはだめです。まだ成功の確証もありません」
アルフレードの話に割って入ったのはイザベラさんだった。
今この場で反対意見を言わなければ決まってしまうと思ったのだろう、焦った雰囲気でアルフレードに詰め寄っている。
「副隊長……今はもうそんな段階ではないのです。先ほど第二小隊の者たちと話しましたが、彼らももう限界のようです。事態は一刻の猶予もありません、今決断しなければただ全滅を待つしかありません、この作戦にかけてクリアするしかないのです」
「ですが……」
「副隊長の懸念も分かります、彼らは先ほど会ったばかりの怪しい子供たちでそれを信じていいのかということでしょう?しかし彼らも失敗すれば死ぬのです、そしてこちらを騙す理由もないように思います。ですので私は彼らを信じることにします」
「わかりました、隊長がそこまで言うのでしたら私達ももう何も言いません。私達の命はこの隊に入った時点で隊長に捧げています。ご命令ください隊長!」
「わかりました、副隊長イザベラ・ミランダは隊全員に先ほどの作戦内容を伝達、のちはカズト君の指示に全面的に従え。ということなのでよろしいですかカズト君?」
そういった顔は先ほどまでも隊長としての厳格な顔とは違い柔和な優しげな顔になっている。
その顔を見たアズは惚けたような顔でまた小声でかっこいいと呟いている。まあ確かにかっこいいのかもしれんが結構イラっとくるななんでかわからんが。
カズは少し戸惑ったようだがしっかりと答る。
「は、はい、よろしくお願いします」
「よし、では副隊長。先ほどの指示を復唱せよ!」
「はい、隊全員に先ほどの作戦内容を伝達、のちはカズト君の指示に全面的に従います。」
「よろしい、では行動開始せよ。」
こうしてこの空のゲームの攻略作戦が始まった。
作戦が始まれば早いものだった、ハーフリングが全員からかき集めた燃えそうなもので火を焚いて煙を発生させ、騎士たちは鍋を出し魔法を使えるものは魔法の火を使い使えないものはハーフリングの焚いた火を使い鍋の水を蒸発させた。
室内には煙と水蒸気が漂い始め、いつ雲ができてもおかしくない状況になっていった。
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そこまではよかったのだ。しかし雲はなかなかできる事はなく、次々と酸欠になった人々が動けなくなっていった。
ずっと魔法を使っていた騎士たちが、アズが、カズが、ハーフリングたちが次々に動けなくなっていった。最後に残っていたのはアルフレードとイザベラさんだが今はもう座り込んでしまっている。
かくいう俺も途中で動けなくなり、今は座り込んでいる。
だんだん酸素がなくなっているのがよくわかる、だんだん呼吸が荒くなっていき酸素を探して上を向いているがそんなことで酸素が供給されることはない。
ああ死ぬのか、そんな考えがよぎるゲームをクリアしてやるなんて大言壮語してこの始末、ホントに俺はいつも何もできずに中途半端だ。他人に流されるばかりで、自分の考えで動かないそんな後悔ばかりが頭に浮かんでくる。
目の前が霞み、血が沸騰するように熱かったのが今は急激に冷たくなり体が氷のように冷たい。
ああもう死ぬのかそう思った時だった。
空は雲で覆われ、太陽は力を失い辺りは暗くなっていくそうして辺りを見ると空が消えて、幻覚魔法が解けたのだろう、辺りは壁に変わってしまっている。
そしてその変化と同時に中央には穴が開き階段のような物が奥に見える。
中央にいた騎士数人は突然空いた穴に落ちていく。
たぶんあれが脱出口なのだ!!あそこに入れば助かる!!
そう思って体を動かそうとする、しかし体は鉛になってしまったように動かない。
俺は今壁際で座り込んでいる、中央まで行くにはかなり距離があるし他のみんなもだいたい壁の近くに座り込んでしまっている。
そんな中アルフレードはイザベラさんを肩に抱えて中央に移動しようとしている、しかし体がなかなか動かないのだろう足は遅々として動いていない、他の人を助けるのは無理だろう。
そんな風にしているうちにも限界が近づいていた、先ほどから呼吸がほぼできず体は全く動かない、しかしなぜか頭だけは異常なほど動いている。
そんな時だった……
『ヒャッハー!!お前もう死にそうなのか?ハッハッ面白れぇもう死んじまうのかまだ迷宮に入ったばかりだろ?何なら俺が力を貸してやろうかぁ?』
まるで場違いな明るい声が頭の中に響いてきたのは。
読んでいただきありがとうございます。
投稿が遅くなりました。
もっと早く投稿したいのですがなかなかうまくいかないです