一話 ー神威ー
「どこだ、ここは」
俺は意識を取り戻し、起き上がって辺りを見回す。
森の中。
それもそこそこ深いところだろうか。人の気配がまるで無い。あるのは獣、いや、禍々しい魔力を宿した生命体くらいだ。
「ふむ、どうやら俺は迷子になってしまったらしい。直線上に進めばどうにか抜けれそうなものではあるが……」
まずは周りにいる魔物どもを片付けなければならないだろう。
魔術の確認も兼ねて練習相手になってもらおうか。
「術式権限・銃」
右腕に刻まれた文様に魔力を込めて短く唱える。すると両手に拳銃ほどの大きさの魔銃が現れた。
銃内部には弾頭に術式を施すための装置が仕込んであり、それによって魔術的な効果を通常の弾にも付与することができる。あくまでこれはオリジナルの模造品に過ぎないが、実質的な効果はなんら変わり無いので気にするほどでもない。
「猪の形をした魔力の塊。やはり魔物の類か」
目の前に現れたのは三匹の猪型の魔物。それぞれが魔力を有しているわけであるがどうも様子が違う。というのも魔力以外のナニカがこの猪、森全体を分布していると思われる。よって何者かが手を加えた可能性もある。
この場所にきてそう時間は経っていないものの、これくらいは経験上分かるというものだ。常に戦いへと身を投じ続けたのは伊達ではない。
「ブォォ!」
人語を介さず問答無用で一斉に突撃をしてくる。
「試し射ちだ」
三度の銃声が重なりながら響き渡る。
魔物を動きが停止し、数秒後に鈍い音を立てながら横に倒れ、息絶えた。
「これも特に問題は無し......そこにいるのは分かっているぞ」
「えへへ、バレちゃった」
木の陰から出てきたのは金髪の少女であった。容姿に関してはあまり気にする質でもないので考える必要はないだろう。
「なるほど。目覚めた時から何者かが見ていると思えば君だったのか。俺に何か用でもあるのか?」
「いやいや突然真っ黒な穴から現れたのはあなたの方でしょ? びっくりして隠れちゃったわけよ」
真っ黒な穴。
気付かなかったがそんなところから出てきたのか。それなら彼女の言い分も分かるし、明らかに怪しい俺に対して隠れて警戒するのも頷ける。
「それはすまなかった。妙な奴にいきなり眠らされてな。そこからの記憶が全くないあたり、今自分がどこにいるのかもわからないんだ」
「ふぅーん。そういうこと。じゃ、私についてきて」
「なに?」
「だって、要は迷子ってことでしょ? 森を出るまで、いや、私の城まで案内するわよ」
「こんな怪しい男を信じるというのか? 君は」
この少女は馬鹿なのか、それとも何か裏でもあるのか。と疑ってしまうほどあっけらかんとした態度だ。
「んー、少なくともあなたみたいな目をした人は悪いことはしないって分かるくらいには人を見る目はあると自負してるわ」
「はっは! そうかそうか。君のような少女に言われるとは俺も衰えたものだ。ならば俺も君を信じてついて行こう」
「少女って......あなたも私と同い年か年下くらいじゃない」
なんだと。と、思わず口に出しそうになったものの、確かにこの身体、以前の身体よりも幾分か筋肉が落ちているように見える。
「......そうだな」
苦々しい表情で答えたものの、まさか高校生の時まで身体が逆行しているとは思わなかった。髪の毛を一本抜いてみれば、それは日本人らしい黒髪であり、間違っても以前のような白髪とは見えない。
これが神の悪戯か。うん、寒い親父ギャグを言っている場合ではないな。
「まさかその年でもうボケちゃったのかな? なーんて冗談は置いといて、早速案内するから迷子にならないようにちゃんとついてきてね?」
片目でウィンクして手招きする彼女に苦笑しながら後ろからついていく。もちろん先のように魔物が襲ってくるかもしれないので周囲への警戒は怠らない。戦う者としては当たり前のことである。
「そういえばさっきあなたの使っていたのは銃よね。あれって神器?」
「む、見ていたのか。確かに銃だが、それだけだ。神器とは程遠い、比べるのもおこがましい代物だよ」
「へぇー、私の城にいる守護神様と似たような気配をあの銃から感じたからひょっとしてって思ったけど違うんだ」
「守護神......まさかとは思うがその神は現実に姿を現しているのか?」
「ええ、そうよ。私が生まれる前に色んな神話体系が崩壊したらしいの」
神話体系の崩壊か。俺のいた世界では神という存在が地上に下ってくるだけで災害が起きるレベルだ。もし神話体系が崩壊したのなら【神々の終末】と呼ばれる黙示録の現象が起きるはずだ。この世界のことは全く知らないが少なくとも大事に相違ないはずだ。
「ん、もうそろそろ森を出るわよ」
「ほう」
森の出口から覗く広大な草原。
その丘に一つの要塞とも言える城が建っていた。
なんとも不釣り合いな光景だが、恐らくは戦争でもあったのだろう。要塞の所々に遠くからでもわかる爪痕が残されている。
「ふふ、綺麗でしょ。ちなみにあそこの要塞っぽいのが私の城よ。私は一応この黄昏の草原を管理しているの。実際は守護神様が管理してるから名ばかりだけどね」
そう微笑む彼女はかつての友人に似ていた。といっても髪の色や顔は全然違うが。
「確かに綺麗だ。とても戦いがあったとは思えないほどに......!?」
殺気。
神威。
巨大な二つの気配がある一点から突然放出していた。
臨戦態勢をとるも、瞬間的に拳が先に飛んでくる。
「ふっ!」
流転の構え。
拳を受け流し、逸らす。
「え? え?」
「そう慌てるでないフレイよ。して、貴様は何者だ?」
「穏やかではないな。貴方は正真正銘の神、で間違いない、か」
突然現れた男。少女の守護神であろう神は答える。
「如何にも。儂は北の神話体系の最高神、オーディンだ」
「オーディン。なるほど、さすがの神威だ」
「今一度問う。貴様は何者だ」
「俺はただの銃鍛冶だ。名などとうに記憶から消えている」
「そうか。本来なら歓迎するのだが、貴様からは神殺しの気を感じる。故に儂が消してやろう」
「それは了承し兼ねる。俺も最大限の足掻きをさせて貰おう。神よ」
オーディンは神槍を片手に構える。
瞬間、槍が目にも留まらぬ速さで投擲される。
(あれは持ち主の元に戻る槍か! ならば!)
戻らせなければいいだけだ。
「術式権限、The Earth!」
眼前に現れたのは小さな玉。玉から全方向へと光線が伸び、傘のように膜を張る。
これは概念の盾。強度はその名の通り地球と同等だ。
高度は俺の持ちうる盾の中でも上位に位置し、発動速度は最速。
火花と神気が散る。槍の矛は盾を貫かんとドリルのように回転し、盾は力の全てを矛との接地面に集中させている。
「あれは星々の力! 何故あのような若造が.....」
神をも超える星の力は決して人間が扱えるような代物ではない。ましてや神ですら手に余るのだ。そんなものを瞬時に発動させたことにオーディンは戦慄した。
「くっ、なかなかにしぶとい槍だ!」
込められた神威が爆発し、神気の光が一帯を包み込んだ。