3.
2000字届かずで読みごたえ無く、申し訳ありません。
最近、マルグレットはよく考える。
自分たちはこの先どうなっていくのだろうか、と。
天命の番いであるヘンリックを心から慕い、胸が張り裂けそうな自分。
天命の番いである自分ではなくラウラを愛するヘンリック。
ヘンリックを愛しているのに天命の番いとなる紋様を持たないラウラ。
一度は身を引くことも考えたマルグレットだったが、前例がない故に神殿が天命の番いの解消を許可するかどうかがわからない。それに先日聞いたアベルの話が本当ならば、神殿に解消を申請した時点で神官たちの介入が入り、ヘンリックと共に騒動に巻き込まれてしまう。その際にヘンリックとラウラの“密会”が周知の事実となってしまうかもしれない。そうなれば『神の定め』に逆らう二人は神殿にとっては意に沿わない存在となり、異端者とされてしまう。それはマルグレットの望むことではなかった。
それにヘンリックと『別れる』ことは、マルグレットにとって身を切られるほどに辛いことだった。会える時間が減るとともに、食欲も睡眠も同じくらい減っているのだ。
だからマルグレットは、ただ考える。眠れぬ夜は、大抵ヘンリックとの今後を考える。考えは堂々巡りとなり、結局答えなど出ないのだが。
昔話における『選ばれなかった天命の番いは自ら命を絶った』という番いの思いが、今のマルグレットにはよくわかる。この切なくて辛い状況が死ぬまで続くのならば、自分でその時間を区切ってしまった方がどれだけ楽になれることか。
ヘンリックが仕事での悩みを零したり、その日あった出来事を話したり、二人で笑い過ごしていた時間が無くなって久しい。その時間が恋しい。背の紋様が示している意味の通り、ヘンリックがラウラへの思いを断ち切って、再び自分を振り返ってくれるようにとマルグレットは日々祈っていた。
「……?」
ベッドで横になり、いつものようにヘンリックとの今後を思案していた時に感じた微かな気配。次いでキィ、と部屋の扉が開く音がした。既に夜は更けている。アベルから盗賊の話を聞いてから戸締りを強化して部屋の鍵はしっかりと掛けていたはずだ。
こんな時間に一体誰?
マルグレットは暗闇の中で考える。この家には父母と兄、長年仕えている使用人、父が雇った護衛人しかいない。しかし今日は父と兄は商用で出かけており、護衛は門前と庭、階下で待機している。使用人は階上だ。誰かが間違って入るということは無いはず。
となれば。
「お母様?」
起き上がり、音のした扉に目を向ければそこにある姿は―――ヘンリックだった。
「ヘンリック、様? 一体こんな時間にどう……」
彼女が目を瞠った相手は、会いたくて仕方がなかった天命の番い。けれど、こんな夜更けに訪問するなど今までなかったことだし、訪問を告げる連絡を受けてもいない。第一、鍵はどうしたのだ、と疑問ばかりが頭に浮かぶ。
驚きながらも起き上がり、彼に寄ろうとした途端に腕に鋭い痛みを感じた。彼の右手には剣が握られていて、左腕から指先に流れる液体……
―――ヘンリック様が私を、剣で?
信じられない出来事にマルグレットの目は大きく見開かれた。とっさに出血を止めようと左腕の傷口を右手で覆うが、身体は小刻みに震えている。
「ど、う、して……?」
「お前がいる限り、俺に幸せは来ない」
かすれ声で問えばヘンリックはぼそりとそう言い、よどんだ瞳で再びマルグレットに剣を向けた。魔術師である彼は武術には長けておらず、マルグレットの逃げ惑う動きに剣が追い付かない。それでも狭い室内だ。ついにマルグレットは壁に追い詰められた。
そして。
身体を翻したマルグレットの背中を、ヘンリックの剣は容赦無く切りつけた。瞬時に走った背中からの激痛に、マルグレットは思わず足を崩して蹲る。
左腕よりも背中の傷の方が遥かに焼かれたように熱く、そこからドクドクと血液が流れているのを感じる。
痛みと恐怖から潤む瞳をヘンリックに向ければ、彼は剣を向けてマルグレットを冷たく見下ろしていた。
―――私は自分は彼を心から愛していたけれど、彼は自分の事を心から殺したいほど憎んでいた。
愕然としながらも今、この場で、自分の命の灯は消えるのだろうとマルグレットは思う。
覚悟を決めたマルグレットは、最期に彼への思い伝えようと、小さくでしかないけれど、力を振り絞って口を動かした。
「愛して、まし……た……」
マルグレットの意識はそこで途切れた。