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5.

 





「ヘンリックとここで会うことがないが、来ているのかい?」


 当然来ていると思っているヘンリックの両親や、来ていないことを知っているステファンや両親はこんな質問はしない。首を傾げながら訊ねたのはアベルだった。アベルの言葉に同席していたステファンが口を開きかけたが、マルグレットはそれよりも先に言い慣れた台詞をアベルに告げた。


「お仕事でお忙しいのですから、アベル様とお時間が合わなのだと思います」


 本当はラウラと会うことに忙しい、という真実は胸の中に閉じ込めて目を伏せる。彼が『マルグレットの見舞いに行く』と言って頻回にパウマン家を出ていることをマルグレットは知っていた。見舞いに来た際、彼の家族は誰もが口をそろえて


「家ではマルグレットのことが気がかりなようで落ち着きがない。時間があれば『マルグレットの所に』と出かけて行く。昔からヘンリックは本当にマルグレットのことが好きだから」


 笑ってそう言い、ヘンリックの言動を全く疑っていなかった。マルグレットの母親やステファンはその言葉に不審を抱いていたが、マルグレットとパウマン家との会話に口をはさむことはしなかった。

 そして、アベルはマルグレットの言葉をそのまま受け入れた。


「そうだな。国中を騒がせていた例の盗賊の一部が捕まったから、我らも調査協力で忙しい。魔術を使う盗賊探しをヘンリックが担当しているし、いずれ彼が君を傷つけた犯人を特定するだろう」

「……早く、捕まるといいのですが」


 マルグレットは俯いたまま答えた。自分が口を閉ざしている限り、彼が確認をしている限り『犯人』は捕まることなどないだろう。

 アベルはそんな思いのマルグレットの表情を見て眉根を寄せた。


「なにか隠し事でもあるのか」

「いいえ、特に」

「相談はどうだ? 私に相談事はないのかい?」


 真っ直ぐに見据える緑の瞳に、マルグレットの口が思わず動きそうになる。

 しかし。

 秘めた事実を少しでも口にしてしまえば、心揺らいでしまうこともマルグレットは自覚していた。


 ―――私は天命の番いヘンリックに切られた。


 そのことを黙っていようと決めたのは自分だ。相談してしまっては自分で決めたことを貫くことができない。それがわかっていて相談など、できない。

 だから。


「私がアベル様に相談するならば、それは結婚式の日取りと休暇の相談です」


 そう言い、微笑んだ。

 ヘンリックとの結婚式などあり得ないから、アベルに相談することなど決してないけれど。

 そんな心内など知らないアベルは、マルグレットの言葉にわかったと頷いた。





「ねえ、お母様。私の背中の傷はどうなっているの?」


 マルグレットは傷を負ってから背の傷を見たことがない。鏡は室内から取り払われ、身を整える際に母が持つ手鏡で顔と髪を見る程度だ。その手鏡さえも事を終えれば母が持ち去って行ってしまう。

 それでも腕の傷を見れば背の傷がどんな状態なのかはある程度察することができる。腕の傷は赤黒く腫れあがっているのだから、背の傷は―――

 マルグレットの言葉に母は逡巡し、戸惑いを見せた。その仕草でマルグレットは自分の考えが正しいのだと悟った。


「お願い、教えて」

「あなたの傷は神の紋様を横断するように切られているの。まだ完全に癒合していないからどのような形で治癒するかはわからないけれど、魔剣で切られたせいで魔法での回復ができなくて、化膿したこともあって縫合が綺麗には、その……」

「傷痕が、残るのね」


 母親の言葉で確信し、呟いた。背にある紋様を横断した切り傷。腕にある物と同じ、醜い傷痕がそこにある。

 となれば。


「お母様、ヘンリック様に伝えて。婚約解消してくださいと」

「マルグレット?」

「傷痕は紋様全体にあるのでしょう? もうヘンリック様と同じ紋様ではない、ということよね」


 途切れた自分の紋様。彼には紋様を横断した、赤く腫れあがった傷痕などない。

 つまりは、“同じ”紋様ではなくなっている。


「でも……」

「神殿に再判定を申請して。私の紋様が神の紋様で通用するのか。私とヘンリック様の紋様が『天命の番い』の証明となるのかを」


 マルグレットがヘンリックをいかに愛しているのかを知っている母は困り、ステファンと父も交えてマルグレットと話し合った。それでもマルグレットの意志は固く、同じ言葉を繰り返し。


「全く、マルグレットは昔から変わらず頑固だな」


 結局ステファンがマルグレットのいうことに渋々ながらも従った。

 ステファンが神殿に紋様の再判定を依頼すると、待ち構えていたかのようにすぐに神殿から判定者がやって来てマルグレットの紋様を見て一言。


「番いの紋様とはなり得ません」


 単調に感情もなくそう告げた。マルグレットはその時初めて自分の背を見た。背に残る傷痕は『神の紋様』を途切れさせる跡を残していた。それはヘンリックにはない部分であり、しかも紋様の輝きは失われて、ただの赤痣になっていたのだ。


「輝きを無くした紋様は神の子と認められませんので、ヘンリック・パウマンとの番いの登録は外します」


 神殿からの判定を受け、改めてマルグレットは正式な婚約解消の手続きを取った。

 もう“天命の番い”ではないヘンリックを縛ることはしたくない。マルグレットがヘンリックを愛している……その証明が婚約解消だった。

 パウマン家の家族は可愛がっていたマルグレットのことを心配し、婚約解消などする必要はないと言った。ヘンリックもまた、マルグレット同様に紋様の輝きを失っており神殿での管理から外されていたからだ。けれどヘンリック本人が婚約解消を即座に受け入れて、次の婚約者としてラウラ・シュバルシェを家族に紹介した。マルグレットを愛していると信じていた家族はヘンリックの行動に唖然としたが、ラウラの身分に申し分はないために二人の婚約を反対する理由がない。しかも二人の背には同じ紋様が輝いていた……

 ヘンリックの母親はマルグレットの元に訪れ、涙ながらに謝罪を述べた。


「ごめんなさい。私はあなたが娘になるのを心から待ち望んでいたのに。あなたほどヘンリックに似合う女性はいないと思っていたのに、本当にごめんなさい」


 十年もの間、可愛がってくれたヘンリックの母親。ヘンリックだけではなく、彼の両親のこともマルグレットは好きだった。その人が、自分が行ってきた長年の努力を認めてくれていた。自分を愛し、家族になろうと心から思ってくれていた。

 それだけでもう十分だとマルグレットは思った。

 だから。


「長い間不出来な私を可愛がってくださってありがとうございました。ヘンリック様の幸せを、皆様の繁栄を心よりお祈り申し上げます」


 マルグレットはパウマン家との決別の言葉を口にしたのだった。





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