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8.

 






 アベルから求婚されて三週間が過ぎた。彼は忙しい合間を縫ってまめにグリーディ家を訪れている。今では晩餐会もお茶会も舞踏会も招待状の来ないマルグレットの元に。


「今宵のパーティは特別に招待されているのではないですか」


 何度かそう訊ねてみたが、アベルの返事は笑顔でいつも同じでひと言。


「君がいないのなら、行っても仕方がない」


 マルグレットがいなければ興味はない、と言葉と態度で言ってのける。

 時に、王子だからと気が引けていたマルグレットの家族が


「マルグレットは頑固者ですし、裁量もアベル様の伴侶となるには不足では」

「神を冒涜した娘と呼ばれるマルグレットを伴侶にすることはアベル様にご迷惑をかけるかも」


 さり気なくマルグレットを伴侶にすることのマイナス部分を口にしてみても


「マルグレットのことは欲目なしで判断している。私も頑固だから諍いはあるかもしれないが、それもまた家族の形ではないか」

「マルグレットが神を冒涜などしているはずがないだろう。それに神の子の解除の例は今までにもあった」


 何を言っても、それがどうしたという返事だ。

 そんなアベルの話術は巧みで、来訪のたびにマルグレットに笑みを零させていた。マルグレットの笑みを見られるようになった家族にとってアベルの好感度は上がる一方で、多々困難はあるだろうけれどアベルにならマルグレットを託してもいいかもしれない、と言い出すくらいであった。

 マルグレットもアベルと過ごす時間が穏やかで心安らぐものであると思っていた。アベルは頼れる、信頼できる相手だと。ふとした瞬間に逸ってしまう胸の鼓動を自覚してしまえば、マルグレットも断るつもりでいた求婚の返事をどうしようと悩むようになった。


「お母様。私、アベル様のことを好きかもしれない。でも」

「でも?」

「ヘンリック様の時とは違うの。ヘンリック様と会えない時はとにかく会いたくて仕方がなくて落ち着かなかったけれど、アベル様と会えない時は次に会う時の服は何にしようかとか髪型をどうしようとか、そんなつまらないことばかり考えて」


 マルグレットの言葉に母親はクスリと笑った。


「まるで恋する乙女のようね」

「恋? 私はヘンリック様に恋していたこともあったけれど、その時はこんな……」

「マルグレット。ヘンリック様とアベル様、気持ちがどう違うのかよく考えなさい」


 母親は答えを知っているような口ぶりで、けれどその答えをマルグレットに教えてはくれなかった。

 また、マルグレットはテスガルトという国に興味を持った。血族重視のジェライトと異なり、実力主義の国だ。

 修道院へ行くことは却下されてしまったけれど、アベルとの結婚をする、しないに関係なく隣国で過ごしたいといえば移住を許してくれるかもしれない。

 そう思い、夕食後のお茶の席で皆に


「私、テスガルトに行きたいと思うの」

「いいんじゃないか」


 考えを伝えれば、ステファンが呆気なく承諾した。そしてそれはすぐに質問へと変わる。


「アベル様の話を受け入れるってことか?」


 問われればマルグレットは困ってしまう。まだ結論が出ていないのだ。


「それは……まだ、迷っているのだけれど、でも私が暮らすのならジェライトよりはテスガルトの方が良いと思って。グリーディ家にとってもテスガルトに物流の足場があった方がいいでしょう? だから私がテスガルトで足場を作るわ。そうすればジェライトとの交易も楽になるし、お父様も……」

「いや、皆で行くよ」

「……え?」


 父親の言葉に、呆けた声が出てしまった。


「皆で?」

「実はお前の求婚の話と共にアベル様からお話を頂いていたんだ。一緒にテスガルトに行かないかと」

「で、も、お仕事は? グリーディの家も基盤もジェライトにあるのだし」

「つまらないことで難癖付けてくる輩しかいないジェライトに未練はないしなぁ」


 父親の言う『つまらないこと』とは自分に纏わる事だと悟る。マルグレットは改めて自分の存在がグリーディ家に与える影響を痛感してしまう。


「ねえマルグレット、建物は思い出になる場所よ。家は家族の集まる場所の事ですからね」


 消沈するマルグレットに笑顔で母親はそう答えた。


「家族みんなが笑顔で集まれる場所が家よ。ジェライトとは違って隣国テスガルトは実力主義の国でしょう。そこならあなたの魅力も実力も正当に認められるわ。お父様ジークもステファンもテスガルトでいちから頑張ると言っているの。グリーディ家はお爺様が一人で築き上げたのだから、その血を継ぐジークとステファンが同じことをできないはずがないでしょう」

「実はすでにテスガルトへ移住する手はずを整えている」


 明るく話す母親、知らなかった事実を話す父親。兄を見れば、両親の言っていることに頷きながら同意しており、テスガルトへ行くことへの決意と手はずを既に整えていることは明白だった。涙を浮かべてマルグレットも頷いた。


「私、グリーディのためにできることをなんでもするわ」

「ねえ、マルグレット。私達が望むのはグリ-ディ家の繁栄ではないわ。あなたやステファンの幸せよ」


 だからあなたの幸せの道を行きなさいと母親に微笑まれ、マルグレットは父と母の子で良かった、兄がいてくれてよかったと心から思った。

 テスガルトへ行くことは決まった。けれどマルグレットはそれからも悩んでいた。アベルのプロポーズを受けるか否かについてだ。母から与えられた課題の答えはいまだに見つからない。

 ステファンとアベルへの思いの違いは何なのだろうと時間があれば考える。

 そんなある日。使用人が戸惑いながらマルグレットに訪問者がいると告げた。


「お嬢様と二人だけでお話をしたいとご所望です」


 そして、訪問者の名を聞いてマルグレットは自分の耳を疑った。


「ラウラ・シュバルシェ様がお見えになられています」







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