四話 ー送迎ー
「今日は天気だ」
ベッドから起き上がって背伸びをする。窓からは太陽の光が差し込んでおり、まさに晴天といった様子であった。
壁に立て掛けておいた木剣を手に取っていつも通り庭へ向かう。今日はフレイと街に行く日ではあるが、それでも日課はきっちりとこなす。
生活リズムというものは存外馬鹿にできない。一日ペースを崩すだけで少しずつズレが生じてしまう。
誰かを守る為の盾である限りは決して止めることはないだろう。
皐月 理念。
それが彼の生前? の名だ。
かつての壮絶な戦いを経て、彼は今こうしてリネンとして過ごしている。
生前? はその身に神性を宿していたものの、この世界に転移、または転生してからは身体が神性を得る前の状態に戻ってしまっている。
転移か転生かハッキリしないのは死んだという確証がないからだ。
平和を享受したい彼にとって今の世界は非常に心地よいものである。
一日も休むことなく戦い続けるという人間から遥かにかけ離れたこと成し遂げた彼は誰に与えられるということもなく神性を得るに至った。
とはいえ凡人の域を出ない武の才能でどうやって神々に勝利したのか。
それは後々分かることである。
「術式権限・身体強化」
術式を瞬時に組み上げ、発動。使用された魔力は術式によって指定の形へと変わり、全身駆け巡る。魔力というものは無色である。故に術式によって色、特性を変異させることができる。
この場合、魔力は身体の強化という特性を持つ。特性というものは限りなく概念に近しいものだ。なにせこの魔力、物理法則などを捻じ曲げることも可能なのである。
しかしながらそんなことは世界が許さない。だからこそ理念は世界から術式機能の権限を奪い取り、先のように『術式権限』と唱えることによって物理法則、つまりは概念を捻じ曲げた術式の行使を可能としている。
「すぅー......」
静かに目を閉じ、仮想敵を作り出す。創り出したのはかつて武の頂点に君臨していた友人だ。
生半可な一撃は命を危険に晒す。決めるならこの一振りだけだ。それ以上は瞬時に反撃され、死ぬ。
闘気を纏う。剣鬼を宿す。武の頂を想像する。
「リネンさ......」
「ハァッ!!」
木剣が寸分の狂いなく草原に放たれる。後ろから声をかけた少女、フレイは余りの気迫に閉口し、彼を見ている。
木剣の振るわれた先はーーーー
何も起こらなかった。
否、
数秒後、凄まじい勢いで草原が真っ二つに裂かれた。
威力、範囲においてあまりにも強大だ。
「あの、リネンさん?」
「ん? ああフレイか。おはよう」
「はい、おはようございます。それでこれは......」
「これは朝の鍛錬の総合演習のようなものだ。まあ......この惨状は想定外だったが魔術で元通りに修復しておこう」
「それなら特に言うことはありませんが、あまりやり過ぎないでくださいね? あ、それと今日のお出かけ忘れてませんよね?」
「もちろんだよ。今から支度をしよう、朝食前に準備は終わらせておくよ」
遠慮がちにこちらを見て言う彼女は可愛いものだ。俺のかつての友人は嫌と言っても無理やり引っ叩いてでも連れて行く。それに比べればなんと女の子らしくて可愛いのだろう。とはいえ精神年齢的には親が子供にかける情のようなものだが。
準備をし、朝食を終えた後、オーディンが馬車を手配したと言っていたので城の門で待っていると、
「いや、あれは馬車じゃないだろ」
常人であれば間違いなく肉眼で捉えられない速度。
そんな速度で六本足の人馬が迫ってきていた。人馬が目の前に止まるとその全貌がよく見える。
全身を覆う紅蓮の鎧。頭部もフルフェイス型の同色の兜で覆われていた。
「......乗れ」
目の前の人馬は一言そう言った。
「はい! スレイプニルさん今日はありがとうございます。では乗らせていただきますね」
どうやらフレイとは既知の仲らしい。スレイプニルといえば神速の人馬として有名だ。または神速の馬としてもだ。数々の平行世界において人馬の時もあれば馬の時もある。何故知っているかと問われれば魔術を行使する際に平行世界から術式を持ってくることもあるからだ。
「......お前も、乗れ」
静かに俺に放たれた言葉にはなんの悪意もない。ただ少し、話すのに不器用なだけのようである。
そこでオーディンがほっほと言いながらスレイプニルに話しかける。
「今日はよろしく頼んだぞいスレイプニル。二人を街までな。それと今度酒でも一緒に飲もう」
「......うむ」
スレイプニルはこくりと頷いて街の方角を見る。すでに後ろに乗り込んでいる俺は、まさかあの速度で行くのではないかと戦々恐々としている。
「楽しみですね。久しぶりの街ですから」
隣では子供のようにはしゃぐフレイが、前方には走る準備をしているスレイプニル。
俺は誰にも聞こえない声でぼそりと呟く。
「......この世界の神々って結構軽いんだな」
普通神々が人間の送り迎えなどあり得ない。
そのあり得ないという常識が瓦解していくのを身にひしひしと感じていると、少しずつスレイプニルが前に動き出した。