二話 ー謝罪ー
「がふっ」
地面に吐き出される真っ赤な液体。
「まさか人間の身で神槍を掴むとは......」
老練の神の驚きに見開かれる目は目の前にいる少年に向けられていた。
「ああ、やはり人の身体に戻っていたのか。どおりで反動が酷いはずだ。ごほっごほっ」
右手で掴んでいた神槍を地に落とし、膝をつく。
咳をする度に散る血液。それを見た金髪の少女、フレイはすぐさま駆け寄り、心臓部と気管部に手を当てる。
すると手から不思議な光が発せられ、傷を癒していった。
「治癒魔術、いや、魔法の類か。それは兎も角としてありがとう。おかげで少し楽になった」
「どういたしまして。って守護神様! なんでいきなりグーちゃん投げてるんですか!? あなた神なんですから少しは話くらいしたらどうです!?」
「あ、いや、儂は......」
「言い訳は聞きません! 謝ってください!」
フレイに言われるがままのオーディンはしどろもどろとした態度になり、項垂れながら謝罪をする。
「すまなかった。儂の早とちりであったやもしれぬ。この通りだ」
まさか神に頭を下げて謝罪されるとは思わなかった。この世界では神の存在が身近なのだろうか。元いた世界では神代の時代でしか身近に感じることはなかったという。これはこれで滅多にない体験だな。
「その謝罪受けよう。守護神たるあなたが頭まで下げる必要はないよ。むしろ今の行動は正しいとも言える。なにせ俺は神殺しを実際にしてしまっているからな」
今度はフレイの目が驚きに見開かれる。
「それ、本当?」
「ああ、本当だ。だがこの世界ではない別の神々だがな」
「なるほど。少年よ、お主は異界の者であったか」
オーディンの目を見てその言葉に無言で頷く。
彼の目を見る限り、異界の者というのは他に存在しているのだろう。決してありえない事象というわけでもなさそうだ。
「その口ぶりから察するに他に俺のような異界の人間はいるのか?」
「おるぞ。確か近くのエテム王国が魔神に対抗するために三人の勇者を召喚していたはずじゃ。他にはお主と同じように次元の裂け目から放り出された者もおる。そう珍しい話でもない」
口元の血を拭き取りながら話を聞いていると一つ、気にかかるところがあった。
今度はフレイの方を向いて質問をする。
「今言った魔神とやらはオーディンより強いのか?」
「うーん、どうだろ。ね、守護神様、勝てますか?」
「フレイのためならば無理やりにでも勝利を、と思うたが今の儂じゃ太刀打ちできないわな。そこにおる少年ならば打ち倒すことも可能かもしれんが」
「ははっ! オーディンよ。さすがにこんな体になってしまった俺には到底無理だよ。せめて以前の状態にまで戻れれば全神話体系を相手取ることも可能なんだがな」
「え、それはさすがに不可能よ。あなたにそこまでの力があるとは思えないし......」
しかし、オーディンは嘘とは捉えられなかった。
少年から発せられた言葉にオーディンは嘘がないこと神として分かる。分かるが故に再び戦慄した。
言われてみれば先の戦闘においてこの少年は星の力を使っていた。あれは普通、長い時間をかけて発動する代物。
それを瞬時に発動するなど神でも不可能。
彼の言葉はもはやオーディンにとって決して冗談では済まされないものとなっている。
「なにはともあれ、まずは城に戻るとしようかの。面倒ごとはそこで片付けよう」
「......さらに面倒にしたのは守護神様ですからね?」
「ギクッ!」
フレイの凍えるような声音に冷や汗をかく老練の神オーディンはこの時だけ隠し事がばれたただのお爺さんのようであった。
この時、俺は彼女を怒らせてはいけないと経験的に感じ取れた。
こうして俺たちはオーディンの転移能力のおかげで城へとすぐに到着することができた。
♢♢♢♢♢
「なにあれやばくね?」
とある魔神会議で発せられた第一声。
彼らの目先には神槍を止めた少年の経歴の映像があった。
経歴を見ることができるのは魔神のうちの一人の能力だ。
「いやぁ、やばいでしょお、あれはさぁ。あんなんに攻め込まれたら俺ら六魔神即死だよ?」
チャラチャラとした中背中肉の男が冷や汗をかきながら喋り出す。
「星々の怪物たちを相手に単独で討滅するなど神が十人、いや、千人集まっても不可能だ。あれはもはや別次元の存在といえる」
軍服を着た黒髪の女性も戦慄しながら言う。
「私も同感。あんな馬鹿みたいな力持ってる奴がなんでこの世界にきちゃうかなぁ。私ら自由にできないじゃん。勇者くらいなら蹴り一つでフルボッコできるけど」
桃色の髪の少女もため息を吐きながら首を横に振っている。
その隣は......寝ている。
「くかー、くかー」
「ふん、腰抜けどもが。ワシが一発......」
スキンヘッドの大男が喋っている途中で横から普段は声を発しない弱気そうな少女が手を挙げる。
「あの、別に、敵対、しなくても、いいん、じゃ、ないかな......?」
寝ている魔神を除いた四人の魔神は顔を見合わせて頷く。
「「「「それでいこう」」」」
この世界の命運を握る六魔神会議はあっさりと終了し、少年との友好関係を築こうということに落ち着いたのであった。
「くかー、あれ? 終わったの?」
起きた魔神が辺りを見回した時には誰もいなかったという。