五話 ー予兆ー
「......着いたか」
スレイプニルに乗せられること数分、あっという間に森を超え、山を超えて街に到着した。
スレイプニルは俺たちを届けた後、また日が沈む前に迎えに来ると言って去っていった。
「リネンさん、あそこが街の門ですよ」
フレイがそう言って指を指した先には街にしては堅牢な鉄門があった。門の前には兵士らしき人物も見える。
「随分と厳重な門なんだな」
「この辺りはかなり危険な魔物が出ることもあるのであれくらいじゃないと駄目らしいんですよね」
どうしてそんなところに街が? と疑問に思ったが、長年そこに街があったなら環境が変わってもおかしくはない。移住するよりも門を頑丈なものにする方が幾分かマシだろう。
「まあそれは置いといて早速行こうか」
「はい! あ、一応通行証は私が持っているので一緒じゃないと入れないですからね」
「了解した。ならすぐ隣を歩くとしよう」
俺はフレイに近寄って隣を歩く。するとフレイは何やらチラチラと俺のほうを見ているが何かおかしかっただろうか。昨日はしっかり風呂にも入っているしそこまで臭くはないと思うのだが。
「どうかしたのか?」
少し気になって聞いてみると、
「い、いえ! その、男の子とこうして並んで歩くのは初めてだったのでちょっと緊張してしまっただけ、です」
顔を赤らめて言うフレイはやはりそわそわしている。
この年代の女の子はちょっとしたことでも緊張してしまうのか。俺は精神年齢的に問題ないがフレイと同年代の男共はこんな顔をしたフレイを見たらなりふり構わず近寄ってきそうだ。俺がしっかりせねばならんな。
「そうか。っと、そろそろ門だぞ」
門の前に着くと優しそうな顔をした青年がこちらに近寄ってくる。
「おおフレイさんじゃないですか。今日は買い物ですか?」
通行証を確認しながら会話を始めた青年。
「はいそうなんですよ。食糧がちょっと切れてしまったので......」
「それはそれは、はい通行証返しますね。で、そちらの方は?」
「私の連れですよ」
「......ほう」
俺のほうをじっとも見つめる青年。
俺は溜息を吐いて軽く自己紹介をする。この先何度も会うことになるであろうしな。
「俺はリネンだ。今回は彼女の荷物持ち兼護衛のようなものだよ」
言って、右手を前に差し出す。
「そうなんですか、お疲れ様です。僕はアルトと言います。フレイさんの護衛、しっかりお願いしますね」
護衛のところだけやたら念をおして言ってくる。この青年はフレイに気があるのだろう。なんとなく察した。
「もちろんだとも。オーディンにも頼まれているからな」
「オーディン様が言うなら安心だ。......では門を開きますね」
ギィ、と金属が擦れる音を立てながら重々しく開く門。
俺たちは軽くアルトに会釈して門をくぐる。くぐった先には沢山の人で溢れかえる市場や広場が広がっていた。
値切りをする女性や追いかけっこしている子供達、賭け事の話をする男性たちなど様々な人々がいた。
「リネンさん、買い物ついでに軽く案内しましょう」
ふふん、と胸を張って得意げに言うフレイを微笑ましく思う。せっかくの申し出なので受けることにした。
「ああ頼むよ。俺もこの街について知りたいしな」
「決まりですね! ではまず市場から!」
それから三時間ほど様々なところを歩き回った。
活気溢れる市場、大道芸人の芸が開かれる広場、冒険者たちがこぞって集まる武具店、魔法道具店、それに宿屋や冒険者ギルド等々。
各場所を一つ一つ説明してくれているフレイに感謝しつつも、周囲の警戒も忘れない。
幸い妙な視線や殺気などはなく、このまま平和に時が過ぎればいいな、とそう思っていた矢先であった。
門近くの広場がやたらと騒がしくなっている。
俺たちは広場に来て、話を聞くと、どうやら街の外に強力な魔物が現れたようである。
ベテラン冒険者が数人殺されたのに対し、魔物は傷一つ負っていない。この情報は街の人々を怖がらせ、混乱を招いていた。
中には魔物の名を聞いて膝をついて泣く者、子供を抱きしめる親、武器を手に取る者。
事はかなり危険な事態となっているらしかった。
「リネンさん」
「分かっている。現状、ベテランの冒険者が数人殺されたというのは相当に危険なものと判断した。冒険者の強さがどれくらいなのか分からんが、緊急性の高い脅威なんだろう?」
「そうみたいですね。聞いた話から推測できる魔物は恐らくキマイラです。山羊の顔、獅子の顔、馬の顔を持ち、背中には竜の翼、胴体は地竜。間違いないでしょう。.....危険度で言えば街が滅んでもおかしくはないほどの魔物です。」
「街が滅ぶほど、か」
キマイラ。俺にとっては御伽噺や神話によく出るそこそこ有名な魔物くらいの認識でしかない。しかしながらここは異界。そんなものがいてもおかしくはないわけだ。
と、なると少々危険ではあるが俺が行くとしよう。
が、フレイにはなんと説明しようか。
少し考えているとフレイが何やら思いつめたような顔でこちらを見て、口を開いた。
「リネンさん。私は正直なところ見過ごせません。なので私、行きます! もう、人が目の前で死にゆく姿なんで見たくはないんです!」
「それは......」
突然のフレイの言葉に驚く。彼女の過去に起因するものか、それともただの理想なのかは分からない。けれど、その言葉は俺の心の奥底突き刺さった。
かつての俺の理想を、欲張りで愚かで幼い理想を、前の俺の生き方を思い出し、ゆっくりと目を閉じる。
「私、は」
「行くといい。だが条件がある」
フレイが今にも涙が溢れ出しそうな目を向ける。
「条、件?」
「そうだ。この戦い、俺も行こう。君が戦おうとしているのに男の俺が戦わないというのは男が廃るというものだ」
自嘲気味な笑みをフレイに向けると、ふふっ、と口に手を当てて笑うフレイ。
「面白いですねリネンさんって。分かりました。一緒に行きましょう」
そこには先ほどとは打って変わった、凛々しい戦乙女の姿があった。