三話 ー修行ー
「よし、じゃ、始めるぞい」
「準備は出来ている」
「ハァッ!」
巨大な拳が風を裂きながらこちらへ向かってくる。
「ふん!」
全身の気を手に集中させ、拳を受け止めるとあまりの勢いに地を抉りながら少し後退したものの、気に留める間もなく二撃目が迫る。
草原に鈍い音が何度も響き渡り、動物たちは早々に避難を始めていた。二人から発せられる闘気に身の危険を感じたからである。
「どうしたリネン! 守りが甘いぞ!」
「ぐっ!」
以前より身体能力が大幅に下がっているため、技術のみではどうも身体が追いつかないようだ。その証拠に腕や足が衝撃で痺れてきている。
「はあ、はあ、さすがオーディンだ。体技も巧いとは」
「見た目は翁のようであっても中身は人のソレとはかけ離れておるのでな。腐っても神じゃよ」
今やっているのは身体能力をある程度戻す鍛錬と神威を受け入れるための器の強化だ。オーディンほどの神威を身に浴び続ければそれだけ器は大きくなり、馴染んでいく。これで以前の三割程度までは戻せるはずだ。
「がぁっ!?」
鈍い痛みが鳩尾から全身に駆け巡る。
視線を下にやると皺の入った年季のある拳が見事に食い込んでいた。
一瞬意識が飛びそうになるも、決して膝はつかない。
膝をつくことは俺自身が許さないからだ。
「ほう、その柔な身体でよく保った。凄まじい根性と気合よのう」
「言ってろ」
食い込んでいた拳を掴み、一瞬で全気孔に闘気を流し込む。続いて両手に気を集中させ、そのまま放り投げる。
「ぬおっ!?」
痛みとともに突然宙に放り出されたオーディン。その目は驚愕といった表情を表すかのように見開かれていた。
「油断したな」
ニヤリと笑い、投げられ、気孔を突かれて身体の自由を一時的に失ったオーディンを見下ろす。
オーディンは、ほっほっ、と苦笑いをしている。
「まさか神の目を欺くほどの技を持っているとは驚いた。身体能力の差を凌駕する技は相手にとっては恐ろしいものじゃのう。身をもって感じたわい」
かつては常勝無敗と言われた北の神オーディン。
その武を十分に発揮していないにせよ、ただの人間にこうもあっさりと地面に転がされるとは思いもしなかった。
「お昼作ってきましたよー、って守護神様なんで地面に寝っ転がってるんですか?」
「ほっほっ、そこのリネンに転がされてしもうた。暫く戦いというものをしていないと鈍ってしまうのう」
「ほえー、凄いですねリネン君。あんな守護神様ですが、前に東の神々が攻めてきたときは単騎で追い返したくらい強いんですよ。」
「それは東の神々がたいして強くなかっただけだろう。とはいえ今回の組手は魔力や神力の類に制限をかけていたからな。本気でやりあったら恐らく勝てないな」
そのあと俺たちは他愛のない話をしながら昼食を摂った。
俺は現在フレイの城に居候させてもらっている。かれこれオーディンに修行をつけてもらってから一週間が経つ。その間食事は全てフレイが用意してくれている。仮にも元王女であったらしい彼女は仕えていたメイド達を全員戦渦で失い、今は自給自足を営んでいるようだった。
幸い俺の趣味の料理や狩りが役に立ち、前よりも食卓が豪華になったと喜んでいた。
守護神と元王女の二人暮らしという奇妙な取り合わせだが、それでも彼らは共に暮らし、家族同然の情を育んでいる。
ひとまず俺はいずれ来るであろう悪神や魔神などに備えて身体を鍛えること。これが当面の生活の軸となる。
銃に込める魔弾の生成、星術、魔術を使えるかどうかを解析魔術で確認し、一通りは扱えると分かり、安心した。とはいえ星術に関しては無反動で使用するのはまだまだかかってしまう。アレは身体を半神化させないと反動が大きすぎて、数回使用すれば人体が有無を言わさず崩壊する。
「儂は少々休ませてもらおうかの。それとリネン、明日は修行を一旦やめてフレイと街に行ってはくれんか」
「ああ、了解した。偶には軽く散歩するのもいいだろう」
「そうか。実はフレイが前から......」
「守護神様......?」
余計なことを言うな。
と言わんばかりのフレイの笑顔に翁は固まる。
「ひゃい......」
そのままオーディンは青ざめた顔で城へ戻っていった。
「う、うむ。それでフレイ、明日は何時頃に出発なんだ?」
先の光景を見て肩を強張らせつつも出発の時間を聞く。
「そうですね。では午前九時に出発にしましょう。街までは守護神様の友達のスレイプニル様が乗せてくれますし、すぐ着きますからね」
九時か。
その時間なら軽く朝の鍛錬をしても問題はない。と考え、了承した。
ちなみにこの世界でも時間の概念はなんら変わらず、一日二十四時間、一年三百六十五日である。もちろんうるう年も存在している。
「では私達も城へ戻りましょうか。明日はよろしくお願いしますね」
「了解だ。明日はしっかりと護衛しよう」
「私、そこら辺のごろつきよりは強いんですからね。大丈夫ですよ」
女性を守るのが男の役目だ。これはあくまで友人からの受け売りだがしっかりと守ってきたつもりだ。当然これからも同じこと。
「まあそう言うな。女性を守るのが男の役目だ。男のなけなしの役を奪わないでくれ」
笑いながら言うと、フレイも苦笑して渋々了承。帰り道では軽口を叩きながら互いに気を楽にして話せた。
こういう平和な日常を過ごしたことのない俺にとって、今はとてもかけがえのない大切な時間だ。
願わくば明日も平和であってほしいものだ、と内心呟く。